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第五十六話 もう一つの取り調べ

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南場景子の自供に基づき、とりあえず戸籍詐称容疑の逮捕状が請求された。
起訴に耐えうる証拠を確認して、連続殺人事件の逮捕状も請求することになるだろう。
吉川が取り調べを終えると、美都留からメールと電話の着信が嵐のように溜まっている。
ホテルに置き去りしたのが良くなかったのか。

南場景子に続いて、桂編成部長の事情聴取が始まった。
南場景子よりも前に山口での事情聴取で、川田に傷害を働いた容疑での取り調べである。
吉川が引き続き相対している。
「桂さん、先日の山口での事情聴取をした際、
『川田は自業自得なのだよ。
そう。いくらあいつが失礼でも私は殺してはいない。
あいつは勝手にへらへらとして、自分からよろけて、ベッドの頭の柵に自分の頭を打っただけだ』
とおっしゃいましたね。
川田は後頭部に打撲の傷跡がありました。その時の状況をお聞かせいただきたいのですが」
「川田は害虫だ。年端のいかない私の娘に」
そう言うと桂編成部長は嗚咽を洩らして机に突っ伏した。
「川田は2017年に性犯罪で逮捕されています。
桂さんのお嬢さんの美佐子さんも未成年ながら気丈に捜査に協力頂き、川田は犯罪者として懲役刑に処せられました。
お嬢さんのためにも正直に教えてください」
桂編成部長は机に突っ伏したまま話をし始めた。
「美佐子はその後もPTSDに苦しみ自殺未遂までしました。
赤龍戦の始まるホテルの朝、早めに会場に行こうと一階のエレベータに乗ると、先にホテルの関係者が35階のボタンを押して待っていました。その後に、忘れもしないあの川田が同じエレベータに乗ってきたのです。
怒りで自分の顔色が変わるのを自覚しました。
川田は34階のボタンを押しました。エレベータ内は私と川田とホテルの関係者の三人です」
「川田は34階で降りたのですね」
「はい。私は35階に行こうとしていたのですが、急遽川田の後ろから34階に降りました。そしてゆっくりと川田の後を付けたのです。
川田は34階のある部屋に入って行きました。
私は興奮して思わず川田の部屋のドアが閉まる寸前に、川田の部屋に入ったのです。マスクをして眼鏡を掛けていたので誰だか分からなかったと思います。
川田は不思議そうな顔で誰だと言いました。
そこからはあまり覚えていないのですが、娘の恨みだと言って川田を突き飛ばしたような気がします。
川田は後退りしてベッドの頭の棚の方へ倒れて動かなくなりました。
大変なことをしたと思い救急車を呼ぼうとしましたが、倒れている川田が息をしていたので、誰にも分らないだろうと思い川田の部屋を出ようとしました。
翌日川田が焼死したと聞いてびっくりしました。
私は突き飛ばしただけです。火をつけてはいません。
刑事さん、私は川田を殺していません」
吉川はもう一つ質問をした。
「桂さん、山口での前夜祭はどこで誰と居たのですか」
桂編成部長は山口での強気な態度は消え失せていた。
「前夜祭の時のホテルは山水園亭でもなく、山口リゾートホテルでもない所に泊まりました。領収書もあります」
桂は吉川に山口ビジネスホテルと書いた領収書を見せた。
「誰と会っていたのですか」
桂が押し黙る。

丁度そのとき、取調室に二人が乱入してきた。
「南場社長と居たのでしょう」
ツインテールのギフテッドと山口県警の鈴木刑事が吉川の目の前に立ちはだかった。
「何で返信、コールバックが無いのよ。仕方がないから兵庫県警の課長さんと山口県警の鈴木刑事に頼んだわよ。
それから桂編成部長、オーハシポートホテルで川田を突き飛ばして出ようとしたら出会ったのも南場景子よね。
南場景子に黙っていると言われながら川田を突き飛ばしてどうしたらいいか分からなかった貴方は山口でビジネスホテルに南場景子を呼びそこで落ち合って静かな木戸公園に行って二人でどうするか協議したのでしょう」
美都留は吉川と桂編成部長が相対している机に2枚の写真を置いた。
「これが前夜祭の時の山口ビジネスホテルの夜10時過ぎの駐車場の写真よ。そして、もう一つがそのあと木戸公園での駐車場の写真。
南場景子が借りたレンタカーと貴方たち二人が乗っている写真よ。
対象を絞り込んだ時の県警の捜査を見くびったって無駄よ」

「イケメン御曹司の刑事さん、今日の夕方からまたオーハシポートホテルで全日本女流名人戦や赤龍戦のマスコミ用の写真撮影会があるの。
雑誌用に乗せる写真撮影会よ。本格的な祝賀会はまた別にあるから参加者は少人数だけれど写真撮影会があるわ。
ホテルで待っているから。
事件が解決したら」

「事件は解決したのではなかったのか」
「南場景子と話すのは明日の写真撮影会が終わってからの方がいいと思うわ」
美都留はそう言うと部屋から出て行った。

吉川は美都留の言ったことを反芻して混乱した。
どういうことだ。南場景子は高嶺城山頂に一人で行ったのではなかったのか。
「桂さん、前夜祭の夜、南場景子はあなたをビジネスホテルの駐車場でピックアップした後二人で木戸公園の駐車場に行き、南場さんだけ、一人で山頂に行ったのですか」
「いえ、ずっと二人きりで木戸公園の駐車場で話をしていました。話が終わったら私をホテルに送り届けてくれました。もう深夜零時前になっていたと思います。
もう隠すことはありません。
オーハシポートホテルで川田の部屋を出ようとしたときに南場さんが入ってきてびっくりしました。南場さんには川田が気絶している所を見られました。
南場さんは私も川田の被害者ですと言っていました。勝手に私は娘と同じように南場さんも性被害にあって川田に恨みがあるのかと思いました。今日は赤龍戦だから日を改めて相談しましょうと南場さんに言われたので、二人で部屋を出ました」
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