愛縁奇祈

春血暫

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〇〇師にご用心!!

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 はっきりと覚えていることは、優しくて、きれいな人が、一人で隠れて暮らしていたこと。
 その人は、自分を「鬼」と呼んで、周りの人間を避けていた。

 俺は、それがなんだか気に入らなくて、無理矢理、手を引いた。

「苦しんでいる人を放っていけるか。そんなんで、何が医者だ」

 そう叫んで、その人の治療をしようと必死になった。

 その人は、何度も「やめてくれ」と言ったけど。
 俺は聞かないで、その人の治療方法を探した。
 研究し続けて、やっと見つけた。

 やっと、見つけたのに――

「百鬼さんさ、あの日、言えなかったけど。見つけたんだよ」

 俺がそう言うと、社長は驚いた顔をする。

「あの日、て……」

「忘れちゃいました? それなら、それで……とは、思えないな」

 忘れられてしまう、とあなたは言ったけど。
 それは、こちらの台詞である。

 忘れてしまうのは、いつだって、あなたなのではないか、と。

 口から溢れそうになって、なんとか、抑える。

「まあ、あれだ。俺は、覚えているよ。昔、あんたが一人で悲しみながら、一人で暮らしていたの」

「……引馬さん、あの――」

 と、社長は俺を見るが、俺はニコッと笑い社長の台詞を遮る。

「それ以上は、言わないでくれ。てか、その、あれだ。忘れていない人だっているということを、わかってほしかっただけだから」

「……その、あの、ごめん」

「謝らないでくれ」

 謝られると、つらくなるから。

 苦しくて、悲しくなるから。

「今は、前向きに考えよう。この話は、あとだ、あと」

 目の前の問題が解決してから。
 ゆっくり、昔話をしようではないか。

 茶でも飲みながら。

「さて、話を続けよう。神呪さん、平気?」

 と、俺は神呪さんを見る。
 神呪さんは、小さく咳払いをして、頷く。

「すごく簡単に話すと、あんたは、記憶を奪われて、そして負の感情を入れられている。次、発作みたいなのあると、全身が負の感情に支配される、と思う。あんたがかけられたのは、かけた人間のオリジナル、というかいろんな呪術が混ざったものだから。なんとも言えない」

「……そうか。けど、いつ起きるか、わからない」

「うん。まあ、起きたら起きたで、そこがいいチャンスなんだよ。そんときに、一気に負の感情を取って、記憶を奪い返してしまえば、大丈夫だと思うんだ」

「…………」

「やってみなければ、わからない。てか、そう簡単にいかない気がするんだよ。かけたのが刀祢の人間だか――ら?」

 神呪さんは、少しかたまる。

 何か、見落としているところでもあったのだろうか。

 俺が「神呪さん?」と彼を見ると、彼は「あのさ」と社長に言う。

「あんた、直接、あいつに記憶奪われた?」

「え? あ、ああ。そういえば、そうだったかな」

「どうやられた?」

「一瞬だったから、わからないけど……、どうかした?」

「いや、その。刀祢の狙いは、あんただ。んで、左坤くんもだ。俺の考えは、あんたを救おうと左坤くんが近づいたところを、あんたと共に刀祢が来る、て思ったけど。そんなの、いつわかるんだろう、て思ってさ」

「たしかに」

 と、俺は頷く。
 左坤くんと英忠はわかっていない感じがしたから、俺は優しく二人に「あのね」と説明をする。

「ここは、今、結界がある。だから、そう簡単に外部から人が入ることはできないんだよ。で、刀祢は外部の人だろ? 外部の人が、入れないところに入るなんて、どうするんだろうな、てことなんだ」

