赤龍戦で対局した女流棋士が消失したら連続殺人事件が始まった

lavie800

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第三十五話 封じ手

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西の空が茜色に染まり、山水園亭の周りも夕闇が迫ってきている。
吉川はレクサスNXを山水園亭の駐車場に止め、大盤解説会場に向った。事前に山口県警から吉川が入ることは許可を得ている。

大盤解説会場に入ると、引退棋士の加藤を前にして、美都留が封じ手の予想を尋ねていた。
スポンサーの塚本社長が殺されたが、女流名人戦は粛々と開催されている。会場には南場社長や桂編成部長の顔を見える。
道場主の夏山は見当たらなかった。
ここには来ていなかったのか。

盤面は、後手北山四段の美濃囲い三間飛車に対して、金海女流名人は棒銀の2六銀、2八飛車に対し玉が4八と右玉風に飛車に接近して構えている。
「一日目が終わり金海女流名人の封じ手ですが如何でしょうか」
「AIの評価値はそうなのだが、先手の金海女流名人が攻めなのか受けなのかどちらでも対応できる不思議な構えをしているね。
私なら玉と飛車を遠ざけるように、左の方に玉を持っていって囲いたいなあ。三島くんの予想はどうなのだ」
「ここまでの金海女流名人の指し手は、罠を仕掛けて相手を幻惑させ窮地に陥れようとする感じです。
ですから定跡が教える正しさの逆を衝き、ここは玉を逆に飛車の近くの3七に持って行って局面を混乱させる状況にしてしまう手ではないでしょうか。
2九桂も控えていますから妖しい手で北山四段を誘って意識しない間に玉を討ち取ってしまうのではないでしょうか」

封じ手とは、二日制の将棋対局で一日目の指し手を中断するときに有利不利がでないよう、相手にわからないように次の手をあらかじめ決めておいて封書の中に入れて保管しておくことである。封書は対局の第三者が翌朝の対局再開まで保管している。

「3七玉はさすがに無いだろう。AIの予想はどうなんだい?」
「AIも5八玉で、加藤先生の通りです」
「そうだろう。
というわけで動画と大盤を見ていただいた方へ、加藤の封じ手は5八玉です。」
「加藤先生、ありがとうございました。
日本女流名人戦の一日目の中継を終わります。
明日は朝9時から中継します」

大盤解説会会場に居た人たちも三々五々と去っていく。

対局の中継が終わり初日の仕事が終わった美都留が駆け寄ってきた。
「今晩は残念なことに山水園亭に一部屋用意できたからこちらに泊まることになったの。いっしょに泊まりたかったのに」
美都留が急に小声で、
「塚本社長の部屋が空いたらしいわ。今夜は、そこに泊まるの
それより晩御飯よ。レクサスで昨日のレストランに行きましょう。御曹司のおごりでいいよね」
美都留は大きなカバンを持ってレクサスNXに向って走り出した。

レストランで、昨日とは逆に美都留がバリそば、吉川が焼きカレーを注文した。
吉川は美都留に今日の捜査状況について話をした。
「桂美京という人物が川田と不動産アパートを契約していたのだが、大内が保証人になっていたよ。桂美京は自然死で死亡していたが死亡届も大内が出していた」
「被害者の過去が少しずつ繋がってきたじゃない」
「それから、大内を幼少時に見いだした山口の将棋道場主夏山が川田の不動産会社の顧客であり、川田を神戸三宮のスナックに連れて行っていたよ。
当時三宮のスナックに勤めていた林田と川田は付き合ったが、川田の素行が悪く別れたがっていたものの川田に脅されていたようだ。
夏山に話を聞こうとして大盤解説会場にいるかなと思ったが、居なかったな」
「塚本社長の過去と他の被害者の関係はどうだった」
「大内と懇ろになっていたのが塚本社長。大内の古文書も塚本社長が持っていたとしても不思議ではない。
赤龍戦の対局の時、ホテルのロビーで川田らしい人物と塚本社長が話をしていたのを私が見かけたことくらいかな」
バリそばを頬張り熱いお茶をふうふう言いながら額に汗を流している美都留が吉川の目を見て言った。
「そうすると川田と大内が、過去に山口県かどこかで何かの犯人の秘密を抱えて、林田初段や塚本社長と情報を共有したかもしれないと犯人が思ったのよ。
その情報が漏れると困るから殺したのか、四人に恨みを持って殺したのかわからないけれど、犯人はその四人をすべて消したということね」

吉川のスマホに着信が入った。スピーカフォンにする。
「吉川さん、山口県警の鈴木です。
高嶺城で殺された塚本桂子ですが本日の捜査会議で報告された内容です。本部長が吉川さんにも伝えるよう指示がありました。
塚本が昨日山水園亭に宿泊していたようで、宿泊した部屋の机の上に将棋の桂馬の駒が残されていたそうです。
また、高嶺城の死体のポシェットにあったスマホと日記のような手帳ですが、スマホには大内の電話番号以外は会社関係と取引先だけで、アプリは使っていなかったようです。会社と取引関係の電話番号は数十人でしたがいずれも昨日は山口県外にいたことが確認できました。
それから日記帳ですが会社関係の記述がほとんどでしたが気になる書き込みもありました」

「どういう書き込みですか」
「赤龍戦の対局日の日付に、
『今朝、ホテルのロビーで大内と会った後、知らない人にエレベータの前で「大内の知り合いか、ケイミギョンはどの部屋か。ケイは桂馬のケイだ」と将棋の桂馬を見せられて聞かれた。
大内にその話をしたら、知らないと言われたが動揺していたような気がする』
と記されていました。

また、兵庫県警で川田について事情聴取された日付に、
『写真を見せられて知らないと答えた。あとから考えるとホテルのエレベータで会ったような気がする。桂ミギョンの部屋を聞かれた男』

更に大内と林田が殺されたことがわかった日付に、
『大内が死んだ。
大内から見せられた古文書は大内しか知らない?
そうなら、私が埋蔵品を。
大内が南場と昔話をしたといっていたが、南場は古文書の事を知っているのか。
南場に、大内の古いアイテムを知っているかと鎌をかけたが顔色が青ざめていた』

殺される当日の手帳には、
『大内しか知らない古文書?
この手紙を私の部屋の下に差しいれたのは誰。
【今夜午後11時、高嶺城の山頂から望む一番左端のフェンスの下を覗いて手を伸ばせば埋蔵品の証拠の紙が手に入る。チャンスは今夜だけ。
大内の使者より】
使者とは桂馬の桂ミギョンなのか』
がそれぞれ記されていました」

「鈴木さん、ありがとう。もし可能なら文書の画像データをスマホに送ってください」
「わかりました。明日また会いましょう」

美都留が叫んだ。
「桂ミギョンは桂美京と書くのよ。繋がってきたわ。
わっ。食後のコーヒーこぼしたわ。
昨日のホテルで着替えるわ。吉川さんはそこに泊まりでしょう」
美都留は何故か落ち着いて大きなカバンを手に取った。
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