フリー声劇台本〜1万文字以内短編〜

摩訶子

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1万文字以内短編

天使にはバターとバナナジャム〜お姉さんと少年ver.〜 (約15分 女1不問1)

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ジャンル【ほのぼの寄りシリアス・幻想混じりの日常】

配役 2名
お姉さん:女性・独身社会人(基本設定自由)
少年:男女不問・小学生~中学生・10代前半くらい



○マンション・玄関前(朝)

お姉さん:(N)朝から伯父が突然押しかけてきて、これから旅行に行くから、一日だけ……少年を預かってくれと言った。

お姉さん:「………(困惑)」
少年:「あ………あの、………はじめまして」
お姉さん:「……あぁ、ええと……いらっしゃい…ませ」


○同・リビング(朝)

お姉さん:「ここがリビングよ。…伯父さんの家と比べたら犬小屋にも満たないでしょうけれど、今日一日は我慢してね」
少年:「い、いえ! 我慢だなんて……とても、素敵なお家だと…思います」
お姉さん:「(苦笑して)お世辞なんていいのよ?」
少年:「お世辞じゃないです!」
お姉さん:「…? そう…」
少年、目をキラキラさせて部屋を見渡す
少年:「いいなぁ……こういうの…」
お姉さん:「………」

お姉さん:(N)伯父さんは最近、『少年を買った』らしい。
 そういう趣味がありそうなことは、昔から何となく気づいていたけれど、それにしても金持ちのすることは理解できない。
 だいたい、旅行に行くのならなぜこの子を連れて行かないのだろう? 事情があって置いていくにしても、あの家なら使用人も沢山いるし、1人にするのが心配な年齢でもないでしょうに。

少年:「あ、あの……?」
お姉さん:「大方、私に自慢したいだけってところね。きっと正解だわ」
少年:「…?」
お姉さん:「あのハゲおやじのことよ」
少年:「えっ。だ、たんなさまをハゲおやじと呼ぶのは…その……」
お姉さん:(……なかなか、忠実に躾られているようね)
少年:「それに……自慢したいだけでは、ないと…思います」
お姉さん:「え?」
少年:「あ、なんでもないです」
お姉さん:「?」
少年:「…あの、ぼく………今日一日、何でもお手伝いします! 絶対にご迷惑にならないようにするので、…よろしくお願いします」
 
お姉さん:(N)ペコりと頭を下げた少年は、怯えているのか恐縮しているのか。可哀想なほど私に気をつかっている。
 
お姉さん:「…あなた、普段伯父さんにどんな扱いを受けているの?」
少年:「え?」
お姉さん:「……なんて。そんなこと聞くもんじゃないわね。答えなくていいわ。そんなに緊張してなくていいから、適当に座って」
少年:「あ、はい……失礼、します」
お姉さん:「……」
少年:「あ………でも、だんなさまは、優しいです」
お姉さん:「…?」
少年:「…ぼくは、身寄りがなかったから……買ってくれて、お家を与えてくれて、着るものも食べるものも与えてくれただんなさまに、とても感謝しているんです」
お姉さん:「……そうなんだ」
少年:「はい」
お姉さん:「………」
 
お姉さん:(N)本人が幸せに過ごせているのなら、別にそれでいいだろう。私は自慢をされているだけなのだし、彼らの生活には関係ないのだから。
 
お姉さん:「それじゃ、まずは名前を聞かないとね」
少年:「あ……それが………」
お姉さん:「ん?」
少年:「……名前は、言っちゃいけないって、言われているんです」
お姉さん:「はぁ? なんでよ?」
少年:「あの……情が移るからって」
お姉さん:「(ため息)…あのハゲ」
少年:「あわわ、ハゲと呼ぶのは…」
お姉さん:「しょうがないわね。私は、」
少年:「あ、だめです! あなたの名前も聞いちゃだめだって言われてます」
お姉さん:「……(呆れる)」
少年:「ごめんなさい……」
お姉さん:「…いいわ。朝ごはんは食べてきた?」
少年:「いいえ…」
お姉さん:「そう。なら、簡単なものになっちゃうけど、何か作るわ」
少年:「あ、ぼ、ぼくがやります!」
お姉さん:「いいのよ、あなたはお客様なんだから。座ってゆっくりしていなさい」
少年:「おきゃく…さま………」
お姉さん:「…? ところで、食事はいつも何が出されているの?」
お姉さん:(相当豪華なものか………あるいはその逆か)
少年:「ええと……名前のよくわからないものばかりですが……だんなさまと同じものです」
お姉さん:「……高級料理か。それじゃあここで出せるものなんて、あなたの口には合わないと思うけど」
少年:「いえ、あの………」
お姉さん:「ん?」
少年:「楽しみにしてました」
お姉さん:「? 変わった子。まぁいいや。ある程度なら希望を聞けるけど、何が食べたい?」
少年:「え………」
お姉さん:「う~ん、うちにあるもので一番ましなのは何かしらね……高級料理っぽくできるものなんてあるかなぁ…」
少年:「……トーストが」
お姉さん:「え?」
少年:「トーストが食べてみたいです。……あり、ますか?」
お姉さん:「そんなものでいいの?」
少年:「はい!」
お姉さん:「それならすぐ出来るから、ちょっと待ってて」
少年:「…! ありがとうございます……!」
お姉さん:「……?」

  × × ×

お姉さん:「はい、お待たせ」
少年:「…わぁぁ……」
お姉さん:「そんなに感動するほどのもの? ただのトーストだけど」
少年:「こういうの、憧れてたんです……嬉しい」
お姉さん:「………」
 
