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2巻
2-2
「災難だったなあ、坊主」
「そうですね……でも大丈夫ですよ! 冒険者になったし、今はギルドの宿泊所にいるんです。仕事もあるし! 僕、冒険者ギルドの売店でポーション売ってるんです!」
そう言うと、スープ屋のおじさんは「委託販売か? 大変だなあ。もう一杯食べろよ……」とスープのおかわりを、お隣のピザ屋さんは「頑張れよ……」となぜか涙目でピザを一切れくれた。
さらにコーヒー屋さんも「無茶せず頑張れよ……」と言って、ミルクたっぷりのカフェオレを僕に、ククルルくんとプラムには温めたミルクをくれた。
「えっ……あの、ありがとうございます」
「ぷくく! ロイといたら得しちゃったにゃ!」
「ククルルくんってば」
大人たちは一生懸命に食べる僕らを眺め、プラムはプルプルしながらチーズを伸ばし伸ばし、楽しそうに口(?)に運んでいた。
「それにしても、スライムってなぁ、本当になんでも食べるんだなあ」
「そっちのケットシーの子もなあ。どこにそんなに入るんだ?」
スライムの従魔はやっぱり珍しいらしい。
屋台の店主たちはプラムの食べっぷりに見惚れ、ついでにククルルくんの食べっぷりにはちょっと呆れていた。
「ククルル、お腹もうぽんぽこにゃ」
「うわっ、すごいお腹ぽっこりしてるよ!?」
ククルルくんの白いお腹がパンパンだ。僕もいっぱい食べたから結構苦しいけど……ククルルくん、胃薬が必要なんじゃない? 大丈夫かなあ。
コーヒーまで飲んで、食事を平らげた僕らは、屋台の店主たちにお礼を言い、帰ることにした。
「少しのんびりしすぎちゃったかな?」
立ち止まって広場の時計を見上げる。すると後ろから、ポスンッと何かが僕にぶつかってきた。
振り向いてみると、ククルルくんだった。
なんだかぼんやり顔で肉球をぺろぺろして、顔をくしくし洗いながら何かを呟いている。
「にゃ……ベアトおねーさんにごめんにゃさいのお土産買っていかにゃきゃ……絶対怒られるにゃ。にゃんとかかわすにゃ……でも……ククルル眠くなっちゃったのにゃ…………ぐぅ」
「えっ。ククルルくん? えっ? 寝ちゃったの!?」
まさかこの一瞬で寝落ちなんて……!
僕は地面に突っ伏し寝てしまったククルルくんを抱き起こす。
やっぱり子猫!! お腹いっぱいになったら寝ちゃうんだね!?
「あ、そっか。ククルルくん一晩中、迷宮で『古王国のよく分からない古文書』を探してたから寝てないんだっけ……」
『ポヨ……』
プラムも呆れた様子で見下ろしている。
「仕方ないなあ……」
僕はくぅくぅ寝てしまったククルルくんを背負うと、まだ店仕舞いをしていなかった屋台でシナモンたっぷりの揚げ菓子を買った。
「ベアトリスさんにお土産買わなきゃって言ってたもんねぇ」
『ポヨン』
『仕方ないねぇ』とプラムが寝入ったククルルくんを撫でた。
さて。ククルルくんをベアトリスさんの家に送りたいけど……
「ベアトリスさんの家って、どこにあるんだろう?」
◆ ◆ ◆
眠ってしまったククルルくんを背負い、冒険者ギルドへ向かう。
この時間なら、そろそろ早番の職員さんが来る頃だ。僕は裏口ではなく、表からギルドへ入ろうとしたけど、ドアノブに手が届かない……!
ククルルくん自体はそんなに重くないけど、お土産の揚げ菓子を持ってるから、ククルルくんをおぶったまま片手を伸ばすのが意外とキツい。
「あっ、届いた! けど、引くの厳しい……!」
あんまり体を傾けるとククルルくんが落ちちゃう。
プルプル腕を震わせ扉を開けようと頑張っていたら、頬にヒヤッとしたものが当たった。
ん? プラム? と思って視線を向けた途端、扉がスッと開いて、僕はよろめいた。
「わっと、と」
『ポヨヨ?』
肩の上で首(?)を傾げるプラムの手(?)が扉に伸びている。
『だいじょうぶ?』と言っているみたいだ。そっか、開けてくれたんだ。
「ありがとう、プラム……結構力持ちなんだね」
『プルン!』
むきっ! なんて音はしないけど、プラムはもう片方の腕(?)で力こぶを作るような仕草を見せた。
「ロイ? 朝から何やってるんだ?」
「あ、ギュスターヴさん! おはようございます! 今日はいつもより早いんだね」
「ああ、まぁな。面倒なあれこれがいろいろあるんだよ」
ギュスターヴさんは冒険者ギルドのギルド長で、捨てられていた僕を森で見つけて世話を焼いてくれた恩人なんだ。
小脇に書類の束を抱えたギュスターヴさんがホールを歩くと、朝の準備をしていた新人の職員さんたちが緊張の面持ちで姿勢を正した。
まぁそうだよね。新人さんが、ギルド長のギュスターヴさんと顔を合わせることってそんなにないだろうし、朝一に仕事を見られるのって緊張するだろうなぁ。
「ん? ロイ、その背負ってるの、ククルルくんじゃねぇか。どうしたんだ? まさか怪我でもしてるのか!」
ギュスターヴさんの顔色が、サッと変わった。心配性だからとかじゃない。
ギュスターヴさんは隠れ猫好きだからだ。
「ううん、怪我じゃなくて寝ちゃっただけ。夜通し迷宮城に潜ってたんだって」
「なんて危なっかしいことしてんだ、この子猫は」
ハーッと息を吐き、ギュスターヴさんが僕の背中からククルルくんをそっと抱き上げた。
途端に背中が軽くなって、僕はホッと息を吐きその場にしゃがみ込んだ。
やっぱりおぶって歩くのはちょっとしんどかったみたいだ。腕と脚が疲れた。
ククルルくんはケットシーとしてはまだ子供だけど、背丈は僕の腰くらいまであって、普通の猫と比べたら大きいからね!
