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レスリングマスター、そしてコマンドサンボ

過信し過ぎた元プロレスラー

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誰もいない一階のジムのレスリング用のマットの上でオレとダグはこれからスパーリング、いや多分スパーリングとは言えない実戦スタイルで闘う。

「ジングウジ、グローブ無しの初期のMMAスタイルで殺ろうじゃねえか」

ダグは上半身裸になり、迷彩柄のカーゴパンツに編み上げのブーツを履いている。

初期のMMAは素手で相手の顔面を殴るという、非常に危険極まりないスタイルだった。

マウントの体勢で何度も相手の顔面にパンチを落とし、勝ったはいいが、自分の拳も痛め、骨折した者もいた。

そこで勝ち上がってきたのは、ブラジリアン柔術を使うカルロス・グラーシェという無名の選手だった。

この大会を機に、ブラジリアン柔術の名前が知れ渡った。


そのスタイルを今ここでやろうってのか。

ダグの上半身はハッキリ言って格闘家のような身体ではない。

酒に溺れて腹回りがブヨブヨしていた。

しかし眼光は鋭く、禍々しい殺気を醸し出す様子は、格闘家というより、軍隊で戦場へ赴く兵士のような感じだ。

サンボとは元々武器を持たない者が自己防衛の為に素手で武器を持つ相手をねじ伏せる護身術らしい。

ましてやコマンドサンボとなると、関節技や締め技、打撃も加わり、総合格闘技に適した格闘術だが、軍隊が白兵戦で使用する事もあり、殺人術としても有効だ。


オレはプロレスで使用している黒のショートタイツに黒のレスリングシューズで構えた。

ガードを固め、ジリジリと距離を縮めていく。

ダグはややノーガードで、かかってこい、とばかりの隙だらけの構えだ。

オレは左のローキックを繰り出した。

するとダグは左足をキャッチし、ブーツを履いた足裏でオレの右膝の内側を蹴り、オレはガクンとバランスを崩し、そのままアキレス腱固めを極められそうになった。

瞬時にダグの足を抱えヒールホールドを極めようとするが、ブーツが分厚く、しかも安全靴のように爪先が鉄製の作りになっていて、反対の足で顔面を蹴られた。

「グワッ!」

底の分厚いブーツで蹴られ、鼻と口から出血が流れ、奥歯がグラグラして折れそうな程の威力だ。

オレはアキレス腱を極められ、もがき苦しんでいた。

「どうした、さっきの勢いは。所詮プロレスラーなんて最初から勝ち負けか決まったショーに過ぎない。
そんな甘っちょろいお遊びの似非格闘技がオレに勝てると思ったのか!」

「ぐぁぁ~っ!」

アキレス腱への圧迫という特異な刺激に慣れていない選手などに対して一瞬でタップを引き起こさせるなどの効果があり、アキレス腱が切れるのではないかと思わせる程の激痛を与える。

オレはアキレス腱を耐えた。

タップしそうになるのを堪え、反対の足でアキレス腱を抱えてるダグの右肩のやや鎖骨よりの箇所に蹴りを入れた!

【ガツッ】

「ウグッ…」

ダグは肩に激痛が走り、アキレス腱固めを解いた。

オレは直ぐ様立ち上がったが、左足首の感覚が無い程、痺れていた。

(蹴りも使えない、あのブーツじゃ足関節を極める事も出来ない…どうする?)

オレはダグをどうやって攻めようか色々考えていたが、これといった弱点は見当たらない。

ダグは立ち上がりざま、素早く左のフックを繰り出した。

一瞬ガードが遅く、顔面をモロに直撃した!

【バキッ】

「ガハッ」

右の奥歯が折れ、血しぶきが飛んだ。

クソッ、どうやったらこの男に勝てるんだ?

「プロレスラーってのは見せかけの強さだけだな。
いざ実戦になるとクソの役にも立たない。まぁ、所詮は勝ち負けが最初から決まってる八百長だからな、ハッハッハッハッハ!」

ダグが高笑いをしてプロレスをバカにしている!

