441 / 677
第4章 抱えるもの
巣食うモノの正体
しおりを挟む「リラステ?」
一方の実は、老婆の家で同じことを聞いていた。
老婆は実の前で、本棚から取り出した本をめくる。
「ああ。何千年か前の歴史を記した書に、その記述があるよ。」
「え…?」
実は首を傾げる。
「おかしいな…。歴史書なら、ここ最近でかなり読破したんだけど……」
「そりゃお前さん、見つけられなくて当然さ。」
老婆はにやりと笑って、手にした本をひらひらと振る。
「これは城の図書室にしかない本を、私が趣味で書き写したやつだからね。」
「はっ!? ……はぁ……なるほど。」
思わず溜め息が漏れた。
どうりで探しても探しても情報が得られないわけだ。
「それで、そいつは何なんですか?」
訊ねると、老婆はまたページをめくる。
「彼らは、別名〝戦争生成物体〟と言われ、戦争の負の遺産とも言われているよ。リラステっていうのは、古代語で〝飢餓〟という意味だ。」
「飢餓……」
「そう。戦時中なんざ、飢え死にする奴らなんてざらにいたからね。死んでもなお浄化されない飢えた感情がその場に溜まり、澱み、やがて自分と同じ感情を取り込んでいった。そうして同化を繰り返して大きくなり、次第に実体を取り出したものをそう呼んだんだ。」
「飢えた感情の塊、か…。明らかに厄介そうですね。」
「だろうね。彼らは飢えを満たすため、同じく飢え死にした人間を食らった。だが、積もり積もった飢えは、もはや満たされることを知らない。動物や死体で我慢できなくなった彼らは、いつしか生きた人間すらも襲うようになった……と、本には載っているね。無差別に人間を食らうものから、人間並の知性を持つものまで、能力はそれぞれだったようだよ。」
「なるほど……」
実は思案げに手を口に当てる。
老婆が語ったそれは、間違いなく尚希の家に巣食うものと同類のものだろう。
未だに痛む腕に触れる。
体の内部を触手が貫いた瞬間、一気に流れ込んできた感情。
飢えに苦しむたくさんの声。
それらが凝り固まって、暗く澱んだ悪意。
思い出しただけで体の内側で触手が蠢く感触がよみがえって、傷口が疼いてしまう。
「その本には、リラステの倒し方とかは載っていますか?」
気持ち悪い感触を振り払うため、実は老婆に再び問いかける。
すると、彼女はページを繰る手を止めた。
「そうだねぇ…。本によると、リラステを消滅させることができたのは、稀代の天才と言われた術者だけだったようだよ。術者であり、魔法の研究家であった彼は、リラステを消滅させる道具を作り出し、それを駆使したのだと。だけど……」
そこで、老婆の声が難しげな響きを交えた。
「その道具の作り方も、リラステが消滅に至る原理も、彼の口から伝わってはいない。……というのも、彼がその術を広める前に、ある事件によって、リラステはその全てが消滅したらしいんだ。」
「ある事件…?」
「ああそうさ。なんだと思う?」
老婆は本を閉じて実を見やると、静かにその口を開いた。
「絶望した王の暴走。過去最悪と語られる、遥か昔の事件さ。」
「―――っ!?」
ドクン、と。
無意識に心臓が跳ね上がった。
〝鍵〟が生まれるきっかけとなった、遥か昔の事件。
胸がざわめく。
魂が知っている。
その事件の凄惨さと、犠牲の重さを。
老婆は実の様子に気付くことなく、話を続ける。
「古の王が封印された時、その衝撃で広い範囲が浄化されて、リラステもその時を境に消えたそうだ。それ以来の歴史書には、リラステを見たという話も、リラステに襲われたという話もないよ。」
「そうですか…。ありがとうございます……」
条件反射のように礼を述べながらも、意識は動揺の渦から帰ってこられない。
胸のざわめきに伴って、あのノイズが耳をかすめる。
存在感をいつもの何倍にもしたような、耳障り極まりない雑音。
それが、思考を阻む勢いで迫ってくる。
「顔色がよくないようだけど、大丈夫かい?」
ようやく異変に気付いた老婆が、怪訝そうに問いかけてきた。
「いえ……大丈夫です。それにしても、詳しいですね。」
あまり触られたくない話になりそうだったので、強引に話を変える。
彼女は特に食い下がることなく、こちらの話に応じた。
「まあ、占いは過去に依存する部分があるからね。どうしたって詳しくなるのさ。さあ、今日はもう終わりにしよう。あんな大怪我をしてたんだ。いい加減休まないと体に悪い。そこの部屋が空いてるから、好きに使いな。」
「え……でも……」
「もう私も独り身だ。遠慮はいらないよ。」
有無を言わさない老婆の雰囲気に、実は気後れぎみに「じゃあ…」と答えるしかなかった。
ゆっくり椅子から立ち上がると、力を込めた足から痛みが突き抜ける。
思わず顔をしかめる実に、老婆がさらに告げる。
「完治には時間がかかるだろう。少しでも早く回復したいなら、その魔封じは外しておくんだね。」
「―――っ!?」
とっさに腕輪を掴む実。
対する老婆は、当然だという様子で腕輪を指差した。
「見くびるんじゃないよ? 老いぼれても知恵の園の人間さ。そのくらい分かるよ。どんな事情があるのかは知らないけど、体のためを思うなら、ちゃんと魔力を満たしておやり。」
そう言うと、老婆は冷めてしまったお茶を片付け始めた。
言葉のとおり、これ以上は話を長引かせるつもりはないようだ。
老婆が深入りしてこなかったことにほっと安堵しながらも、暴れる鼓動とノイズのせいで、実はしばらくその場から動くことができなかった。
0
あなたにおすすめの小説
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
エクセプション
黒蓮
ファンタジー
血筋と才能に縛られた世界で【速度】という、それ単体では役に立たないと言われている〈その他〉に分類される才能を授かったダリア。その才能を伯爵位の貴族である両親は恥ずべき事とし、ダリアの弟が才能を授かったと同時に彼を捨てた。それはダリアが11歳の事だった。
雨の中打ちひしがれて佇んでいたダリアはある師に拾われる。自分を拾った師の最初の言葉は『生きたいか、死にたいか選べ』という言葉だった。それまでの人生を振り返ったダリアの選択肢は生きて復讐したいということだった。彼の選択を受け入れた師は彼にあらゆることを教えていく。
やがて師の元を離れる際にダリアはある紙を受け取り、それと同時に再度の選択肢を投げ掛けられる。彼が選ぶ復讐とは・・・彼が世界に及ぼす影響とは・・・
無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~
甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって?
そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる