狂気醜行

春血暫

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写鏡の師

007

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 帰宅して、文弘は布団にポスン、とダイブした。
――大人気なかった。全く。
 一に自分の知られたくないことを知られた。
 たったそれだけで、あんなに焦り、怒鳴ってしまった。
「でも、どうして……」
 もう一人の自分のような存在――鏡と会い、会話をしたのに。
 一が離れず、自分を知ろうとした。
 その事が理解できず、文弘は怖いと感じた。
「つーか」
 文弘は窓ガラスに映る鏡を睨む。
「瀧代に会ったのかよ」
『えっと……。そう、そのー、ごめんね』
「謝んないでよ」
『……あの子なら、貴方のことを大切にしてくれるだろうな、て』
「勝手なことすんなよ!」
 ふざけんな! と、文弘は鏡に怒鳴り、布団に顔を埋める。
「俺は一人でも生きていけるし。他人なんて要らない」
『文弘……』
「瀧代は普通の奴なんだ。普通の奴を巻き込みたくない」
『…………』
「もう嫌なんだ。誰かを巻き込んだりするの」
 嫌だ、と呟くように文弘は言った。
 その言葉を聞き、鏡は何も言えなくなった。
――本当なら、今すぐ抱き締めてあげたい。
 鏡はそう思い、文弘に手を伸ばそうと思ったが。
 それは全く届かなかった。
『文弘、聞いて』
 鏡は文弘に言う。
『文弘は優しいわ。とってもね。だから、私といてくれると思うの』
「…………」
『でも、文弘は一人で何でもやろうとしすぎて。それが、本当に心配なの』
「…………」
『福世が一人で何でもやろうとして死んでしまったから。私はもう嫌なのよ』
「…………」
『好きな人が死んでしまうのを、もう見たくないのよ』
 お願い、と鏡は言う。
『無理しないで』
「…………」
『文弘、お願いよ。貴方は福世のように死なないで』
 鏡の言葉に、文弘は返事をしなかった。
 鏡は文弘に嫌われてしまったと思い、どうしようもなく悲しくなった。
――余計なお世話だったのかしら。
 そう思い、鏡が黙っていると。
 文弘の方から、すぅすぅ、と寝息が聞こえた。
 鏡は瞬きを数回し、文弘を見る。
『? 文弘?』
 まさか、と鏡は少し無理して窓ガラスから出る。
 そして、文弘の方へ行くと、文弘は眠っていた。
『えー、私、良いこと言ってたじゃない』
 もーう、と鏡は近くのタオルケットを文弘にかける。
『貴方、そういうところを直した方がいいわよ? って、聞こえてないか』
 鏡は少し頭を掻き、窓ガラスの方へ戻っていった。
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