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第五十七話 女流棋士写真撮影会

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朝9時30分にオーハシポートホテルで吉川は美都留とロビー喫茶店で合流した。
「昨日南場景子が自供したよ」
「戸籍詐称でしょう。それで逮捕するのは良いと思う」
「連続殺人事件も自供したよ。ただ淡路島の別荘の大内のズボンの汚れの唾液は南場社長や桂編成部長のものと合致しなかった。
前夜祭の夜、木戸公園に二人がずっと車内に居たとなると塚本社長にどうやって打撲痕を残したかがわからない」
「それよりこの雑誌を見て。
最新のモデルは進んでいるのよ。超小型機もあるし、こちらは2キロメートル程度離れていても操作できるのよ。それから自由に運んだり、置いたりもできるのよ。ロックオンもできるし正確よ」
「そろそろ時間だな。行こうか」

美都留は立ち上がると吉川の耳元で囁いた。
吉川は驚きを隠せなかった。

オーハシポートホテルの35階会場で女流棋士の雑誌広報用でマスコミのフラッシュが焚かれる。
全日本女流名人の金海五段、破れた挑戦者の北山四段である。ついでに美都留と加藤も写真の中に入っている。
雑誌用に使用するマスコミの撮影が終わりカメラマンは引き上げた。本格的な祝賀会は別途開かれることになっていて、出席者は退出の準備をしている。

美都留がそっと金海五段のところに行き、耳打ちをした。
金海五段は戸惑っているようだったが、退出する加藤や北山四段に会釈をして、吉川を入れて会場には3人だけが残ることになった。

「金海さん。南場景子さんが、焼死体で見つかった川田さんの事件と中毒死した大内さん・林田さんの事件と墜死した塚本さんについて殺人を自供したわ。
南場さんは自分の戸籍詐称の秘密を守るために、この4人がこの世から居なくなればいいと思っていたのは事実だけれど誰かを庇っているみたいね」
金海女流名人は黙っている。
「本当に殺したのは金海摩姫さんね。いえ桂摩姫さん」
美都留は続けた。
「あなたは、南場景子さん、いえ桂美京さんの連れ子で桂の苗字を名乗っていた。その後、夏山さんに引き取られた子供でしょう。
2006か2007年頃の下関市の不動産屋さんで、桂美京さんの契約書に桂美京さんの連れ子が小さな拇印を押していたの。
あなたの指紋と照合できるわ」

金海五段は依然黙り込んでいる。
「第一の川田の殺人は、南場景子さんの代わりにあなたでも遠隔操作はできる。動機は推測になるけれど、川田が逮捕されたときにスマホに残された被害者の内、誰だかわからないセーラ服の写真を見ると、顔は写っていないけれど腕や足の黒子は写っているの。
その写真の黒子を貴方と照合できるわよ。
あなたは、当時名乗り出なかった被害女性の一人。
そう名前が桂摩姫。
殺そうと思ったくらいだからその当時、相当酷いことをされたのね」

金海五段は立ったまま動かない。
「第二の大内の殺人は、遠隔殺人ではなかったのね。
赤龍戦が終わって、翌日か翌々日の淡路島津名の別荘周辺には近畿地方整備局道路や明石海峡大橋のカメラや淡路島地方の動画配信のライブカメラが結構あるの。あなたの車と照合できるわ。
もしあなたの車が見つかったら警察はどう判断するのかな」

金海五段が黙ったままなので、美都留が一人話す状況が続いている。

「南場さんは大内さんや林田さんに夾竹桃のエキスが付いたペッパーミルと箸を渡して、薪に夾竹桃を混ぜて大内が暖炉で調理したら自己中毒死をするようにしたと言っていたけれど不確実よね。
あなたは直接別荘に行き大内とタブレットで将棋盤を囲みながら昔話を懐かしむ振りをしたのだわ。
そしてあなたが夾竹桃のエキスを食材に直接付けてペッパーミルもあなたが大量に夾竹桃を食材に降り掛けて箸も大内に用意して確実に中毒死になるようにしたのね。自分が食べるのは毒を降り掛けていないものにしていたのよ。
殺人が終わったあと暖炉に火をつけて別荘を出たのよ。
別荘は密室にはなっていたものの、あの別荘の暖炉の煙突は外と通じていたわ。部屋の外の煙突の近くに行くと、外からも煙突の換気口の開閉ができるようになっているのよ。
掃除やメンテナンスをしないといけないからね。
暖炉の煙突は人が通れるほど広くも大きくも無いわ。
でも、ほらこれを見て。
超小型ドローンよ。これを使えば、ドローンに鍵を持たせて、外から暖炉の煙突にドローンを入れて、暖炉の下から部屋の中にドローンを入れることは可能よ。
部屋に入ったドローンは大内か暖炉の近くに鍵を落として、ドローンを再び煙突の外に運転して、ドローンを回収したら、外から煙突の換気口を閉めれば、密室の出来上がりよね」
美都留は金海五段を見つめている。
「第一の川田も第二の大内も桂馬の駒が残っていた。あなたが桂美京さんといっしょの時に名乗っていたのは桂摩姫。ケイマヒと呼ばれていたのでしょう。
韓国語で姫(ヒ)って、お姫様ではなくてお嬢さんという意味よね。
桂馬のお嬢さんでケイマヒ。
その当時、川田も大内も将棋を指していたし、韓国語も聞く機会が多かったから、貴方の事を桂馬のお嬢さんという意味でケイマヒと言っていたのでしょう。だから貴方を示す将棋の駒の桂馬を川田も大内も持っていたのよ。
南場さん、いえ、桂美京さんは、お嬢さんではないわ。だから桂は合っていても桂馬ではないの」

