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10.情報
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着の身着のまま、とにかく行かなければという焦る気持ちでバスに乗り、電車に乗り、新幹線に乗って、ある山に向かった。
人間になってから、集落を出ることは殆ど無かったが、人として最低限の移動手段を覚えておいて良かったと今は心から思う。
既に日は沈みかけているが、気にせず山に入る。もともと山で育ったのだから、夜の山が怖いなど思ったことは無い。しかし、それでも少しずつ日が沈むと独特の寒さが身体の体温を奪っていった。
(まだ夏なんだけどな。それに……鬼の頃は寒さなん気にならなかった)
そんなことを思いながら進んでいくと、川辺に到着し休憩のために岩に腰を下ろした。
「食べ物でも持ってくれば良かった」
ふう、と息を吐いて顔を天に向けると、木々の隙間から星達が小さく瞬いている。この空はハルトに続いている……、そう思ったことはあった。
大声を出せば届くのではと、叫んだこともあった。
しかし、そうすればするほど遥か遠くに行ってしまったのだと実感し、涙を流した。
「でも、今は、行ける。僕は人間だ、どこでも行ける!!」
そう言い聞かせるように大きな声を出して立ち上がる。すると、背後の草木が揺れる音がした。
「?」
「ほら、やっぱり六花でした!!」
「えぇ。すごいな。兄弟の絆ってやつか?」
「……天花!!」
真っ黒の衣装を纏った天花と華月が、草木を分けてやってきたのだ。
「良かった!! 会えた!!」
「会えた! じゃねぇよ。天狗の山は人間が立ち入らないように術をかけてるから、普通は迷いながら人里に戻されるんだ。それなのに、食事中に天花が「六花が来た気がする」って走り出したんだぞ?」
「ご、ごめん」
「連絡をくれれば、出迎えをしたのに……どうしたんですか?」
そう言った天花に泣き付くように抱きついた。そして、今日の出来事を一気に捲し立てるように話したのだった。
天狗の屋敷に招かれ、改めて天花と華月にハルトのいる場所の調べ方と行き方を教えて欲しいと頼んだ。
それは、集落のご高齢達よりもよっぽど天狗達の方が現代に入り込んでいると聞いていたからだ。人間側の情報を集めるためには、人間の中に紛れ込む必要がある。昔から天狗はそうやって妖の領分を守ってきたらしい。
待ってろと言った華月は、鴉達に言伝を依頼し、自身も屋敷を後にした。部屋に残された天花は、にこりと笑って立ち上がる。
「六花、少し庭に出ませんか?」
「でも華月が」
「大丈夫です。必ず朗報を持ってきますから」
「信じてるんだね」
「そりゃぁ、私が彼を一番信じていると自信がありますよ」
羨ましい。と言葉には出さずに立ち上がり、天花と共に庭に出た。すると、空から小さな影が優しい風と共にフワリと降りてきた。
「天花さまぁぁ!!」
それは小さな可愛らしい子天狗だ。まだ幼さを残しているが、人間で言えば十歳前後だろうか。
「こら、ねね坊。まずはご挨拶でしょう?」
こちらを見た子天狗は、ハッとした顔をして恭しく頭を下げる。
「あ!! こんばんは。私は天狗の里、子天狗の代表をしております、寧月と申します。ねね坊って呼んでください!」
「とても優秀な子天狗なんですよ」
「そっか。よろしくね。ねね坊。僕は六花、天花の弟だよ」
そう言うと、ねね坊は目をキラキラと輝かせその場でぴょんぴょんと跳ねる。
「存じ上げております!! 天花様が昔話をして下さいます!! 六花様は弟君の中で一番木登りもかけっこも早かったと!! ねね坊にも教えて下さい!!」
「あはは、でも今は人間だから……きっとねね坊の方が上手だよ」
「人間? 天花様のご兄弟ならば鬼ではないのですか?」
