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10.5.酒宴
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ジミーにトラックでカスングまで送ってもらい、ご飯をしこたま食べてトラックで二人で仮眠。その後、何故か朝食もご馳走する羽目になってから目的地であるムジンバに向けて歩き出した。
何も無い一本道。たまにトラックが横を勢い良く通り過ぎていった。
リロングウェからムジンバまで、約280kmだ。時速4kmで歩いたとしても70時間。それは、70時間歩き続けた場合だ。そんなことは不可能なので、一週間から十日はかかると思っていた。しかし、ジミーのトラックで半分近くはやってきたので、単純計算であと五日あれば到着するはずだ。
華月が指示した天狗が持ってきた情報だ。間違いなくハルトはムジンバにいるだろう。あと五日なんてすぐに過ぎ去るはずだ。……そう思っていた。
そう。想像と現実は全く違う。歩いても歩いても同じ景色は正直疲れる。
それに、日が暮れる前に寝床を確保し、簡易テントを張り、夕飯を食べて日没にはもう寝袋に入っていないと周りが全く見えなくなるのだ。
かなりの時間ロスだが、逆に朝は早くから出発し暑くなる前に距離を稼ぐことにした。
それでも、三日経った頃に疲れが出てしまい、途中の街と言えないほど小さな集落で久しぶりに人に声をかけた。
『病院……薬局でもいい。ある?』
『そんなのあるわけないだろ?』
若い男は訝しげにこちらをみたが、背負っている荷物の量を見て何かを思い出したように目を見開いた。
『お前!! 歩きでリロングウェからムジンバまで行こうとした無謀な日本人だな!?』
『なんで知ってるの?』
『さっきここを出たトラックの運転手が、ジミーから途中で見かけたらムジンバまで乗せてやれって言われたけど見かけなかったーって話してたんだ!』
なるほど。ジミーは僕が疲れ果てることを簡単に想像出来たのだろう。他の仲間に伝えてくれるなんてありがたい。しかし、どこかで休憩している時などに通り過ぎてしまったのだろう。なんて運が悪いんだ。
興奮気味の男は何かずっと話し続けているが、早口過ぎて聞き取れない。頭も痛いし、クラクラする。どうにか息の合間に口を挟むことが出来た。
『悪いんだけど、どこか泊まれる所……休める場所の、家の裏とかでもいいからある?』
休息を取れば、きっと治るだろう。持っていたお菓子もそろそろ底を尽きるが、今は体力回復の為に食べるのが先決だ。
『ん? 休みたいのか! なら、俺の家に泊まれよ』
『……え? いいの?』
『あぁ。部屋は余ってるし』
そう言って男は肩を貸してくれた。本来なら警戒すべきだろうか、今は信じて男の優しさに甘えなければ、ハルトに会う前に行き倒れてしまう。
いつの間にか家の中に入り、部屋に通され、ベッドに寝かされる。
『おい、荷物はベッドの横に置いておくから。台所の瓶に水があるけど、日本人が直接飲むのは良くないだろうから、置いてあるコーラ飲めよ』
『ありがとう』
『いいよ。とりあえず寝ろ』
男が部屋を出ていった。気配が遠ざかると同時に、意識も遠ざかっていった。
ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「ここは……あぁ、そうだ、休ませてもらったんだっけ……」
起き上がるが、もう頭の痛みはすっかり良くなった。久しぶりにゆっくりと寝た気がする。
ベッドの隣に置いてあるバッグの中身を確認したが、何も無くなっていないし動いた様子もない。どうやら男は本当に部屋を貸してくれただけのようだ。
お礼をせねばと立ち上がると、ちょうど男が部屋を覗き込んだ。
『起きたか』
『うん、ありがとう。助かった』
『いいって。母さんが栄養不足と睡眠不足だろうって。それより腹減ってないか?』
その言葉にお腹がグーと音を鳴らした。それを聞いた男は盛大に笑い、手を引っ張った。
『荷物は置いておけ。とりあえず飯だ』
部屋を出て、キッチン兼テーブルのある小さな部屋に通される。
『母さん、起きたよ』
『本当!? 良かった! 死なれたら埋める穴掘るの大変だもん』
冗談なのか本気なのか分からないが、満面の笑みの男の母親はテーブルに謎の肉料理をドカンと置いた。
『すみません、助かりました』
そういうと、目を瞬かせ男同様に豪快に笑った。この母親にこの子あり、とはこういうことを指すのだろう。
『いいって! スヴェンは警官なんだ。だから人助けも仕事のうち!! それに、家の前で野垂れ死にされたら死神が来るからね!!』
男の名前はスヴェンと言うらしい。チラリとスヴェンを見ると、ニコリと笑って肉料理に手を伸ばした。
『まだ新人警官だけどな。この国じゃ警官は高給取りだから、勉強して良かったよ。いや、その勉強出来たのも母さんが薬の調合が出来るからだけど。医者もどきして、稼いだ金だけどね』
『ふーん、凄いね』
闇医者……じぃちゃんと昔、テレビで見たことがある。医師免許はないけれど、医師として活動する人だ。
『……待って、それって捕まらないの?』
『捕まるさ! だから、そんなことしなくていいように警官になった』
どうやら母親想いの良い青年のようだ。
『まぁ、大々的には辞めたけど、今も村の人は母さんの所に怪我したとか風邪ひいたとか言いに来るよ。ここらじゃ医者に行くのに二日はかかるからなぁ。しかも高い。母さんなら四分の一の値段で治すうえに近い。医師免許は無いけどウィン・ウィンの関係だよ。おい、とりあえず食え食え!! 今日の肉は特別だ!!』
何の肉ですか? とは聞けずに、皿に手を伸ばす。茶色よりも黒に近いその肉は、見た目と違って口に入れるとホロホロと蕩けていく。味も、何味……とは言い表し難いが、悪くない。
『美味いだろー? これ、好物なんだ』
『うん、柔らかいね!』
