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3巻
3-3
「うふふ。言わないわぁ」
「……えっ」
ベアトリスは、またもや驚いて目を瞬かせるリディを見て笑う。
「叔父さんには言わない。あなたもよく考えたのでしょうし、あの侍女が協力しているなら私が口を挟むことではないわぁ。私はこれまで通りよぉ。あなたもそうしてくれればいいわぁ。でも、一つだけ言ってもいいかしらぁ」
リディは頷く。
その正直で子供らしい表情に、ベアトリスは頬を緩めた。
長く生きていると、正直さや素直な心根ほど美しいものはないと思ってしまう。
「お母様とは今もお友達だと思っているの。たとえ十二年間、眠りについていても変わらないわぁ。もちろん、お父様のこともよ」
「ベアトリスさん……」
じわり、とリディの瞳に涙が滲んだ。
「やぁだ、当たり前でしょう? なかなか会いに来られなくて、いつの間にか小さかった子が冒険者になるくらいの時が流れていたけど、友人のことは忘れないわぁ」
「……ベアトリスさん。最近、父や母に会いましたか?」
そう尋ね、見つめるリディの顔を見て、ベアトリスは僅かに首を傾げた。
言葉に何か引っかかるものを感じる。
「ええ。今回街に来た時に会ったわぁ。彼女たちに会うことも目的だったんだものぉ。でも……何かあったのかしら?」
リディはゆっくりと頷く。
「数日前から、両親の眠りが深くなりすぎているそうなんです」
それは深刻だ。眠りというものは馬鹿にできない。
あまりにも深く眠ってしまえば、人間は呼吸まで止めてしまうことがある。
そうなったら、いくら長命なエルフであるリディの母もそこまでだ。
「もしかしたら、本当はもっと前からそうだったのかもしれません」
「どうしてそう思うのかしらぁ」
「……アルベールお兄様が、ずっと迷宮城にこもっているからです」
リディの声が震えている。
アルベールは領主である迷宮伯の次男で、リディとはいとこにあたる、イグニスというラブリュス一の冒険者クランのリーダーだ。
「十二迷刻前だから、鍛錬を厳しくしているのかもよぉ? あの子ったら、リディちゃんの両親を目覚めさせたくて、迷宮探索をしてるんだものねぇ……なるほどね。ちょっと必死すぎるって思ったのねぇ?」
リディは頷く。
リディは堪えた涙が目からこぼれ落ちてしまいそうだった。
それに赤くなった耳や鼻が痛々しい。
ベアトリスは席を立つと、そっとリディを抱きしめた。
「大丈夫。お母様は諦めが悪くてしぶといのよぉ? お父様も同じ。とにかくしつこいのよ、あの子ぉ」
ベアトリスの腕の中でリディが頷く。何度も、何度もだ。
「ベアトリスさん……私、両親を昏睡状態にした十二迷刻が嫌いです。迷宮なんか嫌い」
「そうねぇ。私も煩わしく思うわぁ」
だが、そう思っていながらリディは迷宮に潜っている。
名を上げるという目的のためと、もしかしたら……
(この子、十二迷刻の謎を解こうとしているんじゃない? だったらアルベールくんに協力を願えばいいのにぃ)
ベアトリスはそう思ったが、すぐに思い直す。
リディが駆け出しの冒険者をしていることがバレてしまえば、今よりも厳重に離れに閉じ込められてしまう。
リディは、叔父が口出しできないくらい名を上げるまでは、内緒で冒険者としての経験を積むつもりなのだ。
(でも、アルベールくんはいい加減、リディちゃんに気付きそうよねぇ……?)
眠りが深すぎるというリディの母親たちにもう一度会いに行ってみよう。
ベアトリスは明るい金の髪を撫でながら、難儀な友人一家のことを思った。
(だけど、国一番の錬金術師と呼ばれていても、友人夫婦を目覚めさせることすらできないのよねぇ。情けないわぁ)
ベアトリスは変わったスキルを持つ弟子のような才能が、自分にもあればと思ってしまう。
願った薬を作ることができればいいのにと――
◆ ◆ ◆
「ただいまー」
『プルルン!』
僕とプラムは回収した使用済みポーション瓶を抱え、帰宅した。
ちなみに僕は木箱を一つ抱え、プラムは三箱を頭(?)に乗っけて歩いてきた。小さいのに力持ちで羨ましい……!
「おかえりにゃ~! あにょね、リディが素材持ってきてくれたにゃよ! あとベアトおねーさん来てるにゃ」
「えっ、ベアトリスさんも?」
『ブルルッ』
プラムがベアトリスさんの名前にちょっと動揺して小刻みに揺れている。
大丈夫だよ、怖くない。
「んにゃ? プラムにゃんでブルブルしてるにゃ? くふふ! ククルルも真似っこするにゃ」
なぜかククルルくんまでブルブル揺れ出した。だけどいつの間にかお尻をふりふりする踊りに変わってる。可愛いけど、なんで?