天花が何か言おうとしたの目配せで止めて、ねね坊の背丈に合わせるように膝を曲げる。目線が同じになるとねね坊は首を少しだけ傾げた。
「僕は、鬼を辞めたんだ」
「なんで? 天花様ご兄弟全員で神使になられたと伺いました。ご立派な鬼だと」
「好きな人がね。人間だったんだ」
そう言うと、ねね坊は目を見開いた。
「それで、ご自身が人間に? お相手を鬼にすれば良かったのでは?」
「ははは、そうだね。それも考えなかったわけじゃない。でも、相手はこの広い地球の上を自由に飛び回る鳥の様な人なんだ。そんな人を、狭い日本の、狭い山の、神使の嫁には……僕には出来なかったんだ」
「愛してらっしゃるのですね」
屈託のない笑顔で答えたねね坊に、思わず涙が出そうになる。
「そう。愛しているんだ」
「……ところで、ねね坊。何か言伝があっていらしたのではなかったかな?」
優しく天花が聞くと、ねね坊はハッとした表情をして恭しく頭を下げた。
「はい、天花様はお食事の途中でしたので、改めて御膳を整えてございます。六花様も是非ご一緒にいらしてください」
「いいの……?」
「もちろんです!」
「整えなくても良かったのに」
「何を仰いますか! 汁物も全て冷めてるんですよ! 山の夜は冷えます。温かいものを食べるのは臓腑を整える大切な儀式と華月様も仰ってました」
天狗の里には来たことがなかったが、天花が前に話していた通り、とても良い場所のようだ。ふと、思ったことを口にする。
「もし、あの修練に天花じゃなくて僕が呼ばれてたら、僕が華月の嫁になったかな?」
そう言うと、目をぱちくりとさせたねね坊は「絶対無いですね!」と力強く返事をしてきた。あまりに返事が強くて、そんなに否定しなくてもとは思う。
「ねね坊が思うに、六花様がいらしたら華月様と悪友になられていたと思います」
「えぇ……出会ったばかりの僕の何を知ってるの?」
「天花様から様々なお話を伺ってますよ! イタズラしたり、人里に降りては楽しことをお探しになっていたと!!」
「……はい」
その通り過ぎて、反論できない。
「なので、ねね坊は華月様と六花様は良い友人になれると思うんです」
「…………人間でも?」
「友人に種族は関係ありますか?」
純粋無垢な瞳で問い返されると、グッと喉に詰まる。鬼の僕は隠し通していたと思っていたが、鬼であることを知りつつ六次は本当の孫のように……いや、それ以上に接してくれていた。
ハルトと共に生きるために人間になったのは間違いではないと言いきれるが、確かに種族は関係性を築く上では関係ないだろう。
「誰でも友人になれるね」
「でしょう!? ねね坊は最近友人になりたい方がいるんです!!」
「だれ?」
「銀花様!!」
その言葉に目を瞬かせ、天花の方を見る。天花も目を瞬かせ、おやと言うような声を出した。
その様子に不安を覚えたらしく、ねね坊は口を尖らせる。
「神様の吾子様は、誰でもに入らないですか?」
「ふふ、あはは!! そんなことないよ!! 銀花はまだ赤ちゃんだけど、もう少ししたら話せるようになる。そしたら、ねね坊がお兄さんとして沢山遊びを教えてやってくれないかな? お守りをしてる風花はド真面目だから、色々連れ出してやって?」
するとねね坊は目を輝かせ、何度も頷き「何をしようかなー」と早速考え始めたのだった。
天花と遅い夕食を終える頃、華月が余裕の笑みを浮かべながら帰ってきた。
「おかえりなさい、華月様」
「ただいま、天花。さてと、とりあえず良い話と悪い話、どっち聞きたい?」
天花の隣に腰を下ろした華月は、こちらをじっと見据えるように視線を寄越す。どちらも知る必要のある重要な情報ならば、どちらからでも構わない。そう言おうすると、華月は手を上げてこちらの言葉を制した。
「悪い。聞いといてあれだけど、意地悪しただけだ。悪い話は大してねぇから。とりあえず、メディア関係で働いてる天狗に調べさせて、あの人間。ハルトルの居場所は分かった」
「本当?! アフリカのどこ?!」
「……マラウイ」
