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第四十六話

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西の丸の大広間でお城将棋が始まろうとしている。
宗古と吉川は、勝吉といっしょに将棋盤や駒を大広間に運んで対局の設置を手伝っている。
紫の打掛を纏った茶阿局が入ってきて宗古に声をかけた。
「おかげさまで家康様のお体はすっかり良くなられた。右腕の傷も時間が過ぎれば元通りになるでしょう。改めてお礼を言う」

小那姫が現れた。
「茶阿様、この広間で将棋のあと趣向があると聞いてやってきました。見てもいいでしょうか」
「どうぞ。家康様が今朝、快気祝いにお城で名人の対局を楽しんだあと、ほんの少しの短い時間ですが、勝吉殿に狂言を演じさせると言っておりました。その趣向のことだと思います」

正装で、宗桂のおっさんと算砂が大広間に入場してきた。
算砂が上座に座り、宗桂は下座に座った。
算砂は茶阿局と顔なじみのようで茶阿局に挨拶をしていた。
抜け目なく小那姫にも挨拶をしている。
宗桂のおっさんは緊張しているのかおどおどしていて様子がおかしい。
吉川は宗古に聞いた。
「何か調子が悪いのか、宗桂のおっさん」
「変ねえ。先ほど私たちの部屋にいたときにはいつものようだったけれど。
待って、茶阿局の顔を見ては小声でぶつぶつ言って下を向いて震えているわ。
茶阿局を知っているのかな」

宗古は宗桂のおっさんの唇を凝視した。
「葛の葉と言っているわ。まさか」

宗古は茶阿局のもとに行って聞いている。
「茶阿局様、下座で待機している宗桂は私の父でございます。
ご存じですか。」
「いえ。本日初めて会ったかと思いますが」
「葛の葉という言葉に何か心当たりはありますか」
茶阿局の顔色が変わった。
「あなた、どこでそれを」

宗桂のおっさんは、茶阿局を凝視していたが口を開いた。
「葛の葉なのか、あなたは」
葛の葉というのは確か宗桂のおっさんの奥さんの名前だったな。
茶阿局は宗桂のおっさんに返答した。
「私は葛の葉ではありません。茶阿局です。
ただ葛の葉をご存じなのですか。宗桂殿」
宗桂のおっさんは頷いた。

人の気配がした。
「宗桂殿 あとで話をしましょう」
茶阿姫が言った。

人の気配は大野修理だった。大野修理が誰かを連れてきた。
「茶阿局殿、淀君はすっかり寛がれており、離れで安息中である。
横の者は、私の弟で大野春氏である。私は男の兄弟五人だが春氏は訳あって家康殿に預けておることは承知されていると思う。
顔立ちは兄弟の中で一番私に似ているが、私と違い茶道や将棋等文化に詳しい。
春氏から、宗桂と算砂の勝負が観られると聞いたので少し邪魔をさせてもらう」
「どうぞ。春氏様はよく存じております」

吉川は小声で宗古に囁いた。
「大野修理の兄弟は男四人のはずだが」

「お待たせした。それでは江戸城の西の丸の増改築を祝して将棋の対局をしてもらう。算砂殿、宗桂殿お願いする。
そのあと、私の快気祝いとして勝吉が舞をしたいというので、正式な舞台ではないが趣向として演じてもらう。即興の狂言のようだ。
大野修理殿も歓迎する」

ふと吉川が見渡すと小那姫の姿が消えていた。

将棋の対局が始まった。
今日は宗桂の調子が今一つのようだ。
算砂の先手で、相係りの急戦から大駒を交換して激しい局面になっている。
手番の算砂が有利に見える。飛車を打ち込み、角も馬になって宗桂の玉に襲い掛かっている。
宗桂は自陣飛車と自陣角で防戦一方だ。
算砂が馬と金銀を捨て、次に玉をジ・エンドに追いつめる詰めろをかけた。
アマチュア初段の吉川が観ていて勝負あったかに見えた。
宗桂は額に汗をかき必死に長考している。

4四角と宗桂は指を震わし、自陣にまた駒を打った。
詰めろは、解けるのか。ただ算砂の玉が遠い。
今度は算砂が長考し始めた。
算砂は、と金をすり寄り再び詰めろをかけた。
これは解けない詰めろ、玉が次に必ず詰まされて回避できない形だ。
宗桂はもはや算砂の玉を逆に王手の連続で詰ませる以外勝てない。
宗古を見ると心配そうだった顔が無表情になり宗桂のおっさんを見つめている。
将棋に助言は禁句である。皆が無言で盤面に注視している。
大野春氏を見ると宗桂を見つめている。

宗桂は再び長考に沈んだ。
やがて力強く盤上に駒を打った。
上気した顔の小那姫が戻ってきて大野春氏の横で盤上を見ている。
宗桂の駒は、打っては取られ、また打っては取られて、算砂の玉は盤の中央のほうに追い詰められていく。
盤面を見ると宗桂の自陣飛車と自陣角が良く効いており、算砂の玉が身動きできない状況になった。
「これは参りました。江戸で都詰めに遭うとは。投了します」
算砂が負けた。
宗桂に笑顔と落ち着きが戻った。

吉川は宗古に小声で聞いた。
「すごい将棋だったね」
「途中でと金を算砂様が動かしたときに勝てるとわかったわ。父の勝ちだと」
「読めていたのか」
「まあね」

お城での将棋が終わり、勝吉が月の小面で狂言を演じた。
若い少女が父の快気祝いのために舞を披露し、父は出世をして偉い人になったが、実は月の小面が出世を実現するためのお守りだったというお題目の話だった。

大野春氏が拍手をした。
「お見事な舞です。月の小面には妖しい魅力を感じます。
先ほどの対局も江戸で都詰めの投了図といい、何か月の小面には新しい何かを生み出そうとする力が宿っているように感じますね。月の小面には不思議な魅力があると作者の知り合いから聞いたことがあります。
それを手にした者が満月の日に願うと、新しい希望を実現できる力を宿しているという噂です」
大野修理が言った。
「月の小面にそのような力があるのか。家康殿も誤解されないように気を付けることですな。
そうだ、春氏も一局教えてもらったらどうかね。
宗桂殿いかがですか」
「私の跡継ぎがいるのでその者でよろしいか」

急に宗古が呼ばれ、大野春氏と対局することになった。
算砂が補足した。
「春氏様は依然私が香落ちで負けましたから、かなりお強い方です。
宗古殿、油断禁物じゃ」

宗古は背筋を伸ばし大きな瞳で盤上に集中した。
結果は、宗古の石田流三間飛車がさく裂し宗古の圧勝だった。
「これは手合い違いでした。
宗桂殿、良い跡継ぎに恵まれておりますな。
月の小面は、この世に新しい将棋の名人が現れるということを暗示しているのかもしれませんな」

お城将棋と宴が終わり、一同は解散した。
茶阿局から手招きの合図で、宗桂と宗古、吉川が呼ばれた。
「私の部屋に来てください。」
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