「ねえ、ククルルくん。リディとベアトリスさんはどこ?」
「おかえりロイ。ふたりはあっち。おみせのおうせつしつだよ」
「ロペル! ありがとう」
お留守番を頼んでいたロペルは僕の姿に変化している。
リディやベアトリスさんが来たのなら、ロペルが二人と話せる僕の姿をしていてよかった 。
僕は木箱を工房に置くと、大急ぎで二人が待つ応接室へ走った。
後ろからはまだ踊っているククルルくんとプラム、不思議そうな顔で見つめるロペルもついてきている。
「リディ、ベアトリスさんお待たせしました! わ! 素材がたくさん!」
飛び込んだ応接室には、リディが持ってきてくれた処理済みの素材が積まれていた。
チラッと覗いてみると、『日輪草』には大きくてまん丸の蕾がついてるし、『黄金リコリス』は随分立派。それに『兎花』からはとってもいい匂いが漂ってくる。
「わぁ、質の高いものばかりだね! 深いとこまで潜ったの? リディ」
「ううん、ロイに早く素材を届けなきゃって思ってたから、浅層部の採取地よ」
「にゃにゃ、すっごくいい匂いにゃね! 魔力の匂いもするにゃ」
ククルルくんが尻尾をピンと立て、クンクンと鼻を動かす。
「魔力の匂い……?」
「そんなのするの……?」
リディは魔力を感じることはできるが、匂いと言われて僕と一緒に首を傾げた。
プラムとロペルも『いいにおい』「こいにおい」と頷いているので、三人(?)には分かるのだろう。
プラムとロペルは魔物だし、ケットシーは妖精……魔物に近いから分かるのかなぁ?
面白い。いい素材の在処が匂いで分かったら、採取の時すごく役に立ちそうだ。
「あの、ベアトリスさんも匂い分かったりします……?」
「分からないわぁ。魔人は魔物より人に近い種族なの。エルフと近いかもしれないわぁ。さ、早く素材の取り引きをしちゃって? 今日はお店の運営について話しにきたのよぉ」
僕は頷き、リディが持ってきてくれた薬草を検分する。
これはいつも通りだからすぐに終わる。
だけど今日の素材はとっても品質がいいから、感謝でちょっと報酬を多めに渡した。
友達だけどお互い仕事だから、感謝は言葉だけじゃなく、目に見える対価でちゃんと支払わないとね!
そして次! お待ちかねのお店の話だ!
「ベアトリスさん。僕、できるだけ早くお店を始めたいです!」
そわそわ浮き立つ気持ちは隠せない。
だって、商品さえ揃えばすぐにでもお店を開けるんだもん!
「うふふ。そうね。でもぉ、最初からたくさんの商品を扱うのは無理があるわぁ。薬師はぼく一人。お店の従業員はこの子たちだけよねぇ? 知ってるかもしれないけど、お店って意外と忙しいのよぉ?」
ベアトリスさんはお店について話し始める。
お店は商品を並べて売るだけではない。
薬を作ったり、素材や在庫商品の管理をしたりする裏方仕事がある。薬師には付きものの、標準瓶の回収と管理もある。
それらをこなした上で薬は店に並ぶのだ。
さらに接客があり、薬の説明もする。店を閉めたら片付けと掃除、売上の管理。帳簿付けもしなければならない。作業は膨大だ。
だからこそ薬師も含め、職人たちはお店の経営でつまずく人も多いという。
素材の確保、管理、商品の作成。それらは好きなことなのでキッチリできるが、お店をやるには別の能力も必要だ。
「ぼくは接客も得意よね。計算も問題ないわぁ。薬師としての部分も大丈夫そう……だからこそ心配だわぁ。しばらく私が通おうかしらぁ」
ベアトリスさんが毎日来てくれたら、それは嬉しいけど……
「あの、どうして心配なんですか? 売店の経験もあるし、ベアトリスさんから見て、僕が上手くできてたなら大丈夫かなって……」
「やあねぇ、だからこそよ。なんでもできる! って調子に乗りそうで怖いわぁ。それで無理を重ねて体を壊したり、寝不足のまま迷宮に行ってやられたり、おかしな輩に騙されて借金を背負ったり……いろいろ心配なのよ」
「え、僕ってそんなに危なっかしいですか?」
みんなどう思う? と視線を送る。
ククルルくんは……いつの間にかベアトリスさんの膝枕で寝てるなぁ。
『プルル、プルン』
大きく頷くプラムは『がんばりすぎそう』、ロペルは真顔で「だまされそうでしんぱい。ロイはいいひとすぎる」と言う。
「ロイは売店だって無理してるでしょう? 欲しがるお客さんがいるからって、毎日遅くまでポーションを作っていて、私もちょっと心配」
「でもそれは……稼げる時に稼いでおかないとって思って……」
さすがリディには筒抜けだ。だって僕が作る大量のキラキラポーションの素材は、ほとんどリディが持ち込んだものだからね。
お願いする量をどんどん増やしていたから、僕もリディに無理させていないか心配してたんだけど……お互い様だったみたいだ。
「あらあらぁ。ぼくの危うさがさらに分かったわぁ」
ベアトリスさんは眉尻を下げ、苦笑する。
「師匠として助言するわぁ。まずは今の売店と同じく、キラキラポーション専門店にするのがいいと思うの。それに、ぼくの薬を欲しがる人ってキラキラポーションが欲しい人よねぇ?」
確かにそうだ。僕の薬師としての評判は、普通のポーションとはちょっと違うキラキラポーションを作れるってことだ。
他の薬は売店で扱ってないから、ベアトリスさんが言っていることは当然だけど、でも――
「僕、いろいろな薬も作ってみたいです……!」
そして綺麗になったお店の棚にずらりと並べたい! だって、夢の開店だ!
