愛縁奇祈

春血暫

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深雪の空

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「じゃ、俺と紀治は用事があるんで」

 文人はそう言って俺を連れていく。

「お先に」

「おう! またな!!」

「文ちゃん、またねっ! 連絡、三沢は待ってるからね」

 と、二人は返事をした。

 文人はただ俺の手を引いて歩く。
 無言だったりするから、何か怒っているのか、と思いドキドキしながら「あのさ」と俺は声をかける。

「文人、怒ってる?」

「…………」

「心当たりしかないから、困っているのだが」

「……くっそ、恥ずかしいことを言ってしまった。死にたい」

「…………え?」

「痛い発言とかした気がする。死にたい」

「……ん?」

 え、恥ずかしすぎて黙っていたの?
 恥ずかしいから顔を隠していたの?

 どんだけ可愛いやつなの?

 え、あれ?
 文人ってこんな可愛いやつだったか?

「ぷっ」

「笑ったな、紀治。殺すね」

「いや、笑うだろ。可愛いやつだなあ、お前は」

「マジ、恥ずかしい。もう無理。金庫盗も……」

「待て待て待て! なんだよ、それ!!」

 どうしてそうなる。
 お前、金庫盗むって本当に金庫ごと盗むじゃん。

「落ち着けって。そんなさあ、ただノリで言ってしまっただけだろ?」

「だとしても、俺はもうダメだ。リボ○ブラ盗も」

「待てって。それをしたら、本当にダメだって。ただの下着泥棒じゃん!!」

「わかったよ、メンズブラなら良いだろ?」

「良くねえよ! てか、それも下着だし。下着泥棒ってことには変わりねえし!!! あと、仮に盗んだとしてさ。どうするの? つけるの?」

「お前がつけるんだよ、フロントホックのものをね」

「嫌だよ!!!」

「痛いのは最初だけだ、さあ、力を抜いて~」

「ふざけんな!! 一人でやってろ!!」

「良いんだ、やって。じゃあ、ちょっと行ってくる」

「嘘、行かないで!!」

 危なっ。
 行かせるところだった。

 ツッコミ疲れもあり、深くため息を吐くと、文人が携帯で何かを調べている。
 画面を見てみると、ワ○ールの本社を調べていた。

――まさか!

「文人? お前、もしかしてさ――」

「ここに行けば、たくさんの下着があると思うんだが」

「行くなよ? あの、本当に行かないでね? マジで」

「行かないよ。ここから遠いし」

「いや、近かったら行くの!? ダメだって!!」

 あと、あまり言うと作者が怒られるから、この話題やめよう。
 どこで誰が見ているか、わからないし。

「てか、文人。これで最後かもって話なのにさ。お前、相変わらずだよな……」

「下手にやることはないだろ。いつも通りの方が良いだろ?」

 文人はそう言うと、近くにある喫茶店に入る。

 文人はまっすぐ喫煙席に座る。

 そういえば、文人はかなり吸う方だった気がする。
 文人の持ち物の殆どが煙草の箱とライターである。

「本当はマッチで火をつけて吸いたいんだけどね」

「え? あ、ああ」

「一回それをしたら、社長に怒られたんだよ」

 文人はつまらなさそうに言って、店員さんを呼ぶ。

「すみません、ホットコーヒー。紀治はどうする?」

「俺? えっと、じゃあカフェラテをホットで」

 店員さんは「ありがとうございましたー」と真顔で言って去った。

 機嫌でも悪いのだろうか。
 真顔というか無表情というか無感情というか、ていう感じだった。
 少しすると先ほどの店員さんが「お待たせしましたー」とコーヒーとカフェラテを持ってきてくれた。
 文人の前にコーヒー。俺の前にカフェラテ。
 丁寧に置いてくれた。
 店員さんは伝票を机の上に置くと「ごゆっくり」と言って去った。

「なあ、文人」

 俺はカフェラテに少し口をつけてから、文人に話しかける。

「俺ってか、俺たち? なのかな……」

「ん? なんだよ」

「お前と一緒にいれて幸せだったよ」

 なかなか言う機会がなかった。
 このまま言わないでおくのもありかもしれない。
 でも、それは嫌だな、と思った。

「またさ、色んなことに巻き込まれるかもしれないけど。よろしくね」

「……んなことさ、当たり前だろ? 今さら過ぎるぞ、くそ野郎」

 文人はコーヒーを啜る。

「俺もね、お前らと一緒にいて幸せだったよ」

「文人……」

「初恋がお前で良かったし、青春もお前で良かったよ」

 文人はそう言うとニコッと笑う。

「だから、こっちこそ。これからもよろしく」

「……うんっ」

 なぜだろう。
 どうしようもなく嬉しくて仕方がない。
 涙が出そうだ。

――本当に大好きだよ、文人。

 俺は呟いて、カフェラテを飲んだ。
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