「で、この子猫どうするんだ? 執務室で寝かせておいてやってもいいが」
あっ、ギュスターヴさんの顔が少し嬉しそう。
ぽんぽんになったお腹を出して、「くぴー……くぴー……」と寝息を立てるククルルくんは、無意識にギュスターヴさんの腕にスリスリしている。
「ふかふか?」
「ふっかふかだな……いや、そうじゃなくて、お前も仕事があるだろ?」
「うん。でもまだ時間に余裕はあるし、ククルルくんを家まで送ってあげようと思うんだ。ククルルくん、ベアトリスさんに無断で徹夜探索しちゃったらしいから……心配してそうでしょ?」
「やんちゃな子猫だな。そういう事情なら、送ってやったほうがいい。売店のほうは心配するな。モーリスには俺から言っておく。ロイ、ククルルくんを返すぞ」
そう言うと、ギュスターヴさんは僕にククルルくんを渡し、準備中のカウンターで、紙に何やら書きはじめた。ん? ギルドの印章まで押してる。なんだろう?
「ロイ。ベアトリスのとこに行くならこれを持っていけ。門番に見せろ」
「『この者、青銅級冒険者ロイが、錬金術師ベアトリス・トリスメギストスの知人であることを証明し、その身元を保証する。ラブリュス冒険者ギルド長、ギュスターヴ・ロラン』……ギュスターヴさん、これって?」
僕の身分証明? 紹介状?
門番って、ベアトリスさん、どんなすごいお屋敷に住んでるんだろう。まあ、王国一の錬金術師さんだからすごいところに住んでても当然か。
「ベアトリスの滞在先は、城の敷地にある離れだ」
城、と言われた僕は、「えっ」という声すら出なかった。
◆ ◆ ◆
ここ、迷宮都市ラブリュスには二つのお城がある。
一つはラブリュスで一番有名な場所、地下迷宮城ラブリュス。
もう一つは、領主であるラブリュストラ迷宮伯の住居であり、行政機関が集まったラブリュス城。
地下迷宮城ラブリュスは街の中央にあり、一方でラブリュス城は街のはずれ、小高い丘の上にある。
「僕、お城なんか行ったことなくて緊張するんだけど……! 迷宮城は迷宮でお城って感じじゃないし……どうしよ、プラム……!」
『プルプル……プルプル……!』
肩に乗せたプラムと緊張で震えつつ、城門前に立った。
ククルルくんは、背負子に座らせて背負ってきた。おぶって歩くより全然ラクだし、ククルルくんも気持ちよさそうに寝ている。
「ねえ、プラム? ここ……広すぎない?」
『プルル』
お城自体は丘の上にあるんだけど、周辺一帯が城壁で囲まれており、その内側には、街かな? と思うくらい多くの建物が見える。どれも立派で宮殿のようだ。
僕は城壁を見上げ、ドキドキしながら門前の列に並ぶ。
門には数人の門番がいて、出入りする人のチェックをしているようだ。ギュスターヴさんが一筆書いてくれてよかった……!
「次は……君かい? 出入りの商会のお使いで来たのかな?」
「い、いえ、これ見てください。こちらに滞在している、ベアトリスさんにご用があって参りました」
僕に合わせて、肩のプラムもポプン、とお辞儀をする。
「ベアトリス様の工房は、壁沿いを左回りに歩いて行くと辿り着ける。小さな森の奥にある、塔を伴った離れだ」
門番さんはギュスターヴさんからの書状を読み、僕が背負ったククルルくんを見て苦笑しながら頷くと、工房までの行き方を教えてくれた。
防犯上の問題があるから、部外者に地図は渡せないんだって。
案内人を付けてくれるとも言われたんだけど、その人が到着するまでに三十分は掛かると聞いて、丁重にお断りした。
だって、そんなにのんびりしてたら売店を開ける時間に間に合わなくなっちゃう!
ギュスターヴさんは、売店は心配するなって言ってたけど、モーリスさん一人じゃキラキラポーションの販売は大変だ。早めに帰らなきゃ。
「それにしても……お城って本当に広いんだね」
僕は教えられた通り、壁沿いを歩く。
敷地の端だからか人通りも少なく、石畳の細い道の横には草花もちらほら見える。
なんだかお城の中という感じがあまりしないな?
