世界の十字路

時雨青葉

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【第7部】エピローグ

ささやかな変化

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「なあ、実。」
「ん?」


 病院の屋上で拓也に声をかけられ、景色を眺めていた実は目だけを拓也に向けた。


 ちなみに、ナザルは〝ほっとしたら腹が減った〟と言って、どこかに行ってしまった後である。


 拓也は、景色を眺めながら先を続けた。


「お前は、聞いてこなくてよかったのか? 尚希のこと。」
「ああ……」


 実は穏やかに微笑む。


「いいんだよ。そういうのは、知るべき人が知るべき時に知ればいいんだ。尚希さんが拓也に何かを話した時に俺がいなかったなら、俺は別に知らなくてもいいってことなんだろうさ。あの場で全てを知るべきはエーリリテとじいちゃんであって、俺じゃない。なんとなく、そう思ったんだ。」


「またそうやって、一線を引いてるわけか……」


 拓也は、残念そうに呟く。


「実…。おれは、今まで他人を敵視してきた分、できる限り色んな人のことを知っていきたいと思ってる。もちろん、いいことばかりじゃないけど、その分得られるものだって多いんだ。それを教えてくれたのは、他でもない尚希と実だった。お前の生い立ちには同情してもしきれないところがあるけどさ……もっと周りに心を開いても、誰も責めないと思うぞ。少なくとも、おれと尚希はその方が嬉しいかな。」


「変わり者。」


 実は笑みを含んだ声で、一言だけ返してきた。


「変わり者上等。」


 拓也もすぐに言い返す。


「カルノさんに会って分かった。実を前にした時、この世界ではあの人みたいな態度が普通なんだって。」


「そうだね……」


 実は寂しげに笑う。
 拓也も、うれいを帯びた表情で目を伏せた。


 実の正体を知っていて、普通に接することができる人間は確かに少ない。
 今実の周りに人がいるのは、実が自分の魔力を抑えているから。


 それは否定できないけれど……


「でも、おれはそうなりたくない。」


 断言する。


「どんな人にも理解者はいるんだ。この世界中、誰だって誰かを想ってるはずだし、誰かに想われてるはずだ。だからおれは、変わり者って言われても、実の理解者でありたいと思う。」


 理想論だと思う。
 現実を甘く見ているのかもしれない。


 だけど、自分はもう決めたのだ。


 いつも一人になろうとしてしまう、どうしようもなく優しいこの友人の数少ない理解者であろうと。


 こちらの言葉を聞いた実が、隣で肩を震わせる。


「拓也って、本当に面白いよね…。どうせ、嫌だって言ってもくっついてくるんでしょ?」


「当たり前だ。」


 即答すると、実はさらに笑った。


「まったく…。ふふ……後悔しても知らないよ、俺は。」


 実の返答に、拓也は不覚にも少し驚いてしまった。


 初めの頃は、否定しかされなかった。
 言葉でというよりは、その態度や行動がかたくなに周囲の優しさを拒んでいたのだ。


 それが、今はどうだろう。
 肯定してくれたわけではないけど、否定もされなかった。


 なんだか、堅い実のからの中にちょっとだけ入れてもらえた気分。
 それは、どんな一歩より大きくて価値があるもの。


「………っ」


 言葉では言い表しきれない嬉しさが込み上げてきた。


 拓也の感動に気付いていない様子の実は、ひと通り笑うと大きく息を吐き出した。


「あー、笑った笑った。それにしてもさ、なんでそんなに俺にこだわるの? 嫌になることなんて、ざらにあるでしょ?」


 実は心底不思議そうだ。
 訊ねらた拓也は、柵の上で組んだ腕にあごを乗せて少し考える。


「うーん……そりゃあな。ムカつくことはたくさんあるさ。お前って結構な意地っ張りだから、限界まで追い詰められて、言わざるを得ない状況にならないと口を割らないし。一度口を割らせたところで、素直に頼ってくるわけでもねぇし。だから、こっちも余計にムキになっちまうんだろうな。」


「根本的には、俺が原因ってわけ?」
「自覚がないなら殴るぞ。」


 冗談半分で言って、拓也は表情をやわらげる。


「あとは……なんか、放っておけないんだよな。よく分からないけど、他人とは思えない。」


「ん? 何それ?」


 実がきょとんとして拓也を見るが、言った拓也も釈然しゃくぜんとしない様子だった。


 言葉では上手く表現できない。
 この気持ちは、形が曖昧あいまいで感覚的なものだから。


「まあ、とりあえず。実がどうしようもなく世話の焼ける奴だってことだな。」
「普通に悪口じゃん、それ。」


 なんとも言えない結論に、実は苦笑を浮かべるしかなかった。
 拓也も同じような表情をして、屋上からの景色を見渡す。


 昔よりも澄んだように見える景色。


 尚希も今、世界がこんな風に見えているだろうか。
 自分を縛る鎖から開放されて、視界を覆っていたきりは晴れただろうか。
 そうだったらいいと思う。


 尚希と実に助けてもらえた、自分のように。


「なんかさ……」


 拓也は、自然と語り出していた。


「こうやってここに立ってると、尚希とおれが地球に行ったことも、そこで実に会ったことも、全部が運命だったんじゃないかって思うよ。実に会ってから本当に色々とあったけど、おれも尚希も自分を歪めてたことと決別できて、前に進めてる。きっと、実と会わなきゃこうはならなかった。」


「―――運命……か。」


 拓也の話を聞いた実は、ぼそりと呟く。
 次に柵から真下を覗き込む仕草でうつむき、さりげなく髪の毛で顔を隠した。


「………」


 前髪のカーテンの中で、実は表情を曇らせる。


 尚希に頼まれてあの石を取りに行った時、石に添えられていたエリオスからの手紙。
 運命という単語から、それの存在を思い出す。


 あれは、尚希がいつかリラステと直接対峙し、なおかつそれに自分が関わることを、父が予知能力で見ていたからこそあったものだ。


 そしてそれは、運命という定まったレールに沿って時が進んでいることを意味するのだろう。


 ―――それでは困る。


 必要なのは、運命を外れるような事象と行動。


 それも、すぐ運命の道筋に戻ってしまうようなちょっとした変化ではなく、未来をねじ曲げてしまうくらいの大きな変化なんだ。


 そうじゃないと、あの未来が実現してしまう。
 それだけは、どうしても阻止しないといけない。




 何があっても、あれだけは―――……




「………」


 実は、無言で顔を上げる。


 そこには、自分の心境など無視したような、突き抜ける快晴の空が広がっていた。


 ◆ ◇ ◆


 ここまでお読みくださり、誠にありがとうございました!!


【第8部~深き水底の愛~】あらすじ


 思い出せない……
 おかえりと言ってくれる小さな手に、心は切なく痛んで―――


 こんなにもすごい光景を、自分は忘れてしまったのだろうか。


 おかえりなさい、と。
 みんなで待ってたんだ、と。


 口々に優しい言葉をかけてくれる彼女たちに、実は表情を歪めるしかなかった。


 まさか、まだ取り戻していない記憶があるとでもいうのだろうか…?


「さあ、行きましょう。」


 後ろから回された両手は、あまりにも優しくて―――


 秘めた思い出のふたが開く、異世界ファンタジー第8弾。
 水底に眠る、小さくて温かい物語を辿ります。


■おまけ:カットイラスト01


■おまけ:カットイラスト02


■おまけ:4コマ漫画01


■おまけ:4コマ漫画02


■おまけ:8巻予告カット


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