愛縁奇祈

春血暫

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深雪の空

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 久しぶりの母校だ。
 卒業して以来、一度も来ていなかった。
 行く必要がなかったから。

「で、染太郎くん」

「え、何?」

「あのナルシストどこ行った?」

「あ、三沢?」

「そんな名前だっけ」

 と、文人は言う。

「あいつ、どこ行ったの」

「さあ、わからない」

「嘘吐いたら、末裔まで呪うよ」

「いや、本当に知らないって」

 芝川は、怯えた表情で文人を見る。

「俺も、あいつどこに行ったのか気になるし」

「ほう」

「あの、本当、そのうち来ると思います」

「それは、真かな」

「真です」

「うむ」

「待って、文人。お前、そのキャラ何?」

「代官」

「あの、そんな真顔でさ。淡々と、やらないでよ。余計怖いわ」

 ただでさえ、怖いのに。
 怖さが、すごく増している。

――てか、三沢どこだよ。

 と、思って苛立っていると「ごめん」と三沢が走ってくる。

「三沢、遅れちゃった」

「どこに行ってたんだ、くそナルシスト」

「わあ、文ちゃん怖い。いや、三沢、夢の世界まで出かけていたんだ」

「つまり、寝坊だな。くそ野郎」

「まあ、そういうことになるね」

「なあ、三沢。お前さ、五感の中で何か一つだけ残すとしたら、どこが良い?」

「え、ちょっと。怖い怖い。冗談よしてよ」

「俺、冗談では言わないけど」

「待って。梔、芝川、どっちか止めて」

「ごめん、三沢。俺、まだ生きていたいんだ」

 と、芝川は笑う。
 その隣で俺も笑って「悪いな」と言う。

「怯えている人を見るのが好きなんだ」

「いや、ちょっと。ほんと、待って、」

「大丈夫だ、三沢。俺は、何度もやったことある」

「それ、大丈夫じゃないから」

 と、三沢は涙目で言った。

――珍しく、三沢が突っ込みをしている。

 と、俺は小さく笑った。

 閑話休題。

「んで、練習しようか」

「そうだな。何からやる?」

 と、芝川は嬉しそうに言う。

「てか、お腹すいたわ。近くにさ、うまい蕎麦屋があるんだ」

「そばか。たしかに、良いな」

「じゃあ、蕎麦を食いながら、話をしようぜ」

「うむ」

 と、四人で話し合い、芝川が最近見つけたと言う蕎麦屋に向かった。

 大学から少し離れたところに、瓦屋根の平屋のような蕎麦屋があった。

「なんだか、珍しいな。ここまで古風な感じの」

 と、俺が呟くと、三沢も「そうだな」と言う。

「こういうところって、高い気がするよ」

「そうでもないんだよ。財布に優しいよ」

「マジか、また珍しい」

「そう。だから、俺もよくいくんだ。ここに、きれいな女性もいるし」

「芝川、嫁いるよな。たしか」

「いや、そういうことじゃない。浮気なんて俺はしないよ」

「まだ何も言っていないのに」

 ニヤッと文人は笑う。

「これは、浮気だな」

「いや、向こうの人は子どももいるから」

「うわ。お前、趣味疑うわ」

「違うって! 神呪!!」

「これは、もう、奥さんに言うしかないなあ」

「そうだな、文人」

 俺はテキトーに頷きながら、店の中に入った。

 店の中も、昔ながらの和風な感じ。
 テーブル席と和室の座席があった。

 せっかくだから、と言って、俺らは和室の方に入った。

「あれ?」

 入って驚いた。
 いや、これは、誰だって驚くだろう。

 だって、社長たちがいたから。

 和室に入って、すぐ左の席。
 奥に、左から左坤くん、社長、引馬さん。
 手前に、左から小鳥遊くん、柳楽くん、尺度さん。

「えっと、おはようございます」

「あ、おはよ。て、あれ? そちらの二人は?」

「えっと、昔の知り合い」

 と、俺が言うと、三沢と芝川は不思議そうに社長を見る。

「梔、そちらの女性は?」

「三沢、この人男。んで、俺と文人が勤めている会社の社長」

「へえ、若いよね。俺らくらい?」

「そうでもないよ。だって、この人――んぐっ!」

 実年齢を言おうとしたら、社長に口を手で塞がれた。
 社長は俺の耳元でドスのきいた声で「余計なことは言うな」と言ってから、三沢と芝川を見てニコッと笑う。

「初めまして。百鬼と言います。歳は今年で三十三です」

「あ、俺、芝川って言います。梔と神呪と高校からの友人です!!」

「三沢です。文ちゃんとは地元が同じで、小学生のころから知っています。梔とは大学から」

「へえ、文ちゃんって呼ばれているんだ。神呪さん」

「違う、こいつが勝手に言い出した」

 俺は認めていない、と文人は三沢をにらむ。

「マジでやめろ。殺すぞ」

「あはは、文ちゃん照れちゃってる」

「うるせえ。三沢英煉・堕・天人・亜黎紅燦奴櫓子・玖璃司・殿・亜流萬崇・十字・李亜蓮斗」

「え、何その呪文みたいなの」

 社長は文人を見る。

「神呪さん?」

「三沢の名前。くそ長いだろ」

「すごいね。俺、わからないわ」

「けど、覚えていてくれているあたりに愛を感じるよ」

 と、三沢は嬉しそうに笑う。

「いやあ、文ちゃんは俺のこと大好きだもんね」

「うるせえ、殺す」

「もう」

 三沢はニコニコ笑っている。
 文人も、口では嫌がっているけど、そうでもないみたいだ。

 俺は小さく笑って「じゃ、俺らは俺らであるんで」と社長に言った。
 社長は小さく頷いて笑う。

「そうか。まあ、久しぶりに会ったんだから、ゆっくりするんだよ。音魂鎭心」

「え、なんで」

「社員のことは大体把握している」

「ちょっと――」

「引馬さん、そろそろおいとましよう」

 と、社長は引馬さんに向かって笑う。
 引馬さんは「そうだね」と頷いた。

 そして、社長たちは店から出た。
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