ラベルとか製作者のタグとか、僕オリジナルのものを作りたいし、お客さんから注文を受けて、その人に合う薬を作ることもしたい。
そんなふうに思っていたら、肩の上で話を聞いていたプラムがニュッと手(?)を伸ばし、僕のおでこをペチリと叩いた。
「あいてっ」
にゅるんと体を傾け、『もう、むちゃなことかんがえてるでしょ?』とそんな声が聞こえてきた。
「う……で、でも無茶ではないよ……? いいお店にしたいなって思っただけで……」
しどろもどろになっていると、僕とプラムの会話は分からないが、大体想像がついたのだろう。
ベアトリスさんは苦笑し、リディはくすくすと笑う。
「ねえ、ロイ。いいお店にしたいなら、まずは今のお客さんを大切にしたら? 今ね、私たちが西の崖のハズレで酔狂山羊に遭遇したように、階層にそぐわない魔物がちらほら出てるの。だから皆、保険としてキラキラポーションを持っておきたいと思ってるのよ。できれば一つじゃなくて余分にね」
「ああ。だから今日は完売が早かったんだ」
それなら最終日の明日は、予想以上にお客さんが来るかもしれない。
「どうしよ、素材足りるかなぁ……」
明日、売店に並べるキラキラポーションのことを考え、思わず言葉が漏れてしまった。
「ふふっ」
「うふふ」
リディとベアトリスさんが揃って笑った。
「え? あの、僕おかしなことを言いました……?」
「いいえ。それでいいのよぉ」
ベアトリスさんは僕の手を取ると、そっと両手で包んだ。
「ぼくはまず、小さなこの手でできることをすべきよ。優秀な薬師であり、敏腕経営者になりたいのなら、一歩ずつ進んでいくことをお勧めするわぁ」
「あ……」
プラムもロペルも頷いている。
そっか。僕、夢だったお店ができたから、どんどん想像を膨らませちゃって、自分にできる以上のことをやりたい、やるんだ! って意気込みすぎてた……のかな?
じわりと頬が熱くなる。
やっと青銅級冒険者になったところなのに、いろいろな薬を作って棚一杯に並べたいだなんて、何を考えていたんだろう。浮かれてた。
「うふふ。いろいろやりたいって思うのもいいことよぉ。やる気は上達に繋がるものぉ」
ベアトリスさんはそう言って笑った。
そして、ベアトリスさんと話した結果、お店はなるべく早く開店させることに決まった。
まずはプレオープンとして、キラキラポーションだけを売る。
「でも売り物が一種類だけは寂しいわぁ。このベアトリスの弟子のお店だっていうのにがっかりでしょ? せっかくの錬金薬師のお店だしぃ」
それはそうだ。僕がベアトリスさんの弟子になったことも、錬金薬師と名乗って看板にまでしていることも街のみんなが知っている。
僕の周辺が何かと騒がしかった――バスチア魔法薬店が潰れたり、若旦那さんに襲われたりしたのと、ベアトリスさんが目立つ存在であることから、僕もお店もちょっと注目されてるらしい。
「こうしましょうかぁ。グランドオープンまでにもう一種類、新しいキラキラポーションを作りましょ? そうねぇ……これまでのキラキラポーションを初級としたら、中級くらいの、一段階強力なポーションがいいかもしれないわねぇ」
新しいキラキラポーション!
「あの、それって塔で見つけたノート……古王国ポーションのレシピを参考にしてみてもいいですか!?」
「ええ。もちろんいいわぁ。だってここは錬金薬師のお店だものぉ。当然よぉ?」
ベアトリスさんが笑う。
「プレオープン期間、店番はロペルにお願いするのがいいかしらねぇ? ああ、この子猫ちゃんもやりたがるかもしれないわぁ。お店屋さんになりたがっていたから」
「はい」
ククルルくん、お店屋さんをやりたいってベアトリスさんにも話してたんだ。ロペルも一緒なら安心かな?
「ぼくおみせばんできる。ククルルもきっとだいじょうぶ」
そう言うロペルに僕は頷く。
で、ククルルくんはというと――
「くぷー……くぷぷぷぅ……」
ククルルくんからの返事は可愛い寝息だ。
みんなからクスクスと笑いが零れ、プラムはククルルくんの丸い頭を撫でる。
ククルルくんもお店番、頑張ってくれるといいんだけど!
