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第9話
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†
やっぱり、『かんばる』とかいう男が愁哉を惑わしたんだ。
僕のなのに。
愁哉には、僕しかいないのに。
僕にも、愁哉しかいないのに。
「なに? 僕と、ずっと一緒でしょ? 愁哉は、僕のだからね」
「……んだよ、クソガキ。だったら、悲しませたりすんじゃねえよ」
「は?」
「もう、主人とかそういうのどうでもいい」
男は、僕に向かってイライラしたような顔をする。
「てめえが、ガキだから。この人が、苦しんでんだろうが」
「何言っているの?」
「そりゃ、こっちの台詞だ」
「……もう、ワケわかんない」
僕はそう言って、愁哉のところに行く。
「行こう? 部屋に戻ろうよ」
「え、ちょっ――」
「何? まさか、あの男のことが好きとか、そういうの言わないよね? やめてよ、そんな冗談。愁哉が好きなのは、僕で。僕が好きなのは、愁哉しかいない。他は、なんもない!! そうでしょ!?!?」
「ゆ、優馬……」
愁哉は、僕を見て困ったように笑う。
「お願い、今は来ないで」
「は?」
何それ。信じられない。
どうして? こんなにも、愛しているのに。
「何?」
「俺、ゲロったからさ。汚くなるよ?」
「気にしないよ。僕がきれいにしてあげるから」
行くよ、と愁哉の手を引くと。
愁哉は、僕の手を軽く振りほどく。
「ごめんね」
‡
どういうことかは、自分でもわからない。
でも、俺は優馬の手を振りほどいて。
小さく謝罪をして。
そこから、逃げた。
怖かったんだと思う。
苦しかったんだと思う。
願っていた世界とは、自分は違うところにいて。
怖くて、逃げた。
遠く離れたって、愛していて欲しいと願った。
だけど、こんなのは間違っている。
誰も、こんな狂った世界。
望んでなんかいなかった。
「っくそ!!」
俺は近くにある壁を殴り、そのままズルズルと落ちる。
「こんなん――誰も望んでねえだろうが!!」
ぽた、ぽた、と雨が降る。
ああ、今日は雨なんだ。
そんな、ことを思って雨に打たれていると。
「何やってるんですか」
と、聞き覚えのある声がする。
振り向くと、そこには神原さんがいた。
▲
百鬼さんが、つらそうな顔を隠しながら(でも、バレバレ)走ったのを俺は追いかけた。
坊っちゃんは、というと。
ただ、ぼーっと立っていた。
――つれえなら、連れ戻すくらいしろ。
そう思いながら、走っていたとき。
雨が降りだした。
俺は、折り畳み傘を差して行くと。
すぐそばのところで百鬼さんは雨に打たれていた。
百鬼さんは、身体が弱い方だから。
風邪を引いてしまう。
俺はため息混じりに、彼の上に傘をやって声をかける。
彼は、少し驚いたような表情で俺を見て、小さく笑う。
「悪いね、神原さん」
「いや、いいんですよ。それより、どこかで一服しますか?」
「うん」
「じゃ、行きますよ。立てますか?」
「立てるよ」
と言って、百鬼さんは立ち上がったが。
すぐに、フラッとして。
思わず支える。
「危ねじゃねか」
「何語?」
と、百鬼さんは笑う。
「ありがと。神原さん」
「いや。その、うっかり地元の方言が出ちゃうんですよ」
出たとき、すごく恥ずかしいけど。
「わけわかんないですよね。すみません」
「いや、いいよ。地元、どこだっけ。神呪さんと同じかな」
「いや、それはどうでしょう。俺、鹿児島です」
「そうなんだ」
百鬼さんは、興味深そうに頷き、ニコッと笑い俺を見る。
「今度さ、地元紹介してよ。俺、あんまり見たことないんだよね。外の世界」
「そうなんですか?」
「そうだよ。ずっとこの辺にいるの」
「……電車とか、わかります?」
「乗れば、なんとかなるでしょ!」
「ダメだ、この人。乗るまでに時間がかかるよ」
はあ、とため息を吐くと。
百鬼さんは「あ」と言う。
「ため息ばかりだと、幸せが逃げていっちゃうんだぞ」
「……なんで、そんなかわいい声で言うんですか。あんた、男なの? 本当に」
