世界の十字路

時雨青葉

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第3章 潜入

驚き二重奏

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「そういえば……」


 尚希は、ふと辺りを見回す。


「今日は、ルーナちゃんは一緒じゃないんですか?」


 彼は、このような社交の場には必ず一人娘のルーナを連れてくる。
 何度か面識はあるのだが、見回す限り近くにはいないようだ。


「うむ…。あれには困っていてね。」


 ベトラはけんにしわを寄せ、悩ましげにうなった。


「あの子も、もう十九になる。将来的には私の跡を継ぐわけだから、早く相手を見つけてもらいたいのだが……あの子自身が大の人見知りでね。こういう場に来ると、すぐに逃げてしまうんだよ。婚約者探しも難航しているんだ。」


「そうなんですか? 記憶では、そんなことなかったように思いますけど……」


「あれは、キース君がルーナにとってもう慣れた相手だったからだよ。慣れさえすれば大丈夫なんだけど、慣れるきっかけすら与えようとしないものだから……」


「それはそれは……」


 ベトラの溜め息混じりのうれいにそう相づちを打ちながら、尚希は再び室内を見回す。


 記憶ではそんな印象はなかったが、何せルーナに最後に会ったのは五年以上も前のことだ。


 ベトラがそう言うならば、それが今のルーナなのだろう。


 商売を生業なりわいとする人間に、コミュニケーション能力は必須。
 ベトラが嘆く気持ちも分からなくはない。


「ん?」


 ふとその時、にぎやかな会場の中をせわしなく動き回る人の姿が目についた。
 たまたま目に入ったその姿に、尚希は目を丸くしてまばたきを繰り返す。


「どうかしたのかい?」
「いや……あれ……」


 尚希が指差す先を見たベトラが、それはもう驚いた表情を浮かべる。


 それもそうだろう。


 二人の視線の先では、ルーナと思われる女性が会場内をうろうろと歩き回り、自ら他人に声をかけまくっていたのだから。


「ルーナ…?」


 ベトラが思わず声をかけると、それに反応したルーナが笑顔でこちらへ向かってきた。


「お父様……あれ、キースお兄様!?」


 尚希の姿を見て、ルーナは心底驚いたような顔をする。


 おそらく、会場を抜け出していたせいで、ニューヴェルの人間が来たという騒ぎを知らなかったのだろう。


「わあ、何年ぶりでしょう。お元気でしたか?」


「このとおり。ルーナちゃんも元気そうで何より。すっかり美人になっちゃって。」


「やだ、キースお兄様ったら…。そんなことありませんって。」


 照れているのか、ほのかに顔を赤らめるルーナ。


「ルーナ、お前……」


 未だに戸惑っているベトラが、なかば茫然と口を開く。


「今まで、パーティーって言えば逃げ出していたじゃないか……」
「わ、私だってやればできるのよ! どう、驚いたでしょう?」


 誇らしげに胸を反らすルーナを横目に見つつ、尚希は驚いたもう一つの要因である人物に声をかける。


「で、お前は何してるんだ?」
「……おれにも分かんねぇよ。」


 重い溜め息を吐き出して、拓也はようやくルーナから解放された腕をぐるぐると回す。
 その顔からは、ひどい疲れが見て取れた。


「あら、キースお兄様の知り合い?」


 二人の会話を聞き取ったルーナが、くるりと振り返ってくる。


「知り合いも何も、オレの連れですよ。」
「……ティル・ルナドールと申します。」


 相手が尚希の知り合いとなれば名乗らないわけにもいかず、拓也は観念して名を口にした。


「ティルは、オレの後輩なんです。これがまた優秀な奴で、今後ニューヴェルに引き抜いて色々と手伝ってもらおうと思っているんです。連れてくるのに、苦労したんですよ~。」


 笑顔でさらさらと嘘八百を並べていく尚希に複雑な気持ちになってしまう拓也は、表情を変えないようにするので精一杯だった。


「ふむ…。若く見えるが、いくつだい?」


 尚希の言葉が嘘だと思うはずもなく、ベトラは興味深そうに拓也を上から下まで眺めている。


「十六です。」


 拓也が答えると、ベトラは目をまんまるにした。


「そんなに?」


「将来有望株筆頭です。頭が切れるだけじゃなくて腕も立つもんで、つばをつけておく意味も込めて、こっそりとオレの専属騎士の地位を与えていたりします。」


 ちなみに、これは嘘じゃない。


 庶民の拓也をワイリーの屋敷に堂々と同行させるために、尚希が特権を行使して相応の立場を用意したのだ。


 ……まあ、任命時期や任命に至る功績はかなりでっち上げていたけれど。


 そんな権力者の横暴を自慢げな笑顔で隠し、尚希は当然のように語る。


 その笑みはあまりに自然で、はたから見る拓也ですら〝こいつ本気か?〟と思わずにはいられないほどに完璧な笑顔だった。


「それは、つばをつけておくどころの話じゃないよね? あの場所の人材は、すでに国がお抱えでしょうに。」


「だからこそ、一人くらいかっぱらってもいいじゃないですか。オレの機嫌を損ねたくなけりゃ、あちらも問題にはしてこないでしょう。というか、オレだってあそこの一員として最低限の義務には従うわけですし、そのささやかな見返りと思っていただきたいですね。」


「ちなみに、彼の実力は何本指に入るほどなんだい?」


「今は十ってところですが、数年後には三本指に入るくらいに成長しているのではないかと!」


「それは、ささやかな見返りとは言わないのでは?」


「世の中、何事も早い者勝ち、出し抜いた者勝ちです。」


「やれやれ…。本当に立派になったもんだ。君が無事に次代を受け継げば、ニューヴェルも今後五十年は安泰だろう。」


 半分感心、半分困惑といったような息をつくベトラ。
 ちょうどその辺りで、会場内に音楽が流れてきた。


「おや、もうそんな時間か…。二人とも、ダンスはひと通りできるかな?」


 ベトラは顔を上げて辺りを見回し、急にそんなことを訊ねてきた。


「え? まあ、あそこでは必須の教養でしたけど…?」
「そうか、それはよかった。覚悟しておいた方がいいよ。」
「んん?」


 尚希が首をひねるのと、数人の女性たちが尚希たちの元へ駆けてくるのは、ほとんど同じタイミングだった。


「私と踊ってください!!」
「………っ!?」


 目を見開いて女性たちとベトラを交互に見る尚希と拓也に、ベトラは笑顔で続けた。


「ここは、女性がかなり積極的でね。お誘いいただいたら、男性に拒否権はほとんどないんだよ。」


「………」


 二人は何も言えず、ただこの場の雰囲気に飲まれるしかなかった。

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