愛縁奇祈

春血暫

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〇〇師にご用心!!

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「『怨喰えんぐい』?」

 聞き慣れない言葉に、僕は首をかしげる。

「それってなんですか?」

「ん、まあ、昔あった呪いのひとつだよ。俺も、詳しくは知らないけど。最も呪い返しをされやすい呪いで、やってはいけないという話なんだけどね」

 神呪さんは、そう言いながら、鞄から白い紙を出す。

「昔の呪いは、病のようなもので、医師がいないときは、俺の家みたいな呪術師が治していたんだよねえ」

「へえ。さすが、神呪さんの家だな」

 引馬さんは頷きながら、神呪さんを見る。


「治りそう?」

「うーん。てか、まずさ。俺は、そんなに詳しくないよ? 専門的にやっていないし。家で教わったことしか、できないんだけど」

「いやいや、神呪さんの家はすごいから」

「持ち上げないでくれ。とても苦手だ」

 はあ、と神呪さんはため息を吐いて、愁哉を見る。

「まあ、死にはしないと思う。てか、この人は死ねないからね」

「え?」

「ん? いや、左坤くん。社長、人間ではないよ?」

「え? そうなの?」

「え? 待って、あれ? ん?」

「え? 愁哉って、人間じゃないの!?」

 え? 違うの?
 ンンン?

