愛縁奇祈

春血暫

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〇〇師にご用心!!

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「お前さ、マジで――」

「黙れ、マジで」

 と、俺はにらむ。

「ほんと、ふざけんな。返してくれよ、マジで。先輩を」

「先輩?」

「忘れたなんて言わせねえよ。あんたが――課長が殺した人間のことをっ!!」

 返して、と言ったって。
 返ってくるわけない。

 そんなこと、わかっているけれど。

 だけど、言わずにはいられなかった。

 井村いむら弘美ひろみ先輩のことを。
 俺や、紀治に、優しく接してくれて人。

 課長のせいで自殺してしまった人。

 俺の気に入っている人。

「返してくれ、本当に。いや、返して、で返ってくるわけないけど。だったら、謝罪してくれ。贖罪しろ」

「何それ。俺、全然知らねえ」

「ふざけんな、マジ。ていうか、ほんっとうにさあ」

 と、俺は社長の身体を使っている、元上司のみぞおちを殴る。

「俺の気に入っている人を奪うのやめてくれる?」

「いってえ…、その人を殴る癖やめなよ。モテないよ?」

「良いんだよ。興味ねえ」

 てか、マジで。
 社長を返してくれ。

 つーか、帰ってこい。

「俺は、今、非常に不機嫌なんだよ」

「そんなこと、知ったことか」

 野郎は、そう言って、懐からナイフを出す。

「てか、お前さ、邪魔だから死んでくれね?」

「おっと、ナイフは怖いなあ」

 全然怖くないけど。
 まったく、怖くないのだけれど。

 まあ、一度は言ってみたかった。

 死ぬ前に、ね。

「殺されるなあ、死にたくないなあ」

「まったく、心こもっていないなあ。本当は、怖くないんじゃない?」

「いやあ、怖いよ? 俺はまだ死にたくないしね」

 まだ、だ。

 どうせなら、社長を助けて死にたいものだ。

――あれ、前にも同じことがあった気がする。

 誰だっけ。

 誰を守って、俺は――

「っ!」

「よそ見するなんて、君は余裕があるんだね」

「うるせえな、ブス」

「俺はブスではない。イケメンだぞ~」

「マジ、社長の身体で言うのやめろよ。吐き気がする」

 てか、軽くナイフ頬に、かすったし。
 血が出たんだけど。
 ムカつくなあ、もう。

「俺のこと、殺しにかかってるんだったら、狙うのは顔ではなく、心臓じゃねえの?」

「うるさい。身体が言うことを聞かねえんだよ」

「ははは、社長だからな。無意識のうちに、あんたの動きを止めてるんだろ?」

 あの人らしい。

 あの人は、とても優しい人だから。

「残念だったな、刀祢」

 と言うと、野郎はナイフを俺に投げた。
 避けようと思ったけど、うまく避けることができず、ナイフは俺の腹部に刺さった。

 さすがに痛い。

 てか、これ、ただのナイフじゃねえな。
 毒でもあるんじゃねえのかな。

「きっついぜ……、さすがにさ」

 うわあ、ぼんやりしてきた。
 すぐ効くやつじゃねえか。

 けど、ここで倒れてたまるかよ。

 俺は――

「言わないと……」

 何か、社長に言わないと。
 それなのに。

 何を言いたいのか、わからない。

 それに、さっきから、頭の中に変な映像が流れる。

 たくさんの人が、俺に向かって火箭が飛んでくる。

 その火箭を避けながら、俺はどこかに向かって走っている。
 けど。

 だけど、その一本が俺の左肩に刺さった。

「あ」

 そうだ。

 俺――

「言わないといけねえ」

 あの日、伝えようと思って伝えられなかった。

 もう伝えることなんてできないと思っていたけど。

「名切……、どの……」

 くっそ。
 うまく言葉が出てこねえよ。

 言わなきゃいけないのに。

 ああ、苦しそうにしやがって。

 そのまま死ぬつもりかよ。

 せっかく、俺が――あっしが、守ったのに。

「聞こえ……ます、か……………?」

 しゃべるのきっつい。

 あー、もう。

 なんとか言えよ、くそ野郎。

「名切どの、あっしは――」
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