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Rainy Rainy Days 雨ノ降ル村ニ 後編
しおりを挟む「そーいえば、ネリアくんと買い物って、収穫祭以来だよね?」
「そうですねー、まあ、あれはあれで楽しかったですね」
そーいやあれ以来か。サイフォスさんとはちょこちょこ会ってはいたけど、買い物とかはしなかったな。
「今でもネリアくんに選んでもらったあのローブ、大切にしてるのよ。うーん、しゅき」
「そ、それはよかったです」
なんか調子狂うな……。
(はーい、メーナでーす。底の角を右に曲がってもらえるかしら)
時々メーナさんの指示を聞きつつ、十分程歩く。その間、どんどん街が近づいてきている。やはり雨だからか、人は全然いない、というか、ゼロだ。今は雨が止んでるけどね。
(そう、その見えている白い屋根のお店よ。そこに入ってもらえるかしら?)
そしてついに、目的の場所についた。
「えーっと、ここです」
俺はこの店ですとサイフォスさんに伝える。
「はーい! じゃあ、もういいかな」
パチン! ともう一度指を鳴らすと途端に雨がバシャバシャと降り出した。
「いらっしゃいませー、カップルさんお二人ですね? お席にご案内しますねー」
扉を開け、中にはいるとそこには……メーナさんがいた。なぜか白いフリフリの衣装を着て。
中は白を基調としたおしゃれな空間だ。机もぎゅうぎゅう詰めではなく、余裕がかなりありとてもくつろげそう。あと甘い匂いがする。
「今、プレオープンなのよー。カフェをやろうということで、ね?」
そう小声で俺に言ってウインク! うーん、娘であるフェイウよりも可愛いウインクだ。あいつもこういうのをしっかりと学んでほしい。……じゃなくて!
「……秘密ってこういうことですか⁉」
俺も小声でメーナさんに話しかける。
「うふふ、大丈夫よ。しっかりと成功させてみせるから。あら、お客様、素敵なお召し物ですねー」
サイフォスさんにニコニコ話しかける。うーむ、さすが商売人。
「ありがとうございますー。あ! その制服のデザイン、もしかしてここって、あの『レヴン』の系列店ですか?」
「あら、お客様、そのとおりです。もしかして?」
「はいー。私、レヴンのお洋服大好きなんですよー! 本当は今日着ようか迷ってたんですけど、やっぱり涼しいほうがいいかなと思って……」
その言葉を聞き、なるほど! といった表情をし、何かをメモ帳に素早く書き込むメーナさん……『……涼しいお洋服、新商品開発早急に』って書いてある、さすが商売人。
あ、ちなみにレヴンってのは、メーナさんが立ち上げたブランドで、若い女性に大人気のブランドなのである。王都でも流行ってるみたい。ちなみにこれは後で知った情報。
「ささ、こちらへどうぞー」
ちゃっかりユーザーの声を聞き、満足げなメーナさんは一番景色のいい席を進める。
「実はプレオープンでして、お飲み物やお食事、デザートをただいま無料で提供させていただいているんです。あ、こちらメニューですー。どうぞごゆっくりー」
流れるような手付きでメニューを起き、水を出してくれた。
「うわー、ラッキーだねネリアくん!」
「そうですね。よかったです」
俺の財布的にもまじで一安心。こんな高そうなところ、俺の貯蓄が底をついちゃうからな。
「……生クリーム泡立てるの難しいよー! お母さんー!」
「しーっ! 今、テストでお客様を入れているから静かに!」
………………聞こえちまったな、不器用で、がさつなあの美少女の声が。なんで厨房にいれてるんすか、メーナさん⁉
「あれ? ネリアくん汗が凄いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫です! ほら、あれです! 美人なサイフォスさんと一緒だから、その、緊張しちゃってアハハ……」
まあ、これも本当だから。だってフェイウにも負けず劣らずの美人なんだぜ⁉ 緊張しない男がいるかよ!
(そうだそうだ! 俺だって緊張して動けなくなるね!)
