上 下
7 / 10
03:『私は鳥になりたい』(約40分)

前半パート

しおりを挟む
登場キャラクター:少花、万希、歌望 
 

○蝶子の絵本・傷付いた小鳥のおはなし

少花(しょうか):小鳥は歌が好き。そんなイメージを持っている人も多いでしょう。
 これは、美しい歌声を持つ……しかし、自由を得ることができなかった、傷付いた小鳥のお話。
 あるところに、歌うことが大好きな、一羽の美しい小鳥がおりました。
 彼女には、歌と同じぐらい大好きな人がいました。それは、傷を負って飛べなくなっていた彼女を助けてくれた、今の飼い主の少女です。
 小鳥は毎日、少女への感謝を歌に乗せて、少女の耳を楽しませては、元気になってゆく姿を見せて安心させようと頑張りました。
 やがて小鳥の傷は完治して、またかつてのように自由に羽根を動かせるようになりました。
 そして、元気に飛び立ってゆく姿を見て少女が喜んでくれるだろうと嬉しくなるのと同時に、小鳥は悟ったのでした。
 そうか。私はもう、一人で飛べるようになったのだから、この少女とはお別れなのだ。
 それでも彼女は飛び立たなければなりません。だって、鳥は自由に羽ばたくものなのですから。
 ……さて。小鳥はどんな思いで、大空へ飛び立ってゆくのでしょう。そして、……その先には、何が待っているのでしょう?
 ここで、このお話はお終いです。小鳥の行く末をどんな風に想像するのかは、あなたの自由なのです……。


歌望(かの):『なぜ』

少花(しょうか):『………………え?』

歌望(かの):『なぜ、そこで物語が終わってしまうの? 小鳥はこれから、自由を手に入れて、幸せになるんでしょう? 別れは悲しいけれど、乗り越えることでまたひとつ成長していくんでしょう?』
少花(しょうか):『君、は………』
歌望(かの):『なぜ勝手に終わらせたりするの? ぼく達の物語は、みんな、その先の結末がちゃんとあるはずなのに。なぜ?』
少花(しょうか):『ちょ、ちょっと待ってください……僕は…』
歌望(かの):『あなたが勝手に終わらせているの?』
少花(しょうか):『……違う…』
歌望(かの):『じゃあ、誰が?』
少花(しょうか):『それは………』
歌望(かの):『それは?』
少花(しょうか):『それ、は………………』


○カフェArcadia・店内(夜)

万希(まき):「ありがとうございました~! またお越しくださいませ~! (少し間)はーい最後のお客様帰られました~っと! 閉店だ閉店! 今日もお疲れ、俺!」

 謎の沈黙が流れる

万希(まき):「…? 少花(しょうか)さん? 閉店だけど」
少花(しょうか):「………」
万希(まき):「おいってば」
少花(しょうか):「…! え、なに?」
万希(まき):「なにって……どうしたんだよ、ぼーっとして?」
少花(しょうか):「…あぁ、ごめん。ちょっと考え事をね」
万希(まき):「……そう、か? 珍しいな…」
少花(しょうか):「………………」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「……あ、万希(まき)くんもう上がっていいよ」
万希(まき):「え? あ、あぁ…でも……」
少花(しょうか):「お疲れ様…」
万希(まき):「………」

  × × ×

万希(まき):「だあぁ~!! 忘れ物~!! 家に着くまで家の鍵がないことに気付かないとかマジありえねぇ。頼むから店にあってくれ~!」

 店のドアを開ける

万希(まき):「そこに居るか!? 俺の鍵!」
少花(しょうか):「……え、万希くん?」
万希(まき):「え? はぁっ!? アンタまだいたの!? 今日そんなに残業あった?」
少花(しょうか):「いや、ぼーっとしてただけだよ」
万希(まき):「俺一度家帰ってるんだけど……今までぼーっとしてたの? ずっと?」
少花(しょうか):「そうみたいだね…。(軽く笑いながら)もう帰るよ」
万希(まき):「……」
少花(しょうか):「ん?」
万希(まき):「どうしたんだよ」
少花(しょうか):「………」
万希(まき):「少花さん」
少花(しょうか):「………」