「ベアトリスさん。僕、錬金薬師の看板を偽りなしにしたいです! その……もっと勉強をしたいです! よろしくお願いします、し、師匠!」
また頬が熱くなってしまった。
師匠って呼べる人がいるのは嬉しいけど、でも慣れなくてちょっと恥ずかしい。
「ふふっ! こちらこそ。久しぶりの弟子は可愛いわぁ。そうねぇ……じゃあ、まずは錬金薬師流の迷宮の歩き方と採取から学びましょう? 新商品のレシピ作りは、たっぷり素材採取をしてきてからのお楽しみよぉ」
ベアトリスさんは珊瑚色の唇をにんまり三日月の形にして言った。
「よし。明日は売店最終日! プラム、ロペル。リディが持ってきてくれた素材を片っ端からキラキラポーションにするよ!」
『プルルル!』
『ぽよん!』
プラムと、スライムの姿に戻ったロペルは、素材の山を前にぴょーんと飛び上がる。
プラムは素材の下拵えを手伝い、ロペルはできた薬玉を瓶に詰める。
ロペルがスライムに戻ったのはこのためだ。
手(?)がたくさんあったほうが、一気にたくさん詰められるし、箱にもしまえるからね!
「にゃっ、そんじゃククルルはお使いにいってくるにゃ~! 美味しいごはん買ってくるにゃよ~!」
ククルルくんは夕食と夜食の買い出しだ。
飽きっぽく興味のないことが苦手なククルルくんに、単純作業のポーション作りは辛い。
それにククルルくんの肩掛け鞄は、空間魔法で加工された、たくさん物が入る収納バッグだ。
どれだけ買っても、持ち帰りに困る心配がない。
だから食いしん坊なククルルくんに「みんなで食べれる美味しいごはんを買ってきてくれる?」とお願いした。
朝のスープは残ってるけど、他に何か作ったり、買ってきたりする余裕が僕にはない。
それなら得意な子に頼めばいい!
「よろしくね! ククルルくん」
「はいにゃ~!」
トッタタ、トッタタ。踊るような足取りで尻尾をぶんぶん振りつつ、ククルルくんはいつものように扉をバーン! と開けて、飛び出していった。
「どうしていつもバーン! って開けるんだろうね……」
『さあ?』
『さあね?』
プラムとロペルも大きく首(?)を傾けて、ククルルくんを見送った。
◆ ◆ ◆
――そして翌日。
作っては瓶に詰め、作っては瓶に詰めを夜通し繰り返した僕らがヨロヨロ工房を出ると、ククルルくんが待っていた。
「みんにゃ、食べるといいにゃ!」
「え……? ククルルくん、もう起きてたの? え? なんかいい匂いがしてる」
これはスープの匂い。それに焼きたてパンと……
「えっへんにゃ。ククルルぜーったい朝ごはんも必要にゃと思ったから買ってきたのにゃ!」
手(?)を引っ張られ、食卓まで連れていかれたプラムとロペルが『ポヨッポヨ!』『ぽよっぽよ!』と嬉しそうに飛び跳ねる。
そこには温められたスープと焼きたてパン、キッシュ、それに昨日、焼きすぎて保管庫に入れたソーセージもお皿に載っている。
「ククルルくん、ありがとう~!」
僕らはたらふく朝ごはんを食べ、キラキラポーションを飲んで寝不足をごまかすと、山のような木箱を担いで店を出た。
木箱の中身はもちろんキラキラポーションだ。
プラムが三箱、ロペルが六箱、僕が一箱持つ。
これだけあれば夜まで売り切れないぞ!
あ、寝ぼけ眼のククルルくんは今日もお留守番。
今日はロペルがいないけど、たぶんずっと寝ているだろうから心配はないかな?
好きなだけ寝て、気が向いたら売店の様子を見にきてくれたらいい。
この日。僕の売店は予想通りの大混雑だった。
明日からは薬師通りの『錬金薬師ロイの店』をプレオープンすると知らせたけど、今日買っておきたいという冒険者は多かった。
だけど、準備したキラキラポーションは夜までもった。それどころか、少し余ったのだ。
絶対に品切れにしない!
そう思って徹夜で作り続けた甲斐があった。
そうそう。でも一つだけ予想外のことがあった。
見慣れない顔の冒険者や、商人のお客さんがなんだか多かったんだ。
「キラキラポーションの評判が近くの街にも広がってるのかな……?」
わざわざ買いに来てくれたのか、十二迷刻が近付き異変が起こり始めた迷宮城を目当てに、ラブリュスに人が集まっているせいなのか。僕にはまだ分からない。
でもリディが言うように、キラキラポーションの需要は高まっている。
これからもっとたくさん作りたいけど……僕一人じゃ無理だなぁ。素材の下拵えができるお手伝いさんがいたら助かるんだけど……
「うぅーん」
そう唸ったところで、僕は昨日のベアトリスさんの言葉を思い出した。
「ぼくはまず、小さなこの手でできることをすべきよ。優秀な薬師であり、敏腕経営者になりたいのなら、一歩ずつ進んでいくことをお勧めするわぁ」
「そうだった」
小さく呟く。
ついつい欲張りたくなってしまうけど、まずは一歩ずつだ。
ふぅ、とこっそり息を吐いたところで、不意に肩をポンと叩かれた。ロペルだ。
『ロイ。あっちもかたづいた』
『ビョンビョン!』
プラムが空箱を頭(?)の上に積み上げ、手招きしている。『はやくかえろう! おなかすいたよ』と言ってるみたいだ。
「……そうだね。ククルルくんも待ってるし、美味しいごはんを買って早く帰ろう」
僕はロペルとプラムの手(?)を引いて冒険者ギルドをあとにした。
うん。欲張らないで、まずは僕の手が届く範囲で頑張ろう!
