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第3章 人の咎
花にまつわる出来事
しおりを挟む「イルシュー、もう泣くなよ……」
池の畔で顔を伏せるイルシュエーレに、困惑している自分がいた。
「だって……また襲われたんでしょう?」
「いや…。あいつは初めから狂ってて、話をする余地なんてなかったし。もう寝かしてあるから大丈夫だって。」
確かについさっき、勝手に家に押しかけてきた奴に襲われたばかりだ。
あの事件以来、自分は迷い込んできた人間に関わるのを一切やめた。
周りでうろちょろされても迷惑なので、狂っていようといまいと、一発で昏倒させることにしている。
「でも、そんな怪我をして……」
「あ…。これは……」
右手に巻かれた包帯を指摘されて、自分はたじろいだ。
「痛かったでしょう…? 人間は、どうしてこんなことを平気でするのかしら。あなたが可哀想でならないわ。」
イルシュエーレは右手を包んで、痛々しそうに言った。
彼女の瞳から零れる涙が一つ、二つと手に落ちてくる。
「だー、もう! だから泣くなって!!」
イルシュエーレがいつまでも泣いているのに耐えきれなくなって、自分は左手に持っていたものをずいっとイルシュエーレの前に突き出した。
自分の手には、サルフィリアが一輪。
びっくりしたイルシュエーレが、きょとんとして花を凝視する。
「い……いつも、世話になってるから……お礼に…って思って。いっぱい摘んだら花も可哀想だから……一輪だけだけど。その……右手の怪我は………これを摘む時に、切っちゃっただけなんだ。朝露を含んだサルフィリアが一番綺麗だって聞いたから、朝に摘もうと思ってこっそり家を抜け出して。そしたら母さんに見つかって、びっくりしちゃって…。なんでか、まだ魔法は使っちゃだめって言われたから……だから、大したことなかったんだけど、このままにしておいた。それで余計に心配させたのは、悪いと思うけど……」
言い訳がましく言葉が長くなってしまい、だんだん声が小さくなっていく。
自分らしくないことをしている自覚はある。
ただでさえ顔から火が出るほど恥ずかしいというのに、何故いちいちその経緯まで説明しなくてはいけないのだ。
イルシュエーレが、震える両手で花を手に取る。
その顔は、信じられないと語っているように見えた。
さっきまでの涙も、いつの間にか止まっている。
「これ……私に?」
「………うん。」
照れ隠しで、自分はぶっきらぼうに返した。
「本当は、もうちょっと考えてちゃんと渡そうと思ってたのに…。イルシュが泣くか、ら!?」
急に抱きすくめられ、顔を逸らしていた自分は変な声をあげてしまった。
イルシュエーレにしてはかなり珍しく、痛いほどの力を込めてこちらの体を抱き締めて―――というより、締め上げてくる。
「ちょっ……イルシュ、苦しい…っ」
「嬉しい。」
イルシュエーレが、感極まったと言わんばかりの口調で告げた。
「こんなに嬉しいと思ったことなんて、初めてかもしれない。ありがとう。大切にするわ。」
「………」
そう言われては、こちらも余計に気恥ずかしくなってしまうではないか。
たかだか、花一輪だ。
その一輪に、ここまで喜ぶものなのだろうか。
どう返したものかと考えている間に、イルシュエーレがすすり泣き始めてしまった。
「ええっ!? なっ……泣くの!?」
ぎょっとして、言葉がストレートに出てしまう。
イルシュエーレは、少し慌てて目頭を拭った。
「ごめんなさい…。泣くなって言われたのにね。でも……嬉しくて……」
「……嬉しくても、泣くもんなの?」
それは知らなかった。
くすくすと、周りで精霊たちが笑う声が聞こえる。
それに恥ずかしい気持ちが高まったが、かといってイルシュエーレに泣くなとも言えない。
(俺……どうすればいいの?)
どうしようもなく助けを求めたい気分になったが、最終的には溜め息をつくしかなかった。
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