  × × ×

少花(しょうか):「(コーヒーを置いて)どうぞ。ホットでよかった?」
万希(まき):「(少花をじっと見つめる)」
少花(しょうか):「怖い顔しないでよ」
万希(まき):「もともとこういう顔だ」
少花(しょうか):「(笑いながら)そうだったね」
万希(まき):「で?」
少花(しょうか):「………万希くんは、【あの主人公たち】に語りかけられたことはあるかい?」
万希(まき):「……え?」
少花(しょうか):「やっぱり、ないよね」
万希(まき):「何、アンタはあんのか?」
少花(しょうか):「うん……語りかけられたというか、問い詰められたみたいなんだけど」
万希(まき):「それであんなんなってたの?」
少花(しょうか):「そんなにおかしかった? ごめん。気をつけるよ」
万希(まき):「いや、怒ってるんじゃなくてさ。…なんでそんなことを、そんなに気にしてんのかって思って」
少花(しょうか):「………」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「……僕は…だんだん、彼らとの距離が近くなっているような気がするんだ」
万希(まき):「え?」
少花(しょうか):「最初は遠くから見ているだけのような気持ちだったのに、……だんだんと近付いていって、……いつの間にか、直接声をかけられてしまうほどになっていた」
万希(まき):「………」
少花(しょうか):「…僕は……このままいけば、もしかしたら………」
万希(まき):「? もしかしたら…?」
少花(しょうか):「………」
万希(まき):「……少花さん…?」
少花(しょうか):「……いや。それだけだよ。ごめんね、たいした話じゃなかったでしょう?」
万希(まき):「………」


○河川敷(朝)

歌望(かの):「(車椅子を漕いできて停車する)……早朝5時。まだ、通勤通学ラッシュは始まらない。ここでなら……」

 歌望、辺りを軽く見回した後、恐る恐る何か歌い始める。

 少しずつ調子が出てくる。

歌望(かの):「♪♪~(何か著作権に引っかからない歌を歌う)」

 そこへふらふらと歩いてきた少花

少花(しょうか):「……結局ほとんど眠れなかったな。1人で部屋に居ても落ち着かないし、こんな時間に店に行っても同じことだろうし。さて、どうしたものかねぇ」
 
歌望(かの):『♪♪~(遠くから聴こえる歌声)』
 
少花(しょうか):「………ん?」

  × × ×

歌望(かの):「(歌い終える)」
少花(しょうか):「(拍手)」
歌望(かの):「……!?」
少花(しょうか):「お上手ですね」
歌望(かの):「………」
少花(しょうか):「勝手に聴いていてごめんなさいね。ふらふらと歩いていたら、とても綺麗な歌声が聴こえたもので、つられて来てしまいまして」
歌望(かの):「……あ………その………………どうも……」
少花(しょうか):「そうだ、よかったらこれをどうぞ」
歌望(かの):「?」
少花(しょうか):「店の余り物で申し訳ないですが、君のおかげで少し気分がすっきりしたので、お礼に貰ってやってください」
歌望(かの):「………豆菓子…?」
少花(しょうか):「コーヒーをご注文のお客様にサービスで付けているものですが、なかなか後を引く味でね。お土産に購入される方も多いんですよ?」
歌望(かの):「……はぁ…」
少花(しょうか):「では、僕はこれで。またお会いできたら、是非歌を聴かせてください」

 少花退場

歌望(かの):「………」

 少し間

歌望(かの):「………………店……?」


○カフェArcadia・店内(夜)

万希(まき):「よぉーし、今日も閉店だ! おつかれっしたー!」
少花(しょうか):「ごめん万希くん、お客様見てきて」
万希(まき):「あ? もう誰も居ねーぞ?」
少花(しょうか):「居ると思うよ。ドアの前に誰か」
万希(まき):「えぇ~? ほんとか?」


○同・ドア前(夜)

万希(まき):「(ドアを開けて)…うわっ、ほんとに居た! あの人なんでわかったんだ?」
歌望(かの):「あ……あの……」
万希(まき):「ん? あぁ、車椅子で、取手に手が届かなかったのか?」
歌望(かの):「あ……え? 開けてくれるんですか…?」
万希(まき):「? だっておまえ開けられないだろ?」
歌望(かの):「いや、もう閉店してるから……」
万希(まき):「……あ。そうだった」
歌望(かの):「えぇっ?」


○同・店内(夜)

