世界の十字路

時雨青葉

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第1章 見えない鎖

契約に縛られた少女

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 あの後、ドラードが落ち着くまでにどのくらい時間がかかったっけ?


 勢いに負けて話に相づちを打つだけになっていた自分はもちろん、その他の皆さんもドラードを止める余裕がなかったのである。


 あの時の皆さんの驚きぶりといったら、かなりのものだった。


 思えば、あの時ドラードに一目で懐かれてしまったのだろう。
 何故かは分からないけど。


 それ以来、ドラードも少しは周りに慣れたものの、何を察知するのか、自分がタリオンに来ると必ず飛んでくる。


 別に嫌ではないのだけど、何しろこいつの相手は疲れて仕方ない。


あるじがいないって…。さっさと決めればいいじゃん。血は繋がってるんだし、親と同じ家を守ることだってできるんだからさ。」


「うーん……でも、なんか違う気がするんだよね~。」


 ドラードは一瞬、真面目な顔で地面を見つめた。
 何が違うのかと訊ねるより先に、ドラードはまた笑顔に戻ってこちらを見上げてくる。


「ま、ぼくとしては、実との個人契約みたいな今の形でいいんだけどな~。」
「おい。」


 実は半目でドラードを見下ろす。


「正式な契約はしてないし、俺の力をほんの少し分けてるのだって、ドラードがどうしてもって言うから、契約先を決めるまでの間っていう条件で許したんだからね?」


「ちぇっ、分かってるよ。」


 ドラードは、むすっと頬を膨らませた。


 本来ならば、ドラードは母親と同じ家の人間から魔力を享受できるはずだ。
 しかし、ドラードは何故か、その家から魔力を受けることを嫌がっている。


 実は肩をすくめた。


 ドラードに魔力を分け与えていて思うのだが、守護獣に魔力を供給するというのも、割と量を必要とするようだ。


 いつかのグランが、この街の人間は守護獣に甘えて、自分に力がないことを甘受していると言っていた。


 はたまたハエルは、ここの人々は魔力がとぼしいのではなく、守護獣を生かすために力を使ってしまい、自分の意志で使える力が少ないだけなのかもしれないと語った。


 ドラードと仮契約をした実体験を踏まえると、おそらくはハエルの推測の方が正しいのだろう。


 ドラードは何かを呟きながら、足をぶらぶらとさせている。
 完全にご機嫌斜めらしい。


 そんな風にねられても、こちらは困るだけ。


 自分はタリオンに住んでいるわけではないのだから、ドラードはこの街でちゃんとした居場所を見つけた方がいいだろう。


(それに……ドラードの面倒をずっと見てたら、シャールルがかなり怒りそうだしなぁ……)


 脳裏で、うさぎがぴょんぴょんと飛び回る。


 前回の一件の時に、シャールルは自分と行動を共にしたいとかなりアピールしてきたのだが、聖獣としてイルシュエーレを助けてほしいと説得して、なんとか森に残ってもらったのだ。


 そんなシャールルがこの状況を見たら、なんと言うか。


 まあ、好かれてしまったものは仕方ないと思いはするのだけど……


「ねえ、そういえばさ……」


 ふいにドラードが体を揺らして、実を思考の海から引き戻した。


「ん、何?」


 下を見ると、ドラードはある方向を指差す。


「ちらっと見た気がするんだけど、あっちに人がいなかった?」
「え…? あ……」


 言われて思い出す。
 そういえば、確かに見た気がする。


 実は顔をしかめた。


「……やっぱり?」
「うん。」


 即答するドラード。
 実は、思わず頬を掻いた。


 自分に加えてドラードまでそう言うのなら、さっき人を見かけたのは間違いなさそうだ。


「戻ってみようか。どうせ帰り道だし。」


 ドラードを抱っこしたまま、実は元来た道を歩き始めた。


 とはいっても、相手も人間だ。
 向こうも歩き回っていたとしたら、さっきの場所にいるとは限らない。


 下草を掻き分けながら、周りにくまなく意識を向ける。


「あ、いたよ!」


 その影を見つけたのは、ドラードが先だった。
 ドラードが指差す方向に、茂みに隠れるようにして小さな体が見える。


「子供?」


 実は首を傾げる。


「ねえ、どうしたの?」


 声をかけると、うずくまっていた子供の頭が長い時間をかけて上がった。


 小さな少女だった。
 ひどく薄着の彼女は、地面を握り締める手を微かに震わせている。


 顔を覆い隠すほどに伸びた黒い前髪の隙間から、吸い込まれそうな同系色の瞳が覗く。


 その瞬間―――


「わっ…」


 突然実の腕から力が抜けて、全くそれを予期していなかったドラードが地面に落ちた。
 しかし、実はそれを気にも留めない。


 実は目を大きく見開いて、少女を凝視していた。


「君……」


 ゆっくりとしゃがんだ実は、少女と目線を合わせる。
 そして―――次の瞬間、少女の肩を勢いよく掴んだ。


「君……一体、何があったの!? なんでそんなに何重にも契約してるんだ!?」


 表情を険しくさせて、目元を歪める実。


 この少女の魂は、いくにも結ばれた契約でがんじがらめだった。
 しかも、その全てが少女にとっていいものではない。


 この少女の周りに漂う雰囲気は、ひどく不穏でいびつだ。


 少女は何も答えない。


 実とドラードが見つめる中、光を反射しないうつろな瞳が、ふとまぶたの向こうに消えた。


 目を閉じた少女は、そのまま実の胸に倒れ込む。


「ちょっ……」


 一瞬慌てた実だったが、少女の体を抱いた途端に顔色が変わった。


「ひどい熱だ。」


 これはまずい。
 事情云々うんぬんの前に、一刻も早く休ませなければ。


 実は、即座に少女を抱き締めて立ち上がった。


「ドラード、肩に乗って。とりあえず、じいちゃんに連れていく。」


 こちらの指示に頷き、ドラードが肩に乗ってくる。


 それを確認して、実は左手を素早く動かして腕輪を外すと、慣れた手つきで腕を振った。


 まぶたの裏にタリオンの屋敷を思い浮かべ、現在地から目的地までのパスを繋ぐ。


 一つ呼吸を置いて魔法に集中した実は、次元のはざに向けて地を蹴った。

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