愛縁奇祈

春血暫

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〇〇師にご用心!!

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「て、言い合いをしている場合ではないよね」

 引馬さんは、ため息混じりに言う。

「まったく、二人とも、いい加減にしなさい」

「すみません」

 と、僕は頭を下げる。
 神呪さんも「申し訳なひ」と頭を下げる。

 引馬さんは「ん」と頷き、愁哉を見る。

「……てか、こんな騒いでも目を覚まさないの、なんなんだろうね」

「たしかに。てか、蛇の鱗っつったよね?」

「え? ああ」

 引馬さんは頷いて「この辺だよ」と、愁哉の首辺りを指す。
 すると、愁哉の首辺りに蛇の鱗のようなものがシュルリ、と動いた。

 驚いて、僕は小さく「うわ」と言ったけど、神呪さんは「よいせ」と起き上がり、小さく笑う。

「蛇に関わったのかな、それとも、社長自身蛇だったりしてね」

「え?」

「ん、後者の方がまだましだったりするねえ、解決しやすい」

 てか、と神呪さんは呟く。

「結界張り直さないと」

「どうしてですか?」

「いや、蛇とは聞いていたけど、ここまでとは思わなかったからね」

 神呪さんは、頭をかきながら、さっき貼った紙を剥がす。

「てか、一匹ではないしね。何匹いるの? いや、何百匹いるのかな。よく耐えれたな、すごすぎ」

「そんなたくさんいるんですか?」

 と、僕が訊くと、神呪さんは「いるよ」と言う。

「なんだったら、脱がして、見てみりゃ良い。引馬さんも見る?」

「見るって……」

 引馬さんは困ったように笑う。

「まあ、一応」

「ん、でも、蛇に触らないようにね。障られるから」

 と、言って神呪さんは新しく白い紙に文字を書いて、四隅に貼り、何かを言った。

 僕と引馬さんは、愁哉の服を軽く脱がして、蛇を見てみた。
 そこには、神呪さんの言うように何百匹も蛇の鱗のようなものがありり、すべてがシュルリ、と動いていた。

「これは、ひどすぎる」

 と、神呪さんは苦笑いをする。

「百とかじゃないね、千だよ。全身蛇だらけ」

「……愁哉、何か呪われるようなことをしたの?」

「まあ、殺人とかしまくりだしね。でも、それとは関係ない。呪い、だったら本当に悪意しかないよ。故意だよ」

「……解けますか」

「まあね。でも、死ぬ気でやらないと、こっちが死ぬね」

「……教えてください。僕がやります」

「教えられない。よって、君はできない」

 けど、と神呪さんは言う。

「少しは手伝ってもらう。引馬さんも、良い?」

「もちろん。最初から、そのつもりだよ」

 引馬さんはニコッと笑う。

「恩は必ず返す人間なんだよ、俺はね」

「そう、なら良かった。左坤くんも、良いよね?」

「ええ、もちろん」

「よし、じゃあ、俺の指示に従って」

 神呪さんは手を合わす。
 僕と引馬さんもならって、手を合わす。
 神呪さんは、僕たちを見て、そっと目を閉じる。

「我、対価を払い、魔を祓う――『呪返術のろいがえしのじゅつ』」

 と、言うと、地震のようなものが起きた。

 僕が「うわっ」と言うと、神呪さんは「安心して」と言う。

「結界強めているだけだから」

「……そんなにしなきゃダメなんですか」

「当り前田のクラッカー」

 す、と神呪さんは目を開ける。

「五を数える。うまくいけば、目を覚ますかな」

「……いかなかったら?」

 と、引馬さんは訊く。

「どうなる?」

「いかなかったことは考えていない。うまくいくから」

「さすが」

「ん。いくよ、五」

 四

 三

 二

 一

「はい」

 と、神呪さんが言うのと同時に、愁哉がゆっくり目を覚ます。

――てか、最初からこれをしてもらいたい。

 と、思っていると「無理」と神呪さんは言う。

「呪いといっても、数があるんだよ。それに合わせた解き方もある。つまり、どんなものかわからないのに、するなんてことはできないんだよ」

「そうなんですか」

「ん。あ、あと、手を合わすのは、もうしなくて良いよ」

「あ、じゃあ」

 と、僕はやめる。
 引馬さんもやめる。

 そして、じぃ、と愁哉を見る。

 愁哉は、ぼんやりとしながら僕ら三人を見る。

「あ、あの……」

「おはよう! 愁哉!!」

 と、僕が元気よく挨拶をすると、愁哉はビクッとする。

「えっと、ごめんなさい。ここは、どこなんでしょうか。あと、みなさん誰ですか? そして、愁哉とは?」

「え――?」

 と、僕がかたまっていると、神呪さんは愁哉を見る。

「すみませんね、うちの者が。私は、神呪文人と言います」

「神呪……。えっと、聞き覚えが……」

「あるようでない感じだと思います。んで、こっちが左坤優馬」

「優馬?」

「ええ、優れた馬で」