マザ兄よ、俺の思考を読まないでくれ……あとうるさい。
「そ、それなら良かった……!」
サイフォスさんも嬉しそうで良かったです。
「ねえねえ、これとか美味しそうじゃない?」
「お、そうですね。でも、俺はこっちのがいいかなー」
二人でメニューを見て、どれにするかを決める。……タダだから値段を気にせずに選べるってのが嬉しい。
「すいませーん」
俺は小声でメーナさんを呼ぶ。……大きな声を出すと、厨房にいるはずの誰かさんに声が届いてしまう可能性が……。
「はーい、ご注文、お決まりですか?」
「はい、俺はフレッシュチーズケーキを。飲み物はアイスコーヒーで。それでサイフォスさんは」
「私はDXパフェとベリーパンケーキとハニービーシフォンケーキで! あと、月下紅茶お願いします!」
「かしこまりました、急いで用意させていただきますねー」
そう言ってメーナさんが厨房へ入っていった。…………よかった、無料で……破産してたかも……。
「でもー、やっぱりネリアくんがデートに誘ってくれて嬉しかったなー」
沢山のスイーツを注文して、満足げなサイフォスさんが俺に笑顔で言ってくれた。
「そ、それはよかったです」
い、言えねぇ。ナナカに言われたからとか。
(はーい、ネリアくん。出来上がるまでそこそこ時間がいるから、なにか話をつないでおいて! よろしく!)
よ、よろしく! って言われても! 何を話せばいいんだ⁉
「え、えっとー……さ、最近ポーションの方、どうですか?」
……話題としては最悪かもしれん。
「あー、ポーション? 最近はねー、魔力回復用のポーションと体力回復用のポーションを混ぜて作る、デュアルポーションの研究をしてるよ。ぬふふー、でもそれよりもネリアくんのために今開発してるのがね? この媚薬なのー」
ごそごそとポケットから何やらピンク色の怪しい液体の入った小さな薬瓶を取り出した。
「えっ」
こ、これ本物?
「というのは冗談で、これはね、デュアルポーションの試作品。ふふっ、媚薬だと思った?」
「ま、まあ、あのタイミングで言われたら媚薬としか思えませんからね」
色も悪意あるなこりゃ。ピンクって、ねえ?
「でもぉ、媚薬なんてなくても、ね?」
チラリ、とシャツの胸元を開き、谷間を見せてきた。
「ブフッ⁉」
そのせいで俺は飲んでいた水でむせた。
「ちょっ⁉」
ダメだ! このサイフォスさんダメだ! このままだと俺も持たないし、正気に戻ったときサイフォスが別の意味で死ぬ!
「はーい、おまたせしましたー」
そんなとき、まるでタイミングを見計らったかのようにメーナさんがドリンクなどを持ってきてくれた。女神か?
「こちらがまず、ハニービーシフォンケーキです。それと、ベリーパンケーキと月下紅茶です。DXパフェはもう少しお待ちください。そして、こちらがフレッシュチーズケーキとアイスコーヒーになります。それではごゆっくり~」
「うわぁ……! 美味しそうだよネリアくん!」
ナーイス! 意識がそっちに移った!
「ですね! 食べましょうか!」
ホッとしつつ、けれどもどこか名残惜しさを感じつつ、フォークを手にする。
「いただきます」
「いただきまーす! あーん、インスタ映えー!」
……インスタ映え? 何なんだろうかそれは。ま、まあいいや。
俺は白くなめらかに整えられたチーズケーキを優しくフォークで切り崩す。うおっ、柔らけっ!
そして、少量をゆっくり口に運び――
「うまっ!」
思わず声に出た。うまい!
「こいつぁグレートだぜ……」
あまりのグレードの高さに、俺はもう一度まじまじとチーズケーキを見る。
まず、このチーズケーキ、チーズ臭くない。美味しくないチーズケーキって、なんだか嫌なチーズ臭がするんだよな。そして、たっぷりと生クリームが使われているからか、とてもなめらかで、スルリと喉を通るこののどごし。コクも深く、酸味も効いていて、一級品だぜこれは。
「おいしー!」
サイフォスさんもほっぺたに手を当て、喜んでいる。足もパタパタさせて、子供みたいだ。……うーん、可愛い……。
「このシフォンケーキ凄いよ! すごく甘いのに、全然しつこくない!」
ハニービーというクマから採れる(魚と交換で蜜を譲ってくれる知性ある害のないクマ)希少なハチミツを惜しみなくかけ、さらにはこのはちみつ色の生地……生地にもハチミツがたっぷり練り込んであるに違いない……!
