19 / 49
2巻
2-3
「この森、精霊が作ったんですか……?」
「いいえ。作ったのは私よぉ。精霊の力を借りて、錬金術で魔力が満ちた森を作り、彼らに住んでもらっているの。いい森でしょ? すぐに素材が採れるから、便利なのよぉ」
ベアトリスさんが「ふふふ!」と笑う。
やっぱり永久薬草壁と似ている。
「あの……たとえばですけど、この森の土をプランターに入れて持ち帰ったとして、素材を採取することはできますか?」
「うーん……どうかしらぁ。この森にかけた術をそのまま保持できたら、魔道具として利用することは可能なんじゃなぁい?」
「できるんだ……!」
「でもぉ、プランターと大地に根を張るのとでは、そもそもの魔力量が違うわぁ。だからこの森と同じような素材は採取できないと思うわよぉ?」
「そっか……魔力量……」
でも、逆に言えば、魔力量をこの森と同じくらいまで高められたら、同じ素材が採れる……?
僕はブルルと、肩に乗るプラムみたいに期待で震えた。
永久薬草壁はこの森と同じく、錬金術で作られたものだけど、大地から栄養素や魔力をもらっているわけでもない。
それなら、塔の永久薬草壁は切り取って持ってくることが……できる?
術を保持する方法も考えなきゃだけど、うーん……掛けられている術を保持って、どうすればいいんだろう?
「まぁまぁ。澄んだ瞳をキラキラ輝かせちゃって。何を企んでいるのかしらぁ? ぼくぅ」
屈んで目線を合わせたベアトリスさんが、ちょん、と僕の鼻をつつく。
わ、ベアトリスさんの金色の瞳が燦燦と輝いている。これは……怒らせた? 面白がってるだけ?
「言いなさい? いいお返事だったら、もう一つご褒美をあげるわぁ。ふふ」
ご褒美、欲しい! できれば『術を保持したまま、森の一部を切り取る方法』を教えてほしい!
きっと永久薬草壁にも応用できる!
「僕、ちょっと面白い魔道具を見つけたんです! それはこの森に似ていて、動かすのが難しいもので……」
「ふふ、だから『この森の土をプランターに入れて持ち帰ったとして~』なんて質問をしたのねぇ? ふぅん。森に似た魔道具ねぇ……興味あるわぁ」
ベアトリスさんは目を細め、珊瑚色の唇を三日月型にして言う。
「いいわ。術を維持したまま持ち帰る方法を教えてあげる。でも、よかったらその魔道具を見せてくれないかしらぁ? お姉さん、きっと役に立つわよぉ?」
「……見たいんですか?」
どうしよう。塔に連れていくのは迷う。うーん……まだ秘密にしておきたいし……
チラリとベアトリスさんの顔を窺う。
「それは恐らく迷宮――古王国の遺跡にあったものでしょお? 私は古王国時代の魔道具の研究をしてるの。この森も研究の一環よぉ」
古王国時代の魔道具の研究! えっ、じゃあ永久薬草壁のことを相談できる専門家……!
「お返事は? 見せてくれるのかしらぁ? ぼくぅ?」
「……僕がやってみたいことを試した後なら」
生意気なこと言っちゃったかな。
でも、もう少しだけ。あの素敵な工房を僕のものにしておきたい。
「それで構わないわぁ。そうねぇ……ぼくが存分にお試しできるよう、この本を貸してあげるわぁ。錬金術で魔道具を作る方法と、その管理について書かれた初心者向けの本よぉ」
ベアトリスさんが、積まれた書物の中から一冊の本を引っ張り出し、僕に手渡した。
恐る恐る開いてみると、中身は古文字だった。
文字が大きくて挿絵もある。なんだか孤児院で使ってた教科書みたいだ。
分かりやすそうでちょっとホッとした。
「ここの森なら、精霊の力を借りれば一部を切り取ることは簡単だけどお……迷宮の魔道具はどうかしらねぇ。仮説だけど、精霊の代わりに迷宮の魔力を拝借して、術を維持しているんじゃないかと思うのぉ。だからそれに代わるくらいの魔力で包めば、術を保持したまま切り取れるんじゃないかしらぁ?」
「大量の魔力が必要だ……」
僕の魔力で足りるかなあ? 思わず眉を寄せてしまう。
「迷宮の魔力といっても、その魔道具が迷宮から拝借しているうちの一部でいいのぉ。切り取った分の魔道具を生かす魔力量があればいいのよぉ」
「あ、そっか。それなら……」
大丈夫かもしれない。前世の記憶を思い出してから、だいぶ魔力が増えた感じがするし、やってみよう。
「ふふっ。本を読んでみて、どうしても分からなければ私に相談なさぁい。ぼくのキラキラポーションと引き換えで、手助けしてあげてもいいわよぉ?」
ベアトリスさんはクスクス笑う。
僕が黙り込んでしまったのを見て、自信がないと思ったみたいだ。
でも最初から『やってあげる』と言わないのがベアトリスさんっぽい。優しいけど厳しい。
僕のことを一人前として扱ってくれてるところが、ちょっとギュスターヴさんと似てるかも。
「本をありがとうございます! 僕、やってみます」
工房を出て森を抜け、城門をくぐったところで僕は駆け出した。
思ったよりのんびりしちゃったから、大急ぎでギルドに戻らなくっちゃ!
