愛縁奇祈

春血暫

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〇〇師にご用心!!

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「俺は、元々、とある神に仕える白蛇だった」

 ただの一匹の蛇だった。
 神様は、どんなだったか覚えていないけど。
 でも、優しかったのは覚えている。

「きれいな人だった。ちょうど、優馬みたいな雰囲気でね」

 俺は、小さくお茶を飲む。

――抹茶か。

 家に抹茶なんてあったかな、と思いながら俺は飲む。

「でも、まあ、人間ってさ。どうしようもなく、勝手で、自己中心的で、責任転嫁を得意としていてさ」

「……それでも、あなたは人が好きなんでしょ?」

 神呪さんは、俺をまっすぐ見て訊いた。
 俺もまっすぐ見て「うん」と、答える。
「俺も、神様もね。大好きだったよ」

 だったのに。
 なんでだろう。

「なんで、あんなに憎まれて、悪者にされたのだろう」

 神様は、本当に何も悪くないのに。
 だから、俺は神様を守るために。

「殺されてしまう前に、俺が神様を殺した。神様から、力を全部取って、人の子にした。そして、その子に、もう二度と神様にならないように、縁も切った」

「……それは、つらかったね。社長」

「そんな簡単な言葉で表すことなんてできないよ」

 俺は、叫びそうな感情を抑えながら引馬さんに言う。

「あの人は、何も悪くなんかないんだよ。悪いのは、俺だけで良かったのに」

 それなのにね。
 なんでなのかな。

 なんで、みんな巻き込まれるんだ。

「その後も、何人かの人間が俺に優しくしてくれたよ。だけどね、みんな悪者にされて死んだよ」

 ある時は、火刑。
 ある時は、磔刑にされて、串刺し。

「だから、もうさ。俺は、あまり関わりたくなかった」

「けど、もう関わってるじゃんか、俺らと」

「うん。切りたくても切れないんだよ。お前らとは」

 弟を逃がした時もそうだった。

 もう、切りたかったのに。

「大切だからこそ、切りたい縁があるんだよ」

 俺の話に一段落がつくと、引馬さんが俺をまっすぐ見て言う。

「社長、それは逃げじゃないか?」

「逃げ?」

「うん。そんなの、ただの逃げだよ。なんで、なんとかしようって思わないんだ?」

「できたらしているよ、とっくに」

「じゃあ、できるよ」

「そんな簡単に言わないでくれよ。こっちにだって――」

「それが、もう逃げじゃねえか」

 引馬さんは、俺の台詞を遮って言う。

「今の問題だってそうだ。そうやって、自分一人で抱え込んで、それで、周りに幸せになれだとか、ふざけてんのか!! 周りがどうかは、わからないけど。少なくとも、ここにいる俺も神呪さんも、左坤くんも、あんたにも幸せになってもらいたいんだよ!! んなこと、わかれよ!!!」

「俺にも幸せになってもらいたい?」

 なんだよ、それ。

 なんなんだよ、それ。

「どうして、そんなこと言うんだよ……」

「どうして? 当たり前だろ。みんな、あんたのことが好きだからだよ」

 大好きだからだよ、と引馬さんは笑う。

「な? だから、悪役を一人で背負おうなんて、思わないでくれないか? そんな、悲しいことをしないでくれ」

「けど、俺にはもう――んぐっ!?」

 と、言おうとしたとき。
 優馬が俺の口を手で押さえる。

「愁哉、うるさい。このまま、殺すよ」

 そう言うと、優馬はすっと手を離して、ニコッと笑う。

「僕は、愁哉が一人で苦しんで、勝手に死ぬのは嫌だよ。愁哉は、僕が殺すんだから」

「ねえ、笑顔で言うのやめてよ。怖いよ? サイコパスなの?」

「? いや、僕はずっと愁哉を殺すことしか考えていないけど?」

「嫌だよ。怖いよ。助けて、常識人・引馬さん」

 と、引馬さんに助けを求めると、引馬さんは小さく噴き出して笑う。

「うん。左坤くん、落ち着いて」

「えー、でもー」

「いつでも、殺ろうと思えば殺れるからね」

「待って、引馬さん。この子バカだから」

 絶対、そうか! て、頷いちゃうから。
 と思って、優馬を見ると、優馬は「そっか!」と頷いた。

「いや、そっか! じゃねえから!!」

「草加?」

「いや、今埼玉県の名物である煎餅の話はしていない」

「ん?」

「だから、そんな、かわいく首をかしげるな!」

 と、俺が突っ込みを一所懸命にやっていると、引馬さんは「ね」と俺に笑いかける。

「全部抱えて、苦しんだり、悲しんだりしたままだったら、できないことなんだよ。こういうのってさ」

「あ……」

「神呪さん、言葉が足りていないから、あんまり伝わらないかもしれないけど。神呪さんが言いたいことって、たぶんそうだと思う」

 ね、と引馬さんは神呪さんに笑いかける。
 神呪さんは、恥ずかしそうに目をそらす。

「あんたいなくなったら、大変だろうが」

「もう、神呪さんったら。素直に『助けたい』て言えば良いのに」

 ははは、と引馬さんは笑った。

 それを見て、俺は小さく笑う。

――ああ、なんだろ。

 なんなんだろうな。

「こういうのを、人は幸せと言うのだろうか」

「ん?」

「ね、みんな」

 俺は三人をまっすぐ見る。

「俺ね――」
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