昨日の君に未来の僕を

春血暫

文字の大きさ
上 下
8 / 14

第7話

しおりを挟む


 百鬼さんは、泣きながら俺に言った。

――どうすればいいか、わからない――
――会いたかったのに――
――こんなの、間違っている――

 その言葉を、全部黙って聞いているとき。
 ふと、窓の方に見覚えのある人を見た。

 てか、左坤くん(今は、左部)だった。

――ヤバイとこ見られた?

「な、百鬼さん」

「ひっ……、ごめっ」

「いや、良いんだけど。たぶん、左坤くんがいた」

「え?」

「そろそろ、帰ろう――かっ!?」

 帰ろうか、といおうとしたら思いきり引っ張られた。

 見ると、百鬼さんは涙目で「嫌」と言う。

「嫌だっ」

「え……」

「ごめんっ、でも、怖いんだ……」

 ポロポロと涙を流しながら、彼は言った。

 そう言われると、こちらもどうしようもなくなる。
 無理に、帰すわけにもいかない。

 はあ、と大きく息を吐いて、俺は彼に言う。

「仕方がない、少し付き合いますよ」



 夕方を過ぎて、愁哉は帰ってきた。

 目元を赤くして。

「おかえりっ」

 僕が明るくそう言うと、愁哉は少しビクッとして笑う。

「ただいま、ごめんね」

「いいよ。帰ってきてくれたから」

「うん」

「元気無さそうだね、愁哉」

 うつむき加減な愁哉を覗いて、僕は言う。

「どうしたの? 何か、された? あの男に」

「え」

 愁哉は、顔を上げる。

「優馬?」

「見たよ。昼間ね、男と仲良くしてたの」

 嫌だなあ、ほんと。
 だって、僕がいるのにさ。

 僕がいるのに、だよ?

「僕のこと嫌い?」

「そんなこと――っ!!」

「無いよね。だって、僕たちは」

 僕たちは、ずっと一緒だもん。

「一緒だもんね、愁哉」

 ふふ、と笑って愁哉の手を引く。

「行こう、疲れたんでしょ?」

「え、」

「疲れたときは、寝るのが良いんだよ」

 ね、愁哉。
 僕はね、絶対に離さないから。



 バタンッと扉が閉まる音。
 カチャリ、と鍵が閉まる音。
 ドサッ、と押し倒される音。

「ねえ、愁哉」

 優馬は、俺の身体に乗って言う。

「人間って、どんな味か知ってる?」

「何、急に……」

「焼いたら、焼いたで美味しいし、すっごく興奮するけどね」

 だけど、と優馬は俺の耳元で囁く。

「生の方が、とっても良いんだよ」

 そう聞こえた瞬間。
 ブチッと音と、痛みが来た。

 訳がわからず、瞠目していると。
 優馬は、嬉しそうな声で言う。

「やっぱり、愁哉はいいね。すっごく、興奮する」

「優馬っ!?」

「怯えた表情も、大好き」

 そう言って、優馬は俺から降りる。

「あのね、愁哉」

 優馬は、俺のズボンのベルトを外しながら笑う。

「僕、自分でいうのもなんだけど。かなり、頭がいいと思うの」

「なんっ……、だよっ」

 てか、やめろ。
 お前、どうかしてるぞ?

 と、あの頃だったら言えた。

 今は、全然――。

「優馬っ」

「へへへ、そうやって僕の名前を呼んでくれるの、大好き。あ、でね。思ったんだけどさ、人間の三大欲求を一気に済ますことができるんだよ」

「は?」

 あ、てか。お前、ズボンやらパンツやら下ろすなっ!!

「何いって――」

「美味しいものを食べて、セックスして、寝たらさ。すっごくよくない?」

 ね、愁哉もしようよ。

 優馬は、妖しく笑う。

「ずっとこのまま、二人でさ――」



 百鬼さんを送ったあと。
 そういえば、自分は住み込みで働く、ということを思い出して、
 左部家に向かった。

 やはり、戸締まりはきちんとしていて、
 そこは、きっちりしている百鬼さんらしくて、少し笑った。

 まあ、ピッキングして入るんだけどね。

 小さくため息を吐いて、家の中を歩き回ると。
 ある部屋から、誰かの声が聞こえた。

 それは、百鬼さんと。
 左坤くん――いや、坊っちゃん、かな?
 これからは、仕える主人あるじなのだから。

 まあ、二人の声が聞こえたから。
 少し、気になって聞いてみた。

 いや、聞かない方がよかった。

「えっと……」

 二人は、絶賛セックス中だった。

 けど、なんか。
 ものすごく嫌な雰囲気しかしないんだけど。

 そう思いながら、部屋をあとにして歩き回る。

 すると、二人のいる部屋の隣から、変な臭いがした。
 悪臭というか。まあ、生ゴミみたいな。

 近くには、ゴミ箱があり。
 捨て忘れか? と、思い。
 代わりに捨ててこようと、ゴミ箱の中を覗いたら。

「ひっ」

 な、何これ!!

 人間の四肢が、バラバラになって入っていた。

 四肢だけが。

 胴体はどこにもない。

「なに……」

 怖くなり、その場から去ろうとしたとき。

「あれ?」

 という声が後ろから聞こえた。
 振り向くと、そこには坊っちゃんがいて。

 坊っちゃんは、ニコッと笑う。

「なんで、人ん家に勝手に入っているんですか?」
しおりを挟む

処理中です...