「ん? プラムどうしたの?」
肩の上のプラムが震えているような?
「疲れちゃった? あ、魔力酔いした!?」
魔力酔いとは、乗り物酔いのようなもの。気持ち悪くなったり、貧血のような症状が出たりする。
強い魔力を帯びた魔道具を使ったり、極端に魔素が濃い土地に入ったりした時に、魔力酔いをすることがある。これには個人差があるんだけどね。
ベアトリスさんの工房があった森は、急にそこだけ魔素濃度が上がっていた。
徐々に濃度が上がるなら酔うことは少ないけど、濃度の上昇が急だと体がびっくりしてしまうのだ。
高い山に登る時、高度順応をするように、少しずつ体を慣らすと魔力酔いは防げる。
今回は森にいたのが短時間だったからか、僕は大丈夫だったけど……
「プラムは魔物だから、僕よりも魔力に敏感なのかな」
『プルル、ポヨン』
伝わってくる気持ちを読むと『よってはいないけど、ちょっとつかれちゃった』だって。
あ、ちなみに高濃度の魔素といえば迷宮だけど、迷宮は深くなるにつれ徐々に魔素が濃くなっていくので、浅層部から深層部にワープでもしない限り、魔力酔いの心配はないらしい。
◆ ◆ ◆
「モーリスさーん! キラキラポーション、これで最後です!」
「ええっ、もう!? 参ったな~」
冒険者ギルドの売店担当のモーリスさんは困った顔をして、『本日、残り一箱にて終了』の立て札を掲げた。
すると並んでいた冒険者からも「ええ~!?」という不満の声が上がった。
「一人一本だ! 作り手はロイ一人なんだから、数に限りがあるのは納得してくれ」
モーリスさんが言うその陰で、僕はカウンターの下に隠れ、モーリスさんに最後のポーションを渡す。
なぜこんなふうに隠れているかと言えば、僕が顔を出すと、たちの悪い冒険者に「もっと安くしろ」とか「もっと作れ!」と詰め寄られるからだ。
いつもなら、売り場にポーションを補充するのはプラムの役目。だけど今日はリディと一緒に採取へ出掛けたので、僕がこっそり代わりをしている。
プラムは腕(?)を何本も伸ばしてポーションを並べつつ、お客さんに手渡すこともできる。
売店で働くプラムは最初こそ驚かれていたけど、今やみんなにも、モーリスさんにも可愛がられていて、僕はちょっと嬉しい。
みんなにスライムの可愛さと、プラムの優秀さを分かってもらえたみたいだ。
「ロイ、残りあといくつだ?」
「二本だよ」
こそこそと小声でやり取りをして、最後の二本を手渡す。それと、この立て札も一緒にだ。
『キラキラポーション完売』。その札を売り場に置いた途端、売店にできていた列がサーッと引いた。
「ふぅ。今日はちょっと売り切れるのが早かったね」
「そうだな。まだ昼前だから、うるさい客が出そうだなあ」
僕の言葉にモーリスさんがぼやく。
子供じゃ舐められるからって、僕の代わりに面倒なお客さんに対応してくれてるんだよね。
申し訳ない……
「えっと、これ……モーリスさんにあげるね」
僕が個人的に持っていた栄養剤代わりのキラキラポーションだ。これで疲れも癒えるはず!
――僕が売り出したキラキラポーションは、毎日よく売れている。
値段は初級ポーションの二倍。初級ポーションよりは高価だけど、中級ポーションよりは安価。
効果も初級よりはもちろん高く、中級よりは控えめだ。
中級ポーションは駆け出し冒険者にとって、使うことを躊躇する値段だ。中堅冒険者にとっても、使う機会が多いせいで、手軽な値段とは言い難い。
だから僕のキラキラポーションは、無理をしがちな駆け出しにはちょうどいいお守りとして、中堅には無理なく使えるポーションとして重宝され始めている。よかった!
あと、飲んだ時にキラキラ光るところが面白がられているらしい。
「ロイ。今日はもう、キラキラポーションの追加はなしか? 夕方にはまた、明日のためにって買いに来る奴らがいると思うぞ?」
「うーん、でも材料がないから、今日はこれでおしまい。明日になればリディが薬草を持ってきてくれると思うけど……」
リディは毎日のように迷宮に潜り、僕に売る薬草を採取してきてくれている。
そうして採取した大量の素材は、孤児院に持ち込み、下処理をお願いしている。
これはリディの『名を上げて叔父さんに独り立ちを認めてもらう』という目的のため。
孤児院に依頼をすることは、孤児院だけでなく、巡り巡って街への貢献になるからね。
それを新人の青銅級冒険者の女の子がやったなら、きっと評判になるはずだ。
そして今日みたいにプラムがいない間の僕は、ギルドの売店を手伝ったり、キラキラポーションを作ったりしている。
でも一瞬で下拵えをしてくれるプラムがいないポーション作りは、少々時間がかかる。
キラキラポーションの売れ行きはいいし、出せば出すだけ売れるけど、僕が一度に作れる数には限りがあるので、どうしても数量限定での販売になってしまう。
キラキラポーションを買うために早くから並ぶ冒険者もいて、ギルドの売店は毎日大混雑だ。
僕も調合――というか、【製薬】スキルでポーションを作るのは楽しいんだけど……
この状況って、ちょっとどうなんだろう?