「どこ?」
その言葉を予測していたのか、華月は袖から地図を取り出した。そして、ある場所を指し説明をしてくれた。
マラウイ。世界最貧国の一つ。首都はリロングウェ。
アフリカ大陸の南東に位置し、タンザニア、モザンビーク、ザンビアと接する内陸国だ。南北に細長い国土は北海道と九州を合わせたくらいの広さで、大部分は高原。約四十の部族が暮らし、公用語はチェワ語と英語。
英国から独立し、一度も戦争をしたことが無いらしい。貧しいのは国民の多くが従事している農業で得られる作物の少なさ故だ。
マラウイの五歳未満の三分の一が栄養失調であり、半数が五歳の誕生日を迎える前に亡くなっている。その原因は先の栄養失調だ。
収入を増やすためには就学し識字率等を向上させなければならないが、そもそも子供達は農業の手伝いがある。なので、無償化された小学校に通うことは出来ない、または途中で退学することが多い。
そこで支援として農業の効率化を教えたり、女性が農業よりも収入を得やすく継続可能な仕事を教えるボランティアが入っているのだという。
その一つの団体にハルトは居る。ただ、団体に所属している訳ではなく、あくまでカメラマンとフリーライターとして呼ばれているらしい。
それは、いつ移動するか分からないということを示唆している。
「どうやって行けばいい?」
そう言うと、華月はわざとらしく盛大にため息を吐いた。
「あのなぁ。いや、言うと思った。でもな、そんなすぐに言うとは……天花の兄弟って感じ」
「……僕の時間は有限だから」
「………………」
こちらの言葉に華月も天花も無言になった。きっと人間の寿命の短さを改めて感じているのだろう。
「今、この機会を逃したら……生きている間にハルトに会えるか分からない。だから、僕はハルトに会いに行く」
「六次の仕事はどうすんだよ」
「……ずっとじゃない。ハルトに会って、想いを告げて、帰ってくる。その間だけ……集落の人にちゃんと話して行くよ」
「資金は?」
「じぃちゃんの残してくれたお金と続いてる家賃収入は手を付けてないから、それを借りる。基本的に集落の手伝いで貰った賃金とかお裾分けで暮らしてたから」
「……言葉はどうするんだ?」
「……言葉? そっか、あっちは日本語じゃ通じない……よね」
ガックリと肩を落とす。
公用語であるチェワ語か英語を話せればいいのだろうけれど、残念ながらどちらも分からない。いまから学んだとしても……半年はかかるだろう。
「そんな六花君に贈り物だ。おーい」
華月が襖に向かって声をかけると、大人の天狗が一人入ってきた。恭しく頭を下げ、袋を一つ置いて出ていった。
「これは?」
「スマートフォン、いわゆるスマホ。持ってないだろ?」
慣れた手つきで開封し、電源を入れる。
「まぁ、緊急だから支払いは俺の口座にした。戻ったら自分で払えよ? 本体代は餞別だ。で……使い方分からないよな?」
「見たことはある」
触ったことは無いが、集落の若衆が使っているのを見たことがある。持っていないのかと聞かれ、自宅の電話で十分だと言うと、早く持てと言われたのはつい先日のことだ。
「六花ならすぐ慣れるだろ。で、あと、行くって言うと思って、飛行機手配した」
「え!?」
今、驚きの声をあげたのは天花だ。
「早くないですか!? 言語を少し学んでからって!」
「いや、期限があった方が良いかなって」
「えぇ……」
「いつ……?」
「来月頭」
……今が九月の中旬だ。来月の頭であれば、二週間程しかない。短い。
しかし、それくらいで丁度いいだろう。長過ぎるとダレル可能性もある。
「やるよ」
「最低限の検索機能、こっちへの連絡、翻訳アプリとかの使い方は俺が教えてやる。あとはマラウイの金の数え方とか、英語は得意な天狗を呼び寄せたからそいつから習う。いいな? 二週間で少しでも不安が残ると判断したら延期だ。でも、延期の時はもう十月、神無月だ。俺らは出雲大社に出向かなきゃならんから、そしたら出立は霜月以降になると思えよ?」