「あ、『日輪草』だ」
回復系ポーションの基本材料になる薬草だ。この辺りは日当たりがいいからか、まん丸の黄色い花が綺麗に咲いている。どこにでも生える草だけど、こんなところにもあるんだなあ。
そんなふうに思い、足下を見ていたら、僕の肩の上に乗っているプラムが『ねえ、ねえ』と頬をつついた。
「どうしたの? プラム」
『ポヨヨ、ポヨ』
前を指(?)さし、首(?)を伸ばしている。
何か見つけたのかな? と僕も前を向いて、思わず声が出た。
「わ、日輪草の道だ!」
白い石畳の両側が、黄色い日輪草でいっぱいになっていた。先に進めば進むほど日輪草は増え、まるで黄色の絨毯の上を歩いているよう。
「なんだかここの日輪草、品質がいいなあ。ちょっと摘んで帰りたい……」
『ポヨ! ポヨヨッ』
トトトン! とプラムに肩を叩かれ、今度はなんだ!? と顔を上げてまた前を見て、驚いた。
「すごい、本当に森がある!」
城壁の内側なのに! 門番さんが、ベアトリスさんの工房は森の奥にあるって言っていたけど……
「こんなにちゃんと森だなんて思わなかった」
走っていきたいけど、背中にククルルくんを背負っているので走れない。僕はできるだけ大股で、日輪草の中を進んでいった。
森としては小さい気がする。広さは迷宮城前広場くらいかな?
「プラム、離れないでね? 見失ったら見つけるのが大変そうだから」
『だいじょうぶだよ!』と笑うように、プラムはプルルと小さく震えると、僕の肩からぴょーんと飛び下り、楽しそうに跳ねる。
足下には白い石畳と日輪草。徐々に森が深くなると、その木漏れ日の下には『兎花』や『リコリス』が交じり始め、『黄金リコリス』の赤い花もある。
道を外れた辺りには、青や紫色の花、特徴的な形の葉を持つ薬草、実のついた草木も見える。
「いろんな素材がある……ここ、すごい」
こんな小さな森なのに、迷宮の浅層部から中層部までの素材が揃っているんじゃないかな?
「……そうだ、迷宮だ」
漂う雰囲気というか、肌に感じる空気というか、地面からも木々からも、この森全体から魔力を感じる。
「ん?」
『ポヨン! ポヨヨン!』
先を歩いていたプラムが大きく飛び跳ね、『きて! きて!』と僕を呼んでいる。
「何か見つけたの? プラム……わっ! 泉!? 綺麗な水場だ……あっ、水草が生えてる」
湧き水の泉かな? 澄んだ水の中には、中級以上の魔法薬に使われる水草がいくつも揺れている。
周囲を見回せば、回復ポーションの材料になる『不忍草』や、珍しい『苔の乙女の台座』まで。採取したことのあるものも、図鑑でしか見たことがないものもある。
奥のほうには何やら蝶がひらひら飛んでいて、まさか『大瑠璃立羽』じゃないだろうな? と心臓が高鳴った。
『大瑠璃立羽の虹羽』は、迷宮城の十五階層――中層部後半の階層でないと出会えない素材だ。
そういえば、ハーフエルフの女の子、リディと冒険者ギルドで初めて会った時、新人冒険者には採取は無理だって、リディが言われてたっけ。
「ん? ククルルくんのお使いってなんだったんだろう?」
あれもこれも、そこにもここにも、魔法薬の素材として使える薬草だらけ。
こんなに豊かな森があっても、ククルルくんに迷宮城へ採取に行かせるなんて……ベアトリスさんが欲しかった素材ってなんだろう?
「迷宮城でだけ採れるものだったのかなぁ」
それもないことはない。たとえば『迷宮城の井戸の水』。『迷宮城の花園に咲く薔薇』。迷宮にはそれぞれ特有の素材があるものだ。
「それにしても、この森って……不自然なくらい素材が豊富すぎない? あ、そうか。ここ『永久薬草壁』に似てるんだ」
永久薬草壁は、僕がハズレの塔で見つけた壁。新鮮で品質の高い薬草が、壁面から絶え間なく生えてくる、古王国時代の錬金術製魔道具だ。
前世で製薬スライムだったぼくと仲間たちはその薬草を食べ、日々ポーションなどの薬を作っていた。
この森も小さな場所に、あまりにも様々な属性、等級の素材がある。永久薬草壁と同じように、採取や栽培を目的として作られたみたいだ。
「もっと奥を探索したら、上級回復ポーションの素材になる『孔雀花』なんかも採取できたりして……」
あってもおかしくない。だって、こんなにも魔力が満ちている。
プラムもここの魔力が気持ちいいのか、楽しそうに跳ねて遊んでるし。
ドキドキと心臓が速く打つ。本当なら迷宮城の奥深くまで潜らなきゃ採取できない素材が、僕でも手の届く場所にあるかもしれないんだもん! 知らない素材もあるかな?