「じゃあ、何? なんなの? うちの愁哉は!」

「いや、その辺は曖昧だけどさ。一応神様、とかなんじゃないかな?」

 引馬さんは、困ったような笑顔で言う。

「てか、人間だったら恐ろしいよ? へたしたら、何千年も生きているしね」

「え、そんな長生きなの? だって、三十三歳って言っているじゃん」

「何を素直に信じちゃってんの。左坤くん、そんなんだから――いや、なんでもない」

「え、なんですか。言ってくださいよ、神呪さん」

 気になるじゃないか。

 と、思いながら、神呪さんを見ると。
 神呪さんは「ん?」と言う。

「そんなに見たって、何もないからな」

「いや、気になるんです。言ってくださいよ」

「いや、ただ、そんなんだから、君はバカなんだよ、て言おうと思ったんだよ」

「バカではないですよ。ちゃんと、高校出れました」

「数数えられないのに?」

「数えられますからね。いーち、ごー、じゅうご!」

 ふん、と自慢げに言うと、引馬さんも神呪さんも、子どもを見るような目で僕を見る。

 なんだろう、と思っていると、引馬さんが僕の頭を撫でる。

「全部、ひらがなになっているし、間が殆どないけど、よく言えました」

「はっはっはっ。このくらい朝飯前の夕飯の後よ!!」

「夜食かな? それ」

 引馬さんが苦笑いをしていると、神呪さんが「左坤くん」と僕を呼ぶ。

「一と一を足したら、何になる?」

「? それは、もちろん、一零」

「どういうこと? 足した?」

「いや、足しましたけど」

「足してもならないよ!?」

「いや、なりますって。ほら」

 と、僕は紙に『1+1=10』と書く。

「これ、『じゅう』じゃなくて、『いちぜろ』って言うんですって」

「いや、ならないから」

 と、神呪さんが言うそばで、引馬さんが「なるね」と頷く。

「しかし、これは二進数だけどね。神呪さん、話しているの十進数の話だからね。よくある計算の話だったからね」

「二進数かよ! 二進数が出てくるって、左坤くん何者?」

 と、突っ込みをしながら、神呪さんは作業をしている。
 紙に何かを書いて、それを部屋の四隅に貼っていく。

「何をしているんですか?」

 と、聞くと、神呪さんは「結界」と答える。

「もしかすると、こっちに戻ってこられなくなるかもしれないから」

「……えっと?」

「二進数の左坤くんに、わかりやすく伝えるのは、俺にはできないと思うけど、頑張って説明してみるね」

「へ? はあ」

「うん。これは、きっとね、ただの怨喰いじゃないんだよ。かけたやつのオリジナルのやつなんだよ。オリジナルってか、ブレンドだけど」

 紙を貼り終えて、神呪さんは小声で何かを言う。

 少しすると、紙は少し光って、見えなくなった。

 すごいな、と思って見ていると、神呪さんは「さてと」と床に寝転がる。

「これ、解決するまで、俺ら出られないから」

「え?」

 引馬さんは、神呪さんを見る。

「それは、まずい」

「まずいも何も。今、出たら、終わりなんだけど」

健介けんすけのこととか、あるんだけど」

「連絡は取れるよ。ただ、出られないだけ」

「そうか、なら、まあ、安心……かな」

 引馬さんは、そう言うと床に仰向けになる。

「神呪さん、今、どういう状況なんです?」

「『怨喰い』と『時越呪じえつののろい』の両方合わさったのが、社長にかかっている。簡単に言えば、目が覚めたとき、社長は、色々と混乱状態になる。本人は、昔――そうだね、三百年とか、へたしたら千年前にいる気持ちだから、タイムスリップした気持ちになる。それが、まあ、『時越呪い』なんだけど。そこに、『怨喰い』があるとね、大変なんだよ」

「怨喰いって、そもそもなんですか。あんま、わかんないんですけど」

「これ、読んでいる人は、知っているから良いんじゃないの?」

「やめて。そういうメタ発言」

 引馬さんは、神呪さんに優しく言う。

「何ページだったかな、とか、思って見返してしまってしまうかもしれないじゃん」

「引馬さんも、引馬さんで、それメタ発言に入る気がしますけど」

「入らない。ギリギリ」

「えっと、二人ともなんの話をしているんですか?」

 さっきから、メタ発言とか、なんとか。
 僕に、わかる言語を話してほしい。

「てか、その、怨喰いって?」

「あ、そっか。その説明か」

 神呪さんは、小さく息を吐くと、僕を見る。

「とてつもなく、簡単に言うとね、怨霊に自分の魂を食われることだよ」

「え? それって可能なんですか?」

「まあね。現に、社長はそれに遭っているし」

「……なんか、その、なんとかならないんですか」

「なるか、ならないかは、わかんないな」

「なんで、そんな、気楽にいられるんですか」

「考えたって仕方がない。それに、あんまりね、考えていると、疲れちゃうから」

「でも、愁哉がっ」

 もしかしたら、死んじゃうかもしれないんじゃないのか。
 愁哉が死んだら、僕はどうすれば良いのだろうか。

「大変なんでしょ!?」

「……社長が、心配していた理由がわかったよ」

 神呪さんは、低い声で呟く。

「こういうことだったんだな」

「何? 僕、なんか間違ったこと言ってる?」

「そうだね、間違えてるね。てか、そんなにさ、社長に依存していて、社長はよく耐えられるよね。俺なら無理」

「はあ!?」

「キレるなって、マジで。面倒だな、左坤くんは」

「キレてないですけど? は? てか、なんなんですか。神呪さんは、普通に生活してきているから、良いですよね。両親とか、仲良くて、幸せだったんでしょうね」

「あ? 今、それ関係ねえだろうが。ぶちのめすぞ」

「ぶちのめしてみろや、ボケ!」

「ボケだけど、ボケって言われたくないわ、左坤くんに」

「なんじゃと、この野郎が!!」

 もう、頭きた。
 なんなんだよ、まったく。

 僕は、神呪さんに殴りかか――

「ストップだ、二人とも」

 と、引馬さんが僕の拳を右手で受け止め、左手で神呪さんの動きを制す。

「落ち着いたら、どうなんだい?」

「あ、え、でも――」

「では、言い方を変えよう。うるさい、黙って。事故に見せかけて、殺すよ」

 引馬さんは、ニコッと笑った。
 だけど、目は笑っていなかった。

――この人、怒らせたくないな。

 と、心底思った。
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