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第1部~それぞれの日常編~
むっくん
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戦国武将、といえば有名なのは織田信長や豊臣秀吉を先に思いつくだろう。近年では大河ドラマや歴史ものの映画にイケメンでありながらも実力のある若手を起用する事によって有名になった武将もいるが、後輩がお焚き上げした人妻ものエロ本を嬉しそうに読んでいた黒い鎧武者はそういった記憶すら無いという。どうしたものか。
「いや、本当になぁ~~~~んも思い出せんのよ」
ガハハ、と豪快に笑う様は一国一城の主のように思えるが、本人曰く、
「それは有り得んなぁ。少なくとも、儂わしが大将になった所で城は落されるじゃろうて」
との事。それでも、彼が全身に纏っている鎧は中々立派なもので、もしかしたら本多忠勝のように一万の敵に単騎で突撃したり、島津義弘のように七千の兵を率いて二十万の大軍を撃破した隊長だったのかもしれない。少なくとも、鎧の所々に傷や欠けている部分や兜に刺さった弓矢を見る限りでは前線に立って戦っていたのだろう。
とはいえ、この幽霊、元々は俺がバイトしているコンビニに憑いていた地縛霊だったりする。それを見た後輩が何となくで浄霊してみた所、見事浮遊霊へとクラスチェンジを遂げてしまったのだという。
俺としては、だったら除霊できるんじゃねえのか? と思うのだが、後輩曰く。
「除霊というのは、幽霊――特に負の思念に染まってしまった悪霊を強制送還する事です。ですが、浄霊を受け入れた幽霊はこの時点で負が無くなり、本来の自分を取り戻します。そこで未練があるなら、未練を解決すれば彼らは成仏します。しかし、未練が無いのであれば、即行で成仏するはずなんですが……むっくんはその未練を思い出せないようで……」
「じゃあ、それを思い出せば、むっくんは成仏できるわけか」
「その通りです。ですが、未練がなくても本人が成仏したいと望むのであれば成仏可能です」
「て事は、むっくんは現在、地縛霊から浮遊霊にクラスチェンジした上にいつでも成仏できる権利を得た訳か」
「はい。だから、特にこれといった害はありませんよ」
「え……と、そもそも何でむっくんを浄霊したんだ?」
「それはですね。先輩のみならず従業員数名に悪影響が出てたようなので、気になって霊視してみたら彼のせいだったようで――」
「すまんのう。儂はただ、あの場所にいたかっただけなんじゃが……」
「本人の意志とは無関係に負の思念に染まることってあるのか?」
「あります。場所にもよりますが――正直言ってコンビニの大半はそういう感じですよ」
「……あ、何かもう理解した。これ以上はコンビニ関係各社の名誉棄損で訴えられる可能性大だから黙っておくけど」
「先輩のそういう察しの良い所、最高ですね」
「だろ。ところでお前の頭を撫でてみたいんだけど……」
「調子に乗らないで下さい。童貞先輩」
「間違ってないけど、酷いな!」
「で、先輩は私の秘密を知ってしまったも同然なんですから、これからどうします?」
「そうだな――」
という流れで俺と後輩は結婚を前提にしたお付き合いを――する訳もなく、当面の目標として『むっくんの記憶を取り戻す』という結論に落ち着いたのであった。
しかし、この幽霊、地縛霊時代が長かったからなのか、それとも浮遊霊となってからは後輩の家に世話になっているせいなのか……
「ところで先日の総選挙をどう思う?」
「……ああ、あれですか? あの結婚発言?」
「そうそう。儂としては中々に胆力のある女子だと思うのだが、アイドルという職業そのものの定義を考えるとだな、アレはちょっとどうかと思うのだ」
「確かに。せめて引退してから言えばよかったのになー……と」
「そうであろう。だが、わしとしては引退を決意した上位のあの子が報われぬのが何ともいえなくてなぁ……」
「わかります。何か切ないですよねー」
「切ないのぅ……」
と、このように世俗に染まりきったむっくんはこういった会話にも対応可だったりする。
でもって、むっくんの凄い所は――
「! むっくん……あの子……」
