愛縁奇祈

春血暫

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愛縁奇祈

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 目の前に、知らない男がいた。
 男は、僕と優馬姉ちゃんを見て、なんだか不気味に笑っていた。
 少しの間、僕たちを見ていたけど。
 すぐにどこかに行ってしまった。

 どこか、よくわからない。
 でも、どこかの蔵のようなところだと思った。

 僕が、不安に思っていると、優馬姉ちゃんが「大丈夫だから」と笑う。

「きっと、愁ちゃんが来てくれるから」

「うん……」

「大丈夫。いざとなれば、あたしが助けるから」

「……それは、ダメだよ」

 僕は、男の子だから。
 女の子である姉ちゃんを助けないと。

 それに、僕は神様だし。

「僕が、助けるよ」

「……でも、すごいビビってるじゃん」

「そ、それは……」

「それよりさ、全然話が変わるんだけど。良い?」

「え? あ、うん」

「愁ちゃんとひぃちゃんって、元々はなんだったの?」

「え?」

「あ、いや。答えられないなら、良いんだけどさ。なんとなく気になって」

「んー。別に良いけど。そんな面白くないよ?」

 そんな面白い話はない。
 僕自身覚えていないことだったりするし。

「僕と兄ちゃんは、元々は同じだったんだよ」

「そうなの?」

「うん。白蛇だったよ」

 たった一匹の白蛇だった。
 だけど、この町の人たちの思いで、僕たちは二つに分かれた。
 そして、白蛇以外のものも含まれた。

 それは、天狐だったりして。

 まあ、あまりわからないけど。

「優馬姉ちゃんが生まれる、うんと前の話ね。ここには、悪い神様がいたんだよ。それはもう鬼と呼んでもいいくらい」

「それは、なんか昔話とかで聞いたことある」

「うん。そうだね。僕から見れば、先月のような気がするけど」

 僕や兄ちゃんみたいな長生きからすれば、の話だけど。

「まあ、その神様を兄ちゃんは追い払ったんだよ」

「え?」

「うん。僕は縁結びしかできないけど。兄ちゃんは縁切りも縁結びもできるんだけどね」

「あ、それはこの前話していたね」

「うん」

 兄ちゃんが、得意なのは悪縁を切ることなんだ。
 でも、一見悪縁だけど良縁だったりするものもあって。
 その良縁を結ぶのが僕の仕事だった。

 今もそうだけど。

「もう、町の人は覚えていないのかもしれない。それは、別に良いんだ。人間は、忘れる生き物だからね。でも、悲しいな」

「…………」

「僕たちは、みんなに尽くしたのに。別に見返りなんて求めないよ。まあ、強いて言うなら、みんなが幸せになってくれれば良いんだ」

 ただ、それだけのことなのに。

 どうして。

「どうして、こうなってしまったのだろうか」

「ひぃちゃん、あたしもよくわからないよ。どうして、こうなってしまったのかなんて」

「うん」

「でも、ひとつわかるのはさ。愁ちゃんもひぃちゃんも悪くないってことだよ」

「ありがとう。やっぱり、姉ちゃんは良い人だよ。だからさ、姉ちゃんと兄ちゃんは幸せになってほしい」

 だって二人とも、吃驚するくらい優しいんだもん。

 弟として。
 ううん、神様として。

「二人の縁は、強く結ばれているから」

「……ありがと、ひぃちゃん。でも、ひぃちゃんも幸せになってほしいな」

「え?」

 と、僕が優馬姉ちゃんを見ると「その通りだ」と兄ちゃんが入ってくる。

「見つけた。二人とも」
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