「男だと思えば、男だし。女だと思えば女だよ。まあ、俺は自分のことは漢だと思うよ」
「そんな身体とか弱いくせに」
「あ、バカにしてるでしょ?」
「してないですって」
「嘘だね、してるね。してるよ、その感じぃ」
あはははは、と百鬼さんは笑った。
さっきまでの愛想笑いとかではなく。
心の底から、のような笑顔と声。
もし、俺がいるから。
俺の傍にいるから。
とか、そういうのだったら。
とても、嬉しいし。
幸せだと思う。
「ね、百鬼さん」
「何?」
「俺と、このまま駆け落ちします?」
「え――」
吃驚したような表情で百鬼さんは固まる。
「あの、本気?」
「本気ですよ。俺は、あなたを守りたいんだ。あなたがずっと笑顔で、幸せであってほしいから」
「…………」
「これを恋というのかもしれない。いわないかもしれない。どっちでもいいと思えるくらい、俺は百鬼さん――あなたが、大好きだし。大切だよ」
「……うん」
百鬼さんは、俺のネクタイを持って接吻する。
衝撃過ぎて、長くされているような気がした。
でも、実際は数秒だと思う。
吃驚して、固まっていると。
百鬼さんは、ニコッと笑い「ファーストキスだったかな?」と言う。
俺は、小さく頷いて「そうだよ」と言う。
「20で、童貞。悪かったな!」
「あはははは」
「笑うな! で、答えは?」
「うん。君の好きなように、どこにでも連れていって」
百鬼さんはそう言って、俺を見る。
「恋愛かどうかは、わかんない。でも、俺だって君のこと好きなんだよ?」
「……本当に、いいの? 左坤くんじゃなくて」
「うん。もう、彼は死んでしまったんだよ。いつまでも、過去に捕らわれていてはいけないよね」
「ああ、俺もそう思うよ」
「君に出逢って、何かが救われた気がする。だから、この時代は、君に賭けてみようと思うの」
「賭ける?」
「うん。君との恋で、どれくらい世界が変わるのか」
「何それ。変なの」
でも、とても面白いと思う。
「オッケイ、その賭け。俺は乗ったぜ」
「やった。どっちが勝つかな」
「引き分けを希望するね」
そう笑い合いながら、俺たちは近くのファストフード店に入った。
やっぱり、『かんばる』とかいう男が愁哉を惑わしたんだ。
僕のなのに。
愁哉には、僕しかいないのに。
僕にも、愁哉しかいないのに。
「なに? 僕と、ずっと一緒でしょ? 愁哉は、僕のだからね」
「……んだよ、クソガキ。だったら、悲しませたりすんじゃねえよ」
「は?」
「もう、主人とかそういうのどうでもいい」
男は、僕に向かってイライラしたような顔をする。
「てめえが、ガキだから。この人が、苦しんでんだろうが」
「何言っているの?」
「そりゃ、こっちの台詞だ」
「……もう、ワケわかんない」
僕はそう言って、愁哉のところに行く。
「行こう? 部屋に戻ろうよ」
「え、ちょっ――」
「何? まさか、あの男のことが好きとか、そういうの言わないよね? やめてよ、そんな冗談。愁哉が好きなのは、僕で。僕が好きなのは、愁哉しかいない。他は、なんもない!! そうでしょ!?!?」
「ゆ、優馬……」
愁哉は、僕を見て困ったように笑う。
「お願い、今は来ないで」
「は?」
何それ。信じられない。
どうして? こんなにも、愛しているのに。
「何?」
「俺、ゲロったからさ。汚くなるよ?」
「気にしないよ。僕がきれいにしてあげるから」
行くよ、と愁哉の手を引くと。
愁哉は、僕の手を軽く振りほどく。
「ごめんね」
‡
どういうことかは、自分でもわからない。
でも、俺は優馬の手を振りほどいて。
小さく謝罪をして。
そこから、逃げた。
怖かったんだと思う。
苦しかったんだと思う。
願っていた世界とは、自分は違うところにいて。
怖くて、逃げた。
遠く離れたって、愛していて欲しいと願った。
だけど、こんなのは間違っている。
誰も、こんな狂った世界。
望んでなんかいなかった。
「っくそ!!」
俺は近くにある壁を殴り、そのままズルズルと落ちる。
「こんなん――誰も望んでねえだろうが!!」
ぽた、ぽた、と雨が降る。
ああ、今日は雨なんだ。
そんな、ことを思って雨に打たれていると。
「何やってるんですか」