「万引きじゃな……わしに任せい!」
お菓子コーナーで周囲をキョロキョロとしていた挙動不審な男子高校生へむっくんが素早く憑依する。
「……っ! な、何……っ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
絶叫した後、お菓子を元の場所へと戻し、店から出て行く男子高校生。
が、ここで終わるわけがない。
俺は素早く店の外を見る。そこにいたのは、一見すると優等生っぽく見える男子高校生の集団。だが、その瞳の奥にあるのは泥のように濁った悪意。
「むっくん。主犯格はあいつら。ちょっと頼むわ」
「それなら心配ない。城見嬢に任せておくがよい」
「城見に……?」
と隣のレジでにこやかに接客していた後輩がポケットから黒い折紙を取り出し、ふっと息を吹きかける。すると、一瞬でカラスの姿へと変化した折紙――否、式神は先程逃げ出した少年をあざ笑っていた集団へとガラスをすり抜けて近づき、くちばしを巨大化させ少年たちを丸呑みにした。
「お、おい。後輩……あれ、何……?」
「私オリジナル式神4号、カラスは黒歴史と共に」
「は? 黒歴史?」
何故かすごく嫌な予感がした。
数分後、店の外で見たのは――
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「やめてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
「すいませんでしたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
羞恥に顔を赤く染め、涙を流して許しをこう男子高校生の姿であった。
これはヒドい。ていうか、あの反応と『黒歴史』というキーワードで何が起きたのかすぐに理解した俺。
(黒歴史か……まあ、誰にでも思い出したくない事なんてよくある事で)
その後、校内でも有名な問題児であったこの三人がすごく大人しくなったのは言うまでもなかった。
「な? わしよりも城見嬢の方がどう考えてもエグいんじゃよ」
「よくわかった。あいつを怒らせたら俺は死ぬな」
「まあ、あの嬢ちゃんの母親の方がわしとしては恐ろしいんじゃがのぉ……」
幽霊に恐れられる人妻って一体……?
なんて、どうでもいい事を考えてる間に時間はゆるりと過ぎて行くのであった。
「いや、本当になぁ~~~~んも思い出せんのよ」
ガハハ、と豪快に笑う様は一国一城の主のように思えるが、本人曰く、
「それは有り得んなぁ。少なくとも、儂わしが大将になった所で城は落されるじゃろうて」
との事。それでも、彼が全身に纏っている鎧は中々立派なもので、もしかしたら本多忠勝のように一万の敵に単騎で突撃したり、島津義弘のように七千の兵を率いて二十万の大軍を撃破した隊長だったのかもしれない。少なくとも、鎧の所々に傷や欠けている部分や兜に刺さった弓矢を見る限りでは前線に立って戦っていたのだろう。
とはいえ、この幽霊、元々は俺がバイトしているコンビニに憑いていた地縛霊だったりする。それを見た後輩が何となくで浄霊してみた所、見事浮遊霊へとクラスチェンジを遂げてしまったのだという。
俺としては、だったら除霊できるんじゃねえのか? と思うのだが、後輩曰く。
「除霊というのは、幽霊――特に負の思念に染まってしまった悪霊を強制送還する事です。ですが、浄霊を受け入れた幽霊はこの時点で負が無くなり、本来の自分を取り戻します。そこで未練があるなら、未練を解決すれば彼らは成仏します。しかし、未練が無いのであれば、即行で成仏するはずなんですが……むっくんはその未練を思い出せないようで……」
「じゃあ、それを思い出せば、むっくんは成仏できるわけか」
「その通りです。ですが、未練がなくても本人が成仏したいと望むのであれば成仏可能です」
「て事は、むっくんは現在、地縛霊から浮遊霊にクラスチェンジした上にいつでも成仏できる権利を得た訳か」
「はい。だから、特にこれといった害はありませんよ」
「え……と、そもそも何でむっくんを浄霊したんだ?」
「それはですね。先輩のみならず従業員数名に悪影響が出てたようなので、気になって霊視してみたら彼のせいだったようで――」
