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168,催眠術師

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「そうそう、報酬は弾むから、すぐ来てもらえる? うん、よろしくー、じゃ、またあとで」
 梨沙はにこやかに笑いながら通話を終了した。
「今から事後処理の達人が来るから、それまでネリアくんの体をチェックしないと」
「体のチェック? 大丈夫だって、別に血出てないし。まあ、多少内臓は軋んでるけど」
「はいアウト! だって銃で撃たれたんだから、検査しないとダメ!」
 梨沙がぐわーっと怒る。
「わ、わかったよぅ……しなくちゃだめか?」
「ダメです」
「はい……」
 結局魔術検査により、肋骨にヒビが入っていることがわかった。
「ほらー! やっぱりダメじゃーん!」




「痛たたた……」
「ほら、治ったんだからシャキッとして!」
「痛い! 背中を叩かないで!」
 骨折を魔術により修復してもらったんだけど、それが異様に痛いの! もう激痛すぎてなんど呼吸できなかったんだけど!
「あー、未だに涙が流れて来やがる」
 顔ひきつっちゃったよ……。
 男たちを拘束した後でよかったわ。今俺もう動けないから……痛みで。
「あ、あはは、魔術での治療は痛いのが売りだからね」
「売りじゃねぇなそれ」
 そんな嫌な売りがあってたまるか。
「ま、治ってよかったじゃない」
「そうだな。骨折は流石に薬草ポーションじゃ治らないからな」
 サイフォスさん手作りの薬草ポーション(激マズ)は、切り傷などの外的な傷には効果は抜群だが、骨折や、内出血には意味が無いのだ。ハイポーションレベルにならないと、骨折まで治らない。伝説の秘薬、エリクサーであれば、部位欠損も治るらしいが。
「っていうか、クロエ遅い!」
 梨沙が時計を見て、苛立った声をあげる。すると、シャッターを下ろしていたはずの正面入り口から誰かの気配が。
「ふふふ、宵闇の使者、クロエ、只今見参」 
 見ると、黒ゴスロリを身にまとったやや長身の女性が、こちらに歩いてきた。
「もー! 遅い!」
「すまぬな、狂乱の宴に参加していたものでな」
 すました顔で、しれっと謝る女性。
「で、そのキャラは何なの?」
「キャラとは? 我はいつもこんな感じだぞ? いつだって何時も、我は我だ」
「話が進まないから戻して」
「……ちぇー、折角移動中に考えて来たのに」
 ……あれ?
「初めまして、私は清水 クロエです」
 特徴的な銀と黒を混ぜ髪の女性は、俺に名刺を渡し、握手を求めてきた。
「あ、どうも、ネリア・ハラベストです」
 そして握手。
「で、遅刻した理由を教えてもらいましょうか」
 少しお怒りの様子の梨沙。
「大規模人身事故による、電車の遅延。遅延証明書見る?」
「そう、ならしょうがないね」
 それなら仕方ないと梨沙は納得したようだ。
「で、私を呼んだってことは」
「そう、いつものごとく事後処理。一流催眠術師のクロエの出番!」
 催眠術師?
「そう、私は催眠術を得意とする占い師。ハラベストくんの運命も見てあげようか?」
「あー、そういうのは後でお願いね。今は急いで事後処理」
「わかったわよ。で、この事件に関する記憶をいじればいいの?」
「うん。シャッターの誤作動で、一時的に閉じ込められたことにしておいて」
「はいはい、全く、魔術の隠匿ってのは大変なのね」
 クロエさんはカバンから小さな壺のようなものを取り出した。
「あのー、これって何ですか?」
「ああこれ? これは香壺。私の催眠術は、特別なお香で効果を高めるから、いつも持ち歩いてるのよ」
「へぇー」
「ささっとお願いね。ちょうど自衛隊の事後処理班が到着したみたいだし」
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