「ねえ、モーリスさん。キラキラポーション、少し売りすぎじゃないかなぁ? そろそろ欲しい人に行き渡ったんじゃない?」
あんまり売りすぎて値崩れするのも困る。
中級ポーションよりは安くて使いやすいっていうのは分かるけど、そこまで売れ行きが継続するとは思えない。
「いい加減、売れ行きも落ち着きそうな気がするんだけど……」
「そうでもねぇと思うぞ」
ひょっこり顔を出したのはギュスターヴさんだ。
「あ、お疲れさまです! ギュスターヴさん」
最近は忙しいみたいでよく執務室に籠もってるんだけど、様子を見にきてくれたのかな?
あとでギュスターヴさんにもキラキラポーションを作ってあげよう。
「ポーションの売れ行きはしばらく変わらねぇと思う。どうも最近、迷宮の様子が妙だからな。お前も西の崖のハズレで酔狂山羊に遭遇しただろ? 場にそぐわない強い魔物が出始めててな。キラキラポーションはかなり使われてるって話だ」
「そうなんだ……売れるのは嬉しいけど怖いなあ」
「お前もそろそろ迷宮に採取しに行きたいんだろ。ロイ」
「うん。せっかく冒険者になったんだもん! キラキラポーションの販売は少し控えめにして採取に行こうと思ってたんだけど、欲しい人が多いなら今まで通り作るのがいいかなぁ」
迷う。それにキラキラポーションは売れてるけど、まだ宿屋暮らしができるほどお金は貯まってない。部屋を借りるなら全然足りない。
一人で生活するにはお金が必要だって、身に染みていたところだ。
「あー……ギルド長。俺からお話ししたいことがありまして……」
モーリスさんがチラリと僕を見て、言いにくそうに口を開いた。
話によると、他の委託販売の売り主や、一部のお客さんから苦情が来ているらしい。
話題の商品に人気が偏って売り上げが落ちるのは仕方ないが、キラキラポーション目当ての人が多すぎて困っているという。
他のものを買いに来たお客さんが、、長い列にうんざりしているとか、お得意さんがギルド外の店に流れてるとか。
そんな苦情が来てたなんて僕、気付いてなかった……!
「それと……ギルド長の言うように売れ行きが変わらなそうなら、人を入れてもらわないと俺もしんどいです。ごめんな、ロイ」
「いえ! 僕こそごめんなさい……」
モーリスさんにはかなり負担を掛けてると僕も思う。ごはんを食べる暇さえないんだもん。
キラキラポーション、後でもう何十本もあげなきゃ……
「そのことは俺の耳にも入ってる。モーリスには何か見返りを用意すると約束しよう。で、キラキラポーションだが……冒険者ギルドに専用の売店を作らないか? どうだ? ロイ」
「えっ! 専用のって……僕のお店ってこと!?」
リディに『お店も持てそうね!』って前に言われたけど、まだまだ遠い夢だと思っていた。
屋台でお店を開けないか、ギュスターヴさんに相談してみようかなって考えていただけだったのに……ギルド内にお店を持てるの!?
「はは! 小さな売店だけどな。実はここ数日、その調整をしてたんだ」
そう言って見せてくれたのは、領主様に提出する書類。
ギュスターヴさんが忙しそうだったのって、これのせいだったんだ。
「ロイのキラキラポーションは、たぶん魔法薬師ギルドも把握している。だから先手を打って、領主様に『冒険者ギルド所属の新人が、こういう新ポーションを作りました。とても有効です。できれば国王陛下にもお話をしてください』っていう書類を出したいと思う。いいか? ロイ」
「い、いいけど……領主様だけじゃなくって国王陛下まで!? そんなに大ごとにしなくても……っていうか、ただのポーションだよ!?」
恐れ多すぎる! 領主様なんて見たことも会ったこともないし、国王陛下なんて、僕にとっては、雲の上の人だ。
「ただのポーションじゃないんだよなぁ」
「ただのポーションじゃねぇんだよ、ロイ」
大人二人が呆れた顔でそう言った。
まあ、確かに……ただのポーションは光らないけど……?