『そ。ここら辺って水よりコーラの方が手に入りやすかったりするんだ。あ、でもペットボトルじゃなくて瓶か、ビニールのな』
『ビニール……』
それはコーラではなくてなにか別物では? と思わなくもないが、彼が言うならコーラ……なのだろう。
『そのコーラで肉を煮ると柔らかいんだよ。高級料理だから、精を付けるときにしか食べないけど』
『!? そうなんだ、そんな凄い料理をありがとう』
『いいって、俺が食べたかったんだし』
そう言ったスヴェンはバクバクと肉を平らげていった。お前も食べろと皿にドッサリ盛られた肉を食べ切ると、確かに身体中に血が巡り始めた気がする。
一気に食べたからか、少し気持ち悪いが食べて気持ち悪いなんて今は贅沢極まりない。
『お前、今日出発とか言うなよ?』
『え? なんで?』
元気が戻った今ならば、すぐにでも出発したい気持ちだ。首を傾げると、スヴェンの母親はよく分からない紫色の飲み物を机に置いた。
『……え、これ、飲むの? 僕??』
『あんた、昨日あんな状態で倒れといて、私が解放すると思ってんのかい? スヴェンはこれから仕事だから、あんたはこれ飲んでまだ寝るの! 出発は
明日!!』
『えぇ……』
凄く譲って出発は明日でもいい。またベッドを借りれるならゆっくり休める。しかし……目の前の謎の液体。これを飲む……大丈夫だろうか。
『これは滋養にいいんだ! ほら!!』
ズイズイと出されたコップに手を伸ばす。間違いなく……粉砕した食向きではない何かの気配を感じるが、目を瞑りこれは美味しい何かの汁物だと思うことにして飲み干した。
見た目と違わず、そらはドロリと喉の粘膜に絡みながら落ちていく。
(なんかすっぱい……甘くてすっぱくて、渋い……なんだこれ)
しかし中身を聞くのは怖すぎる。空になったコップを返すと、スヴェンは凄いなと囃し立てる。今の反応からして、スヴェンですらあまり飲まないのではないだろうか。母親も嬉しそうに何度も頷いた。
『最高の飲みっぷりだね!! あんた名前は??』
『り、六花』
『リカー? アルコール……酒か?』
『リッカだよ。日本では雪の結晶の名前だよ』
『雪は見たことないけど、似合わないくらい繊細だな。リカーでいいだろ』
スヴェンは大笑いしながら、制服に着替えて出ていった。そして、スヴェンの母親に元いた部屋に押し込められてしまい、やることもなくまたベッドに身体を預ける。すると、あれだけ眠ったのに、またゆっくりと睡魔が襲いかかってきたのだった。
朝から寝始めてどれくらい経ったのだろうか。まだ外は十分に明るいが、朝日なのか夕日なのか分からない。
『おはようございます』
キッチンで何かの実を潰していたスヴェンの母親は、こちらに視線を向けてニッコリと笑った。
『おはよう。よく寝てたね! まぁまだ夕方だけど。もう一眠りするかい?』
正直、もう眠気は無い。これ以上眠れば、逆に身体が訛ってしまいそうだ。
首を振ると、母親は手招きをした。
『暇なんだろ? あの子が帰ってくるまで手伝ってくれよ』
近くに座ると、実を磨り潰していた器を押さえるように言われ、両手で掴む。木の器はとても厚く中はすり鉢のようになっていた。
『この実は何?』
『そこら辺に生えてる実だよ。私が作る薬は、そこら中に生えてる草や実、それに生き物の骨や虫。それらをその人の症状で配分を変えるのさ』
実を聞いたのに、薬の調合を知ってしまい……先程飲んだ謎のドロリとした液体の中身を考えて、胸が焼けるような感覚がした。
それを察したのか、母親は豪快に笑った。
『あっははっはっは!! そんな顔しないでよ。あんたには虫も骨も入れてないよ!!』
『う、うん……』
『あ、そうだ。名乗り忘れてたね。私はカルマ、スヴェンの母親。父親は出稼ぎに出てるよ。……なぁ……日本は、どんなところだい?』
『え?』
至極真面目な声色に顔を上げると、声色と同じような真面目な目で真っ直ぐに見つめられた。しかし、すぐに笑顔に戻る。それが、自然だけれど、自然過ぎて不自然な違和感を覚えた。
『私達の国は最貧国って言われてんだろう? 確かに医者は遠いし、食事だってギリギリの日もある。うちはまだ井戸が近いけど、水は汲みに行かなきゃいけない。それでも、まぁ楽しんでんだけどね。日本はどうだい?』
『……うーん。……』
住んでいるのは日本でも、山の中だ。都心で暮らしたことがないけれど、空港に行くまでの景色を思い出す。
『人がとにかく多いよ。肩がぶつかるくらい近い距離で歩く時もあった。見渡せば何かしらの病院があるし、食事する店がふんだんにある。……でも、皆、何かに急いでるから早足だよ』
『そりゃまぁ……便利で生きやすいけど、生きにくいね』
『どうだろう。僕は山育ちだから、よく分からないや』
『はははっ! そうかい。……スヴェンをね、留学させたかったんだよ』
『え? 日本に?』
カルマは首を振って、少しだけ沈黙した。じっと待っていると、実を擦るのを辞めて立ち上がる。
『どこでも良かった。この国を出れば、あの子はきっと大成すると思ったの。でも、あんたの話を聞いて、どこにもやらなくて良かったと思っちゃったよ』
『なんで?』
『私達とは時間の感覚が全く違うようだからね。きっとあの子は疲れてしまう。そもそも私らは時間なんて気にして生活してないんだから。日が昇れば仕事をするし、日が沈めば眠る。それだけだよ』
その生活は六次として集落で暮らす前の、蓮達との屋敷での生活に似ている気がする。確かにあの生活に慣れてしまうと、時間という概念はほぼ無い。正月だなとか、雨が続くなとか、暑いなとかそれが続いてまた正月になったりするのだ。
しかし、それは鬼だったからだ。人の身体になると老いていく時間の流れが鬼とは違う。
『そんなに、のんびりしていたら……すぐに年寄りにならない?』
『え? あははは!! そんなことないさ、時間は誰にだって有限だよ。のんびりしてるんじゃないしね。死ぬのが恐いのかい?』