「それも美味しそうですね……」
く、食いたい。追加注文かこれは?
「ん? 食べる? はい、あーん」
……な、なにぃ⁉ あーんだと⁉
こっ、これは……行くしかねぇ!
俺の中の男が吠える! 行くぜ!
「じゃ、じゃあ失礼して……」
差し出されたフォークに刺さったシフォンケーキを口に――
「……お、美味しいです」
……緊張で味がわからん! 甘いってことはわかるけど!
「よかったー。あ、ネリアくんのチーズケーキもおいしそー。一口ちょーだい?」
……間髪入れずに次の試練が⁉
「い、いいですよ?」
俺は急いで切り分けて、サイフォスさんの皿に移そうとするが――
「あーん、ちょーだい?」
……退路、塞がれました……。
もうこうなってしまっては、俺にはどうすることもできない。なすがまま、運命を受け入れるしか無いのだ……。
「はい、あーん……」
とりあえず、もう一口! って言われないように大きめに切り分けたチーズケーキをサイフォスさんの口元に運び――
「ありがとー!」
「ちょっ⁉」
サイフォスさんがフォークにむしゃぶりつくように、フォークの先、チーズケーキの無い金属部分まで口に入れる。
「むーっ……うん、これもおいしい!」
数秒じっくり口にフォークを入れて、チーズケーキを楽しんだ後、やっと口をフォークから離してくれた。
……うーん、このフォークすげぇ持って帰りた……なんでもない。
「次はパンケーキ! ラララ~パンケーキ~」
とても楽しそうなサイフォスさん。笑顔がとても素敵。
「この村にはあんまり甘味が無いから、すっごく嬉しい! たまに師匠と一緒にクッキーとか作るんだけどねー」
「なるほど、クッキーですか……」
おいしそう。というか、ソアさんと一緒に作っているところを想像してみたけど、仲のいい姉妹みたいな場面しか思いつかん。
(わしの手作りくっきぃが食べたいか? そうかそうか。あとでたんまり焼いてやろう)
なぜか満足げなソアさんがうんうんと満足気に頷いている映像と、音声が脳内で再生されたが多分気のせいだろう。
というか、思ったけど、ソアさんとサイフォスさんってまじで最近は仲のいい姉妹感が半端ないよな。
「ソアちゃんのね、エプロン姿すっごーく可愛いの! 和服にエプロンって意外と似合うの。それと、ソアちゃんのエプロンの真ん中にはヒヨコのアップリケがしてあってまたそれが可愛いの!」
キャー! と一人でテンション高く話すサイフォスさん。うーん、これはヤバい。ソアちゃん呼びだし、違和感が半端ない。
「じゃあ、そろそろパンケーキを……」
ごっそりと、男子である俺からしたら少し、いやけっこうキツそうな量のホイップされた生クリームが横に添えられ、五枚ほど重なったパンケーキを嬉しそうに切り出す。そして、横の真っ赤なソース(多分ベリーソースだろう)にしっかりと浸し、そのまま口へ――
「……ん~! 幸せ!」
サイフォスさんはほっぺたを押さえ、幸せそうに笑う。うおお、この瞬間を切り取って保存したい! 永久保存版!
「ん? ネリアくんも食べたい?」
やばっ、笑顔を見てたらさらなるピンチを招いてしまった!
「だ、大丈夫ですよ、ほら、俺まだケーキ残ってますし」
必死にケーキ残ってるので大丈夫ですよアピールをする。しかし、
「……そっか、そうだよね。私の食べかけなんて……」
ああああ! 違う! 違うんですよサイフォスさーん!