「もしこの森の秘密を知ることができたら……今は少ししか薬草が生えてない塔の永久薬草壁も、昔みたいに戻せる……?」
それにこの森で採取も……採取してみたい……! きっといい素材がいっぱいある。
「ベアトリスさんに聞いてみようかなぁ? お願いしたら許してくれないかな……いや、採取のおねだりはだめだ。採取場は見つけた人や持っている人の財産だもん」
しかもここはお城の中。青銅級冒険者で駆け出し薬師の僕は、本来なら簡単に出入りできる場所じゃない。
「でも、気になるなぁ……この森について聞くくらいだったら……いいかな? ……うん、 やっぱりベアトリスさんに聞いてみよう!」
「くぷー……くぷぷぅ」
背中から気の抜けるいびきが聞こえて、ハッと口を閉じた。あんまり大きな声を出すと起こしちゃうかも。
せっかくここまで背負ってきたんだから、このまま寝かせておいてあげたい。
「プラム~、先に進もう~」
僕は小声でプラムを呼んで、ベアトリスさんの工房を目指した。
森はどんどん深くなっていく。だけど明るいのは、ここに満ちる魔素のおかげかな? 魔素が満ちているから、迷宮も薄明るいって聞くし。
景色と素材を眺めつつ歩いていくと、こぢんまりとした工房が見えてきた。塔もある。
きっとここがベアトリスさんが滞在している場所だ。
コン、コン……
「子猫ちゃん!?」
「わっ!」
ノックの途中で急に扉が開いた。
僕の姿を確認もせず飛び出してきたのは、白のローブを羽織り、ピンク色の髪を少し乱したベアトリスさんだ。
「あら……ぼく」
「あの、ククルルくんを送ってきたんですけど……」
『ポヨ~』
僕がそう言うと、プラムが器用に手の形を作り、『しー』とベアトリスさんに伝える。
「あら……寝てるのねぇ? この子」
「はい」
僕はククルルくんが『古王国のよく分からない古文書』を探して一晩中迷宮にいたこと、朝食屋台市で偶然会い、満腹になって寝てしまったことをベアトリスさんに話した。
寝入ったままのククルルくんを、ベアトリスさんが背負子から抱き上げて、お気に入りだという窓際のクッションにそっと寝かせた。
「まったく……仕方のない子猫ちゃんだわぁ。あら? この包みはなぁに?」
「あ、それは朝食屋台市で買ったお土産です。ククルルくんが、ベアトリスさんに心配かけたかもしれないからって」
「あらあらぁ。本当はこの子、叱られないためにって言ってたでしょお?」
ベアトリスさん、ククルルくんのことをよく分かってる!
僕とプラムは顔を見合わせて、ふふっと笑った。
「ぼくたちもご苦労さまだったわぁ。何かご褒美をあげなくちゃいけないわねぇ。何がいいかしらぁ」
「あの! じゃあ、ここの森について聞いてもいいですかっ」
ベアトリスさんは珊瑚色の爪を口元に当て、小首を傾げて微笑んでいる。
これは……僕の質問に答えるか考えてる? あ、間髪を容れずにだめって言われないってことは、お願いの仕方次第では教えてくれるのかも!
「ここ、すごく不思議な森だなって……! いろいろな素材が生えてますよね。小さな森なのに豊かで、お城の中なのにどうしてここだけ……何か秘密があるなら知りたい……です!」
言うだけ言ってみた。
この森が、ベアトリスさんが錬金術で作ったものなのか、魔道具による効果なのかは分からない。真似できるとも思わない。
けど、塔で朽ちかけてる永久薬草壁を復活させるヒントになるんじゃないかな?
「ここで採取をしたいんじゃなくて、森の秘密を知りたいのねぇ?」
「はい」
「……ぼくはいい子だから、ちょっとだけ教えてあげるわぁ。この森にはね、精霊がいるの」
その言葉に、僕は目をぱちぱちと瞬いた。
「精霊が、今ここにいるんですか?」
精霊は古王国時代に存在し、人に力を貸してくれたと言われている。
現代の『魔法』よりも強力な、『魔術』や『錬金術』が使えたのも精霊のおかげらしい。
――だけど精霊は、古王国の滅亡と共に消えてしまったというのが定説だ。
精霊の助けがなくなったことで、人々は魔術や錬金術を使えなくなり、魔術は魔法に変化したんじゃないの?
古王国の滅亡以前にあった錬金術を使うには、【錬金】スキルか、魔人の血を持っていなければならない。
錬金術や魔術と魔法は、似てるけど魔力の使い方が違うんだ。
自身の魔力だけでなく、精霊の力も借りて使うのが、古王国時代の錬金術や魔術。自身の魔力だけを使うのが、今ある魔法だ。
ベアトリスさんは目を細め微笑んでいる。
その奥に見える瞳は金色。魔人の特徴だ。この笑みはどんな意味だろう?
ベアトリスさんの目には、使えもしない錬金術のことを知りたがる僕が、幼い子供のように見えるのかもしれない。それとも……錬金術のことを知りたいって言われたのが、ちょっと嬉しかったり?
「うふふ。ぼくは精霊がいることに驚いたのぉ?」
「お、驚きますよ! ……あの、精霊はこの近くにもいるんですか?」
僕は部屋を見回し、窓の外を見た。
魔力に満ちた明るい森。この森は精霊がいるから豊かで、生息するのに必要な魔力量が違う素材でも、永久薬草壁のように隣り合って生えることができるの?
「ぼくぅ? 精霊はね、消えたわけじゃないのよ。ただ眠っているだけで、彼らはそこかしこにいるのよ」
いるんだ。お伽噺でしかなかった精霊が、本当にいるんだ!