美都留は金海五段に更に近づいた。
「川田はオーハシポートホテルで貴方に会う予定だったから桂馬の駒を持っていたし、大内は意識を失う前に最後に力を振り絞って近くにあった桂馬の駒であなたが犯人ということを伝えたかったのね。
川田は南場景子さんになっている桂美京さんにまず会って仕事やコネを貰おうといていた。でも本当に下心を持ってホテルで会うつもりだったのは貴方よ。
川田は貴方に眼をつけた。かつてのセーラ服の被害者が立派な女流棋士になっている。しかも逮捕時には名前が表に出ていない。表に醜聞が出るのを恐れるのは貴方。
金に困って歪んだ性癖の川田が貴方を見逃すはずはない。
川田は貴方を脅迫した」

金海は動かない。美都留だけがしゃべっている。
「大内と林田の殺害動機は、これも推測ね。二人は不正な手段を使ってでも賞金の5千万円を手に入れようとしていた。大内は川田と会っていたようだから川田から同じ貴方の醜聞を手に入れたか、貴方の桂摩姫時代の醜聞で赤龍戦を負けろと脅迫したのよ。
ひょっとして赤龍戦が始まる前に大内に脅迫され、赤龍戦で戦った棋譜を事前に強要された?
いちいちAIすべての指し手を大内から林田に眼鏡で伝えるのも大変よね。あらかじめ大内と貴方で八百長のAIソフトの棋譜どおりに指し手を覚えていれば、赤龍戦当日は将棋ソフトが要らないしソフトを動かすデバイスも不要よ。
林田が指し手を忘れて何分か考えたときだけ大内からマイクで林田の眼鏡にAIの指し手を送ったというほうがすっきりするわ。
金海さんはプロだし、大内も元奨励会だから事前に棋譜が分かれば暗記して本番でそのとおり指せるよね。」

金海五段は動かない。美都留は続けた。
「貴方は別荘で大内と林田を殺し、賞金を奪って夏山さんに預けたのね。銀行に入れると足が付くから、夏山さんは顔が広いから美術品のネットワークで現金で千万単位の徳川の時代の将棋盤や囲碁盤をマネーロンダリングのために購入するように夏山さんに頼んだ」

感情を押し殺しているものの金海五段の両手の拳が震えている。
「塚本社長の高嶺城からの突き落とし殺人はあなたも全日本女流名人戦で山口に来ていて前夜祭の夜は山口リゾートホテルのダブルスイートに泊まったのよね。あそこはバルコニーに出ることができる。
高嶺山頂とは直線距離で1キロメートルも無い良いホテルよね。
最新式のドローンはWi-Fiを使わず、米国のとある企業の通信規格を使うと2キロメートル先でもドローンを操縦できる。
工学部でドローンを研究していた貴方なら最新式のドローンを手に入れることができる。
岩を品物としてドローンで運んで、塚本さんの頭部をロックオンすれば暗闇でもかなりの確率で石を塚本さんの頭にぶつけることができるわ。
そうやって私も狙ったのかしら。
貴方は財宝がフェンスのすぐ下にあると嘘をついた手紙か何かを塚本さんの部屋に忍び込ませた。
欲に眼がくらんだ塚本さんは、貴方があらかじめ車で高嶺城に行って山頂の端に有った細工したフェンスにおびき出し、ドローンから石を落としたら塚本さんは簡単に崖下に落ちたのね」

金海五段は依然何もしゃべらない。
「動機は推測でしかないのだけれど、南場さんが言っていたとおり、大内が塚本社長に何かをしゃべったので重要なことかどうかはわからないけれど心配だったということかしら。
過去の醜聞を大内が塚本社長にしゃべったと思ったから塚本社長を殺したの」

金海摩姫、いや桂摩姫は美都留に質問には答えず、何かを思い出すように上を見上げた。
「最後に言うけれど、南場景子さん、いえ、桂美京さんは、貴方が川田・大内・林田・塚本を殺したと思っている。
でも一時、懐いてくれた貴方を守るために、自分が殺したと自供して、罪を被って死んでいくつもりよ。
それでもいいの?
もし、貴方が4人を殺害して復讐して、ざまぁと思うなら人に罪を押しつけても、ざまぁにならないわ」

金海は美都留を睨みつけると口を開いた。
「貴方には見抜かれると思った。貴方は警察の捜査に頭を突っ込んでいた。別荘の棋譜で何か感づくかもしれないと思っていた。
あの山水園亭で確実に殺しておけばよかった」
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