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第二十八話 ホテルの殺人事件考察
しおりを挟む吉川は身を乗り出した。
美都留はカレーのスプーンを置いて話し始めた。
「あの日は34階と35階はホテルが将棋連盟に頼まれて、一般の人はエレベータが止まらないようにしていたはずよ。
川田はどうやって34階まで行ったのかしら」
吉川はタブレット端末を広げた。
「捜査資料を見ると、赤龍戦が開催された日に34階の川田が焼死体で見つかった部屋の予約者は?」
「誰?」
「川田だ。ホテルによるとネットで早朝チェックインでの予約をしている。
ホテルのチェックインの際、川田は将棋の関係者だとホテルのフロントに言っている。
そのクレジットカードは殺された川田のカードだった」
「あの日、見届け人の受付はホテルロビーで正午からだったが、私は楽しみだから朝早めにホテルに着いた。
ホテルのエレベータ近くのホテルの喫茶店でコーヒーを飲みながら、ぼんやりとエレベータの方を見ていたら、将棋の駒の桂馬を手に持った不審な男がホテルのエレベータ付近で塚本社長に話しかけたのを見たよ。あれは川田だったのかもしれない」
「赤龍戦の対局が始まったのが午後一時くらい。
ホテルで川田直久の焼死体が見つかったのが午後四時五〇分くらい。
死亡推定時刻は午後四時から四時五十分の間」
「そうだ」
「その間、誰がどこにいたか分かるリストがほしいわ」
「リストは無いが、当日、対局室とその横の大盤解説室、35階にあったトイレについては、動画配信サイトの映像やホテルの監視カメラの画像が残っているはず」
吉川はタブレット端末を操作して美都留に見せた。
「対局が終わったのが午後四時。早送りで対局室と大盤解説室の映像を見ましょう。それから一応トイレ前の画像もチェックよ」
二人は食事をしながら、四時から四時五十分までの映像に映っている人物を確認していき、見終わった後に美都留が口を開いた。
「五十分間の間すべてに、人物の所在が確認できなかったのは、大内ただ一人」
「五十分間の内、十分程度所在がわからなかったのは、南場社長、塚本社長、林田初段、金海五段、桂編成部長、加藤引退棋士よ。
ただ塚本社長と金海五段と加藤引退棋士は十分程度の間、35階のトイレの中に居た画像は残っているわ」
「私と吉川さんだけはトイレにも行っていない。大盤解説か対局室にずっと居た。
だから私たち以外は全員容疑者よ。
ただ大内・林田を殺した犯人と川田を殺した犯人が同じなら、大内と林田は容疑者から外れるわ」
「南場社長、塚本社長、金海五段、桂編成部長、加藤引退棋士の中で怪しい人物は誰だろう」
「桂馬の駒がダイイングメッセージとして、まず関係者で名前に桂がはいっているのは、新聞社の桂部長と眼鏡メーカの塚本桂子社長になるわ。
また将棋そのものを示しているのなら金海、加藤が容疑者ね。
桂馬がシナモンだとしたらシナモンの香水をつけていた関係者ね。
塚本社長からは仄かなバニラやキャラメルのような匂いの香水だった気がする。
新聞社の桂部長や加藤先生からは特に香水の匂いはしなかったわ。金海五段はチョコレート風の匂いだったわ。
南場社長からはまさにシナモン系の匂いがしたわよ。
高校時代にアルバイトしてコスメの販売店でも働いていたから香水は多少知っているの」
吉川も考え込んだ。
「容疑者が絞れない。どうすればいいのか」
「まず、川田の過去と桂馬の関係ね。
川田の過去に必ず桂馬との接点があるはずよ。
大内や林田の過去と桂馬の関係もあるかもしれないわ。その接点に犯人の名前を示すものや殺害の動機が隠されているはずよ」
「それから、ホテルで対局後火災があったときに赤龍戦の優勝者の林田は何故失踪したのか。
大内が林田を巨大スーツケースの中に入れてホテルの地下の駐車場から何故逃げたのか」
「林田初段と大内が不正をして赤龍戦の優勝賞金を奪い取ったのは間違いないと思う。眼鏡があれば完璧な証拠になるけれど。
それがホテルの誰かに露見しそうになって慌てたか。
それとも」
「ホテルの殺人も犯人がいるとして、死亡推定時刻の午後四時から四時五十分の間に35階に居なかったのは、大内だけ。
それ以外は十分程度だけ35階に居なかった容疑者は、南場社長、塚本社長、金海五段、桂編成部長、加藤引退棋士。
十分間で35階から34階に行って、川田を殺して35階に戻ることができるとは思えないな。
もし不可能なら、大内以外に犯人は居なくなってしまう。事故か焼身自殺なのか。それとも大内が犯人?!」
「真の犯人はそれが狙いよ。
大内と林田が慌てて逃げたのも、二人は川田を知っていて、ホテルで川田が死んだことも知った。
犯人にされそうだからあわてて賞金持って逃げたというのなら話が通るわ。林田は川田に会いたくない何かがあったからスーツケースに紛れてホテルを脱出したのよ。
その上、不正が露見しそうで賞金を取り上げられるかもと思って大内と林田は、慌ててホテルから逃げ出した」
「大内が犯人ではないとしたら、どうやって犯人はホテルの川田を殺したのだろう。
やはり大内が犯人だ」
「三人の過去と桂馬の関係を洗えば必ず解決できるわよ。
大内が犯人とは思えないわ。川田も大内も桂馬が犯人だと言っているのだから。犯行方法も私が考えるから心配いらない。
私の明晰夢で、くどいほど桂馬、桂馬、2九桂だと言っているから間違いないわ。夢の中のパートナも、私は聡明で、将棋のような知恵を思いつけば心配はいらないと言ってくれるもの。
それに夢の中の私のパートナは、すごく情熱的で少し強引なのよ」
美都留は瞳を潤ませて少し顔を赤らめて力説した。
吉川は、少し不機嫌になり黙った。
美都留の相手に少し嫉妬の感情が湧いてきたことに自分でも驚いた。
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