「……えっ」
ベアトリスは、またもや驚いて目を瞬かせるリディを見て笑う。
「叔父さんには言わない。あなたもよく考えたのでしょうし、あの侍女が協力しているなら私が口を挟むことではないわぁ。私はこれまで通りよぉ。あなたもそうしてくれればいいわぁ。でも、一つだけ言ってもいいかしらぁ」
リディは頷く。
その正直で子供らしい表情に、ベアトリスは頬を緩めた。
長く生きていると、正直さや素直な心根ほど美しいものはないと思ってしまう。
「お母様とは今もお友達だと思っているの。たとえ十二年間、眠りについていても変わらないわぁ。もちろん、お父様のこともよ」
「ベアトリスさん……」
じわり、とリディの瞳に涙が滲んだ。
「やぁだ、当たり前でしょう? なかなか会いに来られなくて、いつの間にか小さかった子が冒険者になるくらいの時が流れていたけど、友人のことは忘れないわぁ」
「……ベアトリスさん。最近、父や母に会いましたか?」
そう尋ね、見つめるリディの顔を見て、ベアトリスは僅かに首を傾げた。
言葉に何か引っかかるものを感じる。
「ええ。今回街に来た時に会ったわぁ。彼女たちに会うことも目的だったんだものぉ。でも……何かあったのかしら?」
リディはゆっくりと頷く。
「数日前から、両親の眠りが深くなりすぎているそうなんです」
それは深刻だ。眠りというものは馬鹿にできない。
あまりにも深く眠ってしまえば、人間は呼吸まで止めてしまうことがある。
そうなったら、いくら長命なエルフであるリディの母もそこまでだ。
「もしかしたら、本当はもっと前からそうだったのかもしれません」
「どうしてそう思うのかしらぁ」
「……アルベールお兄様が、ずっと迷宮城にこもっているからです」
リディの声が震えている。
アルベールは領主である迷宮伯の次男で、リディとはいとこにあたる、イグニスというラブリュス一の冒険者クランのリーダーだ。
「十二迷刻前だから、鍛錬を厳しくしているのかもよぉ? あの子ったら、リディちゃんの両親を目覚めさせたくて、迷宮探索をしてるんだものねぇ……なるほどね。ちょっと必死すぎるって思ったのねぇ?」
リディは頷く。
リディは堪えた涙が目からこぼれ落ちてしまいそうだった。
それに赤くなった耳や鼻が痛々しい。
ベアトリスは席を立つと、そっとリディを抱きしめた。
「大丈夫。お母様は諦めが悪くてしぶといのよぉ? お父様も同じ。とにかくしつこいのよ、あの子ぉ」
ベアトリスの腕の中でリディが頷く。何度も、何度もだ。
「ベアトリスさん……私、両親を昏睡状態にした十二迷刻が嫌いです。迷宮なんか嫌い」
「そうねぇ。私も煩わしく思うわぁ」
だが、そう思っていながらリディは迷宮に潜っている。
名を上げるという目的のためと、もしかしたら……
(この子、十二迷刻の謎を解こうとしているんじゃない? だったらアルベールくんに協力を願えばいいのにぃ)
ベアトリスはそう思ったが、すぐに思い直す。
リディが駆け出しの冒険者をしていることがバレてしまえば、今よりも厳重に離れに閉じ込められてしまう。
リディは、叔父が口出しできないくらい名を上げるまでは、内緒で冒険者としての経験を積むつもりなのだ。
(でも、アルベールくんはいい加減、リディちゃんに気付きそうよねぇ……?)
眠りが深すぎるというリディの母親たちにもう一度会いに行ってみよう。
ベアトリスは明るい金の髪を撫でながら、難儀な友人一家のことを思った。
(だけど、国一番の錬金術師と呼ばれていても、友人夫婦を目覚めさせることすらできないのよねぇ。情けないわぁ)
ベアトリスは変わったスキルを持つ弟子のような才能が、自分にもあればと思ってしまう。
願った薬を作ることができればいいのにと――
◆ ◆ ◆
「ただいまー」
『プルルン!』
僕とプラムは回収した使用済みポーション瓶を抱え、帰宅した。
ちなみに僕は木箱を一つ抱え、プラムは三箱を頭(?)に乗っけて歩いてきた。小さいのに力持ちで羨ましい……!
「おかえりにゃ~! あにょね、リディが素材持ってきてくれたにゃよ! あとベアトおねーさん来てるにゃ」
「えっ、ベアトリスさんも?」
『ブルルッ』
プラムがベアトリスさんの名前にちょっと動揺して小刻みに揺れている。
大丈夫だよ、怖くない。
「んにゃ? プラムにゃんでブルブルしてるにゃ? くふふ! ククルルも真似っこするにゃ」
なぜかククルルくんまでブルブル揺れ出した。だけどいつの間にかお尻をふりふりする踊りに変わってる。可愛いけど、なんで?