ゾワゾワッと鳥肌が立った。
ベアトリスさんが言っているからと、単純に信じたわけじゃない。
僕の目の前に、不思議な森が存在しているから本当だって思ったんだ。
「そうですね……でも大丈夫ですよ! 冒険者になったし、今はギルドの宿泊所にいるんです。仕事もあるし! 僕、冒険者ギルドの売店でポーション売ってるんです!」
そう言うと、スープ屋のおじさんは「委託販売か? 大変だなあ。もう一杯食べろよ……」とスープのおかわりを、お隣のピザ屋さんは「頑張れよ……」となぜか涙目でピザを一切れくれた。
さらにコーヒー屋さんも「無茶せず頑張れよ……」と言って、ミルクたっぷりのカフェオレを僕に、ククルルくんとプラムには温めたミルクをくれた。
「えっ……あの、ありがとうございます」
「ぷくく! ロイといたら得しちゃったにゃ!」
「ククルルくんってば」
大人たちは一生懸命に食べる僕らを眺め、プラムはプルプルしながらチーズを伸ばし伸ばし、楽しそうに口(?)に運んでいた。
「それにしても、スライムってなぁ、本当になんでも食べるんだなあ」
「そっちのケットシーの子もなあ。どこにそんなに入るんだ?」
スライムの従魔はやっぱり珍しいらしい。
屋台の店主たちはプラムの食べっぷりに見惚れ、ついでにククルルくんの食べっぷりにはちょっと呆れていた。
「ククルル、お腹もうぽんぽこにゃ」
「うわっ、すごいお腹ぽっこりしてるよ!?」
ククルルくんの白いお腹がパンパンだ。僕もいっぱい食べたから結構苦しいけど……ククルルくん、胃薬が必要なんじゃない? 大丈夫かなあ。
コーヒーまで飲んで、食事を平らげた僕らは、屋台の店主たちにお礼を言い、帰ることにした。
「少しのんびりしすぎちゃったかな?」
立ち止まって広場の時計を見上げる。すると後ろから、ポスンッと何かが僕にぶつかってきた。
振り向いてみると、ククルルくんだった。
なんだかぼんやり顔で肉球をぺろぺろして、顔をくしくし洗いながら何かを呟いている。
「にゃ……ベアトおねーさんにごめんにゃさいのお土産買っていかにゃきゃ……絶対怒られるにゃ。にゃんとかかわすにゃ……でも……ククルル眠くなっちゃったのにゃ…………ぐぅ」
「えっ。ククルルくん? えっ? 寝ちゃったの!?」
まさかこの一瞬で寝落ちなんて……!
僕は地面に突っ伏し寝てしまったククルルくんを抱き起こす。
やっぱり子猫!! お腹いっぱいになったら寝ちゃうんだね!?
「あ、そっか。ククルルくん一晩中、迷宮で『古王国のよく分からない古文書』を探してたから寝てないんだっけ……」
『ポヨ……』
プラムも呆れた様子で見下ろしている。
「仕方ないなあ……」
僕はくぅくぅ寝てしまったククルルくんを背負うと、まだ店仕舞いをしていなかった屋台でシナモンたっぷりの揚げ菓子を買った。
「ベアトリスさんにお土産買わなきゃって言ってたもんねぇ」
『ポヨン』
『仕方ないねぇ』とプラムが寝入ったククルルくんを撫でた。
さて。ククルルくんをベアトリスさんの家に送りたいけど……
「ベアトリスさんの家って、どこにあるんだろう?」
◆ ◆ ◆
眠ってしまったククルルくんを背負い、冒険者ギルドへ向かう。
この時間なら、そろそろ早番の職員さんが来る頃だ。僕は裏口ではなく、表からギルドへ入ろうとしたけど、ドアノブに手が届かない……!
ククルルくん自体はそんなに重くないけど、お土産の揚げ菓子を持ってるから、ククルルくんをおぶったまま片手を伸ばすのが意外とキツい。
「あっ、届いた! けど、引くの厳しい……!」
あんまり体を傾けるとククルルくんが落ちちゃう。
プルプル腕を震わせ扉を開けようと頑張っていたら、頬にヒヤッとしたものが当たった。
ん? プラム? と思って視線を向けた途端、扉がスッと開いて、僕はよろめいた。
「わっと、と」
『ポヨヨ?』
肩の上で首(?)を傾げるプラムの手(?)が扉に伸びている。
『だいじょうぶ?』と言っているみたいだ。そっか、開けてくれたんだ。
「ありがとう、プラム……結構力持ちなんだね」
『プルン!』
むきっ! なんて音はしないけど、プラムはもう片方の腕(?)で力こぶを作るような仕草を見せた。
「ロイ? 朝から何やってるんだ?」
「あ、ギュスターヴさん! おはようございます! 今日はいつもより早いんだね」
「ああ、まぁな。面倒なあれこれがいろいろあるんだよ」
ギュスターヴさんは冒険者ギルドのギルド長で、捨てられていた僕を森で見つけて世話を焼いてくれた恩人なんだ。
小脇に書類の束を抱えたギュスターヴさんがホールを歩くと、朝の準備をしていた新人の職員さんたちが緊張の面持ちで姿勢を正した。
まぁそうだよね。新人さんが、ギルド長のギュスターヴさんと顔を合わせることってそんなにないだろうし、朝一に仕事を見られるのって緊張するだろうなぁ。
「ん? ロイ、その背負ってるの、ククルルくんじゃねぇか。どうしたんだ? まさか怪我でもしてるのか!」
ギュスターヴさんの顔色が、サッと変わった。心配性だからとかじゃない。
ギュスターヴさんは隠れ猫好きだからだ。
「ううん、怪我じゃなくて寝ちゃっただけ。夜通し迷宮城に潜ってたんだって」
「なんて危なっかしいことしてんだ、この子猫は」
ハーッと息を吐き、ギュスターヴさんが僕の背中からククルルくんをそっと抱き上げた。
途端に背中が軽くなって、僕はホッと息を吐きその場にしゃがみ込んだ。
やっぱりおぶって歩くのはちょっとしんどかったみたいだ。腕と脚が疲れた。
ククルルくんはケットシーとしてはまだ子供だけど、背丈は僕の腰くらいまであって、普通の猫と比べたら大きいからね!