胸が苦しくなるような思いがした。ハルトに会うためなら、死ぬ気で学ぼう。そう強く決心して華月に向かい畳に額が付くほど頭を下げた。
人間になってから、集落を出ることは殆ど無かったが、人として最低限の移動手段を覚えておいて良かったと今は心から思う。
既に日は沈みかけているが、気にせず山に入る。もともと山で育ったのだから、夜の山が怖いなど思ったことは無い。しかし、それでも少しずつ日が沈むと独特の寒さが身体の体温を奪っていった。
(まだ夏なんだけどな。それに……鬼の頃は寒さなん気にならなかった)
そんなことを思いながら進んでいくと、川辺に到着し休憩のために岩に腰を下ろした。
「食べ物でも持ってくれば良かった」
ふう、と息を吐いて顔を天に向けると、木々の隙間から星達が小さく瞬いている。この空はハルトに続いている……、そう思ったことはあった。
大声を出せば届くのではと、叫んだこともあった。
しかし、そうすればするほど遥か遠くに行ってしまったのだと実感し、涙を流した。
「でも、今は、行ける。僕は人間だ、どこでも行ける!!」
そう言い聞かせるように大きな声を出して立ち上がる。すると、背後の草木が揺れる音がした。
「?」
「ほら、やっぱり六花でした!!」
「えぇ。すごいな。兄弟の絆ってやつか?」
「……天花!!」
真っ黒の衣装を纏った天花と華月が、草木を分けてやってきたのだ。
「良かった!! 会えた!!」
「会えた! じゃねぇよ。天狗の山は人間が立ち入らないように術をかけてるから、普通は迷いながら人里に戻されるんだ。それなのに、食事中に天花が「六花が来た気がする」って走り出したんだぞ?」
「ご、ごめん」
「連絡をくれれば、出迎えをしたのに……どうしたんですか?」
そう言った天花に泣き付くように抱きついた。そして、今日の出来事を一気に捲し立てるように話したのだった。
天狗の屋敷に招かれ、改めて天花と華月にハルトのいる場所の調べ方と行き方を教えて欲しいと頼んだ。
それは、集落のご高齢達よりもよっぽど天狗達の方が現代に入り込んでいると聞いていたからだ。人間側の情報を集めるためには、人間の中に紛れ込む必要がある。昔から天狗はそうやって妖の領分を守ってきたらしい。
待ってろと言った華月は、鴉達に言伝を依頼し、自身も屋敷を後にした。部屋に残された天花は、にこりと笑って立ち上がる。
「六花、少し庭に出ませんか?」
「でも華月が」
「大丈夫です。必ず朗報を持ってきますから」
「信じてるんだね」
「そりゃぁ、私が彼を一番信じていると自信がありますよ」
羨ましい。と言葉には出さずに立ち上がり、天花と共に庭に出た。すると、空から小さな影が優しい風と共にフワリと降りてきた。
「天花さまぁぁ!!」
それは小さな可愛らしい子天狗だ。まだ幼さを残しているが、人間で言えば十歳前後だろうか。
「こら、ねね坊。まずはご挨拶でしょう?」
こちらを見た子天狗は、ハッとした顔をして恭しく頭を下げる。
「あ!! こんばんは。私は天狗の里、子天狗の代表をしております、寧月と申します。ねね坊って呼んでください!」
「とても優秀な子天狗なんですよ」
「そっか。よろしくね。ねね坊。僕は六花、天花の弟だよ」
そう言うと、ねね坊は目をキラキラと輝かせその場でぴょんぴょんと跳ねる。
「存じ上げております!! 天花様が昔話をして下さいます!! 六花様は弟君の中で一番木登りもかけっこも早かったと!! ねね坊にも教えて下さい!!」
「あはは、でも今は人間だから……きっとねね坊の方が上手だよ」
「人間? 天花様のご兄弟ならば鬼ではないのですか?」
天花が何か言おうとしたの目配せで止めて、ねね坊の背丈に合わせるように膝を曲げる。目線が同じになるとねね坊は首を少しだけ傾げた。
「僕は、鬼を辞めたんだ」
「なんで? 天花様ご兄弟全員で神使になられたと伺いました。ご立派な鬼だと」