でもポーションはポーションでしょう? 王様に報告するほどのものじゃないと思う。
「新しい種類のポーションができて、しかもそれを作れるのは今のところロイだけ。さらにだ。十二年に一度、迷宮城が組み変わる『十二迷刻』がそろそろ巡ってくる。使い勝手のいいポーションってのは十分に大事だ」
「そうなんだ……」
「この書類は、ロイとキラキラポーションを守るためのものだ。あとでゆっくり読んで、いいと思ったらサインしてくれ。で、これはキラキラポーション専用の売店に関する書類。こっちも確認してくれ」
追加で渡されたのは、冒険者ギルドに売店を出す申請書だ。
売店の場所は、食堂とホールの間。ここなら列ができても、ホールに人を流せるからそれほど邪魔にはならない。
「ロイにサインさえもらえれば、明日からでも専用売店を開けるぞ。許可証はもう用意してあるし、売り場の設置もすぐできる」
「えっ! そんなにすぐに?」
「冒険者ギルド内だからな。俺の気分次第だ」
ニッと悪い顔でギュスターヴさんが笑う。
それはそうだ。だってギルド長なんだもん。
でも僕だけじゃなく、モーリスさんもギルドの他のみんなも、ギュスターヴさんが個人の気分でギルドを動かすことなんかないって知っている。
ギュスターヴさんが権力を使うのは、いつだって冒険者のため、迷宮都市のためだ。
「ギュスターヴさん、ペンを貸して。僕、どっちの書類もサインします! ギュスターヴさんが考えて作ってくれた書類なら信頼できるもん」
「お前なあ……信用しすぎだ。俺が金に目が眩んでたらどうするんだよ」
「ないでしょ? だってギュスターヴさんだもん」
そう言って僕が見上げたら、少し照れたような顔のギュスターヴさんが、僕の背中を掌で叩いた。
ふふっ! これは一人前に扱ってくれてる証だ。
……でも、照れ隠しなのか今日のはちょっと痛いぞ。
◆ ◆ ◆
「それじゃ、いってきます!」
書類にサインをして、僕はリュックを背負ってギルドを出た。
今日は採取依頼はしない。向かうのは『西の崖のハズレ』にある、あの塔の工房だから。
「今から行って帰って……ギリギリ日が落ちる頃には戻ってこられるかな?」
思いのほか早くキラキラポーションが売り切れちゃったから、午後の時間がぽっかり空いてしまった。
リディとプラムはまだ迷宮城で採取中だし、僕の手元にキラキラポーションの材料はないからポーション作りも無理。それなら、ずっと気になっていた永久薬草壁の様子を見に行っちゃおう! って、急いで準備をして出てきた。
「ベアトリスさんに借りた本もあるし、永久薬草壁の管理日誌もある。この二冊を見れば、たぶん今までよりいい手入れができると思うんだよね」
永久薬草壁は、徐々に元気をなくしてしまっている。
あんな素晴らしい古王国時代の魔道具を朽ちさせるわけにはいかない。早く対処しなきゃ。
「まあ、ベアトリスさんに塔を見せるのが一番なんだろうけど……」
『……僕がやってみたいことを試した後なら』って言ったのは僕だ。
ベアトリスさんも、それならってこの本を貸してくれたんじゃないか。
「国一番の錬金術師に助言までもらったんだもん。きっとできる」
そう呟いて、僕はベアトリスさんに借りたばかりの本を開き、ハズレへと続く街道を歩いた。
あ、真っ昼間の街道は安全だから、本を読みながらでも大丈夫なんだよ。
ラブリュスは大きな街で、街道には多くの馬車や人が行き交っているし、周囲の治安もいいんだ。
僕は街道を横に逸れ、ハズレへ向かう橋を渡る。さすがにこの辺りで本はしまった。
ハズレとはいえ、もう迷宮は目と鼻の先にある。油断はしちゃいけない。
「今日は強い魔物に出会わないことを祈ろう」
前回来た時には、迷宮城の中層部に出る魔物、酔狂山羊に遭遇してしまった。
あれは異常に魔素が濃くなっていた『坪庭の魔素溜まり』のせいで、どこからか湧いてきたか、誘い出されたのかだろう。
「魔素溜まりの濃度を下げる処理はしたって聞いたし、また酔狂山羊がいたとしても、前回酔狂山羊に出会った場所に近寄らなければ大丈夫」
人も魔物も、それぞれに適した魔素濃度というものがある。
たとえば酔狂山羊は、迷宮城の中層部くらいの魔素濃度の中でしか活動できない。
ハズレのような魔素濃度の低い迷宮では、魔素が足りなくて上手く動けない。
だから魔素溜まりに近付かなければ、ほぼ安全ということだ。
「――うん。いつも通りだね」
僕はそーっとハズレの中を覗き込み様子を窺った。人影も魔物の気配もない。
薄明るい、いつものハズレだ。僕は塔を目指し、ずんずんと進んでいった。
「あっ、彩野カブだ。『彩人参』も! 『彩豆』もある!」
豊作だあ! 僕はウキウキで採取用のスコップと鋏を取り出した。
彩野カブと彩人参はいつでもここで採取できるけど、彩豆は久しぶりに見た。
人差し指くらいの大きさのさやにプリプリの豆が詰まっていて美味しそう!
彩豆は名前の通り、色とりどりのさやで、茹でたり蒸したりして食べると甘くて美味しい。
皮が硬めな紫色の彩豆は煮込み料理に向いてるんだって。
「帰ったら簡易キッチンを借りてスープでも作ろうかな? あ、食堂が買い取り依頼出してるかも? ちょっと多めに採っていこ……ん? あっぶない、これ『爆裂豆』だ」
爆裂豆は彩豆とよく似た植物だ。毒はないけど、集めて衝撃を加えると爆発するので要注意。
さやの端から出てる、くるんとした蔓を取ってしまえば爆発しないけど。
「素材として使えるし、少し採っていこう。あ、『燃草』もある。あっ! 『毒燃草』も」
今日は本当に素材が豊富でびっくり。でも、見た目が似てる燃草と毒燃草が一緒に生えてるのは怖いなぁ。
燃草は焚付けとして重宝される、よく燃える無毒の草。毒燃草は、前にハズレで酔狂山羊に出会った時に、プラムが攻撃に使った毒草だ。燃草と取り違えて火を点けたら、大変なことになる。
触るのも危険なので、僕はポーチから防水布で作った袋を取り出し、袋に手を入れてそーっと採取した。
毒燃草と同じ火属性の爆裂豆は、素材を膨らませたい時や、料理でも使うことがある。
毒の成分や爆発する厄介な性質も使いようだ。
「いいえ。作ったのは私よぉ。精霊の力を借りて、錬金術で魔力が満ちた森を作り、彼らに住んでもらっているの。いい森でしょ? すぐに素材が採れるから、便利なのよぉ」
ベアトリスさんが「ふふふ!」と笑う。
やっぱり永久薬草壁と似ている。
「あの……たとえばですけど、この森の土をプランターに入れて持ち帰ったとして、素材を採取することはできますか?」
「うーん……どうかしらぁ。この森にかけた術をそのまま保持できたら、魔道具として利用することは可能なんじゃなぁい?」
「できるんだ……!」
「でもぉ、プランターと大地に根を張るのとでは、そもそもの魔力量が違うわぁ。だからこの森と同じような素材は採取できないと思うわよぉ?」
「そっか……魔力量……」
でも、逆に言えば、魔力量をこの森と同じくらいまで高められたら、同じ素材が採れる……?
