世界の十字路

時雨青葉

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第4章 抱えるもの

巣食うモノの正体

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「リラステ?」


 一方の実は、老婆の家で同じことを聞いていた。
 老婆は実の前で、本棚から取り出した本をめくる。


「ああ。何千年か前の歴史を記した書に、その記述があるよ。」
「え…?」


 実は首を傾げる。


「おかしいな…。歴史書なら、ここ最近でかなり読破したんだけど……」
「そりゃお前さん、見つけられなくて当然さ。」


 老婆はにやりと笑って、手にした本をひらひらと振る。


「これは城の図書室にしかない本を、私が趣味で書き写したやつだからね。」
「はっ!? ……はぁ……なるほど。」


 思わず溜め息が漏れた。
 どうりで探しても探しても情報が得られないわけだ。


「それで、そいつは何なんですか?」


 訊ねると、老婆はまたページをめくる。


「彼らは、別名〝戦争生成物体〟と言われ、戦争の負の遺産とも言われているよ。リラステっていうのは、古代語で〝飢餓きが〟という意味だ。」


「飢餓……」


「そう。戦時中なんざ、え死にする奴らなんてざらにいたからね。死んでもなお浄化されない飢えた感情がその場に溜まり、よどみ、やがて自分と同じ感情を取り込んでいった。そうして同化を繰り返して大きくなり、次第に実体を取り出したものをそう呼んだんだ。」


「飢えた感情の塊、か…。明らかに厄介そうですね。」


「だろうね。彼らは飢えを満たすため、同じく飢え死にした人間を食らった。だが、積もり積もった飢えは、もはや満たされることを知らない。動物や死体で我慢できなくなった彼らは、いつしか生きた人間すらも襲うようになった……と、本には載っているね。無差別に人間を食らうものから、人間並の知性を持つものまで、能力はそれぞれだったようだよ。」


「なるほど……」


 実は思案げに手を口に当てる。
 老婆が語ったそれは、間違いなく尚希の家に巣食うものと同類のものだろう。


 未だに痛む腕に触れる。


 体の内部を触手が貫いた瞬間、一気に流れ込んできた感情。


 えに苦しむたくさんの声。
 それらがり固まって、暗くよどんだ悪意。


 思い出しただけで体の内側で触手がうごめく感触がよみがえって、傷口がうずいてしまう。


「その本には、リラステの倒し方とかは載っていますか?」


 気持ち悪い感触を振り払うため、実は老婆に再び問いかける。
 すると、彼女はページをる手を止めた。


「そうだねぇ…。本によると、リラステを消滅させることができたのは、稀代の天才と言われた術者だけだったようだよ。術者であり、魔法の研究家であった彼は、リラステを消滅させる道具を作り出し、それを駆使したのだと。だけど……」


 そこで、老婆の声が難しげな響きを交えた。


「その道具の作り方も、リラステが消滅に至る原理も、彼の口から伝わってはいない。……というのも、彼がその術を広める前に、ある事件によって、リラステはその全てが消滅したらしいんだ。」


「ある事件…?」
「ああそうさ。なんだと思う?」


 老婆は本を閉じて実を見やると、静かにその口を開いた。




「絶望した王の暴走。過去最悪と語られる、遥か昔の事件さ。」
「―――っ!?」




 ドクン、と。
 無意識に心臓が跳ね上がった。


 〝鍵〟が生まれるきっかけとなった、遥か昔の事件。


 胸がざわめく。
 魂が知っている。


 その事件の凄惨さと、犠牲の重さを。


 老婆は実の様子に気付くことなく、話を続ける。


いにしえの王が封印された時、その衝撃で広い範囲が浄化されて、リラステもその時を境に消えたそうだ。それ以来の歴史書には、リラステを見たという話も、リラステに襲われたという話もないよ。」


「そうですか…。ありがとうございます……」


 条件反射のように礼を述べながらも、意識は動揺の渦から帰ってこられない。


 胸のざわめきに伴って、あのノイズが耳をかすめる。


 存在感をいつもの何倍にもしたような、耳障みみざわり極まりない雑音。
 それが、思考をはばむ勢いで迫ってくる。


「顔色がよくないようだけど、大丈夫かい?」


 ようやく異変に気付いた老婆が、げんそうに問いかけてきた。


「いえ……大丈夫です。それにしても、詳しいですね。」


 あまり触られたくない話になりそうだったので、強引に話を変える。
 彼女は特に食い下がることなく、こちらの話に応じた。


「まあ、占いは過去に依存する部分があるからね。どうしたって詳しくなるのさ。さあ、今日はもう終わりにしよう。あんな大怪我をしてたんだ。いい加減休まないと体に悪い。そこの部屋が空いてるから、好きに使いな。」


「え……でも……」


「もう私も独り身だ。遠慮はいらないよ。」


 有無を言わさない老婆の雰囲気に、実はおくれぎみに「じゃあ…」と答えるしかなかった。


 ゆっくり椅子から立ち上がると、力を込めた足から痛みが突き抜ける。
 思わず顔をしかめる実に、老婆がさらに告げる。


「完治には時間がかかるだろう。少しでも早く回復したいなら、その魔封じは外しておくんだね。」


「―――っ!?」


 とっさに腕輪を掴む実。
 対する老婆は、当然だという様子で腕輪を指差した。


「見くびるんじゃないよ? 老いぼれても知恵のそのの人間さ。そのくらい分かるよ。どんな事情があるのかは知らないけど、体のためを思うなら、ちゃんと魔力を満たしておやり。」


 そう言うと、老婆は冷めてしまったお茶を片付け始めた。
 言葉のとおり、これ以上は話を長引かせるつもりはないようだ。


 老婆が深入りしてこなかったことにほっと安堵しながらも、暴れる鼓動とノイズのせいで、実はしばらくその場から動くことができなかった。

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