だがどうやって攻める?オレは亀のようにただガードを固めたまま、ダグにいいように殴られ、蹴られ、顔面は血だらけで意識が朦朧としていた…

「アニキもカーウィンもそうだが、お前らプロレスラーはインチキのショーのクセに強さをアピールしたがる。
何がシュートだ?こっちは世界各国でありとあらゆる格闘家と命を懸けて闘ってきたんだ!
お前らの八百長遊びとはワケが違うんだ!」

ダグは勝ち誇ったかのように、フラフラになったオレの頭を掴み、更に罵声を浴びせてきた。

(勝てねえ…やっぱり無理なのかプロレスでは)

心が折れそうになっていた。

一方的に攻撃され、辛うじて立っているのがやっとだった。

寝技に持ち込もうとしても、足の関節は極められない。
となると、腕か首を極めるしかないが…

とにかくあのブーツが凶器だ。
安全靴のように爪先は硬く、トゥーキックでガードしてる腕の骨が折れるぐらいの威力だ。

迂闊に懐にも入れない、かと言って距離を置いて打撃で勝負しても分が悪い…

「どうした、ギブアップか、八百長レスラー?」

八百長、八百長とうるせえ!

オレは怒りにまかせて右のストレートを繰り出した、だがダグはこの動きを読んで、右腕を掴むと身体ごと飛び付き、そのまま前方へ回転し、腕十字固めに捕らえた。

オレは必死で左手で右手を掴み、右腕が伸びきらないように堪えた。

右腕が伸びた瞬間、肘が極り、脱臼してしまう…

オレはありったけの力を振り絞り、立ち上がろうとした。
だがダグの脚力は凄く、オレはマットに倒され、右腕が伸びきってしまった!

(マズイ、肘を外される!)

オレは咄嗟に左の親指でダグの肛門をブスリと挿した。

「ギャ~っ!」

腕十字が外れ、ダグが肛門を押さえ、のたうち回っている…これがプロレスの裏技、シュートだ。


「八百長、八百長ってさっきからうるせえんだよ、この三流レスラーが!」

オレはダグの顔面にエルボーを落とした!

【グシャッ】

「ぐぁぁ!!」

多分鼻骨が折れたような感触がオレの肘に伝わった。

ダグは鼻から大量の出血を流し、何とか立ち上がろうと四つん這いの状態になった時、脊椎にまたエルボーを落とした。

四つん這いになったダグの身体はオレのエルボードロップを脊椎に食らい、マットにのめり込むようにして潰された。

「…立てよ。八百長レスラーの攻撃なんか屁でもないんだろ…」

マットにはおびただしい量の出血で、ダグの顔を朱に染めていった。

「クソッ…汚ねぇ技使いやがって」

ダグは必死の形相で何とか立ち上がったが、鼻が完全に潰れた状態だ。

オレもダメージがかなりある、だが、こんなヤツには絶対に敗けない、プロレスを止め、世界各国の格闘家と闘ってきたというのは凄いと思うし、尊敬できる。

だが、この男はあまりにもプロレスラーをナメ過ぎだ。

そして今、ハッキリと分かったのは、この男は高い戦闘能力を持っているが、カーウィンのような凄みは感じない。

最初のうちは殺気に満ちた鋭い眼光にやや怖じ気づいたが、なんて事は無い、その鉄板入りのブーツで武装しているだけの酒に溺れた元格闘家だ。

オレも鉄板ブーツでやられ、身体のあちこちが軋むように激痛が走るが、もうすぐで決着がつく。

「これがシュートだ、分かったか三流レスラーが!」

オレは低い体勢からタックルに入り、左腕をダグの右脇に差し込み首を抱えるようにして、右腕をダグの左肩からガッチリホールドしてそのまま素早く後方反り、マットに叩きつけた。

ダグは瞬時に右腕をマットにつけたが、オレの変形のフロントスープレックスの速さにそのままマットに叩きつけられ、右肩が外れた。

これがもし、【プロレスラー】なら、右腕をマットにつけようなんて事はしない。

そのまま後方に投げられてしまった方が受け身も取れるし、ダメージも半減出来る。

だが、ダグは受け身が取れない。
結局、兄のデヴィッドやカーウィンを越えられなかった三流レスラーだった…

ダグはダウンしたままで、戦意喪失した。

ありとあらゆる格闘家と対戦して、その各国の格闘技を身に付け、偉大なる格闘家として、兄のデヴィッドにひけを取らない程の能力があったが、あまりにも過信すぎた。

そして屈折した過去を払拭出来なかった哀れな元プロレスラー、それがダグ・シュナイダーだ。
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