「いただきますいただきます! いやー、サイフォスさんがそこまで言うなら!」
するとサイフォスさんはしずしずと泣くのをやめ、にっこりと笑う。
「うふふー、そこまで言うならあげちゃうー」
うーん、この切り替わり、さては嘘泣きでしたね……。でもやっぱり可愛いから許しちゃう。可愛さって正義。
「はい、あーん」
映像付きであれば今頃マザ兄が発狂して俺の元に飛び出してくるであろう状況だ。
「じゃあ失礼して……」
俺は先程同様、差し出されたパンケーキを口に運ぶ。
「……おお、美味しい……」
さっきよりも緊張していないせいか、しっかりと味がわかる。
「けっこう酸味が強いんですねそのソース」
ベリーソースの酸味がけっこう強く、口の中がさっぱりする。なるほど、このソースなら、少し重いかと思われたホイップのくどさが逆にいいのか。
なんてそんな事考えながら、咀嚼する。というか、ここのカフェ、全体的に質が高すぎでは?
やっぱり俺は本当にタダにしてくれたメーナさんに心のなかで感謝をする。だってこんな高いところ、俺の財布じゃまず耐えきれない。
ちょっとのどが渇いたので、先程注文しておいたアイスコーヒーを飲む……。
「ってこれもうまっ!」
俺はびっくりしてやはりコーヒーを二度見する。おいおい、このコーヒーも一切手抜きとかしてないわ。
酸味は控えめ。だけど苦味は舌に残らない程度のちょうどよい苦味で、後味スッキリ。コーヒーもフレッシュはけっこう入れたい派なんだけど、これはいらないかも。ガムシロップとかも最低限でいいわ。
「いやー、やっぱりすごいですねこの店」
パンケーキに幸せそうに向き合うサイフォスさんに俺は言う。
「ねー。本当に連れてきてくれてありがとね、ネリアくん!」
「いえいえ、俺は別に……」
ほとんどメーナさんのおかげだよね。服から始まり、場所選び、それにこのスイーツ類。うん、あとでメーナさんの仕事の手伝いとか行こう……。
「おまたせしましたー、DXパフェでーす」
そして注文のDXパフェが届いた。
「で、でっか……!」
さすがDXとついているだけあり、とてつもなくでかい。
「やーん、おいしそー!」
しかしサイフォスさんはそのサイズ感を気にするどころか、黄色い声をあげて喜んでいる。……日本で梨沙やリーヴァとパフェ食ったときにも女性陣は喜んでたよな。やっぱり、女性は甘いものに対する特別な胃袋が存在している気がしてならない。
俺はDXパフェをもう一度じっくりと見る。まず、そもそものパフェの入れ物がでかい。ビールジョッキよりもでかい。次にクリーム、これも凄い。たっぷり、というかごってりと山のように(比喩ではない)載っている。その上にウエハースやら板チョコやらがぶっ刺さっている。横にはアイスクリーム、そこには普通なら妥協してコーンフレークとか入れて質量をごまかすようなところだが、この店にはごまかしなどという概念は無いようだ。クリーム、チョコソース、アイスクリーム、クリーム……と、最後まで中身たっぷり! ……やべぇだろこれ。
「いただきまーす!」
しかし、サイフォスさんにはやはり関係ないようだ。
「ん~! クリームおいしー!」
専用の長めのスプーンで生クリームの山をひょいひょいすくってたちまちに溶かしていく。
「おいおい……」
すげぇ食いっぷりだよ……!
「あ、ネリアくんも食べる?」
と、明らかにおかしい質量の生クリームをごっそりと取る。
「い、いやいや、大丈夫です! サイフォスさんが食べている姿を見ているだけで満足です!」
本当ですから! そんなクリーム、俺のキャパシティを超えてますんで!
「そう? じゃあこれだけどもどう?」
そう言って横に刺さっていたウエハースで軽く生クリームをすくい取り、俺に差し出してくる。
「それぐらいならまあ……」
そこまでクリームついてないから良し、と俺は差し出されたウエハースをかじる。
「んっ、けっこう甘さ控えめなんですね」
もっと甘ったるいのを予想していたが、けっこう甘くない。
「ねー。でも、飽きが来づらくていいかも。あっ」
サイフォスさんが俺の顔を見て、なにか悪い笑みを浮かべた。な、なんです?