「好きな人がね。人間だったんだ」
そう言うと、ねね坊は目を見開いた。
「それで、ご自身が人間に? お相手を鬼にすれば良かったのでは?」
「ははは、そうだね。それも考えなかったわけじゃない。でも、相手はこの広い地球の上を自由に飛び回る鳥の様な人なんだ。そんな人を、狭い日本の、狭い山の、神使の嫁には……僕には出来なかったんだ」
「愛してらっしゃるのですね」
屈託のない笑顔で答えたねね坊に、思わず涙が出そうになる。
「そう。愛しているんだ」
「……ところで、ねね坊。何か言伝があっていらしたのではなかったかな?」
優しく天花が聞くと、ねね坊はハッとした表情をして恭しく頭を下げた。
「はい、天花様はお食事の途中でしたので、改めて御膳を整えてございます。六花様も是非ご一緒にいらしてください」
「いいの……?」
「もちろんです!」
「整えなくても良かったのに」
「何を仰いますか! 汁物も全て冷めてるんですよ! 山の夜は冷えます。温かいものを食べるのは臓腑を整える大切な儀式と華月様も仰ってました」
天狗の里には来たことがなかったが、天花が前に話していた通り、とても良い場所のようだ。ふと、思ったことを口にする。
「もし、あの修練に天花じゃなくて僕が呼ばれてたら、僕が華月の嫁になったかな?」
そう言うと、目をぱちくりとさせたねね坊は「絶対無いですね!」と力強く返事をしてきた。あまりに返事が強くて、そんなに否定しなくてもとは思う。
「ねね坊が思うに、六花様がいらしたら華月様と悪友になられていたと思います」
「えぇ……出会ったばかりの僕の何を知ってるの?」
「天花様から様々なお話を伺ってますよ! イタズラしたり、人里に降りては楽しことをお探しになっていたと!!」
「……はい」
その通り過ぎて、反論できない。
「なので、ねね坊は華月様と六花様は良い友人になれると思うんです」
「…………人間でも?」
「友人に種族は関係ありますか?」
純粋無垢な瞳で問い返されると、グッと喉に詰まる。鬼の僕は隠し通していたと思っていたが、鬼であることを知りつつ六次は本当の孫のように……いや、それ以上に接してくれていた。
ハルトと共に生きるために人間になったのは間違いではないと言いきれるが、確かに種族は関係性を築く上では関係ないだろう。
「誰でも友人になれるね」
「でしょう!? ねね坊は最近友人になりたい方がいるんです!!」
「だれ?」
「銀花様!!」
その言葉に目を瞬かせ、天花の方を見る。天花も目を瞬かせ、おやと言うような声を出した。
その様子に不安を覚えたらしく、ねね坊は口を尖らせる。
「神様の吾子様は、誰でもに入らないですか?」
「ふふ、あはは!! そんなことないよ!! 銀花はまだ赤ちゃんだけど、もう少ししたら話せるようになる。そしたら、ねね坊がお兄さんとして沢山遊びを教えてやってくれないかな? お守りをしてる風花はド真面目だから、色々連れ出してやって?」
するとねね坊は目を輝かせ、何度も頷き「何をしようかなー」と早速考え始めたのだった。
天花と遅い夕食を終える頃、華月が余裕の笑みを浮かべながら帰ってきた。
「おかえりなさい、華月様」
「ただいま、天花。さてと、とりあえず良い話と悪い話、どっち聞きたい?」
天花の隣に腰を下ろした華月は、こちらをじっと見据えるように視線を寄越す。どちらも知る必要のある重要な情報ならば、どちらからでも構わない。そう言おうすると、華月は手を上げてこちらの言葉を制した。
「悪い。聞いといてあれだけど、意地悪しただけだ。悪い話は大してねぇから。とりあえず、メディア関係で働いてる天狗に調べさせて、あの人間。ハルトルの居場所は分かった」
「本当?! アフリカのどこ?!」
「……マラウイ」
「どこ?」
その言葉を予測していたのか、華月は袖から地図を取り出した。そして、ある場所を指し説明をしてくれた。
マラウイ。世界最貧国の一つ。首都はリロングウェ。