『人間は、早く死ぬでしょ? やりたいこと、すぐにやらないと、すぐに死期が来る』
『難しいこと言うね。そんな死ぬまでのこと考えるより、今日の晩飯考えるのに私は手一杯だよ』
そう言って、カルマは器を持ち上げ部屋を出ていった。残された部屋で一人、窓の外を眺めて考える。
カルマとの会話で、自身が思っている以上に人間の生命の短さに慄いていたことに気がついた。早くハルトに会わないと、一秒でも早く会わないと、と考えていた。それは今でも変わりないが、その焦燥感だけだった気持ちに変化があった気がする。
きっとスヴェンとカルマに出逢うために、ジミーと別れた後に歩き続けたのだろう。そう思うと、出会いの全てが自身の糧になっているような気がしてきたのだった。
その後もカルマの手伝いをしていると、仕事を終えたスヴェンが帰ってきた。元気になったのかと大笑いで肩を叩かれ、そしてそのまま外へ連れ出され……今は知らない人の家で謎の酒を飲まされそうになっている。
『やぁ、リカー! お前のことはスヴェンが街中に話してたぜ!!』
一体何を話したのだろうか。と思ったが、ただ行き倒れそうな日本人を助けたと話し回っていたようだ。
『元気になってたら、今夜はうちで祝いだってなってな』
代わる代わるやってくる男たちは、皆満面の笑みだ。多分、祝いという名目で酒宴をしているのだろうけれど、それは日本と余り変わらないなと思う。
『ありがとう。リカーじゃなくて、リッカだけど。まぁいいや。ところでコレは何の酒なの?』
『ん? あぁ、酒だよ』
……酒の種類を聞いたのだけれど、酒は酒らしい。しかし、それは日本のように缶や瓶に入ってはいない。ポリ袋だ。
それを開け、ボロボロのコップに注いでいき、入り切らなかった酒はビニールから直接飲んでいる。なんというか、言い方は悪いだろうが間違いなく依存性のソレだ。
『かんぱーーい!!』
何故か小躍りで乾杯をした男達は一気にそれを煽り、クゥー! とキツそうで嬉しそうな謎の表情をした。その様子を確認した後に、少し酒を口に含む。
「――っっっ強!! は!? アルコール、これ割るんじゃないの!?」
間違いなく、ストレートで飲むものでは無いはずだ。思わず出た日本語に、男達は大笑いだ。
『ハハハ!! リカーなんて名前でもやっぱり酒は弱いのか!! そんなナヨナヨした身体じゃ子供みたいなもんだもんなぁ!!』
『は?』
『背ばっかデカくても、優しすぎるマンマに甘えて来たんじゃないか?』
頭にくるとはこういうことだ。背丈は今ここで酒を飲んでいる男達と変わらない、体格は……まぁ仕方ない。しかし、母親はいないがそれの代わりが蓮であり、蓮をバカにされたのであれば許せない。でも、それをここで言おうと男達には何も響かないだろう。
そう思って貰ったコップの酒を一気に煽る。ゴンッと強めに空のコップを置くと男達は目を瞬かせた。
『ウェーイ!! 日本の坊やはご立腹だ!! こりゃ付き合わないと明日の命はねぇかもな!! ハハハ!! 飲め飲め!!』
そして、また酒が注がれる。何度も何度もいつの間にか酒のパッケージが変わっているので、違う酒になったのかもしれないが、味なんてもうよく分からない。
そして何時間かすると、そこら辺に男達の泥酔した屍が転がっていた。
『リカーは酒が強いんだな』
『ん? あぁ。そうだね』
煽るだけ煽った男達は寝てしまい、最後に残ったのは優男風の可愛らしい男だ。どこか雰囲気が天花に似ている気がする。
男はどこからがコーラを持ってきた。それを二本、机に置いた。
『もう酒はいらないだら? オレも酔わない質でさ。コーラにしよう』
『いいの?』
『あぁ、オレの家は商店でさ。たまに業者が安く譲ってくれるんだ。それを少しずつ貯めて、たまーにこうして飲むのが好きなんだ。まぁ、温いけど』
そう言ってクスクスと笑い、栓を抜く。この辺では瓶入りのコーラは高級品のはずだ。それを気前よく栓を抜いた男は一本こちらに差し出した。
『乾杯』
『乾杯』
グイッと喉に流し込む。温いコーラは、酒とは違うシュワシュワとした炭酸を弾けさせながら喉に心地良く流れていく。
『美味い!』
『だろ!? 日本人ならコーラなんて飲みなれてるだろうけど、馬鹿みたいに酒を飲んだあとはコーラに限るよ』
そう言って男はもう一口コーラを煽る。
『話があるんじゃないの?』
なんとなく、男がただコーラ飲みたくて声をかけてきた訳では無い気がしていたので聞いてみる。すると、ゴホゴホと噎せながらこちらを見た。
『なんで? わかる?』
『あー、なんとなく。そんな気がした』
少し俯いた男は、屍のような男達をチラリと見てから小さな声で呟いた。
『好きな人が……いるんだ』
『ふーん……あ、もしかしてスヴェン?』
『!? なっ!! リカー!! お前、エスパーだな!?』
エスパーが何かよく分からないが、とりあえず違うと否定する。訝しげに見ていた男だが、観念したように溜息を吐いた。
『はぁー、そうだよ。僕さ、スヴェンと幼馴染なんだ。いつも一緒に遊んでた。でも、スヴェンが仕事始めてからはなかなか会えなくて。近いのに、顔を見るのも理由がいる。辛いなって。でも、ここら辺の奴らは全員知り合いだから、そんな話なんてもちろん出来ないだろ? だから、リカーに聞いて欲しかった』
なるほどとコーラをもう一口飲む。
『告白とかは?』
『ははっ! そんなこと出来ないよ! 僕もスヴェンも一人っ子だから、家庭を持って子供ができなきゃ……』
『子供が出来ないのは……辛い?』
『そりゃぁね。そういや、リカーも好きな人に会うためにアフリカに来たんだろ?』
その言葉にハルトの顔が脳裏に浮かぶ。もうすぐ会える楽しみが大半を占めるが、たまに嫌がられたらと考えなくもない。
『うん、僕の好きな人も、男だよ』
『ええ!? そうなの!?』
男は驚きの中に歓喜を滲ませ、強くコーラの瓶を握った。そして一気にそれを飲み干し、ドンッと強く机に置く。
『リカーの周りの人は嫌がらなかったの? 子供が出来ないのは……僕らの代で繁栄はしなくなる』
