【R18.BL】水光接天

麦飯 太郎

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8.熱

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 華月と共に子天狗の修練場と街へ出かけることを順番に繰り返しながら、二ヶ月が過ぎだ。もう何度もそうしていたので慣れたつもりでいたが、うっかり雲を読み間違えてしまった。

「ゴホッゴホッ、ゴホッ」
「辛そうだな……」

 いつも通り人間の格好で街へ出て、帰りに土砂降りの雨にあってしまったのだ。

「ごめんなさい」
「いや。俺こそ悪かった。もう十月半ばだもんな。昨日はそれでも暑かったし、鬼だし天狗だし大丈夫だろうって……油断した。今日は無理すんなよ? よく休め」
「しかし!」

 そもそも、熱を出すのだって子鬼だった頃……記憶にあるかないかも分からないほど昔だ。
 それに、たかが半年限りの修行期間。それを自身の熱で無駄にするのは、天花にとって堪えがたいものだった。
 しかしそれを察してか、華月は天花の額に手を触れ、少し押し付けるようにして起き上がることを阻止した。

「連れ出して無理させたのは俺だから。これは天狗の里からの命令ってことにしろ。今日も昨日と同じ土砂降りだ。こんな天気だし座学だけ。ならもう、復習ばっかりだろ? 座学で首席のお前がたかが一日出なくても遅れやしない。むしろ今寝ないで長引く方がまずい。そうだろ?」

 幼子に諭すように優しく微笑む華月に、天花は布団を口元にグイと引き上げた。

「あの、翡翠……同室の者は?」
「あいつに、何かあるのか?」
「いえ……風邪をうつすと悪いので」
「……そうか。あいつは座学がすこぶる悪くて、悠月にみっちり扱かれてるよ。しばらく別部屋だ。そんなことより咳もまだ出てる。熱もしっかり下げろよ?」
「……もう熱は下がりましたけど……わかりました」

 額に触れていた華月の手が、離れそうで離れない指先だけで天花の目元、頬、顎に触れ、そして離れていった。
 その微かな熱が離れてしまっただけで、とても寂しく……心細くなるような気がした。しかし、それはきっと風邪で弱った心のせいだろう。

「よし、あとで粥でも持ってきてやる。なにか入れたいのあるか?」
「…………卵、半熟が好き、です」

 きっと華月は何でもいいと言うと思ったのだろう。天花の言葉に目を開き、そしてにっこりと笑った。

「ははっ、りょーかい。とびきり美味いの作ってやるよ」

 華月が出ていった襖を、しばらく眺めてから布団に潜る。触れられた額や頬が暖かい。それはきっと気のせいではないはずだ。
 自分の頬を手で包み、天花はキュッと目を閉じた。



 襖が開く気配で目を覚ました。
 どれくらい寝てしまっていたのだろう。目を擦りながら起き上がる。

「華月様……」

 しかしそんな天花の反応に、入室した主はクスリと笑った。

「華月ではなくて、申し訳ないね」

 その知っている声に天花は姿勢を正した。そして、目を開き改めてその人物を確認する。
 長く艶やかな黒髪を緩く三つ編みに結い、目元は柔らかく女人のようだ。それがより艷めくように見えるのは、きっとその目元にも唇にも紅を差しているからだろう。

「天狗の若君。悠月様。今、座布団を」
「いや、構わないよ。天花の見舞いに来ただけだからね」
「私の見舞い……ですか?」

 華月が男らしさの溢れる猛々しい天狗だとするならば、悠月は慈愛の溢れる菩薩のような天狗だろう。顔の形は似ているのに、ここまで雰囲気が変わるのはやはり個々の性格の違いからなのだと思う。

「しかし」
「熱を出したのだろう? 華月がとても心配していたよ。それになにか作ろうとしていたが、急用で来れなくなったそうだ。そしてこれを頼まれてね」

 そう言って、布団のそばに座った悠月は持っていた膳を差し出してきた。そこには蓋の閉じた小さな土鍋とレンゲが乗っていた。

「途中までは華月が作っていたんだけどね。後半は私が作ったんだよ」

 膳を受け取ると、土鍋の蓋を悠月が取ってくれた。湯気が土鍋から溢れ、優しく良い香りが広がる。
 華月に頼んだ卵は入っていなかったのは残念だが、こうして自ら作ってくれたのだと思うと笑みが零れそうになる。

「悠月様、お手間を取らせてしまい申し訳ございません」
「いや。風邪の時は寝ているだけではなく、栄養も取って体力を付けなければと……私の妻達にも怒られてしまってね」
「奥方様達にも……学びに来た身でありながら、ご迷惑をおかけして」
「いや、迷惑なんて思っていないよ。さぁ、おあがり」

 これ以上の謝罪は逆に不敬になりそうなので、レンゲで粥を掬って口をつける。すると、米の甘みの中に不思議な花の香りが広がった。

「……美味しい」
「良かった。体力を回復出来る薬膳になっているから、少し甘みが独特でね。子供はその甘みが苦手な子もいるんだよ」
「そうですか? 優しくて、暖かい……」

 数口食べ進めると、急激な眠気が襲ってきた。これはいけないと思った時、悠月はサッと膳を取り上げ横に置いた。
「さ、もう一度ゆっくりおやすみ」
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