「口の端にクリーム付いてるよ」
「え、まじっすか」
それは恥ずかしい。俺はハンカチを出し、慌てて取ろうとするが――
「ああ、ちょっと待って」
サイフォスさんがストップをかけた。ああ、もしかして取ってくれるってことですかね。
「で、でね? 少し恥ずかしいから、ちょっと目を閉じてくれる?」
「ん? よくわかりませんが、目を閉じるんですね?」
そう、このとき俺は気がつくべきだったのだ。
「じゃあ、失礼して……」
ガタッ、とサイフォスさんが席を立った。俺はそれに合わせ、目を閉じ――
「……れろっ……ごちそうさま」
…………あれ? 今、なんか口元にぬるりと温かいものが触れた感触が……
俺は恐る恐る目を開ける。すると、目の前にサイフォスさんの顔が。そして唇には目を閉じる前にはなかったクリームのあと……えっ? えっ?
「っ⁉」
俺は声にならない悲鳴というか、声を出す。声にすると厨房にいるであろうアイツに聞こえてしまう。
「な、え?」
未だに状況がわからず、というか、確証が掴めず思わずさっき感触を感じたところを指で触れる。少し時間が経ってしまったので、そこからは何も感じられず、ただ気のせいであったのではないかという思いが増えていく。
「ねぇ、ネリアくん……」
吐息すら感じそうな距離。長いまつげが、すべすべの透き通った肌が、スッと通っていて高い鼻が、プルプルと魅惑的な唇が俺の目の前にある。ゴクリ、と思わず息を呑む。
「私は――」
そう言いかけたとき、急に固まったかのように動きが止まった。
「……ううん、なんでもない。急いで残りのパフェ食べちゃうね」
スッ、と俺の前から麗しい顔が消え、サイフォスさんが自席に戻る。そしてそのまま無言でパフェを平らげた。
「さ、そろそろ行こうか」
パフェを食べ終わり、少しした後、サイフォスさんが言った。
「あっと、ちょっとお手洗いにいいですか?」
俺はサイフォスさんに断りを入れ、トイレに行く。
「……あー、聞こえるかナナカ」
俺はナナカに対して念話を試みる。
(はいはーい、聞こえてますよご主人。あえて詳細な会話や状況は掴まないようにしてましたけど、大まかにはメーナさんから聞いて把握してます。そろそろ終盤ですよね?)
「ああ、それでなんだけど、封印ってどうすればいいんだ?」
そう、これがいちばん重要なことなのだ。多分、デートのみでは封印に至ることは無い。
(…………えっと、その……)
なんだか妙に歯切れの悪いナナカ。
「どうした?」
(……正直に言っていいですか?)
……なんか嫌な予感がする。
「おいおい、ここに来て実は封印はできませんとかやめてくれよ?」
それはまじでシャレにならねぇよ……?
(いえ、封印はできる……とは思いますが、その……)
ナナカは一度言葉に詰まり、そして
(……封印の条件が、キス、なんです)
……はあぁぁぁぁぁぁぁ⁉ き、き、キスぅぅ⁉ な、なんで⁉
(すいません、もっと早めに言っておくべきでしたね……)
そりゃそうだ! 当たり前だ!
(……お願いします! これは人命救助です! ノーカンです! ほら、この前習ったでしょう? シーナお姉ちゃんから!)
ああ、あれな……。呼吸を補助するための応急処置ね。…………あれとこれは別物だろう確実に。
(お願いします! ここからはメーナさんとマザイさんとガヤエアさんには伝わらないようにしますんで! もちろんフェイウさんにも!)
……必死だなぁ……。まあ、そりゃそうだ。これだけの魔力が理性という抑えの効かない状態であるのは危険だ。
「……やるしか無いかぁ……」
人命救助と割り切るしか無い。それしか方法が無いならば。
「ああもう! ソアさんが復活していれば……!」
……ん? 待てよ? ソアさんが気絶したのが数時間前。……もしかしたら起こせるのでは⁉
俺は苦し紛れに考え出したアイディアに目を輝かせる。
「ナナカよ、俺は今からサイフォスさんの家に行く」
(ご主人! ついに覚悟を決めたのですね⁉)
「あー、いや、ワンチャンソアさん復活しないかなー、って」
(…………意気地なしですねぇ、ご主人。まあいいでしょう。私の方法は、あくまで百パーセント成功するものではありませんし、ソア様なら他にいい方法があるかもしれません)
よし、ナナカもOKを出してくれたぞ。それじゃあ行くか!