『うーん。男同士っていうのは僕の周りは多くて気にしなかった。子孫とかも。僕はただ、ハルトが好きで堪らないから。断られるかもしれないけど』
『……そっ……かぁ……。いいなぁ、好きな人。そのハルトって奴と良い関係になれるといいな』
『うん、ありがとう。君も。好きって気持ちを大事にしてね』
『あぁ! 気持ちはなかなか変えられないもんな』
少し悲しそうな笑顔をしたが、すぐにスッキリとした顔になった。そしてこちらのコーラの瓶も回収し、立ち上がる。
『さて、もう帰るよ。リカーと話せてよかった。あ、僕の名前はラス。またここら辺を通る時は、僕の店で買い物してくれよ。サービスする』
『ありがとう』
手を振り、ラスは颯爽と暗闇の中に消えていった。
立ち上がり、寝転がっている酔っぱらいの中からスヴェンを探す。
『ねぇ、スヴェン。起きて』
『うんー? リカー。朝か?』
『いや、まだ夜。帰って寝よう。僕は明日の昼までにはここを出るから』
『お前……あんなに飲んだのに動けるとかモンスターなのか?』
元は鬼なのでモンスターには違いない。しかし、今は人間だ。返事をせずに笑って返すと、スヴェンは頭を掻きながら起き上がった。
『あれ? ラスもいただろ?』
『彼は帰ったよ』
『そっか。ここを出る時は見送るから、声掛けろよ?』
そう言うと、スヴェンはまた寝転がり寝息を立て始めた。
仕方がないので、一人で暗闇を家に戻る。軽くタオルで汗を拭き、布団に寝転がるとすぐに睡魔が襲ってきた。
翌朝、荷造りを終えてカルマに別れを告げた。カルマはまるでちょっと散歩に行くのを見送るかのように、片手を上げて『行ってらっしゃい』と軽い挨拶だけだった。
しかし、泣きながらの別れよりもよっぽどいい。それに、行ってらっしゃいと言われたのだから、また機会があれば顔を見せようと思えた。
そして、まだ寝転がっている数人を飛び越え、スヴェンの肩を揺する。
『スヴェン、僕は行くよ』
『んぁ? おぉ。町外れまで見送る』
のっそり起き上がったスヴェンは、大きく伸びをして立ち上がる。大丈夫かと聞くと、満面の笑みで日常だよと返された。
『すっかりお世話になったね。カルマに挨拶したけどアッサリしてたよ』
『ははっ! 今頃になって泣いてるかもな! そうだ。昨日、最後はラスと飲んでたのか?』
『うん。でもお酒じゃなくてコーラを貰ったよ』
『えぇー! 起きてりゃ良かった! ……あぁー、ラスと何話したんだ?』
珍しく俯き加減のスヴェンは、覇気のない声で質問をしてきた。正直、話はスヴェンのことと恋愛のことだけだ。それを言ってしまうのは良くないだろう。
『ラスとスヴェンが幼馴染だって話だよ』
当たり障りなく間違っていない返事をすると、スヴェンはそれだけか? と首を傾げた。
『うーん、他にも話したけど酔ってたからね』
『あー、そうだよな。……あいつ可愛いだろ?』
『え? あ、うん』
突然の質問に思わず同意してしまったが、スヴェンはこちらの反応を気にせずに話を続ける。
『ずっと一緒にいたのにさ、俺が警官になってからたまにこうして飲む時と買い物の時くらいしか顔を見れなくなって。俺もアイツもすぐに結婚するんだろうけどさ』
『もしかして……好きなの?』
『ああ、大好きだな。ラブって意味で』
なんだ、それならば両想いだ。万事解決と思ったその時だ。
『まぁ、男同士は子供が出来ないから』
『……』
『ここら辺は特にな。珍しい男同士の上に、子供ができない。まぁ、一度結婚して子供育てて一段落して……ってその頃には俺らはジジイだな』
悲しくなるような声を出すスヴェンに、なんと声をかければいいのだろうか。男同士であるとこに違和感を覚えたことは無い。性別を重視していない環境で育ったことも大きいが、男同士でも妊娠するから余計に疑問に思ったことは無かった。
しかし、きっとハルトもスヴェン同じ気持ちを抱いているのではないだろうか。
『……スヴェン、僕は……僕の、自分の気持ちを大事にしたい』
『そりゃそうだよな』
『僕、大切な人に会いに行く途中なんだけど……愛してる人、その人は男だよ』
『え?』
『日本で、ほんの数ヶ月一緒だっただけの人。彼が僕を人間にしてくれた。命は短いけど、その中で彼を愛して、命果てる時は彼と過ごしたい。子供は確かに授かれないけど……それでも僕は、彼を愛し続けたい』
『……リッカは、なんか日本の神様みたいだな。ああ、日本の神様なんて知らないけどさ。なんとなく』
人間にしてくれたというのは、勿論そのままの意味もあるが心の面での意味が強かった。人間ではなかったことがバレてしまったのかと思い、言い訳しようかと思案したが、どうやらそうでは無いらしい。
『神様だったら、彼の気持ちが分かるのにね』
『はははっ!! そりゃぁ無理だろ! 神は万能じゃない。あ、日本の神様は気持ちが分かるのか?』
そう言われふと考えてみたが、四季神である蓮も気持ちを全てわかっているわけじゃない。それに無条件で分かるのではなく、ただ、良く見ているのだ。
洞察力というやつだろう。
『そんなことないな。神様も恋愛に振り回されてた』
恋しくて恋しくて堪らない恭吾を、屋敷から追い出したりもした。
『人間も神も、努力しなきゃってことだな』
納得したようなスヴェンの声はどこか晴れやかに聞こえた。
『僕も、頑張るよ。あぁ、もしフラれたら戻ってくるから。そしたらまた飲もう』
『はははっ!! 成功したらそいつも一緒に連れて来いよ。待ってる』
いつの間にか到着した町外れ。背後のスヴェンを見ればまだ家が見えるが、進む道を見ると何も無い。たった二日前は一人で歩いていた同じような道が、今は無性に寂しく感じられた。
しかし、立ち止まっていられない。
ハルトの気持ちは分からないが、自身の気持ちははっきりしている。
『行ってくる』
『おう!! お前が告白に成功したら、俺もラスに言ってみようかな』
『僕、責任重大じゃん!!』
