愛縁奇祈

春血暫

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深雪の空

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 紀治の家には、よく行く。
 何度か、あいつは鍵を変えているが、俺にはそれは意味がない。
 すぐに、合鍵を用意し、侵入する。

 なんだか、法律違反だ、といわれそうだが。
 まあ、良いじゃないか。
 盗んでいないし。

 と、思いながら紀治の部屋に入る。

「はあ」

 と、息を吐いて、ぼんやりとノートを広げる。

「どうしよっかな」

 なんとなくの歌詞は浮かんでいたりする。

 しかし、どうなんだろう。

 と、考えていると、紀治が入ってきた。

「お前さ、なに、普通に人の部屋に入ってるの?」

「良いじゃないか。お前、俺の嫁だから」

「良くない。てか、お前の方が嫁だろ?」

「んだよ、くそ紀治」

 はあ、と俺はため息を吐いて、部屋を出る。

「やれやれ、仕方がないな」

「仕方がないな、てなんだよ。ここは、俺の家だぞ? 大体、人がどれだけ鍵を変えていると思っているんだ。なんで、合鍵作ってるんだよ。鍵師なの?」

「俺は、ただの神呪だよ」

「いや、何それ。てか、ほんと、どうやって合鍵作ってるんだよ」

「ん? そりゃ、普通に。お前の懐から、鍵を奪い、鍵屋で合鍵を作る」

「鍵を変えて、すぐにできるものなのか?」

「できてしまうのが、この俺だな」

 ははは、と笑いながら俺は居間のテレビを見る。

「どうせ着替えるんだろ? 終わったら、言えよ。俺には作業がある」

「まあ、そうだけど。いや、なんで? お前、自分の家に帰れよ」

「バカ野郎。大家にこの前怒られて、家追い出されたんだよ」

「何をしたんだ、お前は」

 紀治は部屋の扉を閉めようと、ドアノブに手をかける。
 俺は少し胸を張って「それはな」と言う。

「大家の家に、ゴキブリを投げ入れたんだ。二十五匹」

「何してるんだよ、お前!!!」

「いやあ、あんなに喜ばれるなんて、と思ったんだけどさ。出ていけ、と言われたよ」

「なんで、ゴキブリ投げ入れられて、喜ぶ! て、思ったんだよ。喜ぶの、お前だけだよ」

「そうかな。ゴキブリ、可愛いぞ? ゴキブリだけではない。虫は、非常に可愛らしい。もちろん、かっこいいのもいるがな」

「昆虫性愛なの?」

「虫でイきはしないな。まあ、蜘蛛なら」

「え、嫌だ。気持ち悪いな」

 バタン、と紀治は扉を閉めた。

 そんなに気持ち悪いことか?

 あの蜘蛛の巣で、雌蜘蛛とヤるなんて。
 想像しただけで、イけるけど。

 まあ、それより、紀治が死ぬところを妄想していた方がイけるんだがな。

 と、考えていると、扉が開く。

「文人さん、着替え終わりましたよ」

「あ、今日は早いな。治花はるか

「そうかしら」

「うん。てか、あんま着替えていない? 服、なかったの?」

「んー。治奈はるなさんが、もしかしたら、いじったのかもしれない」

「あー。あいつなら、やりかねない」

 俺はため息混じりに、紀治――いや、治花に言う。

「俺、部屋で作業があるから。晩飯、よろしく」

「わかってるって。頑張ってね、文人さん」

 治花は笑って、エプロンをして、台所に立った。
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