愛縁奇祈

春血暫

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深雪の空

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 月日は経って、ついに本番を迎えた。

 前日に、社長に俺らのバンドを見に来るように言ったら。
 とても嬉しそうに頷いてくれた。
 なんでも、俺らのバンドのことが好きだったらしい。
 引馬さんと言い、社長と言い。
 いったいどこが良いのか、俺にはわからない。

「文人、あのさ」

 と、出番の二つ前に紀治が俺に声をかけた。

――なんだろう。

「どうした? 紀治」

「あ、いや。これ終わったらさ、お前に話をしないといけないことがあるんだ。良いかな」

「? ああ、もちろん。良いけど」

 本番を迎える日まで、色々あった。
 少しずつだけど、紀治の人格たちは統一されていった。
 全員にお別れを伝えて、きちんとさよならをしたつもりである。

 今残っているのは、誰だろう。

 治花と普段出ている紀之くらいかな。

――なるべく、別れたくないんだけど。

「なあ、紀治。いや、紀之」

「ん? 珍しいな、お前が俺の名前を呼ぶなんて」

「良いだろ。これが最後って気持ちなんだし」

「……そうだな。俺さ、お前と一緒にいられて幸せだったよ。てか、本当ならさ、俺ではなくて他のやつだったんだろ? バンド」

「ん? ああ、まあね。でも、お前さ、何回かはやってたろ?」

「うん。気づいていたんだ」

「当たり前だ。何年お前と付き合ってると思ってる」

「そうだな」

 紀治は照れ笑いをして言う。

「ほんと、お前は最高の親友だよ」

「俺にとっても、お前は最高の親友だよ」

 さあ、終わりにしよう。
 長かった夢が覚めるときだ、なんてな。
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