お姉さん:(N)突然のことで戸惑っていて、気づくのが遅くなってしまったけれど。この少年は、本当に美しい顔立ちをしている。競売にかけられるぐらいなのだから、当然といえば当然なのだろうけれど。
 
お姉さん:「……えーと。一応、ベーコンエッグとオニオンスープもあるから。あとはサラダぐらいでいいかしら?」
少年:「あ、お、お気になさらず!」
お姉さん:「トーストには何を塗る? 結構いろいろあるのよね、一人暮らしの楽しみでさ。ツナマヨとか、クリームチーズとか、あ、このシナモンシュガー美味しいわよ」
少年:「え、あ、えーと…」
お姉さん:「遠慮しなくていいんだからね」
少年:「じゃあ……バターだけ、頂きたい、です」
お姉さん:「ほんっと欲のない子ねぇ……」
少年:「…好きなんです、バター。……何に塗っても同じ味がするから、……安心する…」
お姉さん:「…え?」
少年:「あ、いえ! 何でもないです………………ん?」
お姉さん:「?」
少年:「その茶色いの、何ですか?」
お姉さん:「え? ……あ! やだ、これ? これは失敗しちゃったのよ」
少年:「失敗?」
お姉さん:「綺麗な黄色になるはずだったんだけど、ちょっと上手くいかなくてね」
少年:「(茶色い何かをじーっと見つめる)」
お姉さん:「も、もう。失敗作をそんなにじっと見つめないでよ」
少年:「あ、ごめんなさい……なんか、気になって…」
お姉さん:「ほんと変わった子。これはバナナジャムよ。色は良くないけど、味は大丈夫だと思うから、そんなに気になるなら食べてみる?」
少年:「いいんですか…?」
お姉さん:「…普段ご馳走食べてる子に、こんなもの食べさせたくないんだけどなぁ」
少年:「あ…自分で塗りますよ!」
お姉さん:「もう塗っちゃったからいいの。どうぞ?」
少年:「す、すみません……いただきます」
お姉さん:「(じっと少年を見つめる)」
少年:「……(バナナジャムトーストをかじる)」
お姉さん:「(じっと見つめる)」
少年:「(目をキラキラさせて)……おいしい」
お姉さん:「………」
 
お姉さん:(N)人形のように整った顔が、ふわっと笑うと………あまりに愛らしくて、思わず見とれてしまった。
 
お姉さん:「……よくわからないけれど、」
少年:「(感動しながら)……?」
お姉さん:「あなたのような子を、天使っていうのかもね」
少年:「(食べながら)ふえっ?」
お姉さん:「ふふふっ」
少年:「……天使だったら、自由に好きなところに飛んでいけるでしょうか」
お姉さん:「…え?」
少年:「……もし、そうなら………なりたいな、
天使」
お姉さん:「………」


○同(夜)

お姉さん:「一日が終わるのって、こんなにあっという間だったかなぁ。ついさっきまで朝だったのに、すっかり日が落ちちゃった」
少年:「あの、お世話になりました…」
お姉さん:「…まだ終わってないわよ。明日の朝まではここにいていいんだから」
少年:「はい…」
お姉さん:「……ねえ、本当に、伯父さんにちゃんと可愛がってもらっているのね?」
少年:「…はい。本当に、よくしてもらってます」
お姉さん:「そう…」
少年:「………」
お姉さん:「…でも、もしそれでも、…明日からもずっとここにいてほしいって言ったら、…どうする?」
少年:「え……」
お姉さん:「………」

 少しの間、無言の時が流れる
 
お姉さん:「………ふふっ。なんてね。言うわけないでしょ。明日伯父さんが迎えに来たらさっさと帰ってよ」
少年:「……あ、はは、そうですよね! もし、冗談でもここに残りたいなんて言ってしまったら、…ぼくはだんなさまに殺されてしまうんですから」
お姉さん:「え…」
少年:「おやすみなさい。……本当に、幸せな時間を、ありがとうございました」
お姉さん:「ねえ、今の、ただの誇張表現よね?」
少年:「………いいえ、本当です。…実際、ここに来る前に、そう言われてましたから」
お姉さん:「………」
少年:「それだけ大事にしてくださってるんです。有難いことです」
お姉さん:「………それなのに、即答しないで、考えていたの?」
少年:「………」
お姉さん:「…あの人が、あなたをここへ連れてきたのは、自慢だけが目的じゃないって言っていたけれど」
少年:「……はい」
お姉さん:「……試すこと、だったのね」
少年:「………」
お姉さん:「……ほんと、なんてことしてくれるんだか」


○翌・マンション・自室

お姉さん:(N)翌朝、何でもない顔で迎えに来た伯父に連れられて、彼は帰って行った。
 …私は、あの子にお手製のバナナジャムを食べさせたことを、本当は後悔したかった。…だって、ここでしか食べられない味を覚えさせてしまうのは、あの子には酷だと思うから。
 それでも覚えてほしいと思ってしまうなんて、身勝手な自分が嫌になる。
 
お姉さん:(N)それから、恐ろしいことを思い出した。
 あの伯父は、少年愛好家。つまり『少年だけが』好きなのだ。
 ……では、あの子がやがて少年じゃなくなったら?
 飽きて放り出すだけならいいけれど、あの伯父のことだから、何を考えているものかわからない。『少年じゃなくなる前に、永久に自分だけのものにしてしまおう』などと考えかねないのがあの人なのだ。
 だから私は、タイミングを間違えないことを心に誓った。
 早すぎても駄目だし、遅すぎたらもう、取り返しのつかないことになってしまう。
 
お姉さん:(N)あの子は天使じゃない。人間なのだ。自由に好きなところに飛んでいける羽根なんて持っていない。
 だから私が、必ず迎えに行く。


END
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