『そうだぜ!! だから、精一杯想いを伝えてこいよ!!』
その言葉にありがとうと告げて背を向ける。重いリュックを背負い直し、ハルトに向けての一歩を改めて踏み出した。
何も無い一本道。たまにトラックが横を勢い良く通り過ぎていった。
リロングウェからムジンバまで、約280kmだ。時速4kmで歩いたとしても70時間。それは、70時間歩き続けた場合だ。そんなことは不可能なので、一週間から十日はかかると思っていた。しかし、ジミーのトラックで半分近くはやってきたので、単純計算であと五日あれば到着するはずだ。
華月が指示した天狗が持ってきた情報だ。間違いなくハルトはムジンバにいるだろう。あと五日なんてすぐに過ぎ去るはずだ。……そう思っていた。
そう。想像と現実は全く違う。歩いても歩いても同じ景色は正直疲れる。
それに、日が暮れる前に寝床を確保し、簡易テントを張り、夕飯を食べて日没にはもう寝袋に入っていないと周りが全く見えなくなるのだ。
かなりの時間ロスだが、逆に朝は早くから出発し暑くなる前に距離を稼ぐことにした。
それでも、三日経った頃に疲れが出てしまい、途中の街と言えないほど小さな集落で久しぶりに人に声をかけた。
『病院……薬局でもいい。ある?』
『そんなのあるわけないだろ?』
若い男は訝しげにこちらをみたが、背負っている荷物の量を見て何かを思い出したように目を見開いた。
『お前!! 歩きでリロングウェからムジンバまで行こうとした無謀な日本人だな!?』
『なんで知ってるの?』
『さっきここを出たトラックの運転手が、ジミーから途中で見かけたらムジンバまで乗せてやれって言われたけど見かけなかったーって話してたんだ!』
なるほど。ジミーは僕が疲れ果てることを簡単に想像出来たのだろう。他の仲間に伝えてくれるなんてありがたい。しかし、どこかで休憩している時などに通り過ぎてしまったのだろう。なんて運が悪いんだ。
興奮気味の男は何かずっと話し続けているが、早口過ぎて聞き取れない。頭も痛いし、クラクラする。どうにか息の合間に口を挟むことが出来た。
『悪いんだけど、どこか泊まれる所……休める場所の、家の裏とかでもいいからある?』
休息を取れば、きっと治るだろう。持っていたお菓子もそろそろ底を尽きるが、今は体力回復の為に食べるのが先決だ。
『ん? 休みたいのか! なら、俺の家に泊まれよ』
『……え? いいの?』
『あぁ。部屋は余ってるし』
そう言って男は肩を貸してくれた。本来なら警戒すべきだろうか、今は信じて男の優しさに甘えなければ、ハルトに会う前に行き倒れてしまう。
いつの間にか家の中に入り、部屋に通され、ベッドに寝かされる。
『おい、荷物はベッドの横に置いておくから。台所の瓶に水があるけど、日本人が直接飲むのは良くないだろうから、置いてあるコーラ飲めよ』
『ありがとう』
『いいよ。とりあえず寝ろ』
男が部屋を出ていった。気配が遠ざかると同時に、意識も遠ざかっていった。
ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「ここは……あぁ、そうだ、休ませてもらったんだっけ……」
起き上がるが、もう頭の痛みはすっかり良くなった。久しぶりにゆっくりと寝た気がする。
ベッドの隣に置いてあるバッグの中身を確認したが、何も無くなっていないし動いた様子もない。どうやら男は本当に部屋を貸してくれただけのようだ。
お礼をせねばと立ち上がると、ちょうど男が部屋を覗き込んだ。
『起きたか』
『うん、ありがとう。助かった』
『いいって。母さんが栄養不足と睡眠不足だろうって。それより腹減ってないか?』
その言葉にお腹がグーと音を鳴らした。それを聞いた男は盛大に笑い、手を引っ張った。
『荷物は置いておけ。とりあえず飯だ』
部屋を出て、キッチン兼テーブルのある小さな部屋に通される。
『母さん、起きたよ』
『本当!? 良かった! 死なれたら埋める穴掘るの大変だもん』
冗談なのか本気なのか分からないが、満面の笑みの男の母親はテーブルに謎の肉料理をドカンと置いた。
『すみません、助かりました』
そういうと、目を瞬かせ男同様に豪快に笑った。この母親にこの子あり、とはこういうことを指すのだろう。
『いいって! スヴェンは警官なんだ。だから人助けも仕事のうち!! それに、家の前で野垂れ死にされたら死神が来るからね!!』
男の名前はスヴェンと言うらしい。チラリとスヴェンを見ると、ニコリと笑って肉料理に手を伸ばした。
『まだ新人警官だけどな。この国じゃ警官は高給取りだから、勉強して良かったよ。いや、その勉強出来たのも母さんが薬の調合が出来るからだけど。医者もどきして、稼いだ金だけどね』
『ふーん、凄いね』
闇医者……じぃちゃんと昔、テレビで見たことがある。医師免許はないけれど、医師として活動する人だ。
『……待って、それって捕まらないの?』
『捕まるさ! だから、そんなことしなくていいように警官になった』
どうやら母親想いの良い青年のようだ。
『まぁ、大々的には辞めたけど、今も村の人は母さんの所に怪我したとか風邪ひいたとか言いに来るよ。ここらじゃ医者に行くのに二日はかかるからなぁ。しかも高い。母さんなら四分の一の値段で治すうえに近い。医師免許は無いけどウィン・ウィンの関係だよ。おい、とりあえず食え食え!! 今日の肉は特別だ!!』
何の肉ですか? とは聞けずに、皿に手を伸ばす。茶色よりも黒に近いその肉は、見た目と違って口に入れるとホロホロと蕩けていく。味も、何味……とは言い表し難いが、悪くない。
『美味いだろー? これ、好物なんだ』
『うん、柔らかいね!』
『そ。ここら辺って水よりコーラの方が手に入りやすかったりするんだ。あ、でもペットボトルじゃなくて瓶か、ビニールのな』
『ビニール……』
それはコーラではなくてなにか別物では? と思わなくもないが、彼が言うならコーラ……なのだろう。
