世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
436 / 714
第3章 襲撃

教会にいたモノ

しおりを挟む

 ―――ブツッ


 そのせつ、世界が真っ白に染まった。


 やけに近くで響いた、何かを突き破る音。
 肩を貫いた衝撃が、熱を伴って全身を駆け巡って……


 灼熱の炎となった激痛が、瞬く間に脳裏を赤で塗り潰した。


「―――っ!?」


 理性よりも本能が勝手に動き出す。
 だが―――


「いっつ…っ」


 今度は、手首に激痛が走る。
 腕輪の拒絶反応だ。


(しまった…っ)


 気付いて腕輪を外そうとしたが、それよりも早く何かに右手を取られた。


「なっ…!?」


 右手を取ったものを見た実の目に映ったのは、想像を絶する光景だった。


 背後にそびえ立つ黒い岩。
 固かったはずのそれの表面が、今は水面みなものように波打っていた。


 そして、そこから生えるように伸びた黒い触手が実の手を捕らえ、その手を壁に固定していたのだ。


 実が動揺している間にも触手がその体に巻きついていき、あっという間に実は壁に拘束されてしまう。


「緑色はこの壁。赤は血の色。そして……青は血の気の失せた人間を示してるの。まるで、今のあなたみたいね…?」


 ささやく少女の姿が、ゆらりと揺れる。


 少女の姿をしたそれは、唯一拘束されていない実の左手を取って、その手のひらに頬をすり寄せた。


「知ってるよ? これを外さないと、あなたは何一つ抵抗できないって。」


 少女はにやりと笑い、ぷつりと実の手のひらに牙を立てた。


「つっ…」


 皮膚を突き破る痛みに、実の体が痙攣けいれんする。
 その傷口からあふれ出した血が、雫となって床へ落ちた。


「そう、か…。この前のあれは……お前が…っ」


 この前、急に倒れた理由はこれだったのか。


 たまたま眠りが深かったあの夜、自分は知らず知らずのうちに、こいつに襲われていたわけだ。


「そうよ。」


 少女がもったいぶったような口調で認める。


「あまりにも美味おいしかったから、もう少し味わっていようと思ってあなたの中に分身を残しておいたのに、それはキースにすぐ取り除かれちゃった。でも、あなたの行動を見てて、いつか必ずここに来てくれると思ったから、それまでは待ってることにしたの。」


 ねっとりと絡みつくような笑みを浮かべ、少女はさらに牙を立てる。
 その度に全身を痛みが駆け巡るが、実は歯を食い縛って悲鳴を殺す。


「ああ、本当に美味しい……」


 恍惚に満ちた表情で、少女は流れる血をすする。


「でも、まだ足りないの。ねぇ……もっと欲しい。」


 少女がそう口にした瞬間、右手や足に絡む触手から、いくつもの太い針が突き刺さるような衝撃が貫いた。


「うああ…っ」


 ずっと耐えていた実だったが、これにはたまらず苦悶に満ちた声をあげる。
 それを聞いた少女は、愉快そうに笑った。


「ふふ…。いい声。人間が苦しむ声って大好きよ。」


 少女と触手は、貪欲に実の血をむさぼる。
 すると、それまでずっと強張っていた実の体から、ふっと力が抜けた。


 少女の声が遠い。
 脳裏は真っ赤で熱いのに、体の芯は凍えるように冷たい気がする。


 このまま、この得体の知れないモノに食われて死ぬのだろうか。
 思考のすみで、ぼんやりとそう思う。


 ああ……それなら、それでもいいか。
 いや、絶対に死ねない。


 自分の中で真正面からぶつかる、二つの気持ち。
 そして、それらよりももっと深いところから湧き上がってくる何か。


 それが、思考も感覚も飲み込もうと広がっていく。


「!?」


 ふいに、少女が顔を上げた。


「ちっ……もう少しだったのに。」


 呟き終えるか否やというところで、すさまじい爆発音と爆風が教会を襲った。


 少女の気配が離れる。


 それと入れ替わるように近付いてきた気配が強く腕を引いて、自分を壁から引きがした。


 自分の存在を侵食しようとしていた何かが、それで急速に消えていく。


「つっ…」


 地面に尻餅をついた衝撃で、ぼやけていた思考がはっきりとえた。


「尚希……さん……」


 実は、自分を少女からかばうように立ち塞がる尚希の背中を見つめた。


「大丈夫か? ……だから、教会には近付いてほしくなかったんだ。」


 尚希は悔やむような顔で、満身そうの実を見る。


「………」


 尚希は何かに思い悩む様子を見せたが、意を決したように目を閉じると実の手に触れた。


「―――っ!!」


 実は目を見開いた。
 触れた手を介して、尚希の思念が流れ込んでくるのだ。


(悪い…。目を光らせていたつもりだったけど、やっぱり巻き込んだな。オレは……こいつを倒す方法を探すために、知恵のそのに行ったんだ。まだ確実な方法を得られたわけじゃないけど……こうなったらもう、不完全でもアレに頼るしかなさそうだ。実、一つ頼まれてほしい。)


 それを境に、流れ込んでくる情報が量を増した。
 しばらくして、尚希が手を離す。


「実…。あれが、オレの家に巣食う奴だ。ずっと……オレの家が抱えてきたもの。」


 波打つ壁の前に立つ少女の姿は不自然に揺らめき、時おりその姿すらも歪む。


「いいか? あいつにとってのお前は、一番の獲物でしかない。この家にいたら危険だって意味が、今なら分かるだろ?」


 尚希は、少女の姿を象ったそれを睨む。




「だから……―――お前は、今すぐにここから逃げろ。」




 その言葉に、実は驚いたように目を見開いた。


「で……でも……」
「頼む。」


 悔しげに唇を噛む尚希。


「オレは……もう、逃がすことでしかお前たちを守れない。拓也のことも、この後無理やりにでも家から遠ざけるつもりだ。でもな、実。お前の危険は一刻を争う。襲われたんだから分かっただろ? 今すぐ逃げろ!!」


 最後には怒鳴られて、実はようやく立ち上がった。


(尚希さん……)


 後ろ髪を引かれながらもゆっくりと後ずさり、次いで一気に地面を蹴る―――

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

処理中です...