アフリカ大陸の南東に位置し、タンザニア、モザンビーク、ザンビアと接する内陸国だ。南北に細長い国土は北海道と九州を合わせたくらいの広さで、大部分は高原。約四十の部族が暮らし、公用語はチェワ語と英語。
英国から独立し、一度も戦争をしたことが無いらしい。貧しいのは国民の多くが従事している農業で得られる作物の少なさ故だ。
マラウイの五歳未満の三分の一が栄養失調であり、半数が五歳の誕生日を迎える前に亡くなっている。その原因は先の栄養失調だ。
収入を増やすためには就学し識字率等を向上させなければならないが、そもそも子供達は農業の手伝いがある。なので、無償化された小学校に通うことは出来ない、または途中で退学することが多い。
そこで支援として農業の効率化を教えたり、女性が農業よりも収入を得やすく継続可能な仕事を教えるボランティアが入っているのだという。
その一つの団体にハルトは居る。ただ、団体に所属している訳ではなく、あくまでカメラマンとフリーライターとして呼ばれているらしい。
それは、いつ移動するか分からないということを示唆している。
「どうやって行けばいい?」
そう言うと、華月はわざとらしく盛大にため息を吐いた。
「あのなぁ。いや、言うと思った。でもな、そんなすぐに言うとは……天花の兄弟って感じ」
「……僕の時間は有限だから」
「………………」
こちらの言葉に華月も天花も無言になった。きっと人間の寿命の短さを改めて感じているのだろう。
「今、この機会を逃したら……生きている間にハルトに会えるか分からない。だから、僕はハルトに会いに行く」
「六次の仕事はどうすんだよ」
「……ずっとじゃない。ハルトに会って、想いを告げて、帰ってくる。その間だけ……集落の人にちゃんと話して行くよ」
「資金は?」
「じぃちゃんの残してくれたお金と続いてる家賃収入は手を付けてないから、それを借りる。基本的に集落の手伝いで貰った賃金とかお裾分けで暮らしてたから」
「……言葉はどうするんだ?」
「……言葉? そっか、あっちは日本語じゃ通じない……よね」
ガックリと肩を落とす。
公用語であるチェワ語か英語を話せればいいのだろうけれど、残念ながらどちらも分からない。いまから学んだとしても……半年はかかるだろう。
「そんな六花君に贈り物だ。おーい」
華月が襖に向かって声をかけると、大人の天狗が一人入ってきた。恭しく頭を下げ、袋を一つ置いて出ていった。
「これは?」
「スマートフォン、いわゆるスマホ。持ってないだろ?」
慣れた手つきで開封し、電源を入れる。
「まぁ、緊急だから支払いは俺の口座にした。戻ったら自分で払えよ? 本体代は餞別だ。で……使い方分からないよな?」
「見たことはある」
触ったことは無いが、集落の若衆が使っているのを見たことがある。持っていないのかと聞かれ、自宅の電話で十分だと言うと、早く持てと言われたのはつい先日のことだ。
「六花ならすぐ慣れるだろ。で、あと、行くって言うと思って、飛行機手配した」
「え!?」
今、驚きの声をあげたのは天花だ。
「早くないですか!? 言語を少し学んでからって!」
「いや、期限があった方が良いかなって」
「えぇ……」
「いつ……?」
「来月頭」
……今が九月の中旬だ。来月の頭であれば、二週間程しかない。短い。
しかし、それくらいで丁度いいだろう。長過ぎるとダレル可能性もある。
「やるよ」
「最低限の検索機能、こっちへの連絡、翻訳アプリとかの使い方は俺が教えてやる。あとはマラウイの金の数え方とか、英語は得意な天狗を呼び寄せたからそいつから習う。いいな? 二週間で少しでも不安が残ると判断したら延期だ。でも、延期の時はもう十月、神無月だ。俺らは出雲大社に出向かなきゃならんから、そしたら出立は霜月以降になると思えよ?」
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