万希(まき):「少花さん、悪ぃ。つい入れちまったから、後に引けなくて連れてきた」
少花(しょうか):「何ですかその理由は」
歌望(かの):「あ、あの……」
少花(しょうか):「ん? あぁ、君は!」
万希(まき):「え、なに、知り合い?」
少花(しょうか):「先週ぐらいかな、河川敷のところで、歌を聴かせてもらったんですよ」
万希(まき):「歌?」
歌望(かの):「あ、い、いえ……」
少花(しょうか):「どうしたんですか? こんなところへ」
歌望(かの):「……袋…に………」
少花(しょうか):「?」
歌望(かの):「…お菓子の袋に、お店の名前が書いてあったから……調べて……ここだって……」
万希(まき):「なんだ? それではるばる少花さんに会いに来たのか? かぁ~、このヒトタラシはこんなか弱そうな少年まで虜にしやがって」
少花(しょうか):「万希くん、品がないよ。きっと何か理由があってここまで来てくれたんでしょう」
歌望(かの):「あ……」
少花(しょうか):「車椅子で、一人でここまで来るのは大変だったでしょう? といっても、君のお家がどこにあるのかは知りませんが」
歌望(かの):「あ……お家は………近いんです……あそこなので…」
万希(まき):「あ? ……え! あのすげー目立ってるデカい屋敷!?」
歌望(かの):「はい…」
少花(しょうか):「へぇ~、あの家の子だったんですか」
歌望(かの):「あの、閉店後にごめんなさい…。ほんとは、開いてる時に来たかったんですけど、……タイミングとかがあって」
万希(まき):「…?」
少花(しょうか):「……そうですか。(優しく)それで、僕に何の御用で?」
歌望(かの):「……初めて、聴いてもらったから…」
少花(しょうか):「え?」
歌望(かの):「だんなさま以外の人に、初めて、ぼくの歌を、聴いてもらって…それで……」
少花(しょうか):「………」
万希(まき):「(小声で)だんなさま…?」
少花(しょうか):「……うん、それで?」
歌望(かの):「…………ぼくの歌で、『気分がすっきりした』って、言ってくれましたよね?」
万希(まき):「?」
歌望(かの):「ぼくは今まで、屋敷の中で、だんなさまのために歌うことしか知らなかったから…。自分の歌が、上手なのかも、下手なのかも、……誰かの心に響くものなのかどうかも、わからなかったんです」
少花(しょうか):「………」
歌望(かの):「でも、あなたが…。ぼくの歌で少しでも何かが変わったって、そう教えてくれたから……」
万希(まき):「(何かに納得したような相槌)」
歌望(かの):「だから、もう一度会いたくて……会って、また…聴いて欲しくて……」
少花(しょうか):「………」
万希(まき):「(にやりと)なんだよ、やっぱりヒトタラシで合ってんじゃん」
少花(しょうか):「(万希を小突いて)君はちょっと黙ってて」
歌望(かの):「あの……ごめんなさい、こんなことで、ここまで押しかけて来たりして……」
少花(しょうか):「いいえ、嬉しいですよ。また会えたら歌を聴かせて欲しいと言ったのは僕のほうだし。せっかくここまで来てくれたんですから、そちらのテーブル席にどうぞ。コーヒーは飲めますか?」
歌望(かの):「あ、はい。おいくらですか?」
万希(まき):「ガキは金のこと気にしなくていいんだよ」
歌望(かの):「え、そんなわけには!」


○屋敷・玄関・中(夜)

歌望(かの):「戻りました…。だんなさま……?」

 沈黙

歌望(かの):「あ、あの……遅くなってしまって……」

 思い切り殴られる

歌望(かの):「…! ご、ごめんなさい! ごめんなさいっ!! (蹴られながら)ゆ、ゆるし、て……!」


○カフェArcadia・店内(夜)

歌望(かの):「鳥が飛んでいるのが見えたんです」
万希(まき):「…んぁ? 鳥?」
歌望(かの):「はい。……気持ちよさそうに広い空を悠々と飛んでいて、とても自由で、綺麗だった」
万希(まき):「……へぇ~…」
歌望(かの):「ぼくも、鳥になりたいと思いました。自由に好きなところへ飛んでいける、羽根が欲しいって」
少花(しょうか):「………なるほど?」
万希(まき):「……少花さん」
少花(しょうか):「うん、そうだね」
歌望(かの):「……?」
少花(しょうか):「君はどうやら、劇場のほうのお客様だ。……でも今回は、今までとは少し違うかもしれない」
歌望(かの):「……劇場…………?」
しおりを挟む

処理中です...