僕はブルルと、肩に乗るプラムみたいに期待で震えた。
永久薬草壁はこの森と同じく、錬金術で作られたものだけど、大地から栄養素や魔力をもらっているわけでもない。
それなら、塔の永久薬草壁は切り取って持ってくることが……できる?
術を保持する方法も考えなきゃだけど、うーん……掛けられている術を保持って、どうすればいいんだろう?
「まぁまぁ。澄んだ瞳をキラキラ輝かせちゃって。何を企んでいるのかしらぁ? ぼくぅ」
屈んで目線を合わせたベアトリスさんが、ちょん、と僕の鼻をつつく。
わ、ベアトリスさんの金色の瞳が燦燦と輝いている。これは……怒らせた? 面白がってるだけ?
「言いなさい? いいお返事だったら、もう一つご褒美をあげるわぁ。ふふ」
ご褒美、欲しい! できれば『術を保持したまま、森の一部を切り取る方法』を教えてほしい!
きっと永久薬草壁にも応用できる!
「僕、ちょっと面白い魔道具を見つけたんです! それはこの森に似ていて、動かすのが難しいもので……」
「ふふ、だから『この森の土をプランターに入れて持ち帰ったとして~』なんて質問をしたのねぇ? ふぅん。森に似た魔道具ねぇ……興味あるわぁ」
ベアトリスさんは目を細め、珊瑚色の唇を三日月型にして言う。
「いいわ。術を維持したまま持ち帰る方法を教えてあげる。でも、よかったらその魔道具を見せてくれないかしらぁ? お姉さん、きっと役に立つわよぉ?」
「……見たいんですか?」
どうしよう。塔に連れていくのは迷う。うーん……まだ秘密にしておきたいし……
チラリとベアトリスさんの顔を窺う。
「それは恐らく迷宮――古王国の遺跡にあったものでしょお? 私は古王国時代の魔道具の研究をしてるの。この森も研究の一環よぉ」
古王国時代の魔道具の研究! えっ、じゃあ永久薬草壁のことを相談できる専門家……!
「お返事は? 見せてくれるのかしらぁ? ぼくぅ?」
「……僕がやってみたいことを試した後なら」
生意気なこと言っちゃったかな。
でも、もう少しだけ。あの素敵な工房を僕のものにしておきたい。
「それで構わないわぁ。そうねぇ……ぼくが存分にお試しできるよう、この本を貸してあげるわぁ。錬金術で魔道具を作る方法と、その管理について書かれた初心者向けの本よぉ」
ベアトリスさんが、積まれた書物の中から一冊の本を引っ張り出し、僕に手渡した。
恐る恐る開いてみると、中身は古文字だった。
文字が大きくて挿絵もある。なんだか孤児院で使ってた教科書みたいだ。
分かりやすそうでちょっとホッとした。
「ここの森なら、精霊の力を借りれば一部を切り取ることは簡単だけどお……迷宮の魔道具はどうかしらねぇ。仮説だけど、精霊の代わりに迷宮の魔力を拝借して、術を維持しているんじゃないかと思うのぉ。だからそれに代わるくらいの魔力で包めば、術を保持したまま切り取れるんじゃないかしらぁ?」
「大量の魔力が必要だ……」
僕の魔力で足りるかなあ? 思わず眉を寄せてしまう。
「迷宮の魔力といっても、その魔道具が迷宮から拝借しているうちの一部でいいのぉ。切り取った分の魔道具を生かす魔力量があればいいのよぉ」
「あ、そっか。それなら……」
大丈夫かもしれない。前世の記憶を思い出してから、だいぶ魔力が増えた感じがするし、やってみよう。
「ふふっ。本を読んでみて、どうしても分からなければ私に相談なさぁい。ぼくのキラキラポーションと引き換えで、手助けしてあげてもいいわよぉ?」
ベアトリスさんはクスクス笑う。
僕が黙り込んでしまったのを見て、自信がないと思ったみたいだ。
でも最初から『やってあげる』と言わないのがベアトリスさんっぽい。優しいけど厳しい。
僕のことを一人前として扱ってくれてるところが、ちょっとギュスターヴさんと似てるかも。
「本をありがとうございます! 僕、やってみます」
工房を出て森を抜け、城門をくぐったところで僕は駆け出した。
思ったよりのんびりしちゃったから、大急ぎでギルドに戻らなくっちゃ!
「ん? プラムどうしたの?」
肩の上のプラムが震えているような?