『そのコーラで肉を煮ると柔らかいんだよ。高級料理だから、精を付けるときにしか食べないけど』
『!? そうなんだ、そんな凄い料理をありがとう』
『いいって、俺が食べたかったんだし』
そう言ったスヴェンはバクバクと肉を平らげていった。お前も食べろと皿にドッサリ盛られた肉を食べ切ると、確かに身体中に血が巡り始めた気がする。
一気に食べたからか、少し気持ち悪いが食べて気持ち悪いなんて今は贅沢極まりない。
『お前、今日出発とか言うなよ?』
『え? なんで?』
元気が戻った今ならば、すぐにでも出発したい気持ちだ。首を傾げると、スヴェンの母親はよく分からない紫色の飲み物を机に置いた。
『……え、これ、飲むの? 僕??』
『あんた、昨日あんな状態で倒れといて、私が解放すると思ってんのかい? スヴェンはこれから仕事だから、あんたはこれ飲んでまだ寝るの! 出発は
明日!!』
『えぇ……』
凄く譲って出発は明日でもいい。またベッドを借りれるならゆっくり休める。しかし……目の前の謎の液体。これを飲む……大丈夫だろうか。
『これは滋養にいいんだ! ほら!!』
ズイズイと出されたコップに手を伸ばす。間違いなく……粉砕した食向きではない何かの気配を感じるが、目を瞑りこれは美味しい何かの汁物だと思うことにして飲み干した。
見た目と違わず、そらはドロリと喉の粘膜に絡みながら落ちていく。
(なんかすっぱい……甘くてすっぱくて、渋い……なんだこれ)
しかし中身を聞くのは怖すぎる。空になったコップを返すと、スヴェンは凄いなと囃し立てる。今の反応からして、スヴェンですらあまり飲まないのではないだろうか。母親も嬉しそうに何度も頷いた。
『最高の飲みっぷりだね!! あんた名前は??』
『り、六花』
『リカー? アルコール……酒か?』
『リッカだよ。日本では雪の結晶の名前だよ』
『雪は見たことないけど、似合わないくらい繊細だな。リカーでいいだろ』
スヴェンは大笑いしながら、制服に着替えて出ていった。そして、スヴェンの母親に元いた部屋に押し込められてしまい、やることもなくまたベッドに身体を預ける。すると、あれだけ眠ったのに、またゆっくりと睡魔が襲いかかってきたのだった。
朝から寝始めてどれくらい経ったのだろうか。まだ外は十分に明るいが、朝日なのか夕日なのか分からない。
『おはようございます』
キッチンで何かの実を潰していたスヴェンの母親は、こちらに視線を向けてニッコリと笑った。
『おはよう。よく寝てたね! まぁまだ夕方だけど。もう一眠りするかい?』
正直、もう眠気は無い。これ以上眠れば、逆に身体が訛ってしまいそうだ。
首を振ると、母親は手招きをした。
『暇なんだろ? あの子が帰ってくるまで手伝ってくれよ』
近くに座ると、実を磨り潰していた器を押さえるように言われ、両手で掴む。木の器はとても厚く中はすり鉢のようになっていた。
『この実は何?』
『そこら辺に生えてる実だよ。私が作る薬は、そこら中に生えてる草や実、それに生き物の骨や虫。それらをその人の症状で配分を変えるのさ』
実を聞いたのに、薬の調合を知ってしまい……先程飲んだ謎のドロリとした液体の中身を考えて、胸が焼けるような感覚がした。
それを察したのか、母親は豪快に笑った。
『あっははっはっは!! そんな顔しないでよ。あんたには虫も骨も入れてないよ!!』
『う、うん……』
『あ、そうだ。名乗り忘れてたね。私はカルマ、スヴェンの母親。父親は出稼ぎに出てるよ。……なぁ……日本は、どんなところだい?』
『え?』
至極真面目な声色に顔を上げると、声色と同じような真面目な目で真っ直ぐに見つめられた。しかし、すぐに笑顔に戻る。それが、自然だけれど、自然過ぎて不自然な違和感を覚えた。
『私達の国は最貧国って言われてんだろう? 確かに医者は遠いし、食事だってギリギリの日もある。うちはまだ井戸が近いけど、水は汲みに行かなきゃいけない。それでも、まぁ楽しんでんだけどね。日本はどうだい?』
『……うーん。……』
住んでいるのは日本でも、山の中だ。都心で暮らしたことがないけれど、空港に行くまでの景色を思い出す。
『人がとにかく多いよ。肩がぶつかるくらい近い距離で歩く時もあった。見渡せば何かしらの病院があるし、食事する店がふんだんにある。……でも、皆、何かに急いでるから早足だよ』
『そりゃまぁ……便利で生きやすいけど、生きにくいね』
『どうだろう。僕は山育ちだから、よく分からないや』
『はははっ! そうかい。……スヴェンをね、留学させたかったんだよ』
『え? 日本に?』
カルマは首を振って、少しだけ沈黙した。じっと待っていると、実を擦るのを辞めて立ち上がる。
『どこでも良かった。この国を出れば、あの子はきっと大成すると思ったの。でも、あんたの話を聞いて、どこにもやらなくて良かったと思っちゃったよ』
『なんで?』
『私達とは時間の感覚が全く違うようだからね。きっとあの子は疲れてしまう。そもそも私らは時間なんて気にして生活してないんだから。日が昇れば仕事をするし、日が沈めば眠る。それだけだよ』
その生活は六次として集落で暮らす前の、蓮達との屋敷での生活に似ている気がする。確かにあの生活に慣れてしまうと、時間という概念はほぼ無い。正月だなとか、雨が続くなとか、暑いなとかそれが続いてまた正月になったりするのだ。
しかし、それは鬼だったからだ。人の身体になると老いていく時間の流れが鬼とは違う。
『そんなに、のんびりしていたら……すぐに年寄りにならない?』
『え? あははは!! そんなことないさ、時間は誰にだって有限だよ。のんびりしてるんじゃないしね。死ぬのが恐いのかい?』
『人間は、早く死ぬでしょ? やりたいこと、すぐにやらないと、すぐに死期が来る』
『難しいこと言うね。そんな死ぬまでのこと考えるより、今日の晩飯考えるのに私は手一杯だよ』
そう言って、カルマは器を持ち上げ部屋を出ていった。残された部屋で一人、窓の外を眺めて考える。