「ねえ、ククルルくん。リディとベアトリスさんはどこ?」
「おかえりロイ。ふたりはあっち。おみせのおうせつしつだよ」
「ロペル! ありがとう」
お留守番を頼んでいたロペルは僕の姿に変化している。
リディやベアトリスさんが来たのなら、ロペルが二人と話せる僕の姿をしていてよかった 。
僕は木箱を工房に置くと、大急ぎで二人が待つ応接室へ走った。
後ろからはまだ踊っているククルルくんとプラム、不思議そうな顔で見つめるロペルもついてきている。
「リディ、ベアトリスさんお待たせしました! わ! 素材がたくさん!」
飛び込んだ応接室には、リディが持ってきてくれた処理済みの素材が積まれていた。
チラッと覗いてみると、『日輪草』には大きくてまん丸の蕾がついてるし、『黄金リコリス』は随分立派。それに『兎花』からはとってもいい匂いが漂ってくる。
「わぁ、質の高いものばかりだね! 深いとこまで潜ったの? リディ」
「ううん、ロイに早く素材を届けなきゃって思ってたから、浅層部の採取地よ」
「にゃにゃ、すっごくいい匂いにゃね! 魔力の匂いもするにゃ」
ククルルくんが尻尾をピンと立て、クンクンと鼻を動かす。
「魔力の匂い……?」
「そんなのするの……?」
リディは魔力を感じることはできるが、匂いと言われて僕と一緒に首を傾げた。
プラムとロペルも『いいにおい』「こいにおい」と頷いているので、三人(?)には分かるのだろう。
プラムとロペルは魔物だし、ケットシーは妖精……魔物に近いから分かるのかなぁ?
面白い。いい素材の在処が匂いで分かったら、採取の時すごく役に立ちそうだ。
「あの、ベアトリスさんも匂い分かったりします……?」
「分からないわぁ。魔人は魔物より人に近い種族なの。エルフと近いかもしれないわぁ。さ、早く素材の取り引きをしちゃって? 今日はお店の運営について話しにきたのよぉ」
僕は頷き、リディが持ってきてくれた薬草を検分する。
これはいつも通りだからすぐに終わる。
だけど今日の素材はとっても品質がいいから、感謝でちょっと報酬を多めに渡した。
友達だけどお互い仕事だから、感謝は言葉だけじゃなく、目に見える対価でちゃんと支払わないとね!
そして次! お待ちかねのお店の話だ!
「ベアトリスさん。僕、できるだけ早くお店を始めたいです!」
そわそわ浮き立つ気持ちは隠せない。
だって、商品さえ揃えばすぐにでもお店を開けるんだもん!
「うふふ。そうね。でもぉ、最初からたくさんの商品を扱うのは無理があるわぁ。薬師はぼく一人。お店の従業員はこの子たちだけよねぇ? 知ってるかもしれないけど、お店って意外と忙しいのよぉ?」
ベアトリスさんはお店について話し始める。
お店は商品を並べて売るだけではない。
薬を作ったり、素材や在庫商品の管理をしたりする裏方仕事がある。薬師には付きものの、標準瓶の回収と管理もある。
それらをこなした上で薬は店に並ぶのだ。
さらに接客があり、薬の説明もする。店を閉めたら片付けと掃除、売上の管理。帳簿付けもしなければならない。作業は膨大だ。
だからこそ薬師も含め、職人たちはお店の経営でつまずく人も多いという。
素材の確保、管理、商品の作成。それらは好きなことなのでキッチリできるが、お店をやるには別の能力も必要だ。
「ぼくは接客も得意よね。計算も問題ないわぁ。薬師としての部分も大丈夫そう……だからこそ心配だわぁ。しばらく私が通おうかしらぁ」
ベアトリスさんが毎日来てくれたら、それは嬉しいけど……
「あの、どうして心配なんですか? 売店の経験もあるし、ベアトリスさんから見て、僕が上手くできてたなら大丈夫かなって……」
「やあねぇ、だからこそよ。なんでもできる! って調子に乗りそうで怖いわぁ。それで無理を重ねて体を壊したり、寝不足のまま迷宮に行ってやられたり、おかしな輩に騙されて借金を背負ったり……いろいろ心配なのよ」
「え、僕ってそんなに危なっかしいですか?」
みんなどう思う? と視線を送る。
ククルルくんは……いつの間にかベアトリスさんの膝枕で寝てるなぁ。
『プルル、プルン』
大きく頷くプラムは『がんばりすぎそう』、ロペルは真顔で「だまされそうでしんぱい。ロイはいいひとすぎる」と言う。
「ロイは売店だって無理してるでしょう? 欲しがるお客さんがいるからって、毎日遅くまでポーションを作っていて、私もちょっと心配」
「でもそれは……稼げる時に稼いでおかないとって思って……」
さすがリディには筒抜けだ。だって僕が作る大量のキラキラポーションの素材は、ほとんどリディが持ち込んだものだからね。
お願いする量をどんどん増やしていたから、僕もリディに無理させていないか心配してたんだけど……お互い様だったみたいだ。
「あらあらぁ。ぼくの危うさがさらに分かったわぁ」
ベアトリスさんは眉尻を下げ、苦笑する。
「師匠として助言するわぁ。まずは今の売店と同じく、キラキラポーション専門店にするのがいいと思うの。それに、ぼくの薬を欲しがる人ってキラキラポーションが欲しい人よねぇ?」
確かにそうだ。僕の薬師としての評判は、普通のポーションとはちょっと違うキラキラポーションを作れるってことだ。
他の薬は売店で扱ってないから、ベアトリスさんが言っていることは当然だけど、でも――
「僕、いろいろな薬も作ってみたいです……!」
そして綺麗になったお店の棚にずらりと並べたい! だって、夢の開店だ!