「すまんのう。儂はただ、あの場所にいたかっただけなんじゃが……」
「本人の意志とは無関係に負の思念に染まることってあるのか?」
「あります。場所にもよりますが――正直言ってコンビニの大半はそういう感じですよ」
「……あ、何かもう理解した。これ以上はコンビニ関係各社の名誉棄損で訴えられる可能性大だから黙っておくけど」
「先輩のそういう察しの良い所、最高ですね」
「だろ。ところでお前の頭を撫でてみたいんだけど……」
「調子に乗らないで下さい。童貞先輩」
「間違ってないけど、酷いな!」
「で、先輩は私の秘密を知ってしまったも同然なんですから、これからどうします?」
「そうだな――」
という流れで俺と後輩は結婚を前提にしたお付き合いを――する訳もなく、当面の目標として『むっくんの記憶を取り戻す』という結論に落ち着いたのであった。
しかし、この幽霊、地縛霊時代が長かったからなのか、それとも浮遊霊となってからは後輩の家に世話になっているせいなのか……
「ところで先日の総選挙をどう思う?」
「……ああ、あれですか? あの結婚発言?」
「そうそう。儂としては中々に胆力のある女子だと思うのだが、アイドルという職業そのものの定義を考えるとだな、アレはちょっとどうかと思うのだ」
「確かに。せめて引退してから言えばよかったのになー……と」
「そうであろう。だが、わしとしては引退を決意した上位のあの子が報われぬのが何ともいえなくてなぁ……」
「わかります。何か切ないですよねー」
「切ないのぅ……」
と、このように世俗に染まりきったむっくんはこういった会話にも対応可だったりする。
でもって、むっくんの凄い所は――
「! むっくん……あの子……」
「万引きじゃな……わしに任せい!」
お菓子コーナーで周囲をキョロキョロとしていた挙動不審な男子高校生へむっくんが素早く憑依する。
「……っ! な、何……っ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」
絶叫した後、お菓子を元の場所へと戻し、店から出て行く男子高校生。
が、ここで終わるわけがない。
俺は素早く店の外を見る。そこにいたのは、一見すると優等生っぽく見える男子高校生の集団。だが、その瞳の奥にあるのは泥のように濁った悪意。
「むっくん。主犯格はあいつら。ちょっと頼むわ」
「それなら心配ない。城見嬢に任せておくがよい」
「城見に……?」
と隣のレジでにこやかに接客していた後輩がポケットから黒い折紙を取り出し、ふっと息を吹きかける。すると、一瞬でカラスの姿へと変化した折紙――否、式神は先程逃げ出した少年をあざ笑っていた集団へとガラスをすり抜けて近づき、くちばしを巨大化させ少年たちを丸呑みにした。
「お、おい。後輩……あれ、何……?」
「私オリジナル式神4号、カラスは黒歴史と共に」
「は? 黒歴史?」
何故かすごく嫌な予感がした。
数分後、店の外で見たのは――
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「やめてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
「すいませんでしたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
羞恥に顔を赤く染め、涙を流して許しをこう男子高校生の姿であった。
これはヒドい。ていうか、あの反応と『黒歴史』というキーワードで何が起きたのかすぐに理解した俺。
(黒歴史か……まあ、誰にでも思い出したくない事なんてよくある事で)
その後、校内でも有名な問題児であったこの三人がすごく大人しくなったのは言うまでもなかった。
「な? わしよりも城見嬢の方がどう考えてもエグいんじゃよ」
「よくわかった。あいつを怒らせたら俺は死ぬな」
「まあ、あの嬢ちゃんの母親の方がわしとしては恐ろしいんじゃがのぉ……」
幽霊に恐れられる人妻って一体……?
なんて、どうでもいい事を考えてる間に時間はゆるりと過ぎて行くのであった。
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