愛縁奇祈

春血暫

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〇〇師にご用心!!

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 目の前にいる、大切な人は。
 とても、苦しそうに。つらそうに。
 何かを叫んでいる。

 その言葉の意味を知ろうとしたって、無理だった。

「愁哉っ!!!」

 と、僕は手を伸ばして、触れようとしたけど。
 それを、神呪さんに止められる。

「さっき話しただろ。俺の指示に従ってくれ。落ち着いてくれ。社長は、大丈夫だから」

「大丈夫? どこが?」

 ねえ、あんなに苦しそうなのに。

 どこが、だよ。

「ったく、愁哉が何をしたと言うんだ!!」

「何も悪いことなんてしていないよ。てか、もう、バカは黙ってろ」

「僕はバカじゃないよ」

 みんな、僕のことをバカだと言うけれど。
 僕は、そんなバカじゃない。

「ねえ、神呪さん――」

「しっ。そろそろ。左坤くんは、引馬さんと一緒にいて。柳楽くんも」

 神呪さんはそう言うと、愁哉の方を見る。

「名をもって、成敗してやらぁ。刀祢美亞」

 神呪さんが、ニヤッと笑うと。

 愁哉が――いや、なんだろう。違う。
 これは、僕がよく知る。
 僕が愛していた人。

 刀祢美義みよし課長が、妖しく笑って言う。

「やっと、手に入れた。行こう、優馬」

「っ」

 ビクッと反応してしまう。
 何度も何度も、愁哉が切っても切れない。
 そんな縁が、僕と彼に繋がっている。

 じっとしていなければならない。
 それなのに、身体が勝手に動いてしまう。

――誰か、止めてくれ。

 と、思っていると、引馬さんが僕を抱きしめて、止める。

「左坤くんは、俺が守る」

「引馬……さんっ」

「君は、可愛い社長の子だからね」

 それに、と引馬さんは笑う。

「俺の子でもある」

「引馬さんっ」

「大丈夫。神呪さんと、英忠に任せよう」

「うんっ」

 と、僕が頷くと、課長がつまらなさそうに言う。

「やっぱり、つまんないなあ。優馬」

「課長、今はこっちだよ。殺してやるから」

「殺す? 人間ごときが?」

「ただの人間だと思うなよ、くそ野郎」

 神呪さんは、そう言って課長を殴る。

 重くて鈍い音と共に、課長は少し後ろに倒れる。

「いったぁ……。もう、怪我したらどうするんだよ」

「怪我したら、したで。俺はまったく嬉しいけど」

 えいっ、と神呪さんは蹴りを入れる。

「てか、マジ、いい加減さ。人の大切なもん返してほしいな」

「返す? 嫌だな。これで、俺は――」

「社長の声で、痛い発言しないでほしいんだけど」

 気持ち悪い、と神呪さんは課長をにらむ。

――なんだろう、すごく変な気持ちだ。

 自分の大切な人が、フルボッコされてるのに。
 特に何も感じないなんて。

 僕は、おかしいのだろうか。

「引馬さん」

 不安に思って、なぜか僕は引馬さんに訊いてみる。

「僕って、おかしいんですかね」

「さあ、どうだろう。何を基準にしているのかに、よるけど」

「……この状況に、特に何も感じないんです」

「良いんじゃないかな。それは別に」

 引馬さんは、優しく言う。

「何かを感じなければならない、という話ではない気がする。まあ、大切な人がフルボッコされていて、特に何も感じないのは、変わっているけどね」

「…………」

 なんだろう、やっぱり、変なんだ。

 だから、ダメなんだ――

「左坤くん」

 俯いて、考えていると、引馬さんが優しく声をかける。

「変わっているということが、すべて、いけないとは俺は思わないよ」

「え?」

「それもそれで、構わないと思う。大体、君が変わっているのは、今に始まったことではないし。その変わっているということは、悪い意味ではないよ」

「……えっと」

 どういうことだろう。
 悪い意味ではない、て。

 普通ではないのに。
 良いってこと?

 よくわからない。

 と、思っていると、引馬さんは神呪さんを見ながら言う。

「梔さんも話していたけどさ。神呪さんや梔さんを怖がらずに、普通に接したり。俺なんかを気味悪がらずに、そばにいてくれるのって、変わっているけど。とっても、変わっているのだけれど。それでも、とっても、嬉しくて、ありがたいなあ、て思うんだよ」

「……いや、それは。あの、みんな優しくて、普通にかっこよかったりするから、だと思います」

「そう思ってくれて、とっても嬉しいよ」

 ありがと、と引馬さんは僕の頭を優しく撫でる。

 親が子どもを褒めるように。

――優馬は、優しくて、良い子だね――

 と、いつか父さんが笑って優しく撫でてくれたのを、ふと、思い出して、僕は泣きそうになった。

 もう、今は顔すら思い出せないけど。
 たしかに、いた。

 優しい父さん。

「と、う……さん」

「左坤くん、君はもう少し、自分に優しくなりなさいな」

 僕の頭を撫でながら引馬さんは笑う。

「君は自分に対して、厳しすぎるよ」

「けど、僕のせいでこうなったんじゃないか、て」

「そんなわけないって。もしかしたら、君も関係しているかもしれないけどさ。すべて、君のせいだなんて、そんな話はないよ」

「…………」

「安心しなって。君はね、優しくて、良い子なんだよ。それは、みんな保証してくれると思う。少なくとも、俺と社長は保証する」

 ね? と、引馬さんは笑ってくれた。
 それが、とても安心できて。
 救われた気持ちになったのは、秘密だ。

――そうか、僕、悪い子じゃないんだな。

 と、思って、ふと、神呪さんと課長の方を見ると。
 課長が神呪さんに「死ね!!」と叫んでいた。

 愁哉の身体で、声で言わないでほしい、と思っていると。
 神呪さんは「うるせえよ」と言う。

「このくそ野郎。いい加減にしろよ。何人殺せば気が済む。何人苦しめれば気が済む。全員が全員、てめえの玩具じゃねえんだよ」

「人間ごときが、調子に乗るな」

「お前もその人間ごときに含まれるからな」

 くそが、と神呪さんはかけている眼鏡を投げる。

「ほんっとうに、ムカつくやつだな。やっぱり、殺しておくべきだった」

「それはこっちの台詞だよ」

「んだよ、くそ」

 と、神呪さんは課長を殴った。

 だけど。

 課長は、それを避けて神呪さんを殴る。

「当たりっぱなしは、嫌なんだよ」

「――っ」

「なあ、神野かみの

 殴られて、不機嫌な神呪さんに課長は言う。

「お前さ――」
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