転部したら先輩が神だった

神河 斉

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黒猫

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僕は猫が好きだ。

 小さい頃は、家で1匹の黒猫を飼っていた。クロと呼んでいたその黒猫は毛並みが良かった。例のごとく親が家にいる時間が短い僕に取って、彼は家族そのもの。
いつも一緒に寝ていた。彼は、サッカーをする時もピアノを弾く時もいっしょだったが、料理を作っている時だけはどこにも見当たらず、餌もほとんど食べない少し不思議な猫だった。


 僕が小学4年生の時。彼が死んだ。
 僕が、散歩から帰ってきたクロを驚かそうと大きな声を出して玄関から飛び出すと、クロは後ろへと跳んだ。なんの因果かその刹那、1台の車が走ってきてクロをはねた。

おそらく即死だったのだろう。無惨なクロの姿を見て彼が2度と動かなくなることを悟り、視界が暗くなった。

 目が覚めると、僕は見覚えのある自分の部屋に横たわっていた。

「あ、目覚めた?ごめんなさい。家、勝手に上がらせてもらったわ。」
僕の横には女の子がいた。長い黒髪がきれいだった。僕より1、2歳年上だろうか、雰囲気と良い話し方といい大人っぽく、優しそう。でも、僕は彼女を拒絶した。

「帰って下さい。一人にしてください。」
「まぁそうなるよね。今日はごめんなさい・・・また来るよ。」
「いえ、悪いのは僕です。もう来なくていいです。迷惑かけてこちらこそすいませんでした。」

 それからの僕はなにか抜け殻のようだったのだろう。幼馴染の凛人や結季とも一緒に行動しなくなり、一人でいることを好んだ。後の凛人曰く「目に光が宿ってなかった。」

 新しい猫を飼うかと親に聞かれた時は、おそらく人生で1番怒った。彼の代わりになるものなんかなかった。

 こんな僕を、あの時の女性は週1、2回見に来ていた。何をするでもなく、ただ横に居るだけ。1時間ほどしたら帰っていく。最初は嫌だった。意味分からなかった。でも、徐々に落ち着いてきて、横に居てもらえることが少し心地よくなってきた。


 そして、あの事故から、3ヶ月ほどたった頃。
 彼女が久しぶりに口を開いた。
「泣いてもいいんだよ。偉そうかもしれないけど、私にできることはこのくらいだから。」
そう言って抱きしめてくれた。

 名前も知らない人。それでも、長らく触れていなかった、生き物の温もり。涙が自ずと溢れてきた。
「ピアノもサッカーも料理も勉強も全部捨てて考えた。クロはしあわせだったのかなって。クロは僕と居てよかったのかなって。」

泣きじゃくりながら必死に一つ一つの言葉を紡ぎだす。
「クロは幸せだったよ。そして、今も幸せだよ。」
「なんで?」
「だって、自分の死をずっと考えてくれる友達に出会えたんだから。きっと どこかで見守ってくれてる。だからもう泣かないで。クロも悲しむよ。君ができるのは、クロのためにも一生懸命生きる事。」


 そんなこと考えた事もなかった。胸の奥から様々な物が溢れ出してきて、涙が止まらない。
「ありがとう。お姉さん。僕頑張る。」
4ヶ月ぶりに笑えた。

 僕の顔を見て安心したような顔をするその女性。彼女の目からも涙が零れていた。
「実は、遠いところに引っ越すんだ。だから、引っ越す前に君に元気になってもらいたかった。僕が遠いところにいても、君の名前を聞けるよう、頑張ってね。いつかきっとまた会えるから。約束しよ。」
そう言って帰っていった。結局彼女の消息は絶え、今も何処にいるかは分からない。
は彼女の言葉通り頑張った。ピアノもサッカーも。変化は大きかった。全国大会にも出て、観覧席を必死に見回した覚えもある。それでも、今心の底から笑えているかは分からない。

 16歳になった今でも、彼女の温もりは確かに覚えている。
そして、彼女が誰だったのかはわからない。


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