「疲れちゃった? あ、魔力酔いした!?」
魔力酔いとは、乗り物酔いのようなもの。気持ち悪くなったり、貧血のような症状が出たりする。
強い魔力を帯びた魔道具を使ったり、極端に魔素が濃い土地に入ったりした時に、魔力酔いをすることがある。これには個人差があるんだけどね。
ベアトリスさんの工房があった森は、急にそこだけ魔素濃度が上がっていた。
徐々に濃度が上がるなら酔うことは少ないけど、濃度の上昇が急だと体がびっくりしてしまうのだ。
高い山に登る時、高度順応をするように、少しずつ体を慣らすと魔力酔いは防げる。
今回は森にいたのが短時間だったからか、僕は大丈夫だったけど……
「プラムは魔物だから、僕よりも魔力に敏感なのかな」
『プルル、ポヨン』
伝わってくる気持ちを読むと『よってはいないけど、ちょっとつかれちゃった』だって。
あ、ちなみに高濃度の魔素といえば迷宮だけど、迷宮は深くなるにつれ徐々に魔素が濃くなっていくので、浅層部から深層部にワープでもしない限り、魔力酔いの心配はないらしい。
◆ ◆ ◆
「モーリスさーん! キラキラポーション、これで最後です!」
「ええっ、もう!? 参ったな~」
冒険者ギルドの売店担当のモーリスさんは困った顔をして、『本日、残り一箱にて終了』の立て札を掲げた。
すると並んでいた冒険者からも「ええ~!?」という不満の声が上がった。
「一人一本だ! 作り手はロイ一人なんだから、数に限りがあるのは納得してくれ」
モーリスさんが言うその陰で、僕はカウンターの下に隠れ、モーリスさんに最後のポーションを渡す。
なぜこんなふうに隠れているかと言えば、僕が顔を出すと、たちの悪い冒険者に「もっと安くしろ」とか「もっと作れ!」と詰め寄られるからだ。
いつもなら、売り場にポーションを補充するのはプラムの役目。だけど今日はリディと一緒に採取へ出掛けたので、僕がこっそり代わりをしている。
プラムは腕(?)を何本も伸ばしてポーションを並べつつ、お客さんに手渡すこともできる。
売店で働くプラムは最初こそ驚かれていたけど、今やみんなにも、モーリスさんにも可愛がられていて、僕はちょっと嬉しい。
みんなにスライムの可愛さと、プラムの優秀さを分かってもらえたみたいだ。
「ロイ、残りあといくつだ?」
「二本だよ」
こそこそと小声でやり取りをして、最後の二本を手渡す。それと、この立て札も一緒にだ。
『キラキラポーション完売』。その札を売り場に置いた途端、売店にできていた列がサーッと引いた。
「ふぅ。今日はちょっと売り切れるのが早かったね」
「そうだな。まだ昼前だから、うるさい客が出そうだなあ」
僕の言葉にモーリスさんがぼやく。
子供じゃ舐められるからって、僕の代わりに面倒なお客さんに対応してくれてるんだよね。
申し訳ない……
「えっと、これ……モーリスさんにあげるね」
僕が個人的に持っていた栄養剤代わりのキラキラポーションだ。これで疲れも癒えるはず!
――僕が売り出したキラキラポーションは、毎日よく売れている。
値段は初級ポーションの二倍。初級ポーションよりは高価だけど、中級ポーションよりは安価。
効果も初級よりはもちろん高く、中級よりは控えめだ。
中級ポーションは駆け出し冒険者にとって、使うことを躊躇する値段だ。中堅冒険者にとっても、使う機会が多いせいで、手軽な値段とは言い難い。
だから僕のキラキラポーションは、無理をしがちな駆け出しにはちょうどいいお守りとして、中堅には無理なく使えるポーションとして重宝され始めている。よかった!
あと、飲んだ時にキラキラ光るところが面白がられているらしい。
「ロイ。今日はもう、キラキラポーションの追加はなしか? 夕方にはまた、明日のためにって買いに来る奴らがいると思うぞ?」
「うーん、でも材料がないから、今日はこれでおしまい。明日になればリディが薬草を持ってきてくれると思うけど……」
リディは毎日のように迷宮に潜り、僕に売る薬草を採取してきてくれている。
そうして採取した大量の素材は、孤児院に持ち込み、下処理をお願いしている。
これはリディの『名を上げて叔父さんに独り立ちを認めてもらう』という目的のため。
孤児院に依頼をすることは、孤児院だけでなく、巡り巡って街への貢献になるからね。
それを新人の青銅級冒険者の女の子がやったなら、きっと評判になるはずだ。
そして今日みたいにプラムがいない間の僕は、ギルドの売店を手伝ったり、キラキラポーションを作ったりしている。
でも一瞬で下拵えをしてくれるプラムがいないポーション作りは、少々時間がかかる。
キラキラポーションの売れ行きはいいし、出せば出すだけ売れるけど、僕が一度に作れる数には限りがあるので、どうしても数量限定での販売になってしまう。
キラキラポーションを買うために早くから並ぶ冒険者もいて、ギルドの売店は毎日大混雑だ。
僕も調合――というか、【製薬】スキルでポーションを作るのは楽しいんだけど……
この状況って、ちょっとどうなんだろう?