カルマとの会話で、自身が思っている以上に人間の生命の短さに慄いていたことに気がついた。早くハルトに会わないと、一秒でも早く会わないと、と考えていた。それは今でも変わりないが、その焦燥感だけだった気持ちに変化があった気がする。
きっとスヴェンとカルマに出逢うために、ジミーと別れた後に歩き続けたのだろう。そう思うと、出会いの全てが自身の糧になっているような気がしてきたのだった。
その後もカルマの手伝いをしていると、仕事を終えたスヴェンが帰ってきた。元気になったのかと大笑いで肩を叩かれ、そしてそのまま外へ連れ出され……今は知らない人の家で謎の酒を飲まされそうになっている。
『やぁ、リカー! お前のことはスヴェンが街中に話してたぜ!!』
一体何を話したのだろうか。と思ったが、ただ行き倒れそうな日本人を助けたと話し回っていたようだ。
『元気になってたら、今夜はうちで祝いだってなってな』
代わる代わるやってくる男たちは、皆満面の笑みだ。多分、祝いという名目で酒宴をしているのだろうけれど、それは日本と余り変わらないなと思う。
『ありがとう。リカーじゃなくて、リッカだけど。まぁいいや。ところでコレは何の酒なの?』
『ん? あぁ、酒だよ』
……酒の種類を聞いたのだけれど、酒は酒らしい。しかし、それは日本のように缶や瓶に入ってはいない。ポリ袋だ。
それを開け、ボロボロのコップに注いでいき、入り切らなかった酒はビニールから直接飲んでいる。なんというか、言い方は悪いだろうが間違いなく依存性のソレだ。
『かんぱーーい!!』
何故か小躍りで乾杯をした男達は一気にそれを煽り、クゥー! とキツそうで嬉しそうな謎の表情をした。その様子を確認した後に、少し酒を口に含む。
「――っっっ強!! は!? アルコール、これ割るんじゃないの!?」
間違いなく、ストレートで飲むものでは無いはずだ。思わず出た日本語に、男達は大笑いだ。
『ハハハ!! リカーなんて名前でもやっぱり酒は弱いのか!! そんなナヨナヨした身体じゃ子供みたいなもんだもんなぁ!!』
『は?』
『背ばっかデカくても、優しすぎるマンマに甘えて来たんじゃないか?』
頭にくるとはこういうことだ。背丈は今ここで酒を飲んでいる男達と変わらない、体格は……まぁ仕方ない。しかし、母親はいないがそれの代わりが蓮であり、蓮をバカにされたのであれば許せない。でも、それをここで言おうと男達には何も響かないだろう。
そう思って貰ったコップの酒を一気に煽る。ゴンッと強めに空のコップを置くと男達は目を瞬かせた。
『ウェーイ!! 日本の坊やはご立腹だ!! こりゃ付き合わないと明日の命はねぇかもな!! ハハハ!! 飲め飲め!!』
そして、また酒が注がれる。何度も何度もいつの間にか酒のパッケージが変わっているので、違う酒になったのかもしれないが、味なんてもうよく分からない。
そして何時間かすると、そこら辺に男達の泥酔した屍が転がっていた。
『リカーは酒が強いんだな』
『ん? あぁ。そうだね』
煽るだけ煽った男達は寝てしまい、最後に残ったのは優男風の可愛らしい男だ。どこか雰囲気が天花に似ている気がする。
男はどこからがコーラを持ってきた。それを二本、机に置いた。
『もう酒はいらないだら? オレも酔わない質でさ。コーラにしよう』
『いいの?』
『あぁ、オレの家は商店でさ。たまに業者が安く譲ってくれるんだ。それを少しずつ貯めて、たまーにこうして飲むのが好きなんだ。まぁ、温いけど』
そう言ってクスクスと笑い、栓を抜く。この辺では瓶入りのコーラは高級品のはずだ。それを気前よく栓を抜いた男は一本こちらに差し出した。
『乾杯』
『乾杯』
グイッと喉に流し込む。温いコーラは、酒とは違うシュワシュワとした炭酸を弾けさせながら喉に心地良く流れていく。
『美味い!』
『だろ!? 日本人ならコーラなんて飲みなれてるだろうけど、馬鹿みたいに酒を飲んだあとはコーラに限るよ』
そう言って男はもう一口コーラを煽る。
『話があるんじゃないの?』
なんとなく、男がただコーラ飲みたくて声をかけてきた訳では無い気がしていたので聞いてみる。すると、ゴホゴホと噎せながらこちらを見た。
『なんで? わかる?』
『あー、なんとなく。そんな気がした』
少し俯いた男は、屍のような男達をチラリと見てから小さな声で呟いた。
『好きな人が……いるんだ』
『ふーん……あ、もしかしてスヴェン?』
『!? なっ!! リカー!! お前、エスパーだな!?』
エスパーが何かよく分からないが、とりあえず違うと否定する。訝しげに見ていた男だが、観念したように溜息を吐いた。
『はぁー、そうだよ。僕さ、スヴェンと幼馴染なんだ。いつも一緒に遊んでた。でも、スヴェンが仕事始めてからはなかなか会えなくて。近いのに、顔を見るのも理由がいる。辛いなって。でも、ここら辺の奴らは全員知り合いだから、そんな話なんてもちろん出来ないだろ? だから、リカーに聞いて欲しかった』
なるほどとコーラをもう一口飲む。
『告白とかは?』
『ははっ! そんなこと出来ないよ! 僕もスヴェンも一人っ子だから、家庭を持って子供ができなきゃ……』
『子供が出来ないのは……辛い?』
『そりゃぁね。そういや、リカーも好きな人に会うためにアフリカに来たんだろ?』
その言葉にハルトの顔が脳裏に浮かぶ。もうすぐ会える楽しみが大半を占めるが、たまに嫌がられたらと考えなくもない。
『うん、僕の好きな人も、男だよ』
『ええ!? そうなの!?』
男は驚きの中に歓喜を滲ませ、強くコーラの瓶を握った。そして一気にそれを飲み干し、ドンッと強く机に置く。
『リカーの周りの人は嫌がらなかったの? 子供が出来ないのは……僕らの代で繁栄はしなくなる』
『うーん。男同士っていうのは僕の周りは多くて気にしなかった。子孫とかも。僕はただ、ハルトが好きで堪らないから。断られるかもしれないけど』
『……そっ……かぁ……。いいなぁ、好きな人。そのハルトって奴と良い関係になれるといいな』