「で、この子猫どうするんだ? 執務室で寝かせておいてやってもいいが」
あっ、ギュスターヴさんの顔が少し嬉しそう。
ぽんぽんになったお腹を出して、「くぴー……くぴー……」と寝息を立てるククルルくんは、無意識にギュスターヴさんの腕にスリスリしている。
「ふかふか?」
「ふっかふかだな……いや、そうじゃなくて、お前も仕事があるだろ?」
「うん。でもまだ時間に余裕はあるし、ククルルくんを家まで送ってあげようと思うんだ。ククルルくん、ベアトリスさんに無断で徹夜探索しちゃったらしいから……心配してそうでしょ?」
「やんちゃな子猫だな。そういう事情なら、送ってやったほうがいい。売店のほうは心配するな。モーリスには俺から言っておく。ロイ、ククルルくんを返すぞ」
そう言うと、ギュスターヴさんは僕にククルルくんを渡し、準備中のカウンターで、紙に何やら書きはじめた。ん? ギルドの印章まで押してる。なんだろう?
「ロイ。ベアトリスのとこに行くならこれを持っていけ。門番に見せろ」
「『この者、青銅級冒険者ロイが、錬金術師ベアトリス・トリスメギストスの知人であることを証明し、その身元を保証する。ラブリュス冒険者ギルド長、ギュスターヴ・ロラン』……ギュスターヴさん、これって?」
僕の身分証明? 紹介状?
門番って、ベアトリスさん、どんなすごいお屋敷に住んでるんだろう。まあ、王国一の錬金術師さんだからすごいところに住んでても当然か。
「ベアトリスの滞在先は、城の敷地にある離れだ」
城、と言われた僕は、「えっ」という声すら出なかった。
◆ ◆ ◆
ここ、迷宮都市ラブリュスには二つのお城がある。
一つはラブリュスで一番有名な場所、地下迷宮城ラブリュス。
もう一つは、領主であるラブリュストラ迷宮伯の住居であり、行政機関が集まったラブリュス城。
地下迷宮城ラブリュスは街の中央にあり、一方でラブリュス城は街のはずれ、小高い丘の上にある。
「僕、お城なんか行ったことなくて緊張するんだけど……! 迷宮城は迷宮でお城って感じじゃないし……どうしよ、プラム……!」
『プルプル……プルプル……!』
肩に乗せたプラムと緊張で震えつつ、城門前に立った。
ククルルくんは、背負子に座らせて背負ってきた。おぶって歩くより全然ラクだし、ククルルくんも気持ちよさそうに寝ている。
「ねえ、プラム? ここ……広すぎない?」
『プルル』
お城自体は丘の上にあるんだけど、周辺一帯が城壁で囲まれており、その内側には、街かな? と思うくらい多くの建物が見える。どれも立派で宮殿のようだ。
僕は城壁を見上げ、ドキドキしながら門前の列に並ぶ。
門には数人の門番がいて、出入りする人のチェックをしているようだ。ギュスターヴさんが一筆書いてくれてよかった……!
「次は……君かい? 出入りの商会のお使いで来たのかな?」
「い、いえ、これ見てください。こちらに滞在している、ベアトリスさんにご用があって参りました」
僕に合わせて、肩のプラムもポプン、とお辞儀をする。
「ベアトリス様の工房は、壁沿いを左回りに歩いて行くと辿り着ける。小さな森の奥にある、塔を伴った離れだ」
門番さんはギュスターヴさんからの書状を読み、僕が背負ったククルルくんを見て苦笑しながら頷くと、工房までの行き方を教えてくれた。
防犯上の問題があるから、部外者に地図は渡せないんだって。
案内人を付けてくれるとも言われたんだけど、その人が到着するまでに三十分は掛かると聞いて、丁重にお断りした。
だって、そんなにのんびりしてたら売店を開ける時間に間に合わなくなっちゃう!
ギュスターヴさんは、売店は心配するなって言ってたけど、モーリスさん一人じゃキラキラポーションの販売は大変だ。早めに帰らなきゃ。
「それにしても……お城って本当に広いんだね」
僕は教えられた通り、壁沿いを歩く。
敷地の端だからか人通りも少なく、石畳の細い道の横には草花もちらほら見える。
なんだかお城の中という感じがあまりしないな?