と、聞き覚えのある声がする。
振り向くと、そこには神原さんがいた。
▲
百鬼さんが、つらそうな顔を隠しながら(でも、バレバレ)走ったのを俺は追いかけた。
坊っちゃんは、というと。
ただ、ぼーっと立っていた。
――つれえなら、連れ戻すくらいしろ。
そう思いながら、走っていたとき。
雨が降りだした。
俺は、折り畳み傘を差して行くと。
すぐそばのところで百鬼さんは雨に打たれていた。
百鬼さんは、身体が弱い方だから。
風邪を引いてしまう。
俺はため息混じりに、彼の上に傘をやって声をかける。
彼は、少し驚いたような表情で俺を見て、小さく笑う。
「悪いね、神原さん」
「いや、いいんですよ。それより、どこかで一服しますか?」
「うん」
「じゃ、行きますよ。立てますか?」
「立てるよ」
と言って、百鬼さんは立ち上がったが。
すぐに、フラッとして。
思わず支える。
「危ねじゃねか」
「何語?」
と、百鬼さんは笑う。
「ありがと。神原さん」
「いや。その、うっかり地元の方言が出ちゃうんですよ」
出たとき、すごく恥ずかしいけど。
「わけわかんないですよね。すみません」
「いや、いいよ。地元、どこだっけ。神呪さんと同じかな」
「いや、それはどうでしょう。俺、鹿児島です」
「そうなんだ」
百鬼さんは、興味深そうに頷き、ニコッと笑い俺を見る。
「今度さ、地元紹介してよ。俺、あんまり見たことないんだよね。外の世界」
「そうなんですか?」
「そうだよ。ずっとこの辺にいるの」
「……電車とか、わかります?」
「乗れば、なんとかなるでしょ!」
「ダメだ、この人。乗るまでに時間がかかるよ」
はあ、とため息を吐くと。
百鬼さんは「あ」と言う。
「ため息ばかりだと、幸せが逃げていっちゃうんだぞ」
「……なんで、そんなかわいい声で言うんですか。あんた、男なの? 本当に」
「男だと思えば、男だし。女だと思えば女だよ。まあ、俺は自分のことは漢だと思うよ」
「そんな身体とか弱いくせに」
「あ、バカにしてるでしょ?」
「してないですって」
「嘘だね、してるね。してるよ、その感じぃ」
あはははは、と百鬼さんは笑った。
さっきまでの愛想笑いとかではなく。
心の底から、のような笑顔と声。
もし、俺がいるから。
俺の傍にいるから。
とか、そういうのだったら。
とても、嬉しいし。
幸せだと思う。
「ね、百鬼さん」
「何?」
「俺と、このまま駆け落ちします?」
「え――」
吃驚したような表情で百鬼さんは固まる。
「あの、本気?」
「本気ですよ。俺は、あなたを守りたいんだ。あなたがずっと笑顔で、幸せであってほしいから」
「…………」
「これを恋というのかもしれない。いわないかもしれない。どっちでもいいと思えるくらい、俺は百鬼さん――あなたが、大好きだし。大切だよ」
「……うん」
百鬼さんは、俺のネクタイを持って接吻する。
衝撃過ぎて、長くされているような気がした。
でも、実際は数秒だと思う。
吃驚して、固まっていると。
百鬼さんは、ニコッと笑い「ファーストキスだったかな?」と言う。
俺は、小さく頷いて「そうだよ」と言う。
「20で、童貞。悪かったな!」
「あはははは」
「笑うな! で、答えは?」
「うん。君の好きなように、どこにでも連れていって」
百鬼さんはそう言って、俺を見る。
「恋愛かどうかは、わかんない。でも、俺だって君のこと好きなんだよ?」
「……本当に、いいの? 左坤くんじゃなくて」
「うん。もう、彼は死んでしまったんだよ。いつまでも、過去に捕らわれていてはいけないよね」
「ああ、俺もそう思うよ」
「君に出逢って、何かが救われた気がする。だから、この時代は、君に賭けてみようと思うの」
「賭ける?」
「うん。君との恋で、どれくらい世界が変わるのか」
「何それ。変なの」
でも、とても面白いと思う。
「オッケイ、その賭け。俺は乗ったぜ」
「やった。どっちが勝つかな」
「引き分けを希望するね」
そう笑い合いながら、俺たちは近くのファストフード店に入った。
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