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第4章 接触
情報という名の撒き餌
しおりを挟む(なるほど、そうきたか……)
それぞれがソファーに座った後、尚希は内心とは真逆の穏やかな表情を浮かべてワイリーを見つめる。
表立った交流を避けるニューヴェルの人間に接触するために、元々交流のあったベトラを間に入れることを選んだか。
確かに、こういう手を使われると、こちらとしては面会を拒むことができない。
ベトラも、こんな社交の場に来てまで、自分が他人との交流を拒むとも思っていないだろう。
もしかしたら、ベトラはアイレン家へ繋がるパイプ役として、最初からワイリーに目をつけられていたのかもしれない。
「それにしても、ニューヴェルの方がいらっしゃったとは聞いていましたが、こんなにお若いお二人だったとは思いませんでしたよ。」
「ええ、そうですね。ここに来てから、多くの方に言われました。期待外れでしたら申し訳ありませんが……」
食えない奴だ。
愛想よく受け答えをしながら、尚希は思う。
好意的な笑顔を浮かべてはいるものの、その裏にいくつも仄暗い魂胆を持っているように見える。
実を捕らえている人間かもしれないという先入観がそう見せるのかもしれないが、ワイリーの隣にいるベトラの純な笑顔とは明らかに違うのだ。
しかも―――
「………」
ちらりと、尚希はワイリーの手元に目をやる。
そこには、翡翠色の石がはめられた指輪があった。
細やかな蔦模様が刻まれたその指輪には、見覚えがある。
あれは、魔法返しの指輪だ。
元は魔法を使用した犯罪から身を守る目的で作られたもので、害意のある魔法が使用された時にその効果を術者へ返す効果がある。
(オレたちへの対策はしてあるってことか……)
アズバドルの人間を呼ぶということもあって、それ相応の対策はしているようだ。
(油断ならないな。)
小さく息をついた尚希は、目の前で湯気を上げる紅茶を眺める。
彼は、この湯気のように実体が掴めない。
こちらの警戒心を知っているのか知らないのか、ワイリーはあくまでもにこやかに笑いかけてくる。
「いやいや、逆に感心したんですよ。その若さでニューヴェルの名を背負ってこういう場に出てくるなんて。私たちのような年代の人間ばかりに捕まって、正直居心地が悪かったでしょう? それなのに、周りに引けを取らず堂々としていたと聞いて、これは一度お会いせねばと思ったのです。ニルケーウォル伯爵には、無理を言ってしまったけれど……」
「いえ、本来なら私の方からご挨拶に伺うべきだったところを、わざわざご足労いただいてしまって申し訳ありません。明日にでも伺おうかとは思っていたのですが、遅かったようですね。」
茶目っ気を含めて言うと、ワイリーの隣に座るベトラがほっと息をつくのが分かった。
やはり彼は、ワイリーを連れてきたことが自分を不愉快にさせたのではないかと、多少なりとも気にしていたようだ。
こう言ったことで、彼が抱えていた心労の大体は取り去ってやれただろう。
元々、これを機にアイレン家の方向性を変えていくつもりだったのだ。
付き合いが長いベトラには、変な気遣いをさせたくない。
「……さすが、あのニューヴェルを率いているだけのことはありますね。」
「キース君の優秀さは、私が保証するよ。小さい頃から、キース君には商売人ならではの悪知恵がきちんと身についていたからね。私も、いつ言い負かされる日が来ることか。」
尚希がさして気にしていないことが分かったのか、ベトラの口調が一気に明るくなった。
……が、その分いくらか口が軽くなっているようだ。
彼はそのまま、上機嫌でワイリーにこちらのことを話そうとする。
「お二人とも、買い被りすぎですよ。」
尚希は苦笑を浮かべて、やんわりと二人を制する。
本人がいるということもあって、このままでは気をよくしたベトラが何を言い出すか分かったもんじゃない。
だが、向こうに食いついてもらうためには、多少は情報を漏らさなければならない。
それは計算の内だし、覚悟もできている。
「私は、まだ領主補佐の立場なんです。近年の功績は代理人が築いたものですし、そんなに持ち上げないでください。」
「でも、君がこんな公の場に訪れたということは、君が領主を正式に継ぐのも時間の問題なんだろう?」
予想したとおりの言葉をベトラが口にする。
そして、それにワイリーが目を丸くして話に割って入ってきた。
「そうなんですか?」
興味津々といった様子で、ワイリーが尚希を見つめる。
「ええ、まあ……」
尚希は控えめに頷いた。
「先代の父が死んでから、かなり経ちますからね…。周りも、いつまでも代理を立てていないで、早く次の領主に収まれとうるさくて。」
「先代は、すでに亡くなられていたのですか…?」
「ええ。父が亡くなってからは親戚が一時的に領主を務めていましたが、その親戚も十年前に亡くなっています。それからは、私が指名した代理人が領主の仕事をしている状態です。」
少し込み入った事情を話すだけで、ワイリーの表情が面白いほどに変わっていく。
「そんな……全く知りませんでした。」
「それが、私たちのやり方ですから。」
尚希は穏やかな表情に、少しだけ意地悪い笑みを交える。
「私たちが掲げるのは平等な商売です。それを守るために、アイレン家は個人的な交流というものを徹底的に避けてきました。情に走って、人々を取り締まることに必要な客観的視点を曇らせないために。」
「なるほど……」
「まあ、それで賄賂などが完璧に払拭できているとは断言できませんが…。それでも、ニューヴェルが他の貿易都市よりも安定的な治世だということには自信があります。仮に個人的な交流があったとしても、仕事においての優遇は一切ありません。それは、ニルケーウォル伯爵がよくご存じだと思います。」
ワイリーが、確認するような仕草でベトラに視線を向ける。
それにを受けて、ベトラは深く首を縦に振った。
アイレン家のような強い権力を持つ家が外部からの介入を避けるには、周りが納得できるだけの理由が要る。
リラステの存在を隠すために、アイレン家はそういう方針を取ることで表面上の平静を装った。
代々の領主が短期間で変わってしまうことも、普通に周りと接していたら大問題になっただろう。
それが今の今までまかり通っていたのも、平等という理想を掲げて徹底的に自らを隔絶してきた結果なのだ。
もちろん、その理想が認められるだけの力量を先祖が持っていたことも大きな要因だが、それだけではないことを自分自身も実感している。
「こういうことです。」
尚希は最後に、ワイリーに対して裏を含ませた表情で笑いかけた。
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