「あ、『日輪草』だ」
回復系ポーションの基本材料になる薬草だ。この辺りは日当たりがいいからか、まん丸の黄色い花が綺麗に咲いている。どこにでも生える草だけど、こんなところにもあるんだなあ。
そんなふうに思い、足下を見ていたら、僕の肩の上に乗っているプラムが『ねえ、ねえ』と頬をつついた。
「どうしたの? プラム」
『ポヨヨ、ポヨ』
前を指(?)さし、首(?)を伸ばしている。
何か見つけたのかな? と僕も前を向いて、思わず声が出た。
「わ、日輪草の道だ!」
白い石畳の両側が、黄色い日輪草でいっぱいになっていた。先に進めば進むほど日輪草は増え、まるで黄色の絨毯の上を歩いているよう。
「なんだかここの日輪草、品質がいいなあ。ちょっと摘んで帰りたい……」
『ポヨ! ポヨヨッ』
トトトン! とプラムに肩を叩かれ、今度はなんだ!? と顔を上げてまた前を見て、驚いた。
「すごい、本当に森がある!」
城壁の内側なのに! 門番さんが、ベアトリスさんの工房は森の奥にあるって言っていたけど……
「こんなにちゃんと森だなんて思わなかった」
走っていきたいけど、背中にククルルくんを背負っているので走れない。僕はできるだけ大股で、日輪草の中を進んでいった。
森としては小さい気がする。広さは迷宮城前広場くらいかな?
「プラム、離れないでね? 見失ったら見つけるのが大変そうだから」
『だいじょうぶだよ!』と笑うように、プラムはプルルと小さく震えると、僕の肩からぴょーんと飛び下り、楽しそうに跳ねる。
足下には白い石畳と日輪草。徐々に森が深くなると、その木漏れ日の下には『兎花』や『リコリス』が交じり始め、『黄金リコリス』の赤い花もある。
道を外れた辺りには、青や紫色の花、特徴的な形の葉を持つ薬草、実のついた草木も見える。
「いろんな素材がある……ここ、すごい」
こんな小さな森なのに、迷宮の浅層部から中層部までの素材が揃っているんじゃないかな?
「……そうだ、迷宮だ」
漂う雰囲気というか、肌に感じる空気というか、地面からも木々からも、この森全体から魔力を感じる。
「ん?」
『ポヨン! ポヨヨン!』
先を歩いていたプラムが大きく飛び跳ね、『きて! きて!』と僕を呼んでいる。
「何か見つけたの? プラム……わっ! 泉!? 綺麗な水場だ……あっ、水草が生えてる」
湧き水の泉かな? 澄んだ水の中には、中級以上の魔法薬に使われる水草がいくつも揺れている。
周囲を見回せば、回復ポーションの材料になる『不忍草』や、珍しい『苔の乙女の台座』まで。採取したことのあるものも、図鑑でしか見たことがないものもある。
奥のほうには何やら蝶がひらひら飛んでいて、まさか『大瑠璃立羽』じゃないだろうな? と心臓が高鳴った。
『大瑠璃立羽の虹羽』は、迷宮城の十五階層――中層部後半の階層でないと出会えない素材だ。
そういえば、ハーフエルフの女の子、リディと冒険者ギルドで初めて会った時、新人冒険者には採取は無理だって、リディが言われてたっけ。
「ん? ククルルくんのお使いってなんだったんだろう?」
あれもこれも、そこにもここにも、魔法薬の素材として使える薬草だらけ。
こんなに豊かな森があっても、ククルルくんに迷宮城へ採取に行かせるなんて……ベアトリスさんが欲しかった素材ってなんだろう?
「迷宮城でだけ採れるものだったのかなぁ」
それもないことはない。たとえば『迷宮城の井戸の水』。『迷宮城の花園に咲く薔薇』。迷宮にはそれぞれ特有の素材があるものだ。
「それにしても、この森って……不自然なくらい素材が豊富すぎない? あ、そうか。ここ『永久薬草壁』に似てるんだ」
永久薬草壁は、僕がハズレの塔で見つけた壁。新鮮で品質の高い薬草が、壁面から絶え間なく生えてくる、古王国時代の錬金術製魔道具だ。
前世で製薬スライムだったぼくと仲間たちはその薬草を食べ、日々ポーションなどの薬を作っていた。
この森も小さな場所に、あまりにも様々な属性、等級の素材がある。永久薬草壁と同じように、採取や栽培を目的として作られたみたいだ。
「もっと奥を探索したら、上級回復ポーションの素材になる『孔雀花』なんかも採取できたりして……」
あってもおかしくない。だって、こんなにも魔力が満ちている。
プラムもここの魔力が気持ちいいのか、楽しそうに跳ねて遊んでるし。
ドキドキと心臓が速く打つ。本当なら迷宮城の奥深くまで潜らなきゃ採取できない素材が、僕でも手の届く場所にあるかもしれないんだもん! 知らない素材もあるかな?
