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第5章 精霊の王
懊悩する心
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今日も綺麗な月夜だ。
ベランダに一人佇んでいたイルシュエーレは、目の前に広がる夜空のような湖を見つめていた。
気分は晴れない。
その原因は、自分自身がよく分かっていた。
今の行動が間違っているとは思わない。
放っておけば実は多くの人間に命を狙われるだろうし、そんな実を確実に守るなら、こうして自分の領域に保護するのが一番だ。
だけど……どうしても、自分の選択を全力で肯定できない。
『人間の世界で得たものは大きいと思うし、人間の世界に行ってよかったと思ってる。』
他でもない、実の言葉。
自分と別れてからの実がどんな生活をしてきたのかは、最初に記憶を覗いたので知っている。
実の言うとおり、記憶の中の実は笑っていた。
ここにいた時よりももっと明るく、もっと無邪気に。
けれど、その日常はつらい日々を埋め立てた上に成り立っていた。
それを掘り返されてからは、またつらいことばかりが続いていて―――
別に、実は嘘をついているわけじゃない。
それは重々に承知しているのだ。
ただ、人間の世界に行ってよかったと思っている実が、それと同じくらい人間の世界に疲れているのも事実で。
今の実は、昔以上にたくさんのものを抱えている。
多くを学んで、それ故に自分勝手に身動きできなくなって、進退極まる場面に何度も直面して、それでも必死に足掻いて、なんとか立っている。
今の実には、心から休まる時がほとんどなかった。
平凡に、平和に生きられたらそれで充分。
心からそう願う一方で、そんな日々が来ないと諦めている。
実は、悲しいくらいに多くのことを諦めていた。
今生きているのだって、自分が生きたいからではなく、自分の大事な人を殺したくないからだ。
そんな悲しい心で生きてほしくない。
あの時、心底そう思った。
昔から人間の輪の中で生きることはできないと割り切っていた節があった実だったが、少なくとも昔はちゃんと生きることに前向きだった。
それなのに今は、その前向きさまでも息を潜めようとしている。
そんなの、あまりにも悲しいではないか。
実は自分が心から愛して、精霊たちにも聖域にも受け入れられた子。
昔も今も変わらず優しくて、なんにでもまっすぐに向き合う、少し真面目すぎる子。
実が望んでも人間が実を受け入れないなら、やはり自分たちがその分の愛情を注いでやりたい。
大切に慈しんで、実が望む穏やかな日々を送らせてあげたい。
だから、実はここにいた方がいいのだ。
それは何よりも明らかなのに……実は、人間の世界に帰りたがっている。
最近は自分に遠慮して外に関することは言わなくなっているが、実の心の一部はやはり、人間の世界へ向いていた。
〝周りが心配するから〟
昔の実があまり持っていなかったあの感情は、間違いなく人間の世界で得たものだろう。
イルシュエーレは、小さく溜め息をつく。
正直なところ、どうすればいいのか分からなくなっていた。
ここに来て、実は見るからに心穏やかに過ごしていた。
精霊たちと楽しそうに笑っていたし、実自身も人間の世界にいることに疑問を抱いているようだった。
ここにいることを拒む理由は、実にないはずだ。
それでもやっぱり帰りたいと思うのは、義務感からなのか、心からの願いなのか。
それは、自分が知るところではないけれど……
実には、安心できる環境でいつも笑っていてほしい。
だけど、実の望みは叶えてあげたい。
後にも先にも動けない状況だった。
自分は、人間である実に人間が大嫌いだと言ってしまった。
そう言った後に実が人間の世界に帰ることを許すのは、嫌いな人間に実を託すようで嫌だった。
人間を信用なんかできない。
だって、自分は実が襲われる場面を何度も見てきたもの。
たとえ、実の記憶の中の人間が実を助けようとしていたとしても―――
「私は……」
小さな呟きは、空気に溶けて消えていった。
ベランダに一人佇んでいたイルシュエーレは、目の前に広がる夜空のような湖を見つめていた。
気分は晴れない。
その原因は、自分自身がよく分かっていた。
今の行動が間違っているとは思わない。
放っておけば実は多くの人間に命を狙われるだろうし、そんな実を確実に守るなら、こうして自分の領域に保護するのが一番だ。
だけど……どうしても、自分の選択を全力で肯定できない。
『人間の世界で得たものは大きいと思うし、人間の世界に行ってよかったと思ってる。』
他でもない、実の言葉。
自分と別れてからの実がどんな生活をしてきたのかは、最初に記憶を覗いたので知っている。
実の言うとおり、記憶の中の実は笑っていた。
ここにいた時よりももっと明るく、もっと無邪気に。
けれど、その日常はつらい日々を埋め立てた上に成り立っていた。
それを掘り返されてからは、またつらいことばかりが続いていて―――
別に、実は嘘をついているわけじゃない。
それは重々に承知しているのだ。
ただ、人間の世界に行ってよかったと思っている実が、それと同じくらい人間の世界に疲れているのも事実で。
今の実は、昔以上にたくさんのものを抱えている。
多くを学んで、それ故に自分勝手に身動きできなくなって、進退極まる場面に何度も直面して、それでも必死に足掻いて、なんとか立っている。
今の実には、心から休まる時がほとんどなかった。
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心からそう願う一方で、そんな日々が来ないと諦めている。
実は、悲しいくらいに多くのことを諦めていた。
今生きているのだって、自分が生きたいからではなく、自分の大事な人を殺したくないからだ。
そんな悲しい心で生きてほしくない。
あの時、心底そう思った。
昔から人間の輪の中で生きることはできないと割り切っていた節があった実だったが、少なくとも昔はちゃんと生きることに前向きだった。
それなのに今は、その前向きさまでも息を潜めようとしている。
そんなの、あまりにも悲しいではないか。
実は自分が心から愛して、精霊たちにも聖域にも受け入れられた子。
昔も今も変わらず優しくて、なんにでもまっすぐに向き合う、少し真面目すぎる子。
実が望んでも人間が実を受け入れないなら、やはり自分たちがその分の愛情を注いでやりたい。
大切に慈しんで、実が望む穏やかな日々を送らせてあげたい。
だから、実はここにいた方がいいのだ。
それは何よりも明らかなのに……実は、人間の世界に帰りたがっている。
最近は自分に遠慮して外に関することは言わなくなっているが、実の心の一部はやはり、人間の世界へ向いていた。
〝周りが心配するから〟
昔の実があまり持っていなかったあの感情は、間違いなく人間の世界で得たものだろう。
イルシュエーレは、小さく溜め息をつく。
正直なところ、どうすればいいのか分からなくなっていた。
ここに来て、実は見るからに心穏やかに過ごしていた。
精霊たちと楽しそうに笑っていたし、実自身も人間の世界にいることに疑問を抱いているようだった。
ここにいることを拒む理由は、実にないはずだ。
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だけど、実の望みは叶えてあげたい。
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人間を信用なんかできない。
だって、自分は実が襲われる場面を何度も見てきたもの。
たとえ、実の記憶の中の人間が実を助けようとしていたとしても―――
「私は……」
小さな呟きは、空気に溶けて消えていった。
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