「ねえ、モーリスさん。キラキラポーション、少し売りすぎじゃないかなぁ? そろそろ欲しい人に行き渡ったんじゃない?」
あんまり売りすぎて値崩れするのも困る。
中級ポーションよりは安くて使いやすいっていうのは分かるけど、そこまで売れ行きが継続するとは思えない。
「いい加減、売れ行きも落ち着きそうな気がするんだけど……」
「そうでもねぇと思うぞ」
ひょっこり顔を出したのはギュスターヴさんだ。
「あ、お疲れさまです! ギュスターヴさん」
最近は忙しいみたいでよく執務室に籠もってるんだけど、様子を見にきてくれたのかな?
あとでギュスターヴさんにもキラキラポーションを作ってあげよう。
「ポーションの売れ行きはしばらく変わらねぇと思う。どうも最近、迷宮の様子が妙だからな。お前も西の崖のハズレで酔狂山羊に遭遇しただろ? 場にそぐわない強い魔物が出始めててな。キラキラポーションはかなり使われてるって話だ」
「そうなんだ……売れるのは嬉しいけど怖いなあ」
「お前もそろそろ迷宮に採取しに行きたいんだろ。ロイ」
「うん。せっかく冒険者になったんだもん! キラキラポーションの販売は少し控えめにして採取に行こうと思ってたんだけど、欲しい人が多いなら今まで通り作るのがいいかなぁ」
迷う。それにキラキラポーションは売れてるけど、まだ宿屋暮らしができるほどお金は貯まってない。部屋を借りるなら全然足りない。
一人で生活するにはお金が必要だって、身に染みていたところだ。
「あー……ギルド長。俺からお話ししたいことがありまして……」
モーリスさんがチラリと僕を見て、言いにくそうに口を開いた。
話によると、他の委託販売の売り主や、一部のお客さんから苦情が来ているらしい。
話題の商品に人気が偏って売り上げが落ちるのは仕方ないが、キラキラポーション目当ての人が多すぎて困っているという。
他のものを買いに来たお客さんが、、長い列にうんざりしているとか、お得意さんがギルド外の店に流れてるとか。
そんな苦情が来てたなんて僕、気付いてなかった……!
「それと……ギルド長の言うように売れ行きが変わらなそうなら、人を入れてもらわないと俺もしんどいです。ごめんな、ロイ」
「いえ! 僕こそごめんなさい……」
モーリスさんにはかなり負担を掛けてると僕も思う。ごはんを食べる暇さえないんだもん。
キラキラポーション、後でもう何十本もあげなきゃ……
「そのことは俺の耳にも入ってる。モーリスには何か見返りを用意すると約束しよう。で、キラキラポーションだが……冒険者ギルドに専用の売店を作らないか? どうだ? ロイ」
「えっ! 専用のって……僕のお店ってこと!?」
リディに『お店も持てそうね!』って前に言われたけど、まだまだ遠い夢だと思っていた。
屋台でお店を開けないか、ギュスターヴさんに相談してみようかなって考えていただけだったのに……ギルド内にお店を持てるの!?
「はは! 小さな売店だけどな。実はここ数日、その調整をしてたんだ」
そう言って見せてくれたのは、領主様に提出する書類。
ギュスターヴさんが忙しそうだったのって、これのせいだったんだ。
「ロイのキラキラポーションは、たぶん魔法薬師ギルドも把握している。だから先手を打って、領主様に『冒険者ギルド所属の新人が、こういう新ポーションを作りました。とても有効です。できれば国王陛下にもお話をしてください』っていう書類を出したいと思う。いいか? ロイ」
「い、いいけど……領主様だけじゃなくって国王陛下まで!? そんなに大ごとにしなくても……っていうか、ただのポーションだよ!?」
恐れ多すぎる! 領主様なんて見たことも会ったこともないし、国王陛下なんて、僕にとっては、雲の上の人だ。
「ただのポーションじゃないんだよなぁ」
「ただのポーションじゃねぇんだよ、ロイ」
大人二人が呆れた顔でそう言った。
まあ、確かに……ただのポーションは光らないけど……?