「もしこの森の秘密を知ることができたら……今は少ししか薬草が生えてない塔の永久薬草壁も、昔みたいに戻せる……?」
それにこの森で採取も……採取してみたい……! きっといい素材がいっぱいある。
「ベアトリスさんに聞いてみようかなぁ? お願いしたら許してくれないかな……いや、採取のおねだりはだめだ。採取場は見つけた人や持っている人の財産だもん」
しかもここはお城の中。青銅級冒険者で駆け出し薬師の僕は、本来なら簡単に出入りできる場所じゃない。
「でも、気になるなぁ……この森について聞くくらいだったら……いいかな? ……うん、 やっぱりベアトリスさんに聞いてみよう!」
「くぷー……くぷぷぅ」
背中から気の抜けるいびきが聞こえて、ハッと口を閉じた。あんまり大きな声を出すと起こしちゃうかも。
せっかくここまで背負ってきたんだから、このまま寝かせておいてあげたい。
「プラム~、先に進もう~」
僕は小声でプラムを呼んで、ベアトリスさんの工房を目指した。
森はどんどん深くなっていく。だけど明るいのは、ここに満ちる魔素のおかげかな? 魔素が満ちているから、迷宮も薄明るいって聞くし。
景色と素材を眺めつつ歩いていくと、こぢんまりとした工房が見えてきた。塔もある。
きっとここがベアトリスさんが滞在している場所だ。
コン、コン……
「子猫ちゃん!?」
「わっ!」
ノックの途中で急に扉が開いた。
僕の姿を確認もせず飛び出してきたのは、白のローブを羽織り、ピンク色の髪を少し乱したベアトリスさんだ。
「あら……ぼく」
「あの、ククルルくんを送ってきたんですけど……」
『ポヨ~』
僕がそう言うと、プラムが器用に手の形を作り、『しー』とベアトリスさんに伝える。
「あら……寝てるのねぇ? この子」
「はい」
僕はククルルくんが『古王国のよく分からない古文書』を探して一晩中迷宮にいたこと、朝食屋台市で偶然会い、満腹になって寝てしまったことをベアトリスさんに話した。
寝入ったままのククルルくんを、ベアトリスさんが背負子から抱き上げて、お気に入りだという窓際のクッションにそっと寝かせた。
「まったく……仕方のない子猫ちゃんだわぁ。あら? この包みはなぁに?」
「あ、それは朝食屋台市で買ったお土産です。ククルルくんが、ベアトリスさんに心配かけたかもしれないからって」
「あらあらぁ。本当はこの子、叱られないためにって言ってたでしょお?」
ベアトリスさん、ククルルくんのことをよく分かってる!
僕とプラムは顔を見合わせて、ふふっと笑った。
「ぼくたちもご苦労さまだったわぁ。何かご褒美をあげなくちゃいけないわねぇ。何がいいかしらぁ」
「あの! じゃあ、ここの森について聞いてもいいですかっ」
ベアトリスさんは珊瑚色の爪を口元に当て、小首を傾げて微笑んでいる。
これは……僕の質問に答えるか考えてる? あ、間髪を容れずにだめって言われないってことは、お願いの仕方次第では教えてくれるのかも!
「ここ、すごく不思議な森だなって……! いろいろな素材が生えてますよね。小さな森なのに豊かで、お城の中なのにどうしてここだけ……何か秘密があるなら知りたい……です!」
言うだけ言ってみた。
この森が、ベアトリスさんが錬金術で作ったものなのか、魔道具による効果なのかは分からない。真似できるとも思わない。
けど、塔で朽ちかけてる永久薬草壁を復活させるヒントになるんじゃないかな?
「ここで採取をしたいんじゃなくて、森の秘密を知りたいのねぇ?」
「はい」
「……ぼくはいい子だから、ちょっとだけ教えてあげるわぁ。この森にはね、精霊がいるの」
その言葉に、僕は目をぱちぱちと瞬いた。
「精霊が、今ここにいるんですか?」
精霊は古王国時代に存在し、人に力を貸してくれたと言われている。
現代の『魔法』よりも強力な、『魔術』や『錬金術』が使えたのも精霊のおかげらしい。
――だけど精霊は、古王国の滅亡と共に消えてしまったというのが定説だ。
精霊の助けがなくなったことで、人々は魔術や錬金術を使えなくなり、魔術は魔法に変化したんじゃないの?
古王国の滅亡以前にあった錬金術を使うには、【錬金】スキルか、魔人の血を持っていなければならない。
錬金術や魔術と魔法は、似てるけど魔力の使い方が違うんだ。
自身の魔力だけでなく、精霊の力も借りて使うのが、古王国時代の錬金術や魔術。自身の魔力だけを使うのが、今ある魔法だ。
ベアトリスさんは目を細め微笑んでいる。
その奥に見える瞳は金色。魔人の特徴だ。この笑みはどんな意味だろう?
ベアトリスさんの目には、使えもしない錬金術のことを知りたがる僕が、幼い子供のように見えるのかもしれない。それとも……錬金術のことを知りたいって言われたのが、ちょっと嬉しかったり?
「うふふ。ぼくは精霊がいることに驚いたのぉ?」
「お、驚きますよ! ……あの、精霊はこの近くにもいるんですか?」
僕は部屋を見回し、窓の外を見た。
魔力に満ちた明るい森。この森は精霊がいるから豊かで、生息するのに必要な魔力量が違う素材でも、永久薬草壁のように隣り合って生えることができるの?
「ぼくぅ? 精霊はね、消えたわけじゃないのよ。ただ眠っているだけで、彼らはそこかしこにいるのよ」
いるんだ。お伽噺でしかなかった精霊が、本当にいるんだ!
ゾワゾワッと鳥肌が立った。
ベアトリスさんが言っているからと、単純に信じたわけじゃない。
僕の目の前に、不思議な森が存在しているから本当だって思ったんだ。
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