「……なるほど」

「んで、こっちは――」

 と、神呪さんが引馬さんを見ると、引馬さんは「引馬です。引くに馬で」と笑う。

「ここは、二十一世紀」

「にじゅ――!? え、とても未来です。なんで、私はこんなところに……。えっと、そうだ。私、誰でしょうか……。たしか、町の人の願いを叶えて――」

「百鬼愁哉。僕の大切な嫁で、大切な人だから」

「……なるほど。ごめんなさい、そんな大切なことを忘れてしまっていて。なんだか、私。最近、忘れやすいんです」

「敬語やめてよ。気持ち悪い。愁哉は、敬語なんて使わない。それに、私なんて言わない」

 まるで、僕を他人みたいに。
 そんな風に扱わないで。

「てか、愁哉――」

「ごめんなさい。あの、私の弟を知りませんか?」

「え?」

 弟?

 と、僕が思っていると、神呪さんは「いますよ」と頷く。

「今は、ここにいませんけど」

「……あなたが隠したのですか? 返してください。弟に何かしたら、許しません」

「何もしていないよ。てか、そう言うなら、弟の名前を呼んでみたら?」

「……生意気ですね。まるで、文音みたいだ」

 と、愁哉は呟いたあとに、また地震のようなものが起きる。
 すると、愁哉は「あれ?」と言う。

「文音? 文音って、誰だ?」

「友人の名前だったりするんじゃないんですか?」

「文人と、言いましたよね。あなた、何か知っているんですか? だったら、教えてください。私は、たしかに誰かのために怒っているのです。でも、思い出せない。彼女は、私にとって大切だったはずなのです」

「……知らない」

「そう……ですよね。ごめんなさい、突然こんなことになって、混乱しているみたいです」

「…………」

 神呪さんは、愁哉から目をそらし、電話をかける。

「紀治、柳楽くんを呼んでくれ」

 と。

 そのそばで、愁哉は周りを見る。

「そうだ。ちょうど、君みたいに優しい香りのする人だった気がす――あ、やだ。嫌だ」

「愁哉?」

「に、逃げてくれ。私はまた人を殺してしまう――!!!!」

 と、愁哉が言うと。
 窓ガラスが割れた。

 神呪さんは「嘘だろ?」と電話を切る。

「引馬さん、左坤くんと一緒に、社長から、かなり離れて。てか、俺がゴーサインするまで、この部屋の隅に行って。ゴーサインしたら、外に出て」

「え?」

「予想以上だった。あんたも、左坤くんも危ないから、逃げてほしい」

「よくわからんが、わかった」

 引馬さんは頷き、僕の手を引く。

「行くよ」

「待って、愁哉が!」

「良いから。左坤くん」

「良くない! 愁哉が死んじゃったら、どうするの!?」

「っ良いから! 左坤くん!」

 引馬さんは強く引き、僕を見る。

「旦那のお前が、嫁を信じなくて良いのか? 大丈夫だ、て。信じなくて良いのか? なあ」

「でもっ」

 でも、愁哉が。

 また失うの?

 また?

 嫌だよ。

 だって、今行ったら。
 また――

「愁ちゃんを一人にできないって」

 口から出た言葉に、僕は驚く。

 だけど、それよりも。
 愁哉の方が驚いていた。

 愁哉は、僕の方に来て「優馬ゆま?」と言う。

「ああ、君に私は――ああっ! 逃げてくれ、優馬! 私は、また君を失いたくない!! 君を守りたいんだ!!」

「しゅ――」

「行け! 二人とも!!!」

 神呪さんは叫ぶ。
 すると、引馬さんは玄関から外に出る。

「やだ!! また離れ離れなの!? 嫌だ!!!」

 と、僕は泣き叫びながら、外に出た。

 なんで、涙が止まらないのか、わからない。

 頭の中にあるのは、離れたくないということだけ。

「入れて! 一緒にいたい!!」

 と、扉を叩いても、何もならない。

「返して! 返してよ!!」

 と、僕は叫ぶ。

 けど、自分でもなんなのかわからない。

 何を返してほしいのか、僕にはわからない。

 ただ、返してほしかった。

「返して――!!」

「左坤くん」

 引馬さんは、僕を抱きしめる。

「落ち着け。大丈夫だから。返してもらえるから」

「引馬さんにはわかんない! わかるわけない!」

「わかんないよ。でもね、わかるよ」

 わかるから、と引馬さんは言う。

「神呪さんを信じて。社長も信じて」

「っでも!」

「助けたいなら、指示に従おう。ここで、慌てたって、なんもならないんだから」

「うっ……、ひっ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっっっっっっ!!!!!!」

 なんで泣いているのか。
 何で泣いているのか。

 僕にはわからなかった。

 だけど、悲しくて。
 苦しくて。

 つらかった。

 そして、そんな僕を優しく頭を撫でながら、引馬さんは「大丈夫」と、抱きしめてくれた。
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