愛縁奇祈

春血暫

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深雪の空

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 翌朝。
 なんだか、身体が重くてだるいけど、気分はスッキリしていた。
 ずっと長い夢を見ていたような気持ち。
 その夢は良いときもあったけど悪いときもあって。
 全部引っくるめて幸せな夢だった。

「ここ、どこだっけ……」

 たぶん、自分の家かもしれない。
 だって夢の中で、ここは自分の家だったし。
 自信は全くない。

「んー」

 と、考えていると「おはよ」と文人くんの声がした。
 見てみると、文人くんが眠そうに僕を見ている。

「久しぶり、元気にしてた?」

「久しぶり! 文人くんっ」

「うん。ちゃんと、紀治だ」

 文人くんは嬉しそうに笑った。
 パッと見だと真顔だけど、それでもわかる。
 文人くん、表情筋が人よりも硬いだけで、よくよく見ると笑っていたりする。

「ねえ、文人くん」

「なんだよ、紀治くん」

「僕さ、ずっと夢を見ていたような感じするんだよね」

「そうか。じゃあ、そうなんじゃない? それがどうした」

「うん。その夢で、何度も何度も文人くんが僕のことを好きって言ってくれたの嬉しかったよ」

「っ!!!」

「夢でも言ったけど。やっぱり、ちゃんと伝えたいな、と思ってさ」

 僕は文人くんを見て言う。

「僕も、文人くんのこと大好きだよ」

「あ、ああ、アリガト」

「あはは、片言になってるよ。どうしたの? 文人くん」

「ば、バーロー!!」

 文人くんは恥ずかしそうに顔を隠して、僕の手を引く。

「朝ごはんできてるんだからねっ」

「ツンデレみたいだなあ」

 ははは、と笑いながら僕は食卓の方へ行く。
 その途中で、とても懐かしいものがあった。

「あれ、これって……」

 僕がそう言うと、文人くんは「あ」と言う。

「その、さ。お前から貰った本。くそ面白かった。あまり本好きじゃなかったけど、面白くて、何度も読んだ」

「読んでくれたんだ!! ありがとう!!!」

 昔、一度だけ。
 迷惑かな、と思いながら文人くんに本を渡した。

――読んでくれたんだ。

 良かった、面白かった、て言ってくれて。

「僕もね、その本好きなんだよ」

「そ、そうなんだ」

「ねえ、今度さ本屋さん行こうよ。もしかしたら、続編出てるかも」

「そうだな、行こうか」

「うん」

 僕は頷いて、文人くんが作ってくれた朝ごはんを食べる。

 味は美味しいとは言えないけど、でも愛情はある感じで食べられなくはなかった。
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