世界の十字路

時雨青葉

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第7章 月呼び

共鳴に気付く時

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「拓也……拓也!!」




 激しく鼓膜を叩いた声に、拓也はハッと目を開く。
 最初に目に入ったのは、地面と実の足だった。


「……え?」


 拓也は、目をぱちくりとさせて地面を見つめた。


「ちょっ……拓也!?」


 慌てふためいた、聞き馴染みのある声。
 それに、やっと顔を上げなくてはと思い至る。


 ゆっくりと顔を上げてみると、実の困惑と焦りがない交ぜになったような顔が出迎えた。


 実の傍には、急な事態に慌てて近寄ってきていた尚希とヤウレウスの姿もある。


 珍しいことだ。
 あの実が、こんなに慌てるなんて。


 なんだか筋違いなことを思っているとは自分自身でも分かっていたのだが、それをどうにかすることはできなかった。


 未だに薄ぼんやりとしている意識が、実をじっと注視している。


 何故だか、実から目が離れないのだ。


「大丈夫? 急に座り込んで……やっぱり、拓也もきついんじゃないの?」
「………?」


 実に言われて、拓也はようやく自分の状況に目を向けた。


 実の前に片膝をついているという自分の体勢。


 実の言うとおり、それは調子が悪くて座り込んでしまっているようにも見えなくもない。


 しかし、特に体調が悪いわけではない自分からすると、この姿勢は全く別のものに見えていた。




 ―――それはまるで、騎士の礼のよう。




 そう思い至った拓也は、目を丸くする。


(なんで……おれ……)


 余計に状況を飲み込めなくなってしまい、まばたきを繰り返すしかなくなる。


『君の魂があるじだと認める者に出会った時、君は知らず知らずのうちにこうべを垂れるだろう。』


 その時、光の中で聞いた声が脳裏で反響した。


(え……おれ、もしかして―――)


 慌てて実へと視線を戻す。
 思い至った途端、心臓が急にその存在を訴えて大きく脈打ち始めた。


 自分が膝をつき、実が自分を見下ろしているという構図。
 違和感だらけのはずなのに、自分の心は何故かこの構図にとても納得していた。


 ―――これが、本来あるべき姿なのだと。




(おれ、実を……あるじだって、認め…た?)




 理性がようやく、本能に追いついた。
 そのせつ、これまでの記憶が脳裏を駆け巡る。


 どうして自分なのか、と。
 どこか戸惑いながら実は訊いた。


 実に何かある度に心配性が悪化している、と。
 困ったように尚希は笑った。


 どうして実のこととなると居ても立ってもいられないのか、と。
 自分は常々疑問だった。


 過去の自分に対する違和感が、瞬く間に消えていく。
 無秩序に思えたこれまでの行動に、明確な理由が生まれる。


 点と点が、一つの線として繋がる―――


「た、拓也…?」
「おい、そろそろ返事しろって。」


 呼びかける実と、困惑する尚希。
 すっかり参った様子の実が、とうとう膝をついて両肩を掴んできた。


 気遣わしげにこちらを覗き込んでくる薄茶色の瞳を真正面から見つめて、拓也はすっと目を閉じる。


(そっか……)


 別に、これまでの行動は大袈裟なものでもなんでもなかったのだ。
 消化できていなかった何かが、すとんと腑に落ちた気分だった。


『僕らが指すところの主従関係っていうのは、魂同士の共鳴のこと。』


 思い返した彼の言葉に、ああそうかと思う。


 きっともう、魂は知っていたのだろう。
 実に初めて会った、あの時から。


 腕の中で、やりが微かに震えている。


〝気付くのが遅い〟


 なんとなく、そう言われているように感じた。


(ごめんな。)


 心の中で詫びを入れ、拓也は目を開く。
 そして、実に向けて穏やかな微笑みを返した。


「ん、大丈夫。」


 もう大丈夫。


 実への―――そして自分へのものとして、その言葉は深く胸に染み込んだ。


「本当に?」


 実が訊ねる。


「本当。」


 拓也は頷く。
 すると―――


「………よかったぁ……」


 がっくりと、実が肩を落とした。


「びっくりさせないでよ。ずっとぼーっとしてるから、心配になったじゃんかぁー…」


 よほど安心したのか、吐き出された息は相当深いものだった。


「ごめん。さっきの光にやられて、まともに頭が動かなくてさ。」
「あー、あれね。なんだったんだろ、あれ。」
「さあ?」


 実の疑問をさらりと流した拓也は、勢いよく立ち上がる。


「さてと。ほら、もう行こう。お前は、一刻も早く休んだ方がいい。」


 釈然しゃくぜんとしない様子でこちらを見上げてくる実に向かって、拓也は手を差し出す。
 実はそれに首を傾げたものの……


「う、うん……」


 最終的には、素直に拓也の手を取った。


「誰か、彼を丁重に案内してくれ。」


 拓也が実を立たせたのを見て、ヤウレウスが近衛このえ兵たちへと指示を出す。


 それに従って近付いてきた兵士の一人に実を託し、拓也はしばしその後ろ姿を見送った。


 周囲を守るように囲まれた実は、非常に複雑そうな表情。


 慣れない待遇に居心地が悪いのだが、相手の立場を考えると文句も言えないといったところだろう。


 尚希とヤウレウスがその後に続き、拓也もそれを追うように歩を進めた。


「………?」


 ふと、やりを握る手から伝わる振動。
 思わず立ち止まった拓也の頬を、後ろから柔らかい風が抜けていく。


 見えない糸に手繰たぐり寄せられるように、拓也は後ろを振り返って―――


「なっ…!?」


 思ってもみなかった光景に、呼吸を忘れることになった。
 そんな拓也に向かって、彼は笑いかける。


「言ったでしょ? 僕は嘘をつかないって。ようやく気付いたんだ?」


 人差し指を口元で立てて悪戯いたずらっぽく笑う彼の姿は、すぐに空気に溶けて消えていく。


 それを、ただ茫然と眺めていただけの拓也だったが……


「……ふ…」


 小さく肩を震わせて、笑い声を漏らした。


「まったくだ…。お前には負けたよ。」


 なんとなく気が抜けて、拓也は力なく肩を落とすしかない。


 結局は、全部仕組まれていたのかもしれない。


 自分の意志で選び取ったはずの道も、本当は自分がそうあるように誰かに計算し尽くされているのかもしれない。


『こうやってここに立ってると、尚希とおれが地球に行ったことも、そこで実に会ったことも、全部が運命だったんじゃないかって思うよ。』


 いつか、実へ向けた言葉がよみがえる。


「ティル?」


 その時、いつまで経っても追いついてこない自分を不審に思ったのか、軽く息を弾ませながら尚希が戻ってきた。


「どうしたんだ?」


 どうやらヤウレウスたちを待たせているらしく、尚希はちらちらと窓の向こうを気にしている。


「なんでもない。今行くよ。」


 そう答え、拓也はバルコニーを離れた。
 早足の尚希に続く拓也の表情は、心なしか暗い。


 脳裏に浮かぶのは、実のはかなげで悲しそうな笑顔。


 実が全身全霊で運命に逆らおうとしているのは分かっている。


 実が全てを運命だからと諦めてしまっていたら、自分も実もここにいなかっただろう。


 どうしようもなく運命の力強さを感じる瞬間は多々あれど、全部が全部運命に踊らされた結果じゃないと思いたい。


 それでも……この今が、運命というレールを走って辿り着いた先でしかないというならば―――


「………」


 拓也は、ぐっとやりを握り締める。
 その瞳はどこまでもまっすぐで、揺るぎない決意をたたえているようだった。

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