俺は心を整え、トイレから出た。
「おまたせしました」
「ううん、大丈夫だよ。さ、行こうか」
俺は小声で(フェイウに聞かれないように)メーナさんにお礼を言い(この御恩は必ず後で返しますんで!)、店を出た。
「あ、あの、サイフォスさん」
「んー、なあに?」
が、頑張れ俺! なに、サイフォスさんの家なら何度も行ったことがあるじゃないか!
「そ、その、さ、サイフォスさんの家に……行ってもいいですか?」
よし! 言えたぞ俺! えらい!
その言葉を聞いたサイフォスさんは――ニヤァと妖しい笑みを浮かべ、胸元を確認する。何してるんでしょうかね?
「ネリアくんからそう言ってくれるなんて……嬉しい」
……あれ? なんか俺の思ってた反応とは少し……いや、かなり違うんだけど?
「よし、それじゃあ……行こうね」
…………どうしてだろう、成功したはずなんだけど、なんだか非常にまずいことになった感じが否めないんだけど。俺、なんかミスったか?
そして歩くこと十数分、やっとサイフォスさんの家のある森の前に差し掛かった。うーん、家遠すぎ……。ちなみに雨はやはりサイフォスさんの力により止んでいる。やっぱり凄い。
「…………やっぱりもう我慢出来ないよ! ネリアくん、こっち!」
うつむき気味で歩いていたサイフォスさんだったが、いきなり顔を上げ、荒い呼吸で、いつもは通らない暗い獣道に手を引っ張ってくる。おまけに力がいつもより強く、俺は抗えない。
「ちょっ⁉」
そのときにサイフォスさんの顔をちらっと見たが……目がイッちゃってますねこれは! ヤバいですよ!
【ナナカー! ナナカー!)
俺は急いでナナカに連絡する。
(はいはーい、どうしました?)
(なんか暗い道に連れて行かれそうなんだけど! あとなんか目がイッちゃってる!)
(……ご主人ー! それはマズいですよ⁉ あああ、サイフォスさん、待ちきれなかったのですね……)
よよよ、サイフォスさんいつも我慢する立場でしたからね……と嘆く。
(そんなことよりもどうすればいい⁉ 振りほどこうにも力が強すぎるんだよ!)
(……仕方ありません! プラン変更です! 押し倒されてどうにもならなくなる前に、先にこちらから仕掛けるのです!)
(仕掛けるって何を!)
(キスです! やるしか無いですよご主人! 今やらないと、後悔しますよ色んな意味で!)
……ぐっ……やるしか無いのか…………!
俺はもう覚悟を決め、言葉を紡ぐ。
「サイフォスさん、その、少し止まって眼を閉じてください……すぐに済むので」
俺は引っ張られながらも、サイフォスさんに静止するようお願いする。
「う、うん、わかった……」
サイフォスさんは顔を赤らめ、ゴクリと息を呑み恥ずかしそうに目を閉じた。
「……ふぅー、はぁー……」
深呼吸。ドッドッドッと早鐘のように打つ心臓をなだめる。頼むよ、少しの間だけ。
そして俺は気がついた。サイフォスさんも同じぐらい緊張し、鼓動を早めているのを。ドクンドクンと手からサイフォスさんの鼓動がを感じる。
お互いの緊張は最高潮。行くなら今しかない――?
「……なんだこの光……?」
そのとき、サイフォスさんの心臓のあたりが蒼く輝き、光が溢れた。
「うおっ⁉」
そして、俺の胸も蒼く輝きだし、やがて二人の蒼い光は一本の線となり――
「な、なんだ⁉」
ドクン! と心臓が跳ね、力が流れ込んでくる。
サイフォスさんは急に力をを失ったようにカクンと首を落とし、俺にもたれかかってきた。
「うっ……!」
全身から蒼いオーラが吹き出し、髪を蒼く染める。ま、まさかこれって――
(成功ですよご主人! やりました! 魔力を封じ込めることができましたよー! まあ、封じ込める側のご主人の器が小さすぎて漏れ出てますけど。まあ、数分したら戻りますので!)
