愛縁奇祈

春血暫

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深雪の空

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 引馬さんが、行きつけというお蕎麦屋さんは、瓦屋根の平屋だった。
 普通に見慣れている家で、俺は別に何も思わなかった。
 でも、優馬たちには珍しいものらしく。

「うわ!」

 と、驚いていた。
 それを見ると、ジェネレーションギャップを感じる。
 もしかしたら、違うかな。
 いや、そもそもなんだ? ジェネレーションギャップって。
 この前、引馬さんから聞いたから使ってみたけど。
 意味がいまいちわからない。

 と、考えていると「入りますよ」と引馬さんが言った。
 俺は、慌てて店に入る。

「置いて行ったら、泣くぞ」

「愁哉、泣くの!?」

「何、期待しているんだ、バカ者」

 と、俺は優馬に言いながら、引馬さんの後について行き、席に着いた。
 テーブル席か、和室の座席か、という話になったけど。
 引馬さんは、たまには、と言い、和室に入った。

 久しぶりの和室。

 畳の香りと、襖の香り。
 それらが、非常に懐かしくて、俺は泣きそうになった。

「歳?」

「じじい扱いするな、若輩者」

「そう言っているのが、もうおじいさんだね」

「たく、俺はまだまだ若いぞ」

 言うて、千年近く生きているけど。
 まあ、それはそれだ。
 百鬼愁哉としては、まだ三十三だからな。
 引馬さんより年下だ。

「てか、さっそくお蕎麦食べようよ」

「そうだね。ここのお蕎麦は本当に美味しいから」

「へえ、常連なの?」

「俺ではなく、悠生の親父さんと俺の親父がね。よく来ていたんだって」

 引馬さんは、懐かしそうに言う。

「俺と悠生も、たまに行ったけどね」

「へえ。俺、ここに、まあまあいるけど、知らなかったわ」

「まあね。地元の人でも、知らない人は、結構いるから」

「へえ」

 町の隅々まで、知っている気になっていたけど。
 実際は、俺なんかよりも、人間の方が物識りだ。

 大体、お蕎麦の存在も先日知ったし。

「てか、どれがおすすめ?」

「そうだね。俺は、きつね蕎麦が好きだよ。お揚げ、美味しいし」

「きつね蕎麦?」

「あれ? 知らない?」

 引馬さんは、意外だ、とでも言うような顔で俺を見る。

「たぬきとか、そういうのも知らなかったり?」

「うん。俺、お蕎麦の存在は先日知ったしさ」

「へえ、意外」

「そう? 俺は、人の子の食べ物は白米、みそ汁、焼き鯖しか知らなかったよ。あ、オムライスとハンバーグも知ってる」

「カレーは?」

「あ、それも知ってるわ。優馬がたまに食べたいって言うから」

「その前は知らなかったの?」

「うん」

「それ、すごいな」

 引馬さんが苦笑すると、優馬が「ざるそばあ!!!」と言って、俺に体当たりする。

「引馬さん、僕、ざるそば!!」

「はいはい。健介と英忠と利一は?」

「ざるそばあ」

 と、尺度さん。

「引馬さんのおすすめ」

 と、英忠。

「たぬきそば」

 と、利一が言った。

――やっぱり、英忠もお蕎麦知らなかったんだな。

 さすが、兄弟。
 と、思った。

「うん、わかった。じゃあ、店員さん呼ぶね。呼び鈴の方鳴らして」

 と、引馬さんが言うと、尺度さんが思いっきり呼び鈴を鳴らした。
 壊れるんじゃないか、と思うくらい。

 少しすると、三十後半くらいの若い女性店員さんが「お待たせしました」と、来た。
 引馬さんは「おっと」と女性を見て、少し驚いた顔をした。
 女性も引馬さんを見て、少し驚いた顔をする。

「あれ、佑司くん?」

「どうも。青生あおいさん」

「うわ! 久しぶりじゃん!! あれ、奥さん?」

 と、店員さんは俺を見た。
 俺は「えっと?」と、どう返そうか考えていると、引馬さんが「違うよ」と言う。

「その人は、俺が今勤めてる会社の社長。そして、男」

「え、男の人!? うわ、すごくきれいな人」

「あはは。俺も、そう思う」

 と、引馬さんは笑い「あ、注文」と言う。

「たぬき蕎麦が一つ。ざる蕎麦が、二つ。きつね蕎麦が三つでお願い」

「わかった」

 と、女性は言って、厨房の方に向かった。

「引馬さん、あの人誰なの?」

「ん? ああ、彼女は火宮ひのみや青生さん。俺の従妹いとこ。父方のね。ちなみに、悠生は、母方の従兄弟なんだ」

「へえ、きれいな人だね」

「うん。あ、でも、あれだよ? あの人、子どもがいるんだよ。男の子だったかな。赤子のときに一度だけ見ただけなんだけど」

「いや、俺には優馬がいるから。てか、さっきから優馬が静かなんだけど」

「ん? たしかに」

 と、俺と引馬さんは優馬を見る。
 優馬は、なんだか怒っているような顔をして黙っている。

「優馬?」

 と、俺が近づいて声をかけると「愁哉」と優馬は言う。

「愁哉は、僕のだからね。てか、あの人、すごく馴れ馴れしいってか、なんて言うか」

「……えっと。それで怒っているの?」

「悪い?」

「いや、まったく。ただ、可愛いなって」

「可愛いのは愁哉だけど」

「いや、これに関しては優馬が可愛い。とてつもなく可愛い。なにこの愛玩動物」

 と、真顔で言うと、引馬さんが苦笑する。

「社長、戻ってくるんだ」
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