世界の十字路

時雨青葉

文字の大きさ
595 / 714
第2章 無限の力

オルリスの蕾

しおりを挟む
「キース!!」


 顔を見なくとも尚希の声であることは明確だったので、拓也は尚希の言葉に応えるより先に彼に詰め寄り、その胸ぐらに掴みかかっていた。


「お前、今までどこに―――」


「待った待った! ちょっとニューヴェルに帰ってたんだって。ギリギリまで粘ってたら、思った以上に時間がかかって。遅くなって悪かったよ。」


 まあまあ、と拓也をなだめる尚希の手には、よく見ると何かが握られていた。
 拓也は半目で尚希を睨むと、その手の中身をひったくる。


 それは、一つの封筒だった。


 真っ白い封筒のすみには淡い色合いでつる薔薇ばらが描かれており、中央には丁寧な文字で〈ご招待〉と書かれている。


「……招待状?」


 胡散臭そうに片眉を上げる拓也。
 尚希はそれに対して表情をやわらげると、さっと封筒から便せんを取り出した。


「数ヶ月に一回ある会合への招待状だよ。差出人は、レイキーの防衛大臣と勤めているワイリー・ラルス侯爵。アイレン家にコンタクトを取ろうとしてきてる奴らの一人だ。」


 続けて、尚希は便せんにつづられた文面を朗読し出す。


「貴殿は、オルリスの蕾に興味はあるでしょうか? 我々は、オルリスの蕾を蕾のまま手に入れました。これは、貴殿の街にも大きな利をもたらすでしょう。興味があるなら、一度見に来てみることをお勧めします。」


「……なんだよそれ?」


 レイキーという単語が出てきたので少し期待したのに、ただ植物観賞に来いと言っているだけではないか。


 くだらないと言い捨てる拓也とは対照的に、尚希はこの手紙に何かを見出だしているよう。


 その目には、それだけ揺るぎないものが宿っていた。


「オルリスっていうのは、レイキーのとある高山のみに育つ植物でな。強い毒性を持っていて、蕾の時のオルリスの毒は、煎じた液一滴で人一人を殺せると言われている。でも、このオルリスは環境の変化にかなり弱くて、人工栽培はまず不可能。強力な毒を持ちながら、その高山以外では生存できないほど弱い植物……」


 そこまで語った尚希の瞳が、きらりと光る。




「―――レイキーでは、〝鍵〟の暗喩なんだよ。」
「!?」




 拓也の表情が一変する。
 尚希はさらに続けた。


「蕾のオルリスは、かなりデリケートでな。それこそ、地面から抜くだけでも一気に弱るらしい。そんなものを、手元に置いておけるはずがないだろ? これが単純な文面だけの手紙じゃないなら、ワイリーが言いたいことは……〈〝鍵〟を手に入れたから言うことを聞け〉ってことだろうな。」


