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第2章 声
駆け引き
しおりを挟む「遅かったね。待ちくたびれたよ。」
侵入者は隠れるでもなく、堂々としてクルオルを出迎えた。
「実……さん?」
クルオルは、唖然としてその場に立ち尽くす。
部屋の中に置かれた椅子にゆったりと腰かけ、退屈そうに欠伸をする実。
頬杖をついて足を組むその姿は、まるでここが自分の所有物であるかのような態度だ。
しかしその態度、その仕草、その雰囲気は息を飲むほどこの部屋に合っていて、見る者に全く違和感を抱かせない。
実の全身から漂う、圧倒的な何か。
それに魅入られて、クルオルはしばし言葉を失うことになってしまった。
「………」
そんなクルオルを、実はじっと観察する。
今は、あえて腕輪を外している。
棒立ちになっているクルオルは、枷が外れたこの魔力に圧倒されているといったところだろうか。
実は、見せつけるように欠伸をもう一つ。
そんな実の行動でクルオルはようやく我に返ったらしく、その表情に険しいものを浮かべた。
「こんなところで何をしているのですか? いくら客人とはいえ、ここに立ち入ってもらっては困りますよ。」
「だって、ここにはあんたと長以外は入れないんでしょ? 内緒の話をするなら、ここしかないと思ってさ。」
実はパチンと指を鳴らす。
すると、開け放たれたままだった扉が勢いよく閉まった。
クルオルは扉を一瞥し、警戒心を露わにして実を睨む。
「そんなにピリピリしないでほしいな。別に喧嘩しようってわけじゃないんだ。今のは扉を閉めたついでに、この空間に結界を張っただけ。」
「そんなに聞かれたくない話なのですか?」
「そうだなぁ……聞かれると都合が悪いのは俺っていうよりは、あんたっていう方が正しいんじゃないかな?」
「おっしゃる意味が分かりかねますが。」
クルオルは無表情のまま、雰囲気だけを張り詰めさせていく。
しかし、それとは正反対で、実は全く緊張感を持たずに椅子に身をうずめていた。
さすがに、ここまで警戒されるとは予想していなかった。
話をするためにここに入り込んだのだが、それが間違いだったのかもしれない。
まあ、ここまでしないと自分が望む情報は得られないだろうと判断したから、こうしてしているのだけど。
実は呆れたように溜め息をつき、両手を上げる。
「だーかーらー。俺にはあんたと敵対する気はないってば。そんなことをしても俺に得はないし、むしろ都合が悪くなるだけだって。どうせ、俺はここから出られないんだろうから。」
「出られない?」
「あれ、まだとぼけちゃう?」
頬杖をついたまま、実はクルオルを見上げてにやりと笑う。
「俺が、何も気付いてないとでも思ってるの?」
協力してほしいと事情を説明しながらも、クルオルは核心に触れる部分を隠している。
それにはすぐに気付いていた。
危険がないとは言い切れないと言っていた手前、全ての真相を話すことが危険を招くと判断してのことだったのかもしれない。
だが生憎と、こちらは何も知らないまま利用されるのはごめんである。
実は静かに椅子から立ち上がった。
途端にクルオルが身構えるが、それには構わず両耳に下がるイヤリングを取る。
それを右手に乗せてクルオルに向かって差し出すと、クルオルは怪訝そうに眉を寄せた。
こちらの意図することが分からないのだろう。
実は、挑むように口の端を吊り上げた。
「さあて、色々と教えてもらいましょうか? さもないと―――」
実は右手に魔力を集め、イヤリングを自分の魔力で包んだ。
魔力の球に包まれたイヤリングは、ふわりと手のひらから浮き上がる。
「これ、壊しちゃうよ?」
「―――っ!?」
クルオルが、ここで初めて表情を大きく変えた。
これまでは何事にも無表情を徹底していた彼の瞳に表れたのは、動揺と焦り。
「ふーん…。やっぱり、これに何かあるんだ?」
希望どおりの反応に満足し、実はイヤリング入りの球をボールのように投げては取るを繰り返す。
急に聞こえるようになった謎の声と、以前の拓也からの指摘。
それらから、自分に渡されたこのイヤリングが何かしらの鍵なのだとは感じていた。
それを確かめたくて鎌をかけたのだが、どうやら大当たりらしい。
落ちてきた球をキャッチし、実はクルオルに鋭い視線を向ける。
「なんか脅しみたいになってるから、もう一度言っておくよ。俺には、あんたと敵対する気はない。ただ、教えてほしいだけなんだよね。あんたは……―――いや、あんたたちは、俺に何をしてくれたのかな?」
「………」
クルオルは、強情にもまだ口を閉ざしている。
(よくできた部下だな。)
実はすっと目を細め、球を持つ手に力を込めた。
球体が軋み、ガラスにヒビが入るような音を立てる。
「………っ」
追い詰められていく様を示すように、クルオルの表情がどんどん歪んでいく。
ここから、長い耐久戦が始まるのだと思われた。
しかし―――
「クルオル、もうよい。」
その声は、突如として脳内に響いた。
穏やかな口調のその声に、クルオルがハッとして目を見開く。
「お、ようやく出てきた。ここに入ってから、ずっと無言だったくせに。」
目的達成だ。
表情を和らげた実は、イヤリングを魔力の拘束から解放した。
そして、右手に落ちてきたイヤリングを自分の耳へとつけ直す。
「おや、脅しは終わりか?」
「まあね。」
実は微笑み、両腕を組んで椅子に腰を下ろした。
「あんたを引きずり出せばこっちの勝ちだって思ってたし、これ以上はクルオルが可哀想だしね。」
クルオルを見やると、彼はなんとも複雑そうな顔で視線を落としていた。
この駆け引きにおいて、クルオルはどちらかというと被害者だ。
この謎の声を確実に捕らえるためには、申し訳ないが彼に崖っぷちに立ってもらう必要があった。
もしもこの声が自分の思う人物なら、有能な部下のピンチを前にして出てこないわけがない。
「あんたが出てきたってことは、もうしらばっくれる気はないんでしょ。―――ノルンさん?」
相手が目の前にいないので虚空を見上げ、実は確信に満ちた声で問いかけた。
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