世界の十字路

時雨青葉

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第3章 襲撃

越えられない溝

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 溜め息を深くついて、拓也は廊下を歩いていた。


 カルノとの話が終わったのが、つい先ほどのこと。


 カルノは自分の姿を見ると、電話をしながらげんそうに顔をしかめた。
 そして電話の後に事情を話すと、あっさり納得してくれた。


 実の名前を出したので、若干の顔の引きつりはあったが。


「………っ」


 拓也は眉を寄せる。


 自分の感情はさておき、現実としてはこれが実に対する一般的な反応なのだろう。


 実のことを話し伝手つてに知っている連中は、実に関わることをあまりよく思っていない。


 下手に実に関わって、自分の地位や安全がおびやかされることを危惧しているのだ。


 そしてきっと―――本能的に〝鍵〟という存在を感じ取って恐れている。


 魔封じの腕輪をつけている実は、パッと見は普通の少年だ。
 とはいえ、あれだけ強力かつ独特の魔力を完全に抑えることはできない。


 ほとんどの人間はだませるだろうが、知恵のそのに集められるほどの素質を持った人間なら、具体的に何かとは分からずとも、実が普通とは違うことは感じ取るだろう。


 もちろん、この世界にも実に関わろうとする人間はいる。


 しかしそれは、単純に実の正体に勘付いていない人間であったり、実に明確な殺意を向ける人間であったりなのだろうと思う。


 そこまで考えて、拓也は思わず書類を握り締めた。


 こうして振り返ると、実の正体をちゃんと知っていてなお、実に自然体で関わろうとする人間の少なさをしみじみと痛感する。


 確かに自分も、実に恐怖をいだいたことはある。
 自分を遥かに上回る力に圧倒されたこともある。


 それでも、自分は実を受け入れようと思った。


 実の運命の重さに同情したからではない。
 一人でたたずむ実が、今にもくずおれてしまいそうだったからでもない。


 ただ純粋に、数少ない実の味方になりたいと思ったから。


(今は、心の底からそう思えるから。)


 拓也は目を閉じる。


 まだ、実の全てが分かるわけではない。
 実が口を閉ざしている分、知らないことも多い。


 けれど、実の傍を離れずにいれば、彼の助けとなることくらいはできるはずだ。


 実に関わることが自分にとっていくつもの大きな壁を作ることになっても、別に構わないと思った。


 なんでそんな風に思えるのか、と。


 何度も実に訊ねられたことがあったが、自分でもその理由はよく分からない。


 桜理にまつわるいざこざを経験した実は、誰かと深い関わりを持つことに恐怖を持っている。


 万が一にも自分が実から離れることを選んでとして、実は引き留めない。
 内心ではひどく傷付いているくせに、笑顔を取りつくろって見送るだけなのだろう。


 それが分かるからお前も意地になっているのではないかと指摘されれば、それは否定できないかもしれない。


 綺麗事だけで実の傍にいるわけじゃない。
 それは事実だ。


 しかし、だからなんだというのだ。


 たくさんのことを乗り越えた。
 その中で、様々な感情を経験した。


 そんな日々の末に出した結論が、実の傍に寄り添い続けることだったのだ。
 だから、誰になんと言われても、自分は実の味方だと胸を張れる自信がある。
 きっと、それは尚希も同じだろう。


 実がどんな苦境にいても、強固な支えとなれればいいと思う。
 そう簡単に叶う願いではないと、分かってはいるけども……


 考えているうちに目指す部屋の前について、拓也は足を止めた。
 小さくノックをしてから、ゆっくりドアを開ける。


 そこは、実に割り当てられた部屋。


 初めは尚希の執務室に向かったのだが、そこは無人だったのだ。
 ここに誰もいなければ、おそらくまだ医者から帰ってきていないのだろう。


 あまり期待せずにドアを開けたが、意外にもそこに捜す姿があった。


 尚希はベッドの傍で椅子に腰かけうつむいており、手を組んで空中を見つめている。
 ドアを閉めると、その音で尚希が顔を上げた。


「おう、拓也。」
「ただいま。実、どうだ?」


 近寄りながら訊くと、尚希は深刻そうに息をついた。


「いいとは言えない。重度の貧血だそうだ。しばらくは、起き上がることも難しいかもな。」


 ベッドで目を閉じる実の表情からは血の気が引いていて、蒼白な頬はまるで人形のように冷たく見える。


 確かに、尚希の言うとおり病状はよくないようだ。


「原因は?」
「いや……」


 尚希が言葉をにごした。
 そんな反応に、拓也は目元をきつく歪める。


 何かがくすぶったようなこの香りは、隠し事がある時のものだ。
 鼻を突き抜けていくそれに、また不快感が込み上げてくる。


 こんな時、実が言ったように素直に自分の気持ちを言えたらどんなに楽だろう。
 真正面からぶつかっていけば、それでやっと得られるものがあるのかもしれないのに。


 ―――でも、言えない。


 実をじっと見つめる尚希の横顔。
 こんなにつらそうな顔をしながら、それでも彼は必死に何かを隠そうとしている。


 その事実と、自分の覚悟のなさ。
 それらが、自分の気持ちを内側に閉じ込めてしまう。


 もどかしさと、恐怖と、躊躇ためらいと。
 そんなものがぐるぐると巡る。


 拓也はひと呼吸して、尚希の前に書類の束を差し出した。


「これ、カルノさんから。伝言もいくつか預かってる。」
「あ……ああ、ありがとう。」


 尚希はどこか安堵したように頬を緩めて、書類を受け取る。
 拓也は書類を指差しながら、カルノからの伝言を尚希に説明し始める。


 お互い、自分たちの間に深い溝を感じながらも、そこを越える一歩を踏み出すことはできなかった。

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