 ひらひらと、尚希は手紙を指先でもてあそぶ。


 この手紙はまさしく、ニューヴェルの領主に向けられたものであろう。


 オルリスの蕾が示す、もう一つの意味。
 レイキー国外の人間でそれを知っている者は一握りしかいない。


 もしもこの手紙の意味を正確に理解したならば、アズバドルの人間であるニューヴェルの領主は誘い出されずにはいられない。


 アズバドルの人間は〝鍵〟の存在に敏感だ。
 だからこそ、手紙の真偽を見定めるために必ず乗り込んでくる。


 手紙の送り主であるワイリーは、そう考えたのだろう。


 そのついでに、今のニューヴェル領主の知識についても品定めができて一石二鳥というわけだ。


 このタイミングで届いた〝鍵〟をほのめかせる手紙。
 罠である可能性は高い。


 おそらく、ワイリーはこの機会を足掛かりに、ニューヴェルへ交渉を迫ってくるはずだ。


 対等な協力関係を築くにしろ、弱みを握って支配下に置くにしろ、ニューヴェルを腹に抱えられればあちらのもの。


 そこで懸念となるのが、すでに実がワイリーの手中にいる可能性が高いという点。


 万が一にも実との関係に勘づかれることがあれば、実がそのまま人質にされかねない。


 こうして考えると、かなり危険な綱渡りとはなるが―――


「実がここにいる可能性が高い以上、誘いに乗ってやらない手はない。」


 尚希は、挑むように笑う。


 こうして正式な招待状があるのだから、敵に警戒される心配はほとんどない。


 こんなものを送ってきた時点でワイリーが自分と実の関係性を知らないことは明らかだし、彼もニューヴェルの人間が〝鍵〟と懇意にしているとは予想もしていないだろう。


 今ばかりは、自分にのしかかるこの立場も強力な切り札となる。
 あとは自分の立ち回り次第だ。


「確かに、いい方法なのかもしれないけど……」


 言葉をにごす拓也。


 拓也のことだからすぐさま食いついてくると思っていた尚希は、躊躇ためらいがちなその反応に違和感をいだく。


 拓也は尚希に気遣わしげな視線を送りつつも、おずおずと口を開いた。


「尚希は、それで大丈夫なのかなって…。それを使えば堂々と乗り込めるけど、尚希の立場が色んな奴らにばれるってことだろ? 尚希はアイレン家のことはあまり知られたくないって言ってたし、地球での暮らしを気に入ってたから、いいのかなって思って……」


 拓也は目を伏せる。


 アイレン家はこれまで、表立った交流をけてきた。


 それ故に内情を知られることがなく、尚希が代理を立てて領主の座を空けていても大きな問題には発展しなかった。


 尚希が以前語っていたが、ニューヴェルのような多国籍の寄せ集めのような街は、一つの家が取りまとめることがかなり大変らしい。


 他の似たような街では、様々な国籍の代表者が管理組合を作り、複数人で街の治安を守っているそうだ。


 そんな特色を考えるなら、アイレン家だけが領主としての特権を持つニューヴェルはかなり特殊なのだろう。


 別の言い方をすれば、ニューヴェルの重鎮たちがアイレン家に寄せる信頼の厚さが顕著に表れているということ。


 カルノが領主代理を務められているのも、アイレン家の直系である尚希が強く推薦したからだというではないか。


 そんな尚希がこの招待状を持っておおやけの場に出てしまったら、注目されることは必至。


 今までは名前だけでしか知られていなかった、莫大な権力を持つ謎の領主ことアイレン家。


 好奇心と欲にえた貴族どもが、アイレン家の人間を逃がすとは到底思えない。


 尚希がしようとしていることは、彼自身をニューヴェル領主の座に縛りつけることに他ならないはずだ。


 地球での暮らしに満足していた尚希にとって、それはつらくないのだろうか。


 自分が心配するところはそこだった。


 もちろん、実を助けたい気持ちはある。
 しかし、尚希に無理をするような手段を取ってほしくもない。


 そんな複雑な心境から、浮かない顔をして視線を落とす拓也。
 その肩に、そっと尚希が手を置いた。


「なんだ、そんなことを気にしてたのか?」
「……えっ?」


 拓也は、思わず顔を上げる。


 目をしばたたかせる拓也の瞳に映る尚希は、どこまでも穏やかで優しげな表情を浮かべていた。


「大丈夫だよ。元々、地球からニューヴェルに戻ってきた時点で、この立場を受け入れてはいたんだ。リラステに自分を食わせようとしたのは、紛れもないオレの意志だっただろ?」


 指摘されて目を見開く拓也に、尚希は破顔する。


「それに、性懲りもなく逃げる気でいるなら、エーリリテたちに自分のことを次期領主だなんて言わねぇよ。」


 それで、はたと思い出す。


 リラステの一件が片付いた後、尚希は自分のことを次期領主だとはっきり口にしていた。


「リラステの件はもう片付いたんだ。オレが腹をくくれば、しがらみなんかないんだよ。これはいいきっかけだ。そろそろ目新しいものでも仕入れないと、街の奴らが退屈しそうだしな。」


 一片の迷いもなく、晴れやかに語る尚希。
 拓也はそれに何も言えず、ただ尚希を見つめるしかなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日発売! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 12日には、楽天koboにおいてファンタジー5位となりました!皆様のおかげです! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 オリコンランキングライトノベル 週間BOOKランキング 18位(2025年9月29日付)

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

処理中です...