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第五十四話 取り調べ 前半

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南場社長の取り調べが始まった。
吉川は相対している。
「南場景子さん、いえ、桂美京さんですよね」
南場が震えて俯き黙り込んだ。
しばらくそのままの姿勢でやがて頭を上げて答えた。
「どうして」
「2006年山口で、不動産会社を通じてアパートに引っ越しましたね。
そのアパートのオーナは桂美京さんと契約をしているのです。そのときの不動産会社の担当は川田直久。
赤龍戦の決勝戦の時、焼死した人ですよ。
不動産会社に残った契約書の直筆の桂美京のサインがありました。
筆跡鑑定をすると、あなたが南場景子として文筆されている文章の桂離宮の桂、美術の美、東京の京の漢字は、なんと桂美京の直筆サインと高確率で合致したのです。
あなたもパスポートで指紋登録されていますね。
契約書や桂美京さんが借りていたアパートから同一の複数の指紋と照合したら」
南場景子が崩れ落ちた。
「注意してあのアパートの指紋はきれいに掃除したつもりだったし、契約書までは気が付かなかった」
「また山口の将棋の道場主の夏山さん、宇佐川さんのいとこですよ。
この方も若い時の桂美京さんに会っているのですが、貴方に非常に似ていると」

「桂美京さんはあなたですね」
吉川は改めて南場景子に聞いた。
南場は肩をがっくりと落とした後、何か考えているようだった。
「私の本名は桂美京と言います。小さな時から山口県下関市に住んでいました。親は在日韓国人でした」
「どうして南場景子になったのですか」
「話すと長くなります。
私は宇佐川さんという方と知り合いました。宇佐川さんは前妻との子供もいましたが私にもその女の子は懐いてくれました。宇佐川さんを2005年くらいに交通事故で亡くし、宇佐川さんの蓄えはあったのですが、だんだん生活にゆとりがなくなってきました。

そういう時に山口で、縁日の屋台で大道将棋をしている若者がいたのです。鬱屈そうにしていた若者だったのですがどことなく影がある顔だったので、私が考えていたことの実行役に成ることができるかもしれないと思い儲け話があると言って声を掛けました。
その男が大内義長です」

「大内と何をしたのですか。南場景子さんとはどういう関係ですか」

「当時、エリートを装い比較的裕福そうな女性を狙って結婚を餌にお金をだまし取るニュースがあり、私も大内を使って真似をして素封家の女からお金を巻き上げようと計画しました。
将来の生活が不安だったのです。
その頃にインターネットを通じて外食の料理を配達するという商売が始まりました。私も配達要員として地元でおなじみさんができたのです。その一つに南場景子さんの家がありました。
裕福そうで身に着けている物も立派でしたが、寂しげでいつも一人前しか頼んでいなかったのです」
「それでどうしたのですか」
桂美京だった南場はお茶を飲んで話を続けた。
「どこかで一攫千金のチャンスをつかまないと立ち行かなくなると思っていました。
私は大道将棋の屋台で大内に計画を話し、偶然を装い南場景子に近づくよう指示をしました。
大内も金持ちからお金を詐取することに抵抗はありませんでした」
「地道に暮らそうとは思わなかったのですか」
「刑事さん、結婚したてのときは宇佐川さんに裕福な暮らしをさせてもらえていたのですが、一旦そうなると生活レベルを下げることに抵抗があります。住んでいる所は古かったのですが欲しい物は何でも買える不自由ない生活を送ることができました。買いたいものが買えないなんていう生活にはもう戻れません」
吉川は、そんなことは無いと思いながら先を促した。

「大内によると南場は夕方に公園を散歩するらしいのです。
大内は知り合いに犬を貸してもらい南場さんが通る公園の散歩道を日参してそうです。犬を連れていると警戒心も薄れたのか世間話をするようになり、南場に近づくのもそう時間はかかりませんでした。
南場景子の身寄りはどうなのか、お金はどれくらい持っているのかを探るように大内に言いました」
吉川は頷いた。桂美京だった南場は疲れた顔をしている。
「大内は南場さんが、近くに身寄りは無さそうな事、少し前に失恋して自暴自棄になっていたこと、後悔していることがあり何とかしたいことがあるらしいこと。地方の素封家でお金は数億を下らない預金があること等を聞き出したそうです。
南場さんによると、失恋した相手と大内とは横顔の雰囲気が似ていたそうです。そのため南場さんと大内が男女の仲になるには、そう時間はかからなかったです。ただ南場さんは自分の家でそういうことをすることに抵抗があったようで、外のホテル等を利用していたようです。
大内が南場さんを抱いた後に金の無心をすると、結構な金額のお金を頂くことができました。
南場さんは大内に、はっきり言わなかったのですが後悔していることがあり何とかしたいことがあるので手伝ってほしいことと将来は一緒に住んでほしいと言っていたようです」

「大内と貴方は男女の関係があったのですか」
「はい。身寄りのない金持ちの女を騙す計画を持ち掛けたとき、裏切らないように骨抜きにするほど私の体の喜びを教えたつもりです。
私は大内への恋愛感情はありませんでした。金持ちになるためのアイテムの一つだと割り切っていました。
大内と私は秘密を守るということで、折半して南場さんから巻き上げた金を分けました」

「大内は、貴方の事をどう思っていましたか」
「わかりません。好意を持っていたかもしれません。私は南場さんからだまし取ったお金で、新しいマンションに引っ越そうとしましたが、そのときの不動産屋が川田直久です」
吉川はお茶を勧めたが、桂美京だった南場は飲まなかった。
「丁度その時に事件が起きたのです。
大内は、ホテル代がもったいないので私の引っ越した新しいアパートで情を交わそうと南場さんに持ちかけました。今までのホテル代は大内に欲しいと金の無心をしていたそうです。私と子供は、大内と南場さんが来る時間は外に居るようにしていました」

「それで事件というのは?」

「事件というのは、南場さんと大内が情交したときに、南場さんが心臓発作で倒れてしまったのです。
大内から連絡を受け、子供を公園に残して新しいアパートに戻った時には、南場さんはすでに息を引き取っていました。
私はもちろん衝撃を受けました。大内は動揺していました。
南場さんをふと見ると体つきや顔つきが私に似ているのです。
よく見れば違うのですが遠目には姉妹のようでした。
その時私の心に黒い考えが浮かんできたのです。

私は大内に、桂美京は心臓麻痺を起こしたと医者に言うように指示しました。
大内の知り合いの引退間近の老医師を呼んだら、明らかな心臓麻痺であり死因には不審な点が無かったので怪しまれずに桂美京の死亡診断書を書いて貰えたのです。

そしてその日から私の戸籍はお金持ちの南場景子になりました」

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