ナナカの興奮した声が聞こえる。
(よ、良かった……。でも、俺、今キスしてないぞ?)
そう、さっきナナカの話ではキスが必須だったはず……
(……あー! わかりましたよご主人! わかっちゃいました! ご主人、一度異世界に行く前にサイフォスさんにキスされてましたよね⁉)
「……あーっ!」
そーいえばされてたわ! 忘れてたわけじゃないけど、この状況で思い出せんかったわ!
(だからもともとパスが繋がっていて、サイフォスさんのときめきにより再びパスが繋がったわけなんですね!)
(なーるほど……ふぅ、とりあえずは一件落着だな)
(ですね! いやーでも、まさか本当にデー◯・ア・ライブの精霊と同じ封印方法でできるとは思いませんでしたよー)
……ん? 今、コイツ、デ◯ト・ア・ライブって言わなかったか?
(な、なあ、俺、多分それ知ってるんだが……)
聞き間違いじゃなかったよな?
(あっ………………まあ、成功したんだからいいじゃないですか!)
「テメェぇぇぇぇぇ!!」
なんでそんな不確かなメディアを信じてしまったんだナナカよ⁉ ってあっ!
(もしかして、封印の事例が載っていた本ってのは……)
(はい! デート・◯・ライブです! あのラノベ、最高です! アニメもサイコーに可愛くて、劇場版もサイコーで――)
(ナナカ、後で覚えとけよ?)
(ヒエッ……)
……ま、まあいい、とりあえず危機は去ったのだから――
「ふんふーん……あれ? ネリアー! どーしたの? そんな道から外れたところにい……て……」
どうしてここを通ったのだろうか、不運に不運は重なるものである。俺は今、サイフォスさんを抱きかかえ、荒い呼吸をし、薄暗い道のはずれにいて――
「……ち、違うんだフェイウ! これはだな! ……そう、人命救助だ! 人工呼吸って知ってるか? 呼吸が止まってしまった人を助けるための――」
「ふぅーん、そんなものがあるんだ。で、ネリア。強、最強、超最強、どれがいい?」
「へ? それってどういう……」
「電力の強さに決まっているでしょ? 返事がなかったから超最強でいいよね、じゃあ」
「待っ――」
その後、黒焦げになった俺をソアさんが発見し、治療してくれた。ついでに、誤解を説いてくれたらしい。た、助かった……。それで、サイフォスさんはというと――
「も、もう無理……!」
自室に籠もり、布団をかぶったまま出てこない。たまにドスンバタンとなにかを思い出し、悶ているような音が聞こえる。ま、まあ、時間が解決してくれるだろ多分……。
「さ、サイフォス殿、その……ま、またあのようなことをお願いしてみても良いだろうか……?」
そしてイチカは顔を赤らめ、モジモジとし、恥ずかしそうに控えめにコンコンとサイフォスさんの部屋のドアを叩き続けている。一体なにがあったんだ……?
また、あの日から恐ろしい豪雨が四日ほど続き、その後梅雨明けとなった。例年よりもかなり早い梅雨明けだ。あの豪雨はサイフォスさんが振らせたのだろう、きっと。
これは、長い長い雨の日に起こった、奇妙で、ちょっと恥ずかしい一日の話。
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美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
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辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
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書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
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『追放された底辺付与術師、実は【全自動化】のチートスキル持ちでした〜ブラックギルドを追い出されたので、辺境で商会を立ち上げたら勝手に世界規
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「お前のような、一日中デスクに座って何もしない無能はクビだ!」
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管理権限を解除し、辺境へと旅立ったアルス。彼は自身のスキルを使って、圧倒的な耐久力を誇る銀色の四輪型重装ゴーレムを作り出し、気ままな行商を始める。
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【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。
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16歳になったばかりの高校2年の主人公。
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