でもポーションはポーションでしょう? 王様に報告するほどのものじゃないと思う。
「新しい種類のポーションができて、しかもそれを作れるのは今のところロイだけ。さらにだ。十二年に一度、迷宮城が組み変わる『十二迷刻』がそろそろ巡ってくる。使い勝手のいいポーションってのは十分に大事だ」
「そうなんだ……」
「この書類は、ロイとキラキラポーションを守るためのものだ。あとでゆっくり読んで、いいと思ったらサインしてくれ。で、これはキラキラポーション専用の売店に関する書類。こっちも確認してくれ」
追加で渡されたのは、冒険者ギルドに売店を出す申請書だ。
売店の場所は、食堂とホールの間。ここなら列ができても、ホールに人を流せるからそれほど邪魔にはならない。
「ロイにサインさえもらえれば、明日からでも専用売店を開けるぞ。許可証はもう用意してあるし、売り場の設置もすぐできる」
「えっ! そんなにすぐに?」
「冒険者ギルド内だからな。俺の気分次第だ」
ニッと悪い顔でギュスターヴさんが笑う。
それはそうだ。だってギルド長なんだもん。
でも僕だけじゃなく、モーリスさんもギルドの他のみんなも、ギュスターヴさんが個人の気分でギルドを動かすことなんかないって知っている。
ギュスターヴさんが権力を使うのは、いつだって冒険者のため、迷宮都市のためだ。
「ギュスターヴさん、ペンを貸して。僕、どっちの書類もサインします! ギュスターヴさんが考えて作ってくれた書類なら信頼できるもん」
「お前なあ……信用しすぎだ。俺が金に目が眩んでたらどうするんだよ」
「ないでしょ? だってギュスターヴさんだもん」
そう言って僕が見上げたら、少し照れたような顔のギュスターヴさんが、僕の背中を掌で叩いた。
ふふっ! これは一人前に扱ってくれてる証だ。
……でも、照れ隠しなのか今日のはちょっと痛いぞ。
◆ ◆ ◆
「それじゃ、いってきます!」
書類にサインをして、僕はリュックを背負ってギルドを出た。
今日は採取依頼はしない。向かうのは『西の崖のハズレ』にある、あの塔の工房だから。
「今から行って帰って……ギリギリ日が落ちる頃には戻ってこられるかな?」
思いのほか早くキラキラポーションが売り切れちゃったから、午後の時間がぽっかり空いてしまった。
リディとプラムはまだ迷宮城で採取中だし、僕の手元にキラキラポーションの材料はないからポーション作りも無理。それなら、ずっと気になっていた永久薬草壁の様子を見に行っちゃおう! って、急いで準備をして出てきた。
「ベアトリスさんに借りた本もあるし、永久薬草壁の管理日誌もある。この二冊を見れば、たぶん今までよりいい手入れができると思うんだよね」
永久薬草壁は、徐々に元気をなくしてしまっている。
あんな素晴らしい古王国時代の魔道具を朽ちさせるわけにはいかない。早く対処しなきゃ。
「まあ、ベアトリスさんに塔を見せるのが一番なんだろうけど……」
『……僕がやってみたいことを試した後なら』って言ったのは僕だ。
ベアトリスさんも、それならってこの本を貸してくれたんじゃないか。
「国一番の錬金術師に助言までもらったんだもん。きっとできる」
そう呟いて、僕はベアトリスさんに借りたばかりの本を開き、ハズレへと続く街道を歩いた。
あ、真っ昼間の街道は安全だから、本を読みながらでも大丈夫なんだよ。
ラブリュスは大きな街で、街道には多くの馬車や人が行き交っているし、周囲の治安もいいんだ。
僕は街道を横に逸れ、ハズレへ向かう橋を渡る。さすがにこの辺りで本はしまった。
ハズレとはいえ、もう迷宮は目と鼻の先にある。油断はしちゃいけない。
「今日は強い魔物に出会わないことを祈ろう」
前回来た時には、迷宮城の中層部に出る魔物、酔狂山羊に遭遇してしまった。
あれは異常に魔素が濃くなっていた『坪庭の魔素溜まり』のせいで、どこからか湧いてきたか、誘い出されたのかだろう。
「魔素溜まりの濃度を下げる処理はしたって聞いたし、また酔狂山羊がいたとしても、前回酔狂山羊に出会った場所に近寄らなければ大丈夫」
人も魔物も、それぞれに適した魔素濃度というものがある。
たとえば酔狂山羊は、迷宮城の中層部くらいの魔素濃度の中でしか活動できない。
ハズレのような魔素濃度の低い迷宮では、魔素が足りなくて上手く動けない。
だから魔素溜まりに近付かなければ、ほぼ安全ということだ。
「――うん。いつも通りだね」
僕はそーっとハズレの中を覗き込み様子を窺った。人影も魔物の気配もない。
薄明るい、いつものハズレだ。僕は塔を目指し、ずんずんと進んでいった。
「あっ、彩野カブだ。『彩人参』も! 『彩豆』もある!」
豊作だあ! 僕はウキウキで採取用のスコップと鋏を取り出した。
彩野カブと彩人参はいつでもここで採取できるけど、彩豆は久しぶりに見た。
人差し指くらいの大きさのさやにプリプリの豆が詰まっていて美味しそう!
彩豆は名前の通り、色とりどりのさやで、茹でたり蒸したりして食べると甘くて美味しい。
皮が硬めな紫色の彩豆は煮込み料理に向いてるんだって。
「帰ったら簡易キッチンを借りてスープでも作ろうかな? あ、食堂が買い取り依頼出してるかも? ちょっと多めに採っていこ……ん? あっぶない、これ『爆裂豆』だ」
爆裂豆は彩豆とよく似た植物だ。毒はないけど、集めて衝撃を加えると爆発するので要注意。
さやの端から出てる、くるんとした蔓を取ってしまえば爆発しないけど。
「素材として使えるし、少し採っていこう。あ、『燃草』もある。あっ! 『毒燃草』も」
今日は本当に素材が豊富でびっくり。でも、見た目が似てる燃草と毒燃草が一緒に生えてるのは怖いなぁ。
燃草は焚付けとして重宝される、よく燃える無毒の草。毒燃草は、前にハズレで酔狂山羊に出会った時に、プラムが攻撃に使った毒草だ。燃草と取り違えて火を点けたら、大変なことになる。
触るのも危険なので、僕はポーチから防水布で作った袋を取り出し、袋に手を入れてそーっと採取した。
毒燃草と同じ火属性の爆裂豆は、素材を膨らませたい時や、料理でも使うことがある。
毒の成分や爆発する厄介な性質も使いようだ。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中