「ああ、たしかに。どうするんだろう」

「……考えたくはないし、当たってほしくないけど。けどさ、可能性としてあり得るのは、社長の中に、少しずつ負の感情と共に、刀祢の意思があったら、可能なんだよ」

「神呪さん、それは――」

「俺だって考えたくはない。けど、これしか考えられないんだよ。現段階ではね」

 神呪さんは社長の台詞を遮って、そう話した。

 表情は、至って真顔だった。
 だけど、声には焦りがあった。

 俺が神呪さんに何か言おうとしたとき。
 社長が「うん」と頷いて、笑う。

「神呪さんって、やっぱり、頭良いよね」

「この分野だけはできるんだよ。実家がそうだから。てか、俺の話はいい。あのね、あまり知られていないけど。刀祢の家は、傀儡師くぐつしなんだよ。んで、何百年前――たぶん、あんたの記憶奪う少し前とかかに、呪術もやるようになって、今に至るわけなんだけど」

「えっと、つまり、人を操ることも可能だ、てこと?」

「うん。さすが、引馬さんだ。理解力があって、俺は嬉しいよ」

 神呪さんは真顔のまま言った。
 社長は、胸辺りを押さえながら、俯いて、黙る。

 何か心当たりがあるのだろう。

 左坤くんが心配そうに、社長に「愁哉?」と声をかけると、社長はニコッと笑う。

「優馬、逃げるんだ。俺は、お前を殺したくなんかない」

「え? どういうこと?」

「そのままさ。最後くらい格好をつけさせてもらいたい」

 社長はそう言うと、左坤くんを軽く押した。

――ああ、そうやって、何度も。何度も、あなたは。

 誰かを守って、死のうとする。

 それが、どれ程、悲しいか。
 あなたは、わかっていない。

「社長、あの――」

「いつまでも、僕が守られるままなのは、気に入らないよ」

 俺の台詞を遮って、左坤くんは社長に言う。

「僕だって、男だ。好きな人を守らないといけないんだ」

「……優馬、俺は――」

「この際、愁哉の気持ちはどうでも良い」

「どうでも良いって。これは、俺の問題じゃん」

「愁哉は、僕のだから。愁哉の問題は、僕の問題でもあるんだよ」

「どこのジャイアンだよ、お前は」

 社長は、小さく笑う。
 それは、なんだか、何かを決めたような感じだった。

「けど、ありがと。優馬」

「愁哉……」

「役に立つかは、わからないけど。みんなに、特に神呪さんに聞いてもらいたい」

「ん?」

 神呪さんは、不思議そうに社長を見る。

「なんです?」

「うん。君の考えは、大体当たっている。俺が、発作――て言った方が、だいぶわかりやすいんだけど。まあ、それがある度に、ひとつ、ひとつと、俺の記憶はなくなっていく。それに、どんどん負の感情の声は強く、大きくなる」

「……やっぱり」

「そんな暗い顔をしないでくれ。俺も暗い気持ちになる」

 ね? と、社長は神呪さんを見る。

 神呪さんは小さく頷く。

「悪い。続けて」

「うん。それでね、俺が奪われたのは、記憶――だけではないんだ。神の力も奪われたんだよ。その力は、本当に人間に使えるものではないんだけど」

「それって、どんな力だったの?」

 左坤くんが不思議そうに社長に訊く。
 社長は、少し考えてから「えっとね」と言う。

「縁を結ぶ力だよ」

「え? いや、それはおかしくない?」

 神呪さんは、社長を見る。

「だって、俺らはみんな、あんたにあんたとの縁を結ばれて――」

「違うよ、神呪さん。元々繋がりはあった。結ばれていたんだよ。前世とかでね」

「……なんだよ、それ」

「英忠が、本来持っている縁結びの力も。俺が、英忠から奪った直後に、あいつは、奪っていったよ」

 ごめんね、と社長は英忠に謝る。
 良いよ、と英忠は言う。

「兄ちゃんが無事というだけで、充分なんだ」

「……ありがと。お前は、本当に優しいね」

「兄ちゃんの方が、優しいよ」

「うん」

 社長は、目に涙を浮かべながら、笑う。

「悪い。話が、止まってしまった」

「いや、良いよ」

 と、俺は笑う。

「こういう、当たり前なことも、大事にしないとね」

「ありがとう、引馬さん」

「良いってことよ」

「うん。でね、刀祢は、その力で『怨魂』――負の感情と俺の縁を結んだ。すべての負の感情が、俺に来るように。そして、最後はね」

 社長は、苦しそうに言う。

「俺自身を乗っ取る気だよ」
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