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第三十九話 炙り出された女
しおりを挟む日本女流名人戦は二日制の対局である。
夕方に入って山水園亭に用意された一般人も入ることができる公開スクリーンに対局場の姿が映し出されている。
吉川は聞き込みを終えて、兵庫県警の課長にも報告をしたら夕方になった。そこからレクサスで山水園亭に来たばかりである。
毎朝新聞社の桂部長も公開スクリーン横の毎朝新聞の宣伝垂れ幕に立っていた。
公開スクリーンでは対局終盤の局面と大盤解説が交互に映し出されている。
大盤解説では引退棋士の加藤と三島美都留が指し手を予想している。公開スクリーンの前には椅子が用意されており、ぎっしり人で埋まっている。
吉川は一番後ろの立ち見の場所から公開スクリーンを眺めた。
美都留が公開スクリーンの横で引退棋士の加藤の近くに立っている。
吉川を見つけたようで、ツインテールの髪を触り、そっと目で合図を送ってくる。
北山四段が次に玉を詰めて勝てる詰めろという手を指した。
加藤がこれで北山四段の勝ちと断言している。
美都留が起死回生の大逆転の妙手があるのではと突っ込みを返している。
女流名人の金海五段が、しばらく考えた後に「4四桂」と指した。
中合いの桂打ちで詰めろ逃れの詰めろの手である。
公開の人だかりが一瞬静まりかえった。
「これはすごい。大逆転ですね。金海女流名人は本当に強い」
加藤の解説が変わる。
「加藤先生、すごい手ですね。桂馬で北山四段の王を追い詰めたように見えますね」
北山四段の頭が垂れて投了した。
美都留が加藤に「すごい手でしたね」と興奮した声で同意を求めている。
対局のあと、桂部長による勝利者インタビューが始まりしばらくしてイベントは終了した。
「すごい対局だったわ。
対局者は今日も山水園亭に泊まり明日帰るらしいわ」
立ち話で吉川はここ最近の山口での捜査内容を簡単に説明した。
ついでに本部長が美都留を褒めていたことも。
「さすが本部長、話が分かるわ。老後は安泰よ。
山口の御曹司の許嫁にどんと任せなさい」
「道場主の夏山が捕まらない。
兵庫県警から聞いた話では加藤先生が神戸のスナックで昔あったようなのだが、話を聞けるかな。
夏山のことや神戸のスナックのことで何か関係者の過去がわかればありがたいのだが」
美都留はどこかに戻ったと思ったら、しばらくして山水園亭の中から、引退棋士の加藤を連れてやってきた。
「加藤先生、こちらは刑事さんで赤龍戦の事件のことを調べているの。
私の伴侶になるかもしれないから話を聞いてあげて。
それから今日の夕ご飯おごってくれるらしいわ」
加藤は相好を崩して吉川を見かけた。
「確か兵庫県警で話を聞かれた刑事さんで赤龍戦の見届け人に来ていませんでしたか。
三島くんの彼女だったのか。そうかそうか。それは目出度い。
何でも聞いてもいいよ。県警で話したことから追加は無いと思うが」
刑事の給料では限りがあるのだが。
まあ、今回だけは執事に請求を回しておこう。有名な加藤先生だから実家もお世話になるだろうから。
吉川は山水園亭にある個室すき焼きに二人を連れて行った。
「早速ですが加藤先生、夏山さんという山口で道場主をされている方をご存じですか」
「知っているよ。山口で将棋指導員をやっているはずだ。
地元では有名な道場らしいよ」
「だいぶ前の2014年ですが、神戸三宮のスナックでお会いしたと思いますが覚えていらっしゃいますか。
そこに林田初段も勤めていたのですがそちらも覚えていますか」
「そうだそうだ。夏山くんから以前言われたことがあるよ。山口の将棋イベントで昔会ったときに私が初めましてと言ったら、神戸のスナックで会いましたよと言われて思い出した。
あの晩は楽しかったし、夏山君が神戸に新しい道場を作りたいとか、将棋の天才が山口にもいるとかで盛り上がったな。
えっ、あの赤龍戦で優勝した林田君そこにいたの。今回は不幸なことになってしまったが。いや全然気づかなかったよ。
あの日は貸し切りみたいだったから私は夏山君と将棋界の話で盛り上がったよ。そうだ、お店の女の人と夏山君が連れてきた男でデュエットのカラオケソングを歌っていたような気がするな」
「以前兵庫県警で聞きましたこの写真、川田というのですが、これも覚えていませんか。夏山さんと三宮のスナックにいたのですが」
加藤は写真を改めてまじまじと見つめていた。
「もう覚えていないがそういう風な男だったかもしれない。
夏山君とその男は店に名刺を渡していたような気がするな」
「加藤先生、山口の将棋の天才ってどういうことですか」
「三島君、前の話なのであまり覚えていないが、夏山君が言うには、まだ小さな女の子だけれど、昔奨励会に居た人と将棋を指しても勝てるくらいだと言っていたな。
思い出したよ。何でも小さい頃にお父さんを交通事故で亡くし、義理のお母さんも心臓麻痺で亡くなり、施設に入る代わりに夏山君が親権者になって面倒を見ていたらしい。
夏山君が将棋を教える傍らで結構世話も焼いていたようだ。
だから将来注目してくださいと言われていたことを思い出したよ」
吉川は衝撃を受けた。桂美京の連れていた女の子ではないのか。
「その女の子の名前は憶えていませんか」
「聞いてないと思う。
いや。女の子の名前は忘れたが、お母さんが将棋の駒の名前だと夏山君が言っていたような気がする。
将棋のことだけは覚えているよ」
焼肉料理は5人前くらい頼んだような気がする。
目の前の二人で二人前以上は優に食べていたな。
「吉川君、三島君、ご馳走様。ありがとう。
食った、食ったよ。
私はここで失礼して部屋に戻るよ」
引退棋士の加藤は焼肉個室から去って行った。
「ねえ、推理の続きよ。
川田がオーハシポートホテルで、桂美京はどこだと探していたじゃない。
川田は桂美京が死んだのを知らなかったのか、それとも。
川田は神戸に来る前に『近畿にいる下関出身の人と知り合いになれそうなので近々近畿に引っ越す』と言って、将棋の桂馬を見せびらかして辞めたのよね。それも高揚感を感じたといっていたのよ」
「そうだよ」
美都留は瞳を大きくして早口で話している。
「川田は桂美京が生きていると確信があったから、神戸のオーハシポートホテルに来て探していたのよ。
川田の目には桂美京なのに、桂美京と名乗っていない人物が神戸にいたから神戸に来て悪いことを企もうとしていたのだわ」
美都留は大量に汗をかいていて更に早口になる。
「赤龍戦の関係者で該当する女性と言えば。
被害者でなく今も生きている人物で女性と言えば。
大内より年上の女と言えば」
吉川と美都留は一斉に声を上げた。
「南場景子!」
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