ラベルとか製作者のタグとか、僕オリジナルのものを作りたいし、お客さんから注文を受けて、その人に合う薬を作ることもしたい。
そんなふうに思っていたら、肩の上で話を聞いていたプラムがニュッと手(?)を伸ばし、僕のおでこをペチリと叩いた。
「あいてっ」
にゅるんと体を傾け、『もう、むちゃなことかんがえてるでしょ?』とそんな声が聞こえてきた。
「う……で、でも無茶ではないよ……? いいお店にしたいなって思っただけで……」
しどろもどろになっていると、僕とプラムの会話は分からないが、大体想像がついたのだろう。
ベアトリスさんは苦笑し、リディはくすくすと笑う。
「ねえ、ロイ。いいお店にしたいなら、まずは今のお客さんを大切にしたら? 今ね、私たちが西の崖のハズレで酔狂山羊に遭遇したように、階層にそぐわない魔物がちらほら出てるの。だから皆、保険としてキラキラポーションを持っておきたいと思ってるのよ。できれば一つじゃなくて余分にね」
「ああ。だから今日は完売が早かったんだ」
それなら最終日の明日は、予想以上にお客さんが来るかもしれない。
「どうしよ、素材足りるかなぁ……」
明日、売店に並べるキラキラポーションのことを考え、思わず言葉が漏れてしまった。
「ふふっ」
「うふふ」
リディとベアトリスさんが揃って笑った。
「え? あの、僕おかしなことを言いました……?」
「いいえ。それでいいのよぉ」
ベアトリスさんは僕の手を取ると、そっと両手で包んだ。
「ぼくはまず、小さなこの手でできることをすべきよ。優秀な薬師であり、敏腕経営者になりたいのなら、一歩ずつ進んでいくことをお勧めするわぁ」
「あ……」
プラムもロペルも頷いている。
そっか。僕、夢だったお店ができたから、どんどん想像を膨らませちゃって、自分にできる以上のことをやりたい、やるんだ! って意気込みすぎてた……のかな?
じわりと頬が熱くなる。
やっと青銅級冒険者になったところなのに、いろいろな薬を作って棚一杯に並べたいだなんて、何を考えていたんだろう。浮かれてた。
「うふふ。いろいろやりたいって思うのもいいことよぉ。やる気は上達に繋がるものぉ」
ベアトリスさんはそう言って笑った。
そして、ベアトリスさんと話した結果、お店はなるべく早く開店させることに決まった。
まずはプレオープンとして、キラキラポーションだけを売る。
「でも売り物が一種類だけは寂しいわぁ。このベアトリスの弟子のお店だっていうのにがっかりでしょ? せっかくの錬金薬師のお店だしぃ」
それはそうだ。僕がベアトリスさんの弟子になったことも、錬金薬師と名乗って看板にまでしていることも街のみんなが知っている。
僕の周辺が何かと騒がしかった――バスチア魔法薬店が潰れたり、若旦那さんに襲われたりしたのと、ベアトリスさんが目立つ存在であることから、僕もお店もちょっと注目されてるらしい。
「こうしましょうかぁ。グランドオープンまでにもう一種類、新しいキラキラポーションを作りましょ? そうねぇ……これまでのキラキラポーションを初級としたら、中級くらいの、一段階強力なポーションがいいかもしれないわねぇ」
新しいキラキラポーション!
「あの、それって塔で見つけたノート……古王国ポーションのレシピを参考にしてみてもいいですか!?」
「ええ。もちろんいいわぁ。だってここは錬金薬師のお店だものぉ。当然よぉ?」
ベアトリスさんが笑う。
「プレオープン期間、店番はロペルにお願いするのがいいかしらねぇ? ああ、この子猫ちゃんもやりたがるかもしれないわぁ。お店屋さんになりたがっていたから」
「はい」
ククルルくん、お店屋さんをやりたいってベアトリスさんにも話してたんだ。ロペルも一緒なら安心かな?
「ぼくおみせばんできる。ククルルもきっとだいじょうぶ」
そう言うロペルに僕は頷く。
で、ククルルくんはというと――
「くぷー……くぷぷぷぅ……」
ククルルくんからの返事は可愛い寝息だ。
みんなからクスクスと笑いが零れ、プラムはククルルくんの丸い頭を撫でる。
ククルルくんもお店番、頑張ってくれるといいんだけど!