『うん、ありがとう。君も。好きって気持ちを大事にしてね』
『あぁ! 気持ちはなかなか変えられないもんな』
少し悲しそうな笑顔をしたが、すぐにスッキリとした顔になった。そしてこちらのコーラの瓶も回収し、立ち上がる。
『さて、もう帰るよ。リカーと話せてよかった。あ、僕の名前はラス。またここら辺を通る時は、僕の店で買い物してくれよ。サービスする』
『ありがとう』
手を振り、ラスは颯爽と暗闇の中に消えていった。
立ち上がり、寝転がっている酔っぱらいの中からスヴェンを探す。
『ねぇ、スヴェン。起きて』
『うんー? リカー。朝か?』
『いや、まだ夜。帰って寝よう。僕は明日の昼までにはここを出るから』
『お前……あんなに飲んだのに動けるとかモンスターなのか?』
元は鬼なのでモンスターには違いない。しかし、今は人間だ。返事をせずに笑って返すと、スヴェンは頭を掻きながら起き上がった。
『あれ? ラスもいただろ?』
『彼は帰ったよ』
『そっか。ここを出る時は見送るから、声掛けろよ?』
そう言うと、スヴェンはまた寝転がり寝息を立て始めた。
仕方がないので、一人で暗闇を家に戻る。軽くタオルで汗を拭き、布団に寝転がるとすぐに睡魔が襲ってきた。
翌朝、荷造りを終えてカルマに別れを告げた。カルマはまるでちょっと散歩に行くのを見送るかのように、片手を上げて『行ってらっしゃい』と軽い挨拶だけだった。
しかし、泣きながらの別れよりもよっぽどいい。それに、行ってらっしゃいと言われたのだから、また機会があれば顔を見せようと思えた。
そして、まだ寝転がっている数人を飛び越え、スヴェンの肩を揺する。
『スヴェン、僕は行くよ』
『んぁ? おぉ。町外れまで見送る』
のっそり起き上がったスヴェンは、大きく伸びをして立ち上がる。大丈夫かと聞くと、満面の笑みで日常だよと返された。
『すっかりお世話になったね。カルマに挨拶したけどアッサリしてたよ』
『ははっ! 今頃になって泣いてるかもな! そうだ。昨日、最後はラスと飲んでたのか?』
『うん。でもお酒じゃなくてコーラを貰ったよ』
『えぇー! 起きてりゃ良かった! ……あぁー、ラスと何話したんだ?』
珍しく俯き加減のスヴェンは、覇気のない声で質問をしてきた。正直、話はスヴェンのことと恋愛のことだけだ。それを言ってしまうのは良くないだろう。
『ラスとスヴェンが幼馴染だって話だよ』
当たり障りなく間違っていない返事をすると、スヴェンはそれだけか? と首を傾げた。
『うーん、他にも話したけど酔ってたからね』
『あー、そうだよな。……あいつ可愛いだろ?』
『え? あ、うん』
突然の質問に思わず同意してしまったが、スヴェンはこちらの反応を気にせずに話を続ける。
『ずっと一緒にいたのにさ、俺が警官になってからたまにこうして飲む時と買い物の時くらいしか顔を見れなくなって。俺もアイツもすぐに結婚するんだろうけどさ』
『もしかして……好きなの?』
『ああ、大好きだな。ラブって意味で』
なんだ、それならば両想いだ。万事解決と思ったその時だ。
『まぁ、男同士は子供が出来ないから』
『……』
『ここら辺は特にな。珍しい男同士の上に、子供ができない。まぁ、一度結婚して子供育てて一段落して……ってその頃には俺らはジジイだな』
悲しくなるような声を出すスヴェンに、なんと声をかければいいのだろうか。男同士であるとこに違和感を覚えたことは無い。性別を重視していない環境で育ったことも大きいが、男同士でも妊娠するから余計に疑問に思ったことは無かった。
しかし、きっとハルトもスヴェン同じ気持ちを抱いているのではないだろうか。
『……スヴェン、僕は……僕の、自分の気持ちを大事にしたい』
『そりゃそうだよな』
『僕、大切な人に会いに行く途中なんだけど……愛してる人、その人は男だよ』
『え?』
『日本で、ほんの数ヶ月一緒だっただけの人。彼が僕を人間にしてくれた。命は短いけど、その中で彼を愛して、命果てる時は彼と過ごしたい。子供は確かに授かれないけど……それでも僕は、彼を愛し続けたい』
『……リッカは、なんか日本の神様みたいだな。ああ、日本の神様なんて知らないけどさ。なんとなく』
人間にしてくれたというのは、勿論そのままの意味もあるが心の面での意味が強かった。人間ではなかったことがバレてしまったのかと思い、言い訳しようかと思案したが、どうやらそうでは無いらしい。
『神様だったら、彼の気持ちが分かるのにね』
『はははっ!! そりゃぁ無理だろ! 神は万能じゃない。あ、日本の神様は気持ちが分かるのか?』
そう言われふと考えてみたが、四季神である蓮も気持ちを全てわかっているわけじゃない。それに無条件で分かるのではなく、ただ、良く見ているのだ。
洞察力というやつだろう。
『そんなことないな。神様も恋愛に振り回されてた』
恋しくて恋しくて堪らない恭吾を、屋敷から追い出したりもした。
『人間も神も、努力しなきゃってことだな』
納得したようなスヴェンの声はどこか晴れやかに聞こえた。
『僕も、頑張るよ。あぁ、もしフラれたら戻ってくるから。そしたらまた飲もう』
『はははっ!! 成功したらそいつも一緒に連れて来いよ。待ってる』
いつの間にか到着した町外れ。背後のスヴェンを見ればまだ家が見えるが、進む道を見ると何も無い。たった二日前は一人で歩いていた同じような道が、今は無性に寂しく感じられた。
しかし、立ち止まっていられない。
ハルトの気持ちは分からないが、自身の気持ちははっきりしている。
『行ってくる』
『おう!! お前が告白に成功したら、俺もラスに言ってみようかな』
『僕、責任重大じゃん!!』
『そうだぜ!! だから、精一杯想いを伝えてこいよ!!』
その言葉にありがとうと告げて背を向ける。重いリュックを背負い直し、ハルトに向けての一歩を改めて踏み出した。
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