世界の十字路

時雨青葉

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第3章 人の咎

イルシュエーレの叫び

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「どうしたの、イルシュ?」


 電話を机に戻した実は、顔を上げてそう訊ねる。


 部屋の入り口に、イルシュエーレが立っていた。
 その身からゆらゆらと漂うのは、精霊のおさたる彼女独特の魔力。


 急に魔法が乱れた原因はこれだ。


 彼女の魔力がこちらの魔法に干渉してしまい、安定性が必要な魔法を乱してしまったのだ。


「あなた、何を……」


 イルシュエーレは、ひどく青い顔で実を見つめている。
 それに、実は不思議そうな表情で首を傾げた。


「何って……友達に連絡してただけだけど…?」


 それを聞いたイルシュエーレが、息を飲んで言葉を失った。


「どうして……そんなこと……」


 イルシュエーレは両手で口を覆い、実を凝視する。


「どうしてって…。そりゃあ、連絡くらいしとかないと、向こうが心配するし。」
「だめ!!」


 唐突に、イルシュエーレがそう叫んだ。
 今までにない力がこもった強い口調に、実は驚いて口を閉じるしかない。


 イルシュエーレは深くうつむいて、大きく体を震わせる。


「だめ……だめ!! どうして、人間になんか…っ。まだ思い出せないの? あんなことがあったのに……人間なんか、信じちゃだめ!!」


「イ……イルシュ?」


 激しく頭を振るイルシュエーレに、実は戸惑いを隠せなかった。
 とにかく分かるのは、自分の行為がイルシュエーレの気にさわったということだけ。


 当惑しながらも、とりあえずはイルシュエーレに近寄る実。


「イルシュ、落ち着いて。」
「いやっ!!」


 パンッ


 そんな乾いた音がして、イルシュエーレの手が実の手に握られていた携帯電話を弾き飛ばした。




「人間なんか……人間なんか、大っ嫌い!!」




 その言葉を皮切りに、イルシュエーレの口からせきを切ったように言葉が零れていく。


「どうして…? 人間はいつも、乱暴で無慈悲だわ。自分の都合で精霊を操って、私たちのすみを荒らして、壊していく。そのせいで、今までにどれだけの仲間が死んでいったことか…っ。それなのに彼らは、同じ人間でさえも殺そうとするの。自分の身勝手な都合だけで……子供だろうと、関係なく。」


「―――っ!!」


 実は、イルシュエーレの言葉に瞠目する。
 イルシュエーレが言っているのは、明らかに自分のことだったからだ。


「私は……あなたを最後まで守るって、そう決めたの!! 小さかったのに一生懸命大人になろうとして、深い傷を抱えていた。それでも純粋に前を向いて生きようとしていたあなたを、私は心から愛したわ。あなたには、なんの罪もない。なのに、人間たちは……あなたを…っ。……嫌い……嫌い嫌い!! 人間なんか、大っ嫌い!!」


 激しい感情が込められたイルシュエーレの言葉。
 それをただ聞くしかない実は、その場に棒立ちになる。


 嫌いどころじゃない。
 イルシュエーレは、人間を憎んでさえいるのだ。


 彼女の声が、表情が、全身から噴き出す魔力が、それを言葉よりも表している。


 部屋はしんと静まり返り、時間が止まったかのような錯覚が襲う。


「―――あ…っ」


 肩で激しく呼吸を繰り返していたイルシュエーレが、ふいにそう呟いた。


 ようやく我に返ったのだろう。


 目の前で立ち尽くす実を見たイルシュエーレの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。


「イルシュ……」


 実が躊躇ためらいがちに名前を呼ぶと、イルシュエーレの肩が大きく震えた。


「あ……あ……」


 怯えるように、一歩退くイルシュエーレ。


「ご……ごめんなさい!」


 きびすを返して部屋を出ていくイルシュエーレを、実は追うことも止めることもできなかった。


 あれが、イルシュエーレの心の叫び。
 あの態度から察するに、本当は自分に言うつもりはなかったのだろう。


「………」


 一人部屋に取り残された実は、無言で立ち尽くすばかり。


 ―――反論できなかった。


 イルシュエーレの本音に驚いたことだけが理由じゃない。
 イルシュエーレの言葉を打ち消せるだけの言葉を、自分は持っていなかったのだ。


「人間なんか……か。」


 最終的に実が表情に浮かべたのは、寂しげな微笑みだった。

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