「ベアトリスさん。僕、錬金薬師の看板を偽りなしにしたいです! その……もっと勉強をしたいです! よろしくお願いします、し、師匠!」
また頬が熱くなってしまった。
師匠って呼べる人がいるのは嬉しいけど、でも慣れなくてちょっと恥ずかしい。
「ふふっ! こちらこそ。久しぶりの弟子は可愛いわぁ。そうねぇ……じゃあ、まずは錬金薬師流の迷宮の歩き方と採取から学びましょう? 新商品のレシピ作りは、たっぷり素材採取をしてきてからのお楽しみよぉ」
ベアトリスさんは珊瑚色の唇をにんまり三日月の形にして言った。
「よし。明日は売店最終日! プラム、ロペル。リディが持ってきてくれた素材を片っ端からキラキラポーションにするよ!」
『プルルル!』
『ぽよん!』
プラムと、スライムの姿に戻ったロペルは、素材の山を前にぴょーんと飛び上がる。
プラムは素材の下拵えを手伝い、ロペルはできた薬玉を瓶に詰める。
ロペルがスライムに戻ったのはこのためだ。
手(?)がたくさんあったほうが、一気にたくさん詰められるし、箱にもしまえるからね!
「にゃっ、そんじゃククルルはお使いにいってくるにゃ~! 美味しいごはん買ってくるにゃよ~!」
ククルルくんは夕食と夜食の買い出しだ。
飽きっぽく興味のないことが苦手なククルルくんに、単純作業のポーション作りは辛い。
それにククルルくんの肩掛け鞄は、空間魔法で加工された、たくさん物が入る収納バッグだ。
どれだけ買っても、持ち帰りに困る心配がない。
だから食いしん坊なククルルくんに「みんなで食べれる美味しいごはんを買ってきてくれる?」とお願いした。
朝のスープは残ってるけど、他に何か作ったり、買ってきたりする余裕が僕にはない。
それなら得意な子に頼めばいい!
「よろしくね! ククルルくん」
「はいにゃ~!」
トッタタ、トッタタ。踊るような足取りで尻尾をぶんぶん振りつつ、ククルルくんはいつものように扉をバーン! と開けて、飛び出していった。
「どうしていつもバーン! って開けるんだろうね……」
『さあ?』
『さあね?』
プラムとロペルも大きく首(?)を傾けて、ククルルくんを見送った。
◆ ◆ ◆
――そして翌日。
作っては瓶に詰め、作っては瓶に詰めを夜通し繰り返した僕らがヨロヨロ工房を出ると、ククルルくんが待っていた。
「みんにゃ、食べるといいにゃ!」
「え……? ククルルくん、もう起きてたの? え? なんかいい匂いがしてる」
これはスープの匂い。それに焼きたてパンと……
「えっへんにゃ。ククルルぜーったい朝ごはんも必要にゃと思ったから買ってきたのにゃ!」
手(?)を引っ張られ、食卓まで連れていかれたプラムとロペルが『ポヨッポヨ!』『ぽよっぽよ!』と嬉しそうに飛び跳ねる。
そこには温められたスープと焼きたてパン、キッシュ、それに昨日、焼きすぎて保管庫に入れたソーセージもお皿に載っている。
「ククルルくん、ありがとう~!」
僕らはたらふく朝ごはんを食べ、キラキラポーションを飲んで寝不足をごまかすと、山のような木箱を担いで店を出た。
木箱の中身はもちろんキラキラポーションだ。
プラムが三箱、ロペルが六箱、僕が一箱持つ。
これだけあれば夜まで売り切れないぞ!
あ、寝ぼけ眼のククルルくんは今日もお留守番。
今日はロペルがいないけど、たぶんずっと寝ているだろうから心配はないかな?
好きなだけ寝て、気が向いたら売店の様子を見にきてくれたらいい。
この日。僕の売店は予想通りの大混雑だった。
明日からは薬師通りの『錬金薬師ロイの店』をプレオープンすると知らせたけど、今日買っておきたいという冒険者は多かった。
だけど、準備したキラキラポーションは夜までもった。それどころか、少し余ったのだ。
絶対に品切れにしない!
そう思って徹夜で作り続けた甲斐があった。
そうそう。でも一つだけ予想外のことがあった。
見慣れない顔の冒険者や、商人のお客さんがなんだか多かったんだ。
「キラキラポーションの評判が近くの街にも広がってるのかな……?」
わざわざ買いに来てくれたのか、十二迷刻が近付き異変が起こり始めた迷宮城を目当てに、ラブリュスに人が集まっているせいなのか。僕にはまだ分からない。
でもリディが言うように、キラキラポーションの需要は高まっている。
これからもっとたくさん作りたいけど……僕一人じゃ無理だなぁ。素材の下拵えができるお手伝いさんがいたら助かるんだけど……
「うぅーん」
そう唸ったところで、僕は昨日のベアトリスさんの言葉を思い出した。
「ぼくはまず、小さなこの手でできることをすべきよ。優秀な薬師であり、敏腕経営者になりたいのなら、一歩ずつ進んでいくことをお勧めするわぁ」
「そうだった」
小さく呟く。
ついつい欲張りたくなってしまうけど、まずは一歩ずつだ。
ふぅ、とこっそり息を吐いたところで、不意に肩をポンと叩かれた。ロペルだ。
『ロイ。あっちもかたづいた』
『ビョンビョン!』
プラムが空箱を頭(?)の上に積み上げ、手招きしている。『はやくかえろう! おなかすいたよ』と言ってるみたいだ。
「……そうだね。ククルルくんも待ってるし、美味しいごはんを買って早く帰ろう」
僕はロペルとプラムの手(?)を引いて冒険者ギルドをあとにした。
うん。欲張らないで、まずは僕の手が届く範囲で頑張ろう!
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