愛縁奇祈

春血暫

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愛縁奇祈

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 朝の光が、眩しくて、あたしは目を覚ます。

 右には愁ちゃん、左にはひぃちゃんがいた。

――二人とも、幸せそうに寝てる。

 と、思ってあたしは小さく笑う。

「よし」

 と、起き上がると、愁ちゃんが「まだ寝てても良いと思うぞ」と笑った。
 吃驚して「起きてたの?」と、言うと愁ちゃんは首を横に振る。

「お前が起きたのと同じくらいに起きた」

「あ、そうなんだ」

「うん。おはよう、優馬」

「おはよう、愁ちゃ――愁哉」

「そんな、慌てなくても良いよ。てか、覚えていてくれていたんだね」

「あたし、そんなに忘れん坊じゃないよ」

「そっか」

「ん。あ、それよりさ。昨日、話そうと思って――」

「しっ、静かに」

「え?」

「誰か来る」

 愁ちゃんは、外をじっと見る。
 すると、町の人たちがこっちに向かって来ていた。

「くそ、どうしても、殺すってのかよ、優馬を」

「……良いよ。もう」

「良くない」

「どうして?」

「どうしてもだよ」

「わかんないよ、愁哉。言ってもらわないと」

「……恩人に似ているんだよ」

 小さな声で愁ちゃんは言う。

「彼女に、似ているんだ。とても。名前も、さ」

「え?」

「わかってる。彼女と重ねるのは、良くないって。でも、どうしても、重ねてしまうんだよ」

「……あ」

 ふと、思い出した。

 あれ。

 もしかして、愁ちゃん――

「愁哉、あのさ。聞いてほしいことがあるの」

 もう、時間はない。

 町の人たちが、あたしを探して、こちらへ来る。

 きっと、見つかったら、何も言えないから。

「あたしね、本当は、優馬じゃないんだ。優れた馬じゃないの」

「え?」

「小さいときにね、迷子になったときに、助けてくれた神様に付けてもらった名前なんだよ、これ」

 昔、町外れで迷子になった。
 親とはぐれ、一人で怖くて、泣きそうになりながら、歩いていたら。
 きれいな女の人に、助けられた。

――大丈夫かい? 人の子――

――君はまだ幼いのだから、ここにいてはいけないよ――

 その人は、あたしに優しく声をかけてくれて、そして、家までの道を教えてくれた。

 そのとき、お礼を言おうとして、お礼の言葉と名前を名乗ったら、その人に苦笑いされた。

――私のような怪異に名乗ってはいけないよ――

――それに、それは少し今の君には危ないから――

仮名かな封じ』というもので、あたしの名前は、今の優馬になった。

「あたし、魔を結ぶで、結魔ゆまって言うんだ」

「あ、やっぱり、あのときの人の子だったのか……、君は」

 愁ちゃんは、涙目になってあたしを見る。

「結魔。いや、優馬。また逢えて、良かったよ」

「愁哉?」

 あれ?
 なんだろう、この嫌な予感。

 すごく、怖い。

 そう思っていると、愁ちゃんは優しく笑う。

「大丈夫。君は必ず私が助けるから」

「愁哉……」

「私が彼らの気を引く。だから、そのうちに逃げなさい」

「待って、それじゃあ、愁哉が――」

「私は大丈夫。さ、三つ数えるから」

 愁ちゃんは、そう言うと、三つ数えだす。
 あたしは、うまく動けなくて。いや、動きたくなかった。

 だって、愁ちゃん、死んじゃうんじゃないかって思うんだもん。

 それは、嫌だ。

 それは、とても怖いことだから。

「っ」

 愁ちゃんの三つのときに、あたしは町の人たちの方へ向かった。

「バカッ」

 と、愁ちゃんが怒鳴っているような声を上げる。

「お前まで、失いたくないんだよ!」

「あたしだって、愁哉を失いたくないんだよ!!」

 それに、最初からこうなる運命だったんでしょ?
 嫌でも、そうなんでしょ?

 だったら、抗ったって、仕方がないじゃん。

「愁哉には、生きてほしいんだよ!! 大好きだから!!!!」

「ふざけんな!! 私だって、お前に生きてほしいんだよ!! お前だって、生きたいんだろ!? だったら、一緒に生きてくれよ!! 頼むから!!!!!」

「っ!!」

 ごめん。

 ごめんね、愁ちゃん。

「……そのお願いは、かなえられないな」

 あたしがニコッと、笑って言うと。
 愁ちゃんは何か言いかけたけど。
 それを、聞く前に町の人たちが、あたしを連れていく。

――あ、そうだ。言わないと。

「あたし、本当に逢えてよかった。そして、助けてくれてありがとう。蛇神様かがちさま

「結魔!!!」

「さようなら、またね。愁哉。英忠も」

 愁ちゃんのそばで、まだ眠っている(かなり、すごいと思う)ひぃちゃんを見てあたしは笑った。

 二人から、とても離れたところで処刑されると思っていた。
 だけど、現実は違った。

 あたしは、二人の前で、磔にされた。

「鬼よ、見ていろ。今から、この鬼の子は、浄の火で、人の子として処刑されるのだ」

 町長の声で、ひぃちゃんが起きた。
 ひぃちゃんは、愁ちゃんとあたしを見ながら「兄ちゃん? 姉ちゃん?」と言う。

「どういうことなの?」

「英忠、見てはいけない」

 愁ちゃんは、ひぃちゃんの目を隠したとき。

 町長の「やれ」という命令の声がした。

 そして、町の人たちはここぞとばかりに火をつける。

 それは、とても熱くて。
 熱くて。苦しくて。

 今まで無視してきた気持ちが、どんどんとあたしに訴える。

――どうして、あたしが?

――こんなのおかしい。

――この町が憎い。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!」

 言葉にならない声を上げる。

 もう。
 意識なんてものも、遠のいていって。

 自分が何なのかすら、わからなくなってきた。

 だけど。
 覚えているものもあった。

――そういえば、愁ちゃんからのプレゼント……。

 願いがなんでも一回だけ叶う。

 ああ、神様。
 叶えてくれますか?

 もう殆ど、死んでいるようなあたしのものでも。

 もし、叶えてくれるなら。

――生まれ変わったら、また愁ちゃんのそばに。できることなら、結婚して、当たり前の幸せを二人で分かち合いたいな。もちろん、文音